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144話 諸行無常

ラストに向けて加速していきたいと思います。

 宴会の翌日



 俺たちはアモロス王国からの軍使を迎えた。

 内容はもちろん会戦の申し入れだ。


 現在、アモロスの軍勢はシシク川の南、旧カナール地方の中心地であるメグレー伯爵領に駐留しているそうだ。

 南のヴァーブル侯爵と争っていた軍を中核とし、新たに徴兵された軍や旧カナール地方の兵を集めた軍は号して20万人……さすがに盛り過ぎではあるが、万を超える規模なのは間違いない。大敵である。


 率いるのはシャルル・ド・アモロス。

 アモロスの王太子だ。『王子様』と言えば若いイメージではあるが、彼は既に40才過ぎのオッサンである。

 主に軍を何度も率いた実績もあり、なかなかの戦上手だとも言われているようだ。


 そして、メグレー伯爵。

 その領地はかつてカナール王国の首都であった都市を擁し、人口も多い。

 間違いなく旧カナール地方随一の実力者だ。


 単純に兵力だけを考えても王太子とメグレー伯爵のタッグは驚異だろう。


 だが、逆に言えばこれ以上の敵は出てこないはずだ。


 この軍を破れば一気に大勢は決し、バルカシシク伯爵領、ボザ騎士領、クルージェ騎士領の割譲を認めさせた上での和平も十分に成り立つ。

 シモンあたりは『まだ戦わせろ』とゴネそうだが、俺の体調を考えれば長居は無用。

 早期和平を目指しリオンクールに帰還したいところだ。



 それはそれとして、ここで思わぬ出会いもあった。


 アモロス王国からの軍使はアラン・ド・ドレルム……かつてリオンクールと因縁のあったピエロ・ド・ドレルムの息子だ。

 そして、その従士として現れた若者……俺はその若者に目を奪われた。


 ……兄上!? いや、そんな訳はない……良く見れば瞳の色も違うし別人だが、それにしてもそっくりだ……


 今は亡き兄に良く似た若者……恐らくは甥のトリスタンだ。

 確かシモンよりも幾つか年長のはずであるから20才前であろうか。


 王太子が何を意図してこの人事を行ったのかは分からない。

 たまたまかも知れないし、リオンクール軍の動揺を誘っているのかも知れない。


 当時、ロベールに仕えていた者は軍中にいないでもないが、数は少ない。

 何しろ兄のロベールが死んだのは俺が16才やそこらの話である。

 時が過ぎ、世代交代は確実に進んでいるのだ。


 士気への影響はないと見てもよい。


 だが、軍中に動揺はなくとも確かに俺の心は掻き乱された。

 作戦ならば王太子とやらは嫌らしいヤツだ。



 結局、俺とトリスタンは言葉を交わすことは無かった。

 名乗り合うことすら無かったのだ。


 ただでさえ、彼は敵の大将の甥だ。親しげにしては内通を疑われかねない。

 少し寂しさもあるが仕方のないことではあろう。


 ……まさか、こんな所で会うとはなあ……


 家督相続の時にトリスタンの取り巻きとひと悶着あったが、俺は彼自身に対しては何の遺恨もない。

 むしろ義姉上の消息などを聞きたいくらいだ。


 トリスタンと思わしき若者もこちらを気にしており(交渉相手なので当たり前だが)、何度か視線を合わせたが……それだけだ。

 何か心の交流があったわけでは無い。



 何度か気を散らしながら会戦の約束を交わし、決戦はシシク川南の平野となった。

 バルカシシク領とメグレー領から進み、ほぼ真ん中の平原である。


 シシク川には橋がないが、適当にバルカ城の民家でもぶち壊して仮橋でも架けるなりすれば良いだろう。

 廃材を適当にぶちこんで島にし、その上に板を通すだけでも良いのだ。

 極端に言えば保つのは数日間でいい。それなら何とでもなる。


 会戦の時と場所が決まり、使者は退出した。



「おいロロ、ジャン、見たかよ」


 俺が幼馴染みたちに声を掛けると、2人とも気になっていたようで深く頷いた。


「ああ、凄えな! そっくりじゃねえか!」

「ええ、真面目そうな雰囲気が似ていました」


 俺の学友だった彼らは幼い頃より領都の屋敷に出入りしていた。

 2人とも兄とは親しくなかったが、単純に懐かしい顔を見て喜んでいるようだ。


「ホントだよなあ。立派になったことだ」


 俺は甥の成長を喜び、目を細めた。

 心のどこかで兄の遺児を気にしてはいたのだ。

 立場は大きく変わったとはいえ、彼と出会えたことは幸運だったかもしれない。



 諸行無常は世の真理だ。

 世界は絶えず変化を続け、永久不滅のものなど無い。


 俺が病み衰えるのも、ヨチヨチ歩きの幼子が立派な若者に成長するのも全ては世の理。

 つい、人は壊れてしまったり衰えることばかりに目がいくが、何も無常とは失うことばかりではない。


 大人が病み衰えるばかりではなく若者の成長も無常であり、今日沈む夕陽があれば明日昇る朝日もある。


 ……リオンクールから出た若者に、諸行無常の響きを聞いたか……


 口からはつい、笑みが溢れた。


 俺は病み、近く死ぬだろう。

 その予感は俺を苦しめ悩ませていたが、これは『当たり前』の話なのだ。

 生死は無常、生まれた人が死ぬのは当たり前だ。

 

 人は死ぬ、当たり前の話であり悲観するような事じゃない。

 この『気づき』は重かった俺の心の負担を幾分か軽くしてくれた。


 うまく説明し難いが、自分の死を納得し、受け入れることができたのだ。


 やりたいことも、為すべきことも、まだまだ残っている。

 残された時間がどれ程のものかは分からない。だが、やれるところまでやるしかない。



「お、何か元気になったか?」


 俺の心境の変化に気づいたのか、ジャンが声を掛けてきた。


 既に彼にも俺の病状は説明しているが、特に普段と変わりはない明るい声色だ。

 ジャンらしい、不器用な優しさに俺は感謝した。


「おう、楽しみができた。戦場で甥と戦うのさ、実は兄上と腕比べをしたことは無かったんだ」


 俺はジャンと軽口を言い合いながら笑う。

 この感じも久しぶりだ。


「普通は『甥とは戦いたくない』とか言いそうですけどねえ」


 ロロが呆れたように呟いた。


 皆が笑う。

 ここからは楽しい戦が始まるのだ。

 修羅場とは全てを忘れることができる夢の時間、嫌なことなど忘れて楽しめば良い。



 そう言えば、ドレルムのとっつあんの息子には誰もコメントしなかった。

 正直、俺も何の印象も無い……ふーん、息子さんなんだって感じだった。


 とっつあんに全然似てないし、コメントしづらい感じだ……折角顔だしてくれたのに悪いことしたな。すまん。




………………




 早速、リオンクール軍による架橋工事が始まった。


 シシク川はなかなかの水量があり、ここらは源流が近いために川幅は比較的に狭いが流れが早い。

 簡単な工事のつもりが、シシク川の流れが早くて思いの外に手こずったようだ。


 バルカ城内の建物やらをぶち壊したり、周辺の森を伐採して資材を作り、すぐに工事は進められた。


 この橋はあくまでも仮のものであり、手っ取り早く作るために浅瀬には廃材をぶちこんで人工的な島とし、深瀬には(いかだ)を浮かべて板を渡した。

 浮橋のような、奇妙な橋である。

 構造が簡単ゆえに壊すのも容易だ。いざともなれば敵の渡る前に橋を落とし、足を止めることもできるだろう。



 バルカ城の抑えと橋のメンテナンスのために、僅かな兵を残し軍は橋を渡る。

 リオンクール軍、総勢で9200人の大軍だ


 目指す戦場は目と鼻の先である。


ドレルムの息子と決戦についてのやり取りがあったのですが、冗長に感じたので思い切って全カットしました。結果としてかなり短くなりましたが、不自然さが無いか心配です。

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