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143話 限界

 それから一月半。



 あっという間にリオンクール軍はバルカシシク領を平定した。

 この侵略者に対し、当然のように地元の騎士や土豪は反発し抵抗したが瞬く間に制圧された。

 そもそも兵力が違いすぎるのだ、まともな勝負にはならない。


 俺は制圧したバルカシシク領を褒美として家来に与えようと皆に相談したが……これが反応が悪い。

 喜んだのはマトモな領地の無いドーミエや騎士コクトーくらいのもので、皆が遠隔地の飛び領を敬遠した。


 占領した土地が安定し、十分な税収を得るには何年もの時が掛かるだろう。

 領主となっても短期的には赤字になり、苦しい経営が続くことになる……しかも統治しづらい遠隔地、皆が嫌がるのも無理はない。


 ロジェとモーリスには「今の領地と交換でバルカシシク領の半分をやろう」と打診したのだが、見事に拒否された。

 騎士と土地との繋がりはこれほどまでに強いのである。

 彼らはバルカシシクの新領地を得るなら一族に分封する腹積もりのようだ……これも『一族』を強化する知恵ではある。

 家来でさえこうなのだから、諸公で転封に応じる者などは皆無であろう。


 俺の中では豊臣秀吉や徳川家康が平気で配下大名の国替えや転封をしていたイメージがあるので、大領を用意すれば喜んで引っ越すイメージがあったのだが……そんな簡単なモノでは無いらしい。


 リオンクール王とは家臣との封建的な契約によって成り立つのみであり、絶対権力者でも何でもないのである。

 その権勢は天下人とは比べようも無い。


 取り合えず、バルカシシクの分配は据え置き……問題の先送りである。

 いざとなればアンドレやジョゼあたりを無理やり転封してやろうと思う。



 そして俺の体調だが……これがわりと良い。

 やはり軍旅が心身ともに大きなストレスとなっていたのか、バルカ城で療養したことで体調に良い影響があったようだ。


 あの後、何度か吐血をしたが、今では治まり小康状態である。

 だが、胸の違和感は無くなるどころか背中の方にも広がってきた。

 痛むときは容赦なく痛い……度々に泣き喚きたくなる痛みに襲われるが、さすがに俺が暴れたらちょっとアレなので必死に我慢している。


 俺の病気は噂となり陣中に広がっているが、俺はあえて否定せず「虫歯」だと公表した。


 たかが虫歯と思うかもしれないが、この時代のアモロスで虫歯は歯を抜くくらいしか治療法の無い難病であり、砂糖を食べれる身分の『贅沢病』だと思われていた。

 リオンクールでは見たこと無いが、王都などでは抜歯用のペンチを首からぶら下げて「俺は砂糖を食べてる金持ちなんだぞ」と虫歯を誇示する馬鹿もいるのだとか。


 そんな背景があるので「虫歯」と聞くと兵士たちは物笑いの種にこそするが、必要以上に関心は寄せない。「王様虫歯なんだってよ」「いいご身分だぜ」くらいで終わるのだ。


 これは我ながら良い作戦だったと思う。

 俺が粥をすすっていても「ああ、歯が痛いんだな」と思われているようだ。



 だが、誤魔化しきれない者も一部にはいる。

 その1人がジローだ。


 彼にはバルカ城で軍の統括をしてもらっているが、俺の変化を感じ取っており、ちょくちょく様子を見に来ている。


「若様、今日も調子が悪そうだねえ」


 ジローは心配そうに俺に話し掛けてくる。

 さすがに7才から面倒を見て貰ってる彼には嘘はつけない。


「そんなに目立つか?」

「ああ、顔色が悪いし随分と痩せた。声も(かす)れてるし、いかにも病人でさ」


 俺はジローの言葉を聞いて「ふう」と大きくため息をついた。


「痩せたか……食えないわけじゃないけどな、やはり食欲は無いよ」


 今も俺の横にはくたくたになるまで煮込んだ牛肉入り麦粥が置いてあるが、いまいち食べる気がしない。


「食わなきゃな。いくらなんでも皆が気づき始めてるぜ」

「……そうだよなあ、いつまでも誤魔化しきれんか」


 俺はズズッと音をたてて()せないようにゆっくりと粥をすすり込む。


「リオンクールの牛より旨い気もするな」

「そうかい? そりゃ良かった」


 リオンクールの牛は小柄で毛むくじゃらだ。

 見た目からして牛っぽくないし、肉も筋っぽいが……これは若い牛ではなく、農耕に使えないほど老いた牛を食べていたからかも知れない。


「まさかなあ、ジローより先に死ぬなんて思ってもみなかったよ」


 俺が冗談混じりに軽口を叩くとジローは「そんなの聞きたくねえや」と顔をしかめて吐き捨てた。


「怒るなよ、本当のことさ」

「聞きたくねえ、聞きたくねえ」


 ジローは怒ったような、悲しいような複雑な表情を見せた。


 この場には俺とジローの他に護衛もいるが、最近は特に古参の同胞団員のみで固めており、遠慮なしで俺たちは病気の話をしている。

 ちなみにロロは非番だ。


 場の空気が悪くなり始めた頃「失礼します」とモーリスが入ってきた。


「陛下、別動隊から伝令がありました。本日中にバルカ城に到着するようです」

「そうか、分かった。出迎えには行くから声を掛けてくれ」


 俺の言葉を聞いたモーリスは「承知しました」とすぐに退出した。

 執事として側近くに仕える彼が俺の病状に気づかないはずが無いのだが、実直なモーリスはそれについて一言も口にしない。

 その態度は俺を感服させていた。


「若様、モーリスはリオンクールの宝だね」


 俺と同じ思いを抱いたであろうジローがポツリと呟いた。


「同感だ。アルベールの孫とは思えないだろ?」

「違いねえ!」


 俺とジローは大笑いした。

 モーリスの祖父であるアルベールとジローの父ヤニックはライバル関係であり、ジロー自身もアルベールとは殴りあいの乱闘をした仲でもある(15話参照)。


「懐かしいなあ、ジローとアルベールが殴りあいの喧嘩をしてな」

「ああ、あの時の『オカンとヤってろ』ってのは面白かった! あの時のアルベールの旦那の顔ときたら、こおんな目をして真っ赤になったんでさ!! がっはっは」


 懐かしい話だ。


 俺とジローが笑うと、当時のことを知らない護衛たちもつられて笑う。


 暗くなり過ぎてもしかたない。

 今はこれで良いのだ。




………………




 日暮れ時、北からの別動隊が到着した。


 彼らの進軍中に旧カナール地方北西に位置するグーブリエ子爵と北部に位置する騎士クルージェの連合軍に捕捉されたが、これを撃破。

 そのまま別動隊は騎士クルージェの城を占拠し、現在はダルモン伯爵率いる1400人の軍が占領しているそうだ。


挿絵(By みてみん)


 これでシシク川以北の地はグーブリエ子爵の領地を除き制圧できたことになる。


 別動隊総勢4200人、堂々の入城だ。


 大将はアルボー子爵。

 今回、ドレーヌ伯爵軍を率いているのは伯爵嫡子のクロドだ。

 ベニュロ子爵軍は子爵嫡孫アルベールくんである。


 俺はにこやかに出迎え、皆の前に元気な姿を現した。


「これは陛下、恐縮です」


 アルボー子爵は馬から下り、頭を下げた。


「随分と顔ぶれが若くなりましたね、経験豊富な子爵が頼もしい」

「いやいや、グロート(ジャン)男爵とコカース(アンドレ)卿がいれば私など名ばかりの大将です」


 俺はアルボー子爵を皆の前で褒め称え、子爵は謙遜する……お約束のやりとりではあるが、大切なことでもある。


「クロド殿もアルベールくんもご苦労だった。次はアモロスとの大一番だぞ」


 間を置かず若い二人も(ねぎら)い、励ます。


 ジャンやアンドレは俺の身内なので声をかけるのは1番最後だ。

 彼らには体調不良を隠しきれないだろう……後で時間を作って説明したい。



 別動隊の到着後、すぐに皆を集めて宴会となる。

 これらの酒食はもちろんバルカシシク領から集められたものだ。


 全軍1万もの軍勢を維持するのは並の事ではない。

 恐らく、今の街道や荷車などの輸送手段では、軍を維持するのは1万と言う数が限界に近いだろう。


 宴席ではクロドを側に置き、色々と話を聞いた。

 ドレーヌ伯爵は特に病気などではなく、世代交代を考えているらしい。

 伯爵もすでに50才に近く、引退しても何ら不思議ではない年齢だ。


「そう言えば、大叔母上が亡くなられてからロランド・コーシーはいかが過ごしておりますか? コーシーは当家にも長く仕えた忠臣ですし、父が心配しております」


 クロドが尋ねるロランド・コーシーは今は亡き母リュシエンヌの愛人であった男だ。

 リュシエンヌはドレーヌ伯爵家の出身であり、クロドの大叔母にあたる。


「はは、コーシーは新たな仕事に精を出していますよ」


 俺の言葉にクロドは心底意外そうな顔をした。

 確かにコーシーは60才を過ぎており、新たな仕事を始める年齢ではない。


「仕事……ですか?」

「ええ、写本ですよ。私は母の教えを本にしました。それをコーシーが写本してくれているのです……母を偲びながらね」


 俺が「もう何冊かは写したはずですよ」と伝えるとクロドは何やら感動したようだ。


「それは素晴らしい。彼は今でも大叔母上の愛と共に生きているのですね」

「はは、クロド殿はロマンチストだ。よろしければ彼の写した本を贈らせてください」


 この申し出にクロドは「是非とも」と喜んだ。

 もう20も半ばを過ぎた年頃なのに素直なことである。


 俺とクロドは静かに談笑していたが、そこはリオンクールの宴席だ。

 そろそろ皆の酔いも回り、そこかしこで喧騒が聞こえ始めた。


「アルベールからも言ってやれよ! 軍を進めるべきだってな!!」

「いや、不味いですよ、カスタ子爵、声が大きいって」


 何やら近くで大声を出してる馬鹿がいる……息子(シモン)だ。

 シモンはバルカ城に留まる俺に不満を持ち、兵を西に進めるべきだと常々主張していた。

 これは軍中の纏まりを損ねるような発言であり、本来ならば許される事ではない。


 しかし、俺も『病気療養のカムフラージュ』としてバルカ城を占領しているだけなので、なかなか強く言い難く、元気な長男を持て余していた。


 今日のシモンはすでに出来上がっているようでアルベールくんに絡んでいる。

 コイツは絡み酒のようだ。


「コラッ、このバカ。アルベールくんに迷惑かけるなよ。アルベールくんは大事な娘婿(おむこさん)なんだぞ」

「なんだよっアルベールが婿なら俺は息子じゃねえか! 俺に軍を半分寄越せっ!! 王都を征服してきてやるっ!!」


 シモンは酔いに任せて俺に掴み懸かってくるわ際どい主張をするわで鬱陶しい。

 息子だから「親子喧嘩」で済ますことができるが、そうじゃなければ罰する必要があるレベルの発言だ。


「ふーっ、酔っぱらいに話すのもアホらしい……先ずは水を飲め」


 俺はシモンに水を与えて、アルベールくんに「すまんな」と声を掛けた。

 アルベールくんは「いえ、恐縮です」とはにかむ……エマも陥落した美少年スマイルは健在だ。


「良いか、王都なんて征服しても仕方ないだろう。山出しのリオンクール人が王都を占領しても、都人と対立して悪者にされるだけだ。董卓(とうたく)義仲(よしなか)の前例を見ろ」

「誰だよっ! 知らねえよっ!!」


 シモンが大声を張り上げて俺は気づく。


 ……そうか、董卓も源義仲もこの世界の話じゃなかったか……


 つい、口から出たがシモンが知るはずはない。

 少し周囲の様子を窺うが、幸いなことに誰も尋ねてくる者はいなかった。


「すまんな。知るはずはないか……昔の人だよ」

「バカにすんなよ! 父上は物知りだからって……」


 俺の謝罪を受け入れながらもシモンはブツブツと唇を尖らせ呟いた。

 子供扱いされた気分なのだろう。


「むくれるなよ。アモロスの決戦の時は頼むぞ、老いた親父はお前を頼りにしてるのさ」

「……ちぇ、分かったよ」


 何とかシモンに納得してもらい、その場は治まった。


 若いシモンは冒険がしたいのだ……自分がどれ程のものなのか挑戦したいのだろう。


 その気持ちは良く分かるし、好ましいものだと思う。

 図体ばかり大きくなっても可愛い息子だ。



 そして、活躍の場を望む彼の想いが天に通じたのか、機会は向こうからやって来たようだ。


 翌日、アモロスからの軍使が到着したのだ。




『王都なんか征服しても仕方ない』


 大アモロス時代後期、アモロス王国はその大き過ぎる版図を管理しきれずに反乱が続発していた。

 それを教訓としたバリアンは一貫して「統治できる範囲での国造り」を目指し、行動する。


 リオンクールを中心とした新たな経済圏を構築し、人々の営みを豊かなものとする……これはある程度実現し、成功を見た。

 しかし、それ以上の勢力拡大には非常に消極的であり、最後までリオンクールの地から本拠地を移すことは無かった。


 これらは『前世の記憶』を持ち、さまざまな『前例』を知るバリアンの強みでもあり、限界でもあっただろう。


 シモンに軍を預けて西進し、王都を攻める……実際の結果は「やってみなければ分からない」のが現実ではあるが、数々の失敗の『前例』が彼から『成功のイメージ』を奪っていたのだ。


 そして、一介の庶民であった記憶は薄れたとはいえ彼の中で根付き「自分は大した人物ではない」と言う自己評価にも繋がった。

 その自己評価のために「身近な人を豊かにする」ことに固執してしまったとも言える。


 現実としても、少数民族であるリオンクール人を支持母体にする以上、本拠地も移すことも難しく……病を得たバリアンの雄飛の機会は失われた。


 後の歴史家はバリアン1世を『史上にも稀な名君』と認め『歴史の針を動かした偉大な才能』としつつも『大志がなかった』と評した。

 これは後世の勝手な言い分ではあるが、ある意味では正しい。

 バリアンは天下に号令するような野望は持ち合わせていなかった。彼にとって重要なのは「身の回りの人々」であり、最期までスケールの大きなビジョンは持たなかったのだ。


 これが、前世の記憶を持つバリアンの限界であった。



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