表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/166

142話 騎士の誇り

騎士道キャラは出したいと思ってました。

 戦闘は終わり、後始末が始まる。



 兵士たちは元気に略奪を楽しんでいるが、俺はそうはいかない。


 バルカシシク伯爵を捕らえたのだ。


 伯爵は家族と共に脱出を図ったものの、リオンクール軍の奇襲を受けてなす術もなく捕らえられた。


 捕らえたのは騎士コクトー、現コクトー男爵の弟で俺に仕える騎士だ。

 独身の彼には褒美として俺の庶妹を嫁がせたいと思う……押し付けるわけではないぞ。


 妹たちの母親は父の奴隷ハーレムの美形揃いだから皆がそれなりに整った顔立ちをしている。父上も顔の傷痕がやばいけど造形は悪くないしな。

 対象の妹は11才だ。ちょっと犯罪臭いが、婚約にして13才くらいで嫁げば問題は無い。



 さて、バルカシシク伯爵……こちらは30才前後の大人しそうな紳士だ。風貌は至って平凡、茶色い髪に申し訳程度の口髭……貧相とまではいかないが立派とは程遠い雰囲気だ。


 家族はふくよかな奥方と、まだ幼さの残る息子と娘が2人づつ……こちらも同時に捕らえられたようだ。

 10才前後の娘はさすがに射程範囲外だが、奥方はなかなか美形である。子供をたくさん産んだ女性特有の線の崩れが逆に好ましい。


 ……うん、悪くない、悪くないぞこれは……


 伯爵の態度次第では俺も愛の略奪と洒落込みたいところだ。



 ここはバルカ城の一室だが、この場にいるのは護衛の同胞団とロロのみ。密談に近い形式だ。

 他の者は皆で町を襲撃している……これは彼らにとって大きな収入源なので、邪魔はしたくない。

 彼らが略奪をしている間にバルカシシク伯爵との面談を済ませる腹積もりなのだ。


 さっさと済ませて次に移る。これが略奪のコツである。時間をかけるつもりは無い。


「バルカシシク伯爵、互いに不幸な出会いになったが、これも武門の(なら)いだ。許されよ」


 俺が伯爵に声を掛けると、彼は悔しげに顔をしかめて(うつむ)いた。


「……リオンクール王、妻子は見逃して欲しい。我が身は……」


 そこまで口にして、伯爵は小刻みに震え始めた。

 怯えているわけでも無さそうだが体調不良だろうか?


「すまん、エロイーズ……私の、私のせいだ……!」

「ああ、もう何も仰らないで」


 何やら伯爵が涙を流しながら奥方や子供たちと抱き合った。

 芝居じみたセリフが白々しい。


 なんだこの茶番。


 取り残された俺は「ごほん」と咳払いをし、伯爵たちの気を引いた。

 どうでも良いけど、奥方の名前はエロイーズらしい。妙にエロチックな名前だ。


「申し訳ないが……話を進めさせてもらうぞ」


 俺が声を掛けると、バルカシシク伯爵は家族を守るように堂々と歩み出て俺と対峙した。


 ……ふうん? 家族愛かなんかでパワーアップしたのか……?


 先程のシーンを見た俺の勘が『何か変だぞ』と警鐘を鳴らしている。


「伯爵、始めに言っておくが、俺は卿の領地を取り上げようとは思っていないのだよ」


 俺は出来るだけ穏やかに、ゆっくりと語りかける。

 感覚としては「ほら、怖くないよ」と野性動物を手懐ける感じだ。


「考えて欲しい。俺の本拠地は遥か遠くのリオンクールだ。この地を得ても直接統治はできない」

「……それは、そうでしょうな……」


 伯爵は怪訝(けげん)な顔をしてこちらを伺っている。

 意外に俺が穏やかなので戸惑っているようだ。


 実際には直接統治はしなくても、部下に与えるなりして間接統治すれば可能なのだが……まあ、それは言わなくても良いだろう。


「それに、先にも言った通り、伯爵とは武門の倣いとして干戈(かんか)を交えたまで。我らは互いに遺恨のある相手ではないだろう?」


 今回の戦いは十分『遺恨』足り得るが……まあ、それも言う必要はないと思う。


「伯爵も聞き及んでいるとは思うが、この戦は詰まらぬ行き違いから始まったもの。こちらも本意では無かったのだ」

「……何をお望みか?」


 バルカシシク伯爵は俺の言葉を聞き、問いを発した。

 一応、俺の意図を考えるだけの頭はあるようだ。


「宜しい、本題に入ろうか。領地を安堵する見返りとして、伯爵が懇意にしている旧カナール地方の領主に対し、こちらに(くみ)するように説得して欲しいのだ」

「……先ほど騙し討ちにされた相手を信じろと言うのか?」


 伯爵は顔をしかめて、悔しげに吐き捨てた。

 俺からすれば「そんな細かいこと言うなよ」って感じだが、根に持ってるようだ。


「私はリオンクール王の言葉が信じられぬ、弟(助祭)を騙し、偽りの誓詞を……」


 伯爵はグダグダと「信義とは」「騎士道とは」みたいな話を展開し始めた。

 立派な高説だとは思うが何が言いたいのか理解できない。


 ……騙された自分が悪いだけだろ……馬鹿かコイツは……


 俺は呆れた。

 バルカシシクは兄弟揃ってお花畑の住民らしい。


 別に俺には伯爵を生かしておく理由など無いのだ。

 ただ「コイツを通して降伏勧告をすれば何人か引き入れられるかも」と思い付いただけのこと。

 協力しないなら生かしておく意味など無いのだが、俺が協力を求めたせいで何か勘違いしたのかも知れない。


「お分かりかっ!! 私は自らの利益の為に卑怯な振る舞いはせぬ! 自らの誇りを(おとし)めたりはせぬ!!」


 伯爵はクワッと目を見開き、両手を広げて天を仰いだ。

 なにか危ない薬でもキメてきたのかと思うほどのテンションだ。

 瞳孔開いてるし。


「……なるほど。卿は信義とは何よりも優先するものだと考えていると。それは家族や自身の命よりも」

「左様、私は伯爵である前に騎士なのだ!」


 何だか頭が痛くなってきた。会話は成立しているが意志が通じない。


 こいつは今の状況を理解しているのだろうか?

 家族よりも信義とやらを大切にするとはサイコパスか何かなのだろうか?

 こいつもヤバいやつだった。


 この『騎士道』と言うか『規範意識』と言うか、その手の考え方は割りと昔からあるようだ。

 まあ、わかりやすく言えば『男らしさ』『男の美学』みたいなものだろう。


 伯爵は大分(だいぶ)(こじ)らせているようだが、たまにこの手のことに命を賭けたりするヤツはいる。

 リオンクールでも裸で戦ったりするのがいるが、あれも一種のソレだろう。


 本人は気持ち良いだろうが、巻き込まれる家族は気の毒としか言いようがない。


 庶民も大好きな騎士物語の『高潔な騎士』とやらが実在したら、こんな感じなのだろうか。

 伯爵の騎士道談義はますます熱を帯び、ひっきりなしに口から泡を飛ばしている。まるで狂人だ。


「もういいや、コイツらを拘束しろ」


 俺が左右の護衛に命じると伯爵一家は床に叩き付けられるようにして取り抑えられた。


 伯爵が何やら騒いでいるがもう耳にも入らない。


「付き合いきれんよ。適当に殺して晒しておけ」


 俺が吐き捨てると、伯爵は怒り狂い俺に決闘を申し込んできた。訳が分からん。

 気持ち悪いから早く連れて行って貰おう。


 なんだか、奥方に抱いていたスケベ心も萎えてしまった。

 こんなことは初めてだ……やっぱり体調悪いのかもしれない。


 ……ベルの時は親父さんの頭をペチャンコにしても直立不動だったのにな……若くないのかなあ……


 泣きわめきながら連れ出されていく奥方を眺めてぼんやりと昔を思い出す。


 ……あの時にできた子供が16才だもんな……年をとるはずだ……


 昔を思い出すと、センチな気持ちになる。

 あの頃の性欲(じょうねつ)は永遠に失われたのだ。



 伯爵らが連れ出された後、残されたのは俺たちと微妙な空気のみ。

 この場にいる皆がげんなりとした顔をしている。


「すまん、あんなのと知ってたら声は掛けなかったんだけど」

「はは、凄かったですね……まあ、串刺しにして晒すだけでも効果はありますよ『我らに逆らえばこうなるぞ』って」


 ロロはフォローしてくれるが、変な色気を出して酷い目にあった。

 慣れない調略(政治工作)なんてするもんじゃないな。


「アイツも見ようによっちゃ立派なのかね……何だか疲れたな、水を貰えるか?」


 喉が乾いた俺はヤギの角でできた杯を受け取り、グイッと水を飲んだ……が、胸の違和感に()せ「ブハッ」と吐き出してしまった。


「うう、げほっ……げええっ!」


 胃が絞り上げられるような感覚に何度も襲われ、胃の中身をぶちまける。

 最近は食べたものを戻すことが多くなったが、水で噎せたのは初めてだ。


 ……あ、これ……ダメなヤツだ……


 何度か嘔吐を繰り返し、胃液すら入っていない胃の辺りから何かが込み上げるのを感じた。熱い。


「ごっ、ぼ」


 俺の口から出てきたのは血液……数秒、呆気にとられたが意味を理解し、寒気がした。

 吐血したのだ。


 ……血、吐血だと……マロリーワイス症候群か……!?


「バリアン様っ! バリアン様っ! お気を確かに!」


 俺の側ではロロが必死で呼び掛け続けている。

 意識はしっかりしているが、呼吸が上手くできない。

 無理に返事をしようとしたら、喉が聞いたこともないような奇妙な高い音を鳴らした。


 ……まさか、俺は34才だぞ……まだ、(がん)になる年じゃないだろ……


『胃癌』


 俺の、タナカの死因だ。

 嘔吐の後に吐血するマロリーワイス症候群も胃癌の症状として覚えていたのだ。俺の中では死病と言えば癌のイメージが強い。

 マロリーワイス症候群とは繰り返して嘔吐することで腹圧が上がり、下部食道や胃上部に裂傷が生じ、吐血や下血をする病気である。


 ……違う、俺が痛いのは胸だ……胃癌じゃない……


 胃癌じゃない、大丈夫だと自らに言い聞かせ、気を鎮める。


 座っているのも気だるくなり、バタンと床に転がって呼吸を整えた。

 ロロには軽く手を振って『大丈夫だ』と伝える。


 ぜんぜん大丈夫じゃないけど医者を呼んだってどうなるものでもない。

 問題は護衛たちに見られたことだ。


 一瞬『殺すか』と頭に浮かんだが、さすがに俺が護衛を殺しまくっては大変な騒ぎになってしまう。

 ここは軽く口止めして、俺が意識して元気な姿を周囲に見せるしかない。


 俺が病気だと言う噂は遅かれ早かれ広まるだろう。

 同胞団員を信用しないわけではないが、噂とはそうしたものだ。

 それを上回る元気アピールで打ち消すしかない。


 ……元気アピールって何だよ……バカみたいじゃないか……


 つい、自分の思考にツッコミを入れると苦笑が漏れた。


「……モーリスとピエールくんを呼んでくれ……しばらくバルカシシクの占領統治をしよう。それを口実にしばらく休むことにする」

「なるほど。それならアモロスに軍使を立てましょうか? 『逃げも隠れもしない、バルカ城にて待つ』って形にすれば格好もつきますし」


 ロロの口調は意外と明るい。

 彼も知っているのだ「今さらじたばたしても仕方がない」と。


 この時代、この世界では「病気は治らないもの」なのだ。

 本人は悩み苦しむが、周囲はあっけらかんとしていることも多い。

 治れば神の加護、死ねば神の意思である。


 俺も願わくば神の加護を得たいものだ。



 こうして、意図せずリオンクール軍はバルカ城にて駐留することになった。


 俺の寿命がどれだけ残っているかは分からないが、早くすませてリオンクールに帰りたい。

 帰りさえすれば、息子たちと話す機会もいくらでもある。家来に遺言することだってできるはずだ。

 軍陣で『大将が重病だ』と公表するわけにはいかない。ここは我慢の時だ。


 幸い、まだすぐ死ぬような状態ではないはずだ。

 来年だ……恐らく俺の寿命は来年、それまでにどれほどのことができるのか。



 いざとなれば、師に倣う必要もあるだろう。


騎士道の起源は諸説ありますが、わりと古くからこの手の考え方はあったようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リオンクール戦記発売中
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ