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141話 助祭の協力 下

 数日後



 交渉は決裂し、俺たちはバルカ城外へ布陣する。


 そもそも交渉の余地など始めから無かったのかもしれない。


 こちらには城攻めを止める理由なんて無いのだ。

 あちらにしても人質なんか出したら脱出をした後も抵抗できなくなってしまうし、受け入れるはずがない。



 俺は改めてバルカ城を観察した……大きな城郭都市だ。

 正確なことは分からないが、リオンクールの領都に近い規模を感じる。

 櫓のような防御塔は多く油断できないが、城壁は低く、兵力も少なそうだ。


 ……なるほど、籠城戦を嫌がるはずだな……


 俺は実際にバルカ城を見て色々と納得した。

 この城は交易向きで防戦に主眼を置いていない。


「よし、ちゃちゃっと攻めて略奪だ! 荷車を引っくり返して足場にするんだぞ!!」


 俺は少数の護衛と共に陣中を回りながら、兵を鼓舞して回る。


 さして高くない城壁に対し、荷車を足場にするのはこの前の戦(130話参照)から定番になったようで、兵たちは荷車に対して盾や木箱などを固定している。

 リオンクール軍では荷車は全てリヤカーだが、他の軍には幾らでもあるのだ。


「こちらでしたか陛下、バルカ城から使僧です」


 俺が景気の良いことを言いながら士気を高めていると、珍しくポンセロが俺に使者の到来を告げた。

 仲の良いモーリスに頼まれたのだろう。


 この強面の騎士はバシュラールの軍全体を統率するような立場にありながら面倒見が良く、こうした雑務を行うことも多い。

 こうした気さくな立ち振る舞いが兵からの信頼となり、軍中でのポンセロ人気は高い。


「ん? 使僧とは坊さんか?」

「は、バルカ城内の助祭だそうです」


 ポンセロの言葉に俺は「ふうん」と応えた。

 バルカシシク伯爵はどこかで俺のことを「信心深くて敬虔だ」とでも聞いたのかも知れない。


「分かった、会おう。合戦の前だ、略式でな」

「承知しました。執事どのに伝えて参ります」


 ポンセロはさっと(きびす)を返して戻っていった。

 少し間を置いてから俺も向かう。


「坊さんか……綺麗事で停戦とか言われたら面倒くさいな」

「まあ、総主教とかじゃないですし、普通に断ったら良いんですよ」


 俺とロロは無駄話をしながらモーリスのもとに向かう。

 どうも気乗りしなかったが、無視もできないのだ。

 あんまり坊さんを粗末にすると後生(ごしょう)が悪いし、イメージダウンになってしまう。


 馬を下り、だらだらと歩くと、そこには坊さんが4人もいた。

 皆がそれなりに若い。


 俺と坊さんらは簡単に挨拶を交わして本題に入る。

 代表の助祭は特に若く、20代かもしれない。この大事な交渉を任された彼はバルカシシク伯爵の実弟なのだとか。


「リオンクール王にお願いがございます。城内の退去希望者を見逃して頂きたいのです」


 予想通りと言うか、坊さんらの主張は「城を捨てるから見逃して欲しい」だ。

 先日の軍使と変わらない。


「む、申し訳ないが……見逃した所で我らに利するところはありません。彼らとの交渉は決裂したのです」


 俺が「NO」と突っぱねると、坊さんたちは「慈悲の心で」とか「神が望んでいない」などと勝手な理屈ばかり並べている。


 ……言うに事欠いて神の意志とはな……こんな小坊主にこき使われて神様も迷惑してるだろうよ……


 俺は坊主どもの勝手な言い草に腹が立ってきた。

 頭の悪い坊主ほど、神をすぐに引っ張り出してくる。


 端から理で交渉しようという意志が感じられない。


 ……ん? 待てよ……これは使えるな……


 俺は表情を読まれないように手で口許を隠し、ニチャリと邪悪に笑った。


「……むう、神のご意志と言われてはな……しかし……」


 いかにも『悩んでます』と演技を見せながら俺はブツブツと呟いた。

 助祭は好機と見たのか「寛容は大切な徳目です」「王者の度量をお示しください」などと畳み掛けてくる。

 実利を説かずに道徳心だけでどうにかなると考えているのなら馬鹿だ。


「私は民を救いたいのです!!戦の度に苦しむのは彼らではないですか!憐れと思うのならば……」


 トドメとばかりに助祭が感情論で大声を張り上げ始めた。

 こいつは一体何がしたいのか。


 俺はため息をつきながら「神の意思ならば是非もない」と頷いた。


「おお、では!?」

「はい、御坊の民を思う心に打たれました。『城内の者の退去はご自由に』なされよ」


 俺はその場で『城内の希望者の退去は自由。両日中に退出せよ』と書面にし、神に宣誓した後に署名をした。バルカシシク伯爵に渡すものと自分用の控えだ。


「申し訳ないが、御坊には事が済むまで陣に留まっていただくが宜しいか?」


 俺の言葉に助祭は「もちろんですとも」と頷き、にこやかに笑う。

 一仕事済んだ男の良い笑顔だ。


 報告のために付き添いの坊さんらは城に帰って行き、助祭は俺が相手をする。


「申し訳ないが、城の様子が見える位置に行きましょう。城内にも御坊の姿が見えた方が良い」


 俺は椅子を用意し、城門が見える位置で助祭と並んで座った。

 この位置ならばバルカ城からも良く見えるはずだ。


 その後は適当に雑談して暇つぶしだ……話題は神学だが、俺の大得意ジャンルでもある。


 腰を据えた議論は白熱し、助祭も楽しそうに持論を展開した。

 どうやらこの若い助祭は学僧らしく、俺の思わぬ学識に驚き喜んでいるようだ。


 俺は助祭と神学の話題を交える合間に「支度(したく)を怠るな、変事に備えろ」とロロに指示をした。

 ロロならばこれだけで十分だ。


「王よ、今のは?」

「軍は変事に備えさせてもらいます。当然の用心ではありますゆえ、ご容赦を」


 俺の言葉に助祭は少し引っ掛かりを覚えたようだが「戦場の機微は読み難く、バルカシシクの軍勢がこちらを不意打ちしないとは限らない。当然の用心として警戒を怠るわけにはいかない」と教えてやると納得したようだ。


 すぐに俺たちは日食の解釈についての議論に戻る。

 助祭は「さすがのご見識に冷や汗が流れます」などとこちらをヨイショしてくるが、俺の神学はリンネル師仕込みの筋金入りだ。

 その辺の田舎坊主に劣るものではない。


 わざわざ目立つ位置で雑談をしているのだ……俺たちの楽し気な様子は城内にも十分に伝わっているだろう。



 程なくしてバルカ城の城門が開き、軍勢が退去を始めた。

 俺は横目で眺めながらタイミングを測る。


 ……恐らく、城内の兵力は1000程度、いやもう少しか……まだ早い……


 敵兵の歩みは遅い。

 俺が出した「持ち出しは身に付けられる物のみ」と言う条件が無くなったので荷車を引きながらノロノロとした歩みを見せている。


 まるで若い娘が(すそ)を持ち上げて水浴びしてるようなモノだ。

 こちらを誘っているようにしか見えない。



「頃合いかな」



 おもむろに俺は立ち上がり「懸かれ!! 城門を制圧せよ!!」と命じた。

 ロロを通じて皆がスタンバイしており、すぐにリオンクール軍は雄叫びを上げてバルカシシクの軍勢に襲いかかる。


 退去する者が荷車などを持ち出していたために城壁は閉じることもかなわず開け放たれたままだ。

 逃げ場も無く、まともな陣立てもしていない集団に負けるはずが無い。


 初陣のロベールも学友たちと馬を走らせるのが見えた。

 なかなか凛々しい武者姿だ……親バカかな?


 碌な抵抗も見せず、バルカシシクの者は逃げまどい、次々に討たれていく。


 財産を身につけた敗残者など鴨がネギしょって「早く食べて」と鍋の中でアピールしてるようなモノだ。

 獣どもは目の前のご馳走に狂喜し、襲い掛かる。


 略奪祭りの始まりだ。


「バカな! 神への誓いを忘れられたか!?」


 助祭は青くなるやら赤くなるやら忙しく顔色を変えながら俺を(なじ)る。

 事態の急変についてこれない様子だ。


 俺は先程の誓詞をペラペラと振りながら「よく読んでください」と助祭に押し付けた。


「何処にも『攻撃しません』なんて書いてませんよ。御坊こそ神との誓約を良く覚えていないようだ。よく見るといい、あなたの甘さが民を殺し、街を焼くのです」


 助祭はブツブツと「バカな」とか「あり得ない」などと呟きながら(うずくま)って泣き出してしまった。

 メンタル弱すぎだろ。


「見てください、もう我が軍は城門も制圧してしまった。あなたのお陰です。この協力の見返りに、東方聖天教会でもそれなりの地位に着けるように計らいますよ」


 見ればすでに一部のリオンクール軍は城内に雪崩れ込んでいる。


「こんなものは詐術だ!! 貴方は神を畏れないのか!? 敬虔な信徒では無かったのか!!」


 いきなり復活した助祭は立ち上がり、悔し涙を流しながら俺を糾弾する。

 感情の起伏は激しいし、この期に及んでまだ神とか言ってるし、色々不安定で危ないヤツだ。


「神もこの戦果に喜んでますよ。『見事な武略だ』って。僧侶の誤魔化しを方便と言うように、武人の詐術は武略と言います」


 これだけ言い残し、俺は間抜けな助祭の事など忘れることにした。


 護衛に愛馬(ノワール)をひいてきてもらい、騎乗する。


「よし、俺たちも城内に向かうぞ」


 俺が命じると皆が素早く馬に乗り、城へ駆け出した。

 城の中はすでに阿鼻あび地獄、楽しい修羅のちまただ。



 この後、間抜けな助祭がどうなったのかは何処にも記録は無い。

 史書には『リオンクール軍は城内の助祭の協力を得、バルカ城を陥落させた』と有るのみである。

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