15話 社交界デビュー
リオンクールに秋が来た。
つまり、俺が領都で過ごすようになり半年ほどが経った。
今日は家臣らが集まり、ルドルフに挨拶をする日らしく、執事アルベールの児童虐待も休みである。
リオンクールは王都よりもさらに雪が深いので、新年では無く秋の行事らしい。
さすがに次男で8才の俺は行事には参加をしないが、挨拶後の宴会には顔を出すことになっていた。
その席で父であるルドルフから紹介されたのが、ルドルフの第2夫人ジゼルと俺の庶兄にあたるユーグ、そして妹のカティアだ。
3人ともに黒い髪に黒い瞳、典型的なリオンクール人だ。
ジゼルは儚げな風情の美人であり、リュシエンヌには無い魅力がある。
年の頃は30才ほどだろうか?
黒髪を高い位置で編み上げ、うなじを見せているのがセクシーだ。
俺が薄っすら記憶してる限りでは確か、ジゼルは身分が低く、俺の実母であるリュシエンヌとも上手くいってなかったはずである。
「はじめまして、バリアンです」
俺が挨拶をすると、3人は戸惑った様子を見せた。
「うむ……あー、ジゼル、バリアンは王都で病を発し、少し記憶を失っておるのだ……決してそなたらを軽んじておるのでは無い」
ルドルフが説明をし、ジゼルは「まあ、記憶が」と痛ましげな顔を見せた。
……そりゃそうだ……いくらなんでも初対面のはずがないだろ……
俺は内心で反省した。
しかし、分からないことはまだある。
「すみません、大変失礼かと思いますが……何とお呼びすれば……?」
俺が恐る恐る申し出ると、ルドルフとジゼルは顔を見合わせた。
「ああ、その……バリアンは記憶を無くしてから大分と感じが変わってな」
「ええ、随分と大人びたのですね……」
ジゼルが戸惑いを見せたが、糞ガキだったバリアンが中身オッサンになったのだ……戸惑わない方がおかしい。
「……今までのようにジゼルとお呼びください、バリアン様」
「わかりました、ジゼル様」
俺が応えると、ジゼルはさらに戸惑った様子を見せる。
どうやら「様」付けが気になるようだ。
「では亜母様とお呼びしてもよろしいですか?」
俺が提案した亜母とは育ての母とか、母に次ぐ人とかそんな感じの言葉だ。
しかし、これも却下。
どうやらリュシエンヌに遠慮があるようだ。
その後、しばらく相談したが結局は「ジゼルさん」「バリアンさん」と互いに「さん」付けで呼び合うことに落ち着いた。無難と言えば無難である。
3人との顔見せが終わり、俺はルドルフにそっと話しかける。
「母上とは違う魅力がある美人ですね、あの細く折れそうな腰など、ついつい支えたくなる」
「う、うむ……」
ルドルフは何だか居心地悪そうに返事をする。
「それぞれに違う魅力があり、比べがたい……母上は健康的で肉感的、ジゼルさんはあくまでも儚く、庇護欲をそそります」
ルドルフは「分かるのか?」と不思議そうな顔をした。
「分かりますとも、私も父上の子ですから」
俺がニチャリと笑うと、ルドルフは「こやつめ」と俺を小突いた……どこか嬉しそうだ。
やはり女の話が男同士が仲良くなる近道である。
しかし、母の違う兄と妹か……仲良くできると良いのだが。
俺は前世では無かった人間関係に少し不安を感じた。
ユーグとカティアは決して俺と親しもうとはしなかった。
以前のバリアンが何かしでかしたのかも知れないし、母の扱いで思うところが有るのかも知れない。
……できれば、仲良くしたいもんだな。
俺は小さくため息をついた。
………………
宴会も佳境に入り、謎の出し物が始まった。
地面に立てたり上から吊るした剣や槍の間を、周囲の掛け声に合わせて数名の男が高速で踊るというスリル溢れる遊びだ。
今のところ女性の挑戦者はいない。
酒も入っているし、皆が大盛り上がりだ。
……凄いなあ、みんな上手なものだ……
今も「ホッ! ハッ! フッ! ハッ!」的な掛け声に合わせて数名の男が踊っている。
刃に触れて血が流れた方が盛り上がる様だ。
「おお、若様!ここにいやしたか!」
「ジロー! 久しぶりだな」
ジローは俺を見つけると大声を上げて近づいてきた。俺たちは互いに抱擁し、再会を喜ぶ。
「紹介しますぜ、こちらが俺の親父です。今日は家督の交代の挨拶も兼ねて来たんでさ」
「奥さんは来てないのか?」
俺の言葉にジローは「えへへ、それはまた次の機会に」と頭を掻きながら、体をくねらせた……かなり気持ち悪い。
ジローはしばらくクネクネしていたが隣の凄い面構えの父親に叱られ、ジローの父はそのまま俺に自己紹介した。
ジローの父は50才はいくらか過ぎているであろう白髪の男性だ。唇の右上の辺りから鼻先までえぐり取られたような酷い傷痕があり、唇が捲れ上がっている。
口を閉じていても黄色い歯が覗く恐ろしい顔つきだ。
ジローの父は加齢のためか髪は白いが瞳は黒く、強くリオンクールの血を感じさせた。
「ヤニックだ。バリアン様の話は良く聞いているぞ、リオンクールの子よ」
ジローの父はヤニックと名乗り、にこやかに俺を抱擁した。
見れば指が何本も欠けている。
……そう言えばジローの親父さんは反乱に参加してたんだっけ。
俺はぼんやりとジローの話を思い出していた。
「ハッ! 薄汚い獣どもが集まって反乱の相談か!?」
すると突然、俺の後ろから暴言を吐きながら執事アルベールが登場した。
大分と酒が入っているらしい。
「さっさと反乱しろ獣ども! 皆殺しにしてやるぜッ!!」
「ガッハッハ、耄碌したかアルベール、右耳も焼かれたいらしいな?」
アルベールとヤニックが罵りながら睨み合う。
どうやら2人には深い遺恨があるらしい。
酷い傷痕の残る彼らの顔が並ぶと、気の弱い人なら気絶しそうな迫力を感じる。
「止めろ、アルベール! ジローは俺の友達だ! 侮辱は許さないぞ!」
俺がアルベールを嗜めると「許さないとどうするんだ?」と怖い顔の執事はニタリと笑った。
「お前の名誉を侮辱する」
「面白い、やってみろ」
男の名誉を汚す、これは殺し合いが始まってもおかしくはない。しかもアルベールは騎士、貴族なのだ。
「オカンとヤってろ!! 粗チン野郎!」
俺が叫ぶと、アルベールの本気の拳が俺を襲った。
目の前が赤くなり、暗くなる。
……やっぱりマザー○ァッカーは共通だな。
俺はニヤリと笑い、意識を手放した。
「やりやがったな!」
「やっちまえ!!」
どこか遠くで喧騒が聞こえる……ジローが俺のために怒っているようだ。
………………
気がつくと宴は終わり、俺は広間に寝かされていた。
口中に違和感を感じる。
モゴモゴと舌を動かすと歯が2本落ちた……どうやらアルベールの拳で折れたらしい。
吐き出した歯を見つめ、乳歯であってくれよと俺は念じた。
見渡せば剣も槍も片付けられ、酔い潰れた男たちが転がっている。
「目が覚めたかバリアン」
ルドルフとアルベールがそこにいた。酒を飲んでいたようだ。
「どうだ? 飲むか?」
ルドルフが俺にハチミツ酒を差し出した。
ハチミツ酒はハチミツの糖分をアルコールに変えるので、強い酒精と濃厚なハチミツの風味が残る。
少し舐めると、これはかなり濃い。アルコール度数も恐らく15%ほどはあるはずだ。
辛口な酒の味わいと、濃厚なハチミツの後味があり、複雑な味わいである。
「これは旨い!」
俺が思わず声を上げると2人はゲラゲラと笑った……すっかりと出来上がっているらしい。
「ルドルフ、お前の息子は国を割るぞ! リオンクールどもを手懐けている! 今のうちに殺せ!」
アルベールが笑いながら際どい冗談を口にした。
見れば顔にアザがあり、目の上が腫れている……相当に大暴れしたようだ。
「ふむ、ロベールは優秀だからな……薄鈍ならばバリアンに譲るが、揃って優秀とは嬉しい悲鳴だ」
ルドルフもグイグイと手酌でハチミツ酒を飲む。
強い酒だが薄めたりはしないらしい。
「ふん、親バカめ」
アルベールはニタリと笑い、こちらを見る。
「バリアンよ、お前は強くなるぜ……それにしてもアレは強烈だった!!」
「オカンとヤってろ!」
アルベールとルドルフは顔を見合わせてゲラゲラと笑う。
どうやら、あのやり取りはルドルフも見ていたらしい。
喜んでいるところを見ると、あの対応は間違いでは無かったようだ。
この後、俺もハチミツ酒をご相伴に預かった。
この世界に来て甘味をほとんど口にする機会が無かったために、無性に甘いものを口にしたくなり……ついつい飲みすぎたようだ。
景色がグワングワンと歪み、俺はひっくり返った。
考えてみれば、今の体の酒量は把握していなかった……まだ8才なので、当たり前と言えば当たり前ではある。
俺はすぐにイビキをかいて眠りに落ちた。
宴会でリオンクール人と執事アルベールの大乱闘……これが俺の社交界デビューであった。
後に聞いた話ではあるが、宴会に喧嘩騒動はつき物で、死人が出なければ大半が不問になるらしい。
この後「オカンとヤってろ」は一種の流行語となり、リオンクールでの喧嘩の時の定番となった。
妙に男臭い話になってしまった。





