141話 助祭の協力 上
分割しました
旧カナール地方は東西に流れるシシク川と南北に流れる中川の恵みを受けた豊かな大地を持ち、アモロス地方の中心に位置する地の利を得た要所である。
かつてカナール王国が栄えた土地は、伯爵家と子爵家が2つずつ、男爵家が1つ、騎士爵家が4つと細かく分割され、強力なリーダーもおらず結束力も無い。
単なる中小諸公の寄り集まりと言った雰囲気である。
これはアモロス王国がカナール王国を征服した後、その豊かさを危険視し細かく分割した結果でもあった。
飛び抜けて強い存在もおらず、それなりに恵まれた経済状況にある彼らは自然と『日和見』と言った行動をとりがちで、自領を保つことに心を砕いていた。
しかし、今は侵略国家リオンクールの脅威に対抗するためにアモロス王国に与し、スクラムを組んで抵抗し始めている。
リオンクール軍はボザ騎士領を理由もなく蹂躙し、領主を殺した。大義名分も無い不意打ちである。
そして更に軍を進め、無道な侵略の手を緩めようとはしない。
旧カナール地方の領主たちはボザがやられたときに皆が『次は俺が狙われる番だ』と考え、結束したのだ。
豊かな旧カナール地方を守るための戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた……
……と、まあ、今の状況はこんな感じである。
言うまでもないが、リオンクールから外に出れば俺は蛇蝎の如く嫌われ、鬼のように恐れられている。
旧カナール地方の領主でリオンクールに寝返る者は今のところはいない。
全部を攻略するのは難しいし、できれば向こうから降参をさせたいが……そのためには何度か敵軍を打ち破り力を見せる必要があるだろう。
最上はアモロスからの援軍を蹴散らすことだ。
リオンクールの強さを見せつければ「アモロス恃むに足らず」と、風の前に靡く草のように自然と彼らは降参するはずである。
「陛下、バルカシシク伯爵よりの軍使が参りました」
俺が状況を整理していると、現在の攻略目標であるバルカシシク伯爵からの使いが来たらしい。
執事のモーリスが取り次いでくれた。
「分かった、会おう」
「承知しました。席を整えさせていただきます、少々お待ち下さい」
モーリスはそれだけを告げ、何やら部下たちに指示を出している。
最近では執事の副官(?)みたいな存在もおり、なかなか興味深い。
弟子か何かだろうか。
少し、間を置いて俺は諸将が居並ぶ席に遅れて入っていく。
この「皆が待っている中に入る」と言うのは何とも気まずい感じがする。
俺はどちらかと言えば特別扱いされたくない方だ。
左右には息子たち。
ロベールは嫡子として、シモンは子爵家当主としての席順である。
本当は3人だけの水入らずで『今後の話』をしたいのだが、俺も息子たちも従士やら何やらと大勢引き連れており、なかなか機会がないのが現実である。
かと言って、陣中で人払いしては『何やら密談をしていた』などと痛くもない腹を探られる……王族とは不便なものなのだ。
程なくして軍使と従者が現れた。
軍使は兜を小脇に抱え、恭しく頭を下げる。
「前口上は不要。バルカシシクは我らと戦うか、否か」
俺がいきなり本題をぶつけると、軍使は少々面食らった表情を見せ「我らは理由無きリオンクール王の侵攻に……」などと前口上を始め俺をイラつかせた。
融通の利かないタイプなのかもしれない。
「やめろ、鬱陶しい。もう帰れお前」
「いえ! 違います! お気に障られたのならば……」
いきなりキレてる俺に軍使が戸惑いを見せ、ロベールが「さすがに可哀想じゃないかな」と呟いた。
……いかんな、最近どうも怒りっぽくなったみたいだ……
そう、最近の俺は些細なことが我慢できない。
体調不良でストレスが溜まっているのだろうか。
俺はロベールの言葉に反省し「ごほん」と咳払いした。
「うん、さっさと本題を言って欲しい。小便を我慢して気が立っていたようだ……最近、年のせいか小便が近くなってな、許せ」
適当に考えた言い訳だが、生理現象ならしょうがないだろ。
息子たちは嫌な顔をするが完璧な言い訳だ。
「申し訳ございません、早速ですが……我らは争いを望んでおりません。今回の戦は些細な行き違いからの……」
……耳が詰まってるのかコイツは……また建前から話を始めやがった……今さら軍を退けるわけ無いのが分からんのか……
俺は再び軍使を促そうと口を開きかけた……が、言葉がでない。
胸の痛みだ。
しくしくとした嫌な痛みを胸の奥に感じる。
今回は痛みと言うよりも違和感や悪寒に近いかもしれないが、とにかく気分が悪い。吐きそうだ。
……っ、こんな時にか……
皆に苦痛の表情を見せたくない俺は必死で吐き気を堪える。
こちらの様子を見たロジェやピエールくんが「そんな話はどうでも良いだろう」「早く用件をお伝えください」と軍使を急かした。
どうやら俺の様子から怒っていると判断したようだ。
彼らは苦悶の表情を鬼の形相と受け取ってくれたらしい、それならそれで構わない。
軍使も黙り込んだ俺に気付き、再度頭を下げた。
「で、では……バルカシシク城を引き渡しますゆえ、我らの脱出を認めていただきたいのです」
軍使はチラリと俺の様子をを伺う。
「む……続けろ」
俺が絞り出すように声を出すと、隣のシモンが「そんなに小便我慢してるのか?」と首を傾げた。
「はい、我らの兵は少なく、城を守り抜く自信がありません。城を明け渡します……その代わりに……」
「他の軍との合流を見逃して欲しいのか?」
軍使は「左様です」と言いづらそうに答えた。
俺は考えるフリをして体を少し丸めた。
徐々に痛みは治まり、胸には違和感のみが残る。
……良かった、すぐに治まってくれたか……
楽になった俺は気を取り直し、軍使の提案を考える。
バルカシシク伯爵の居城バルカ城は旧カナール地方攻略の橋頭堡としては申し分ない位置にある。
戦わずして手に入るならばそれはそれで良い。
リスクとしては、占領したは良いが、食べ物や井戸に毒が仕込まれているとか、脱出した敵軍が援軍と合流して数を増やすことだろうか。
バルカシシク城は城郭都市と聞くし、市民に紛れた兵が悪さをするかもしれない。
黙り込んで考えていると、軍使は必死で城を明け渡すことはリオンクールの利になると説き始めた。
向こうもシモンにやっつけられて苦しいのだ。
籠城戦への備えも無いのかもしれない。
「良かろう。ただし、こちらの安全が確保されるまで人質は出してもらうぞ。それと幾つか条件がある」
俺の言葉を聞いた軍使はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「兵だけではなく、市民も全て退去せよ。残るものは老病者であろうと皆殺しにする。持ち出す財産は身に付けられる物のみ、城の施設や兵糧は破棄せずそのまま、兵糧や井戸に毒を入れるなどの行為を見付け次第に人質を殺す……生きたまま串刺しだ」
要は「身一つで出て行け」と要求したわけだ。
この条件はキツ目ではあるが、退去したいのはあちらの都合である。
こちらは城攻めをしても構わないのだ。
「……その条件では即答しかねます、1度持ち帰り返答いたしたく……」
「構わんよ、ただし待たんぞ、軍は進む。俺の攻め手はキツいぞ覚悟しておけ……何しろ俺は城攻めに失敗したことは無いからな」
まあ、この言葉は嘘だが、アピールに誇張は付き物である。
俺がニタリと笑うと、軍使は少し顔を引きつらせて退出した。
「父上、小便しなくていいのか?」
「うん、すかしっ屁をこいたら引っ込んだわ」
シモンの質問に適当に答えると、息子たちは「オエーッ」とか言いながら露骨に嫌な顔しやがった。
何だかんだで彼らは気も合っているし仲が良い。
帰ったら1度プライベートな空間に集まり、3人で語り合わねばならないだろう。
「城攻めかー、楽しみだな。息子も見てるし一番乗り目指しちゃうか! 折角だしシモンと首とり競争でもいいな!」
必要以上にはしゃぎながら明るいセリフを口にすると、何だか胸がスッとした。
今日は大した痛みはなかった……少しは良くなってるのかもしれない。
「まだ攻めるって決まってないよ」
「何だよ首とりって。不気味な競技だな」
息子たちが何やら文句を言っているが、俺の意識はもう城攻めに移っていた。
……戦で暴れてストレス発散したら良くなるかもな……最近は戦をしてなかったから調子崩したんだな、きっと……
俺は無理やり胸の違和感から目を逸らした。
その後、子供の頃にロロやジャンと病気の奴隷や犯罪者の首とり競争してたことを話したら息子たちはドン引きしていた。
アルベールが悪いよ。手早く殺す訓練とかなんだからさ。
地図がすっかすかで申し訳ありません。
全体図との整合性が取れなくて……概念図でお願いします。
空いてる地名はややこしいので、作中に出てから書き入れます。





