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140話 親子喧嘩

 数日後



 リオンクール軍はボザ城に達した。

 ここまでのボザ領ではそこかしこで戦闘の痕跡が残り、シモンの戦いぶりが見てとれるようだ。


 ボザ城は典型的な土塁と柵の小城である。


 俺たちはマメに使者を出しながら城へ向かう。

 これは誤認からの同士討ちを防ぐためだ。

 逆に友軍だと油断していたら敵でしたなんて話もいくらでもある。


 面倒ではあるが、こうして偵察がてら使者を送るのは必要なことなのだ。



 ボザ城の周囲には城に収まりきらなかったであろう兵が野営をしている。

 バシュラール、コクトー、ゲの連合軍2500人だ。

 彼らは歓声を上げて俺たちを迎え入れる。


「「バリアン!! バリアン!!」」

「「うわぁぁぁぁぁ!!」」

「「バリアン!! バリアン!!」」


 バシュラールやコクトーの軍も俺を迎えて大騒ぎをしている。


 ……不思議だ、俺は彼らの仲間を殺しまくったのに何故こんなにも喜んでいるのだろう……


 俺は内心で首を傾げるが、その辺はよく分からない。

 彼らには彼らの理屈があるのだろう。


 軍はそのまま進み、門の辺りでロベールの出迎えを受けた。

 俺は騎乗のままだが、ロベールは(かち)だ。


「父上、この城は手狭でリオンクール軍が入ることはできません」

「そうか、兵は野営させよう。皆に指示してきてくれ、明日にでも出立するから簡単でいいぞ。終わったら軍議があるから広間まで来るようにな」


 俺が告げるとロベールは「はい、すぐに済ませます!」と勇んで後続の兵らに向かって行った。

 単なる使いっ走りだが、こうした小さな事から軍を動かすコツみたいのを学ぶのだ。

 軍を統率するのは口で説明しづらい勘所(かんどころ)みたいなモノがあり、こればっかりは慣れていくしかないだろう。


 俺も初陣の時には「兵として戦え」と叔父から言われたものだ。

 シモンとて、始めは騎兵として参加したのみ……いきなり指揮を執るのは出来ることではないのだ。


「小さいことからコツコツと。時間があればそれが一番なのは間違いない」


 俺は自嘲し、僅かな護衛と幹部のみで城の広間に向かう。


 広間には既にシモン、ゲ、コクトーと、その重臣らがズラリと並んでいた。


 俺はその中をズンズンと進んでいき、ドカリと乱暴に城主の座に着いた。

 城主だった騎士ボザは小柄だったのか、椅子はやや小振りだ。

 武装した俺が勢い良く座るとギシギシと椅子が悲鳴を上げる。


 一拍置いた後、俺が皆に「楽にしてほしい」と声を掛けると何となく場の空気が弛んだ。


「さて、事のあらましは聞いている……シモン! 前に出ろ」


 俺が声を掛けると、シモンがやや緊張の面持ちで俺の前に進み出た。

 彼も今回の件で俺がどう出るか測りかねているのだろう。

 

 シモンは16才、少し見ないうちに身長は更に伸び、今や俺と大差の無い体格である。


 ……いや、シモンの方が大きいかもしれん……


 俺は表情にこそ出さなかったが、その偉躯(いく)に驚いた。

 見るからに素晴らしい威風を備えた若武者である。


「先ずは戦勝おめでとう。城主のボザ一族はどうした?」

「殺した。妻子は女だけ逃がした。男は皆殺しにした」


 俺はシモンの言葉を聞いて「ふむ」と考えた。

 シモンは「女だけ逃がした」と言うが、やや甘い処置とも言える。

 女は子を産み、その子供はボザの血を引いているのだ。いずれボザ領における権利を主張してくるかもしれない。


 意外とシモンは騎士道精神的なものが旺盛おうせいだ……恐らく傅役エンゾの影響だろう。


「女を逃がしたか……まあいい。そこはお前の判断で良いだろう」


 俺は立ち上がり、シモンの前までゆっくりと歩む。


「このボザ領はお前が切り取ったものだ、好きにするが良い。そして、この働きに褒美を与える」


 俺がにこやかに語り掛けると明らかにシモンは油断をした……「ほっ」と息をついたのだ。


 瞬間、俺の拳がシモンの腹にめり込んだ。

 鎖帷子の上からだが、お構いなしに全力でぶちこんだ一撃にシモンが悶絶する。


 俺は素早くシモンの後ろに回り込み、互いの左足同士を絡ませ自由を奪い、左手をシモンの右脇に差し込んだ。

 そして差し込んだ左手を絡ませるようにしながらシモンの上体を引き起こし、両手を組むようにガッチリとホールドする。


 コブラツイスト、アバラ折りと呼ばれる技だ。


 俺が背筋を伸ばすようにしてシモンの体を締め付けると「がはあぁ!?」と苦しそうに息子は悲鳴を上げた。


 世の中には「コブラツイストは痛くない」と主張する者もいるが、完璧に決まったコブラツイストは地獄の責め苦である。

 左手で相手の肩を固めるように極めると凄まじい苦痛を相手に与えるのだ。

 まともに入れば数秒ともたないだろう。


 ただ、痛くないようにかける『見せる』ためのコブラツイストがあるのも事実だ。

 その場合は相手の肩を抜けば良い。


 ちなみに『アバラ折り』と言われるが、痛め付けるのは首筋から肩、背中、腰だ。


「ぎ、ぎ、な、何だ、これは、あがが、ぐああっ」


 シモンが必死で逃れようと身を(よじ)る。

 俺があえて技を解き、後ろから突き飛ばすとシモンはうつ伏せに床に倒れ込んだ。


 そのまま俺は背中にドスンと座り、シモンの顎を両手で掴んで上に引き上げる。


 キャメルクラッチ、駱駝ラクダ固めだ。


 両腕もホールドしているので脱出は不可能。

 シンプル故に力加減を間違うと大変な事故を引き起こす危険な技である。


「お前は、俺より弱い!! 勝手なことをするな!! 弱いヤツが粋がるなっ!!」


 俺が怒鳴り付けながらギリギリと力を加えるとシモンは「わ、わかった、あがが、死ん、死、じまう」と呻き声を漏らした。


「お前なぞ、死ねっ!! 死んでしまええっ!!」


 俺はそのままスリーパーホールドに移行し、シモンの意識を完全に刈り取った。


 完全に失神したのを確認して技を解き、俺が2度ばかり背中をバンバンと叩くと、息子は「ブフッ」と息を吹き返した。

 意識は失ったままだ。


「ふん、小便漏らさなかっただけ褒めてやるぜ」


 深く失神すると、全身が脱力し失禁することはままある。



 俺が言葉を吐き捨てながら立ち上がると、広間はシンと静まり返っていた。



「次はゲ男爵、修道士ブルノー、前に出よ」


 俺が声を掛けると、2人は躊躇ためらいを見せた。


「早くしろ、待たせるな」


 俺が再び(うなが)すと、観念したように2人は進み出る。既に顔面蒼白だ。


「ゲ男爵」

「……は」


 俺が穏やかに声を掛けると、男爵はビクリと体を震わせた。

 声は穏やかだが、全力で放っている俺の殺意を感じ取っているのだろう。


「俺が卿を裁くのに証拠はいらん、意味が分かるか?」


 ゲ男爵はガタガタと(おこり)の様に体を震わせた。


「次の警告は無いぞ、覚えておけ」


 俺がポンと肩に手を置くと、ゲ男爵はガクリと膝を着き「ありがたき幸せ」と震える声を絞り出した。


 さすがの俺でも証拠なしでゲ男爵を処罰しては、他の諸公の反感を買ってしまう。

 彼らが「次は自分かもしれない」と考え出しては大変な事態を巻き起こしてしまいかねない。


 今は「俺は証拠なしでも殺っちゃう男なんだぜ」と脅すことしかできないのが現実である。


 だが、効果は有ったようだ。

 項垂(うなだ)れた男爵は(うつむ)いたままガタガタと震えるばかり……これだけお灸をすえれば当分悪さはしないだろう。



 次に俺がブルノーの方を向くと、既に彼は顔にびっしりと冷や汗をかいていた。

 血の気が引いた真っ青な顔色に浮かぶ玉の汗は病的な雰囲気すらある。


「困るな、ブルノー、こう言うことがないようにお前がいるんじゃないのか? ん?」

「……申し訳も、ございません……」


 俺が声を掛けると、ブルノーは消え入るような声で応えた。

 彼はシモンの(しゅうと)であり、補佐役である。

 今回の件に積極的な関与をしたとは思えないが、責任が無いとは言えない。


 俺はブルノーにもシモンと同様に腹にパンチを食らわせると、一撃でブルノーは(うずくま)り「こひーこひー」と不思議な音を出しながら悶絶した。


「ボザ領の管理は任せたぞ。あまり失望させるな」


 ブルノーからの返事はない。

 ただ(うずくま)って苦悶の表情を浮かべるのみである。


「ふん、まあいい……この城は手狭だ。明日、軍を動かすぞ! バルカシシク伯爵の城は広かろう」


 バルカシシク伯爵の居城はボザ領の南、シシク山の西である。

 前線基地とするにも悪くない位置だ。


「北からの軍に伝令を出せ。バルカシシク城に向かわせろ、そこで合流するぞ!」


 俺はカッコ良く片手を伸ばして命令するが皆の反応がイマイチだ。

 いつもならここで皆が動き出すのだが、伝令を出す気配すらない。


 ……何か恥ずかしいなこれは……シモンにやり過ぎたか……?


 引くに引けず、片手を上げたまま考えていると「バルカシシク伯爵の居城はバルカ城です」とロロが小声で教えてくれた。


「目標、バルカ城!」


 言い直すと、皆が動き始めた。

 ややこしいんだよバルカシシク、俺に恥かかせやがって絶対許さねえぞ。


 怒りに燃える俺が決意を新たにすると、ロベールが入ってきた。

 手間取ったようだが野営の指示を終えたらしい。


 遅れて入ってきたロベールが、倒れているシモンやブルノーを見て驚きのあまり「うわっ!」と声を上げる。

 ロベールからすれば全く意味が分からないだろう。


 俺が「もう軍議終わったぞ」と声を掛けると、何やらショックを受けた顔をする。


「何で待ってくれないんだよ! 俺は父上に言われて野営の準備したのに……!」


 ロベールは涙目で俺を睨み付けている。

 何か本気でキレているようだ。


「いや、怒ることじゃないだろ? 軍議ってもさ、シモンを殴っただけだし」

「俺も初陣なんだぞ、子供扱いすんなよっ!」


 怒鳴るロベールは丸っきり癇癪(かんしゃく)を起こしてるガキだが……考えてみれば13才なんてこんなものだろうか?


 突然始まった親子喧嘩に周囲も戸惑っている。


「ちょっと、ジロー! 何とかしてくれ」


 こちらを見てニヤニヤしているジローに助けを求めると、彼は「えっへっへ」と意味の分からない笑い声を上げた。


「なんでジローなんだよ! もういいよっ!」


 ロベールは完全にスネてしまった。

 確かに『初めての軍議に出席しようとしたら終わってた』と言うのは可哀想ではある。

 本人も「皆に挨拶を」くらいは考えていただろう。


 ……しかも、その原因は明らかに俺だし……


 何か凄く悪いことした気がしてきた。


「すまんな。その……わざとじゃなくてな」


 考えてみたらシモンへの制裁で頭がいっぱいだった。

 初陣のロベールに対する配慮が無かったかもしれない。


「えっへっへ、若様が悪いよなあ」

「まあ、シモン様のアレを見せたくなかったのは分かります」


 ジローとロロが何やらニヤ付きながら勝手なことを言っている。


 ……難しいもんだなあ……


 俺は深いため息をついた。

 ロベールは無言で俺を睨んでいる。スネた息子は可愛いものだが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 俺にとって『息子の初陣は2回目だから』と簡単に考えていたのかも知れない……俺にとっては2回目でもロベールには最初で最後の初陣なのだ。


 親父が自分の初陣を軽んじていると感じれば怒るのが当たり前である。ロベールも騎士としての誇りがあるのだ。さすがの俺も反省した。


「ごめんな、いやほんと悪いことしたと思ってる」


 俺はロベールに平謝りした。



 シモンを殴った拳は腫れ上がり、じんじんと痛んだ。

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