138話 叱るべきか、褒めるべきか
「なにやってんだ、あのバカ……」
西からの報せを聞き、俺は頭を抱えた。
使者はポンセロから、次いでジョゼからも同じ内容のモノが届く……誤報では無いだろう。
俺の長男シモンが勝手にアモロス王国との戦端を開いたのだ。
「如何しますか?」
ロロが心配げに声を掛けてくれるが如何も何もない。既に戦は始まってしまったのだ。
「今さら矛を収めることは難しいだろうな……アモロスが出てくるだろうが、やるからには勝つ」
俺はぐっと目に力を込め、気合いを入れ直した。
戦略を練ると同時に指示を出す。
「先ずは留守を任せる叔父上に報せよう。続いて陣触れだ、城塞都市ポルトゥに諸将を集めろ。バシュラールの者には直接シモンに合流するように伝えてくれ」
俺が大雑把に指示を出すと、ロロがさらに細かく具体的な指示にして同胞団員に伝えていく。今のロロは同胞団の最古参として俺の親衛隊長のような立場となり、同胞団の実質的なリーダーなのだ。
「北東部の諸公にも先ずは知らせろ『追って指示を出す、出陣に備えろ』とな。ダルモン伯爵とコクトー男爵は既に知っているかもしれんが、そちらにも頼む」
俺も諸公に指示を出すのも慣れたものだ。
次々に同胞団員は散っていき、残るはロロだけとなった。
「何だか、平気そうですね。もっと怒るかと思いました」
「ん? まあな。短慮ではあったが、シモンは領主としての務めを果たしたとも言えるからな……褒められんが責められんよ。子分のケツは親分が持つもんだ」
俺は苦笑いをする。
シモンが羊飼いの喧嘩で軍を出したのも、こうしてシモンのトラブルに俺が動くのも「いざとなれば親分に守ってもらえる」と言う君臣関係ゆえだ。
ここで俺が「自分のケツは自分で拭け」と放り出しては、他の家来や諸公にもソッポを向かれる事態となるだろう。
いざと言う時に守ってもらえるから、部下として仕えるのだ。
そうでなければ誰が好き好んでペコペコするものか。
確かにシモンが勝手に戦争を始めたことには腹が立つが、これは良い機会かもしれない。
俺がまだ元気なうちに嫡男ロベールを戦に連れ出すのは悪くないだろう。
「ロベールを初陣に出すぞ。シモンは12、ジャンは13で初陣を果たしたんだ。ロベールが13才でも問題ないだろ」
「うーん、その人たちと比べるのもどうかと思いますけどね」
俺の言葉にロロは首を傾げる。
確かにロベールは『普通』の少年で、体格も並みだ。
シモンのような肉体も、ジャンのような獰猛さも感じられない。
だが、護衛を着けてでも戦陣に触れさせて経験を積ませてやりたい。
例え戦場で何もできなくても数をこなせばそれが実績となり、周囲を黙らせることができる筈だ。
王が一番強い武人になる必要はない、家来たちが「これなら」と納得して仕えてくれるだけの実績でいいのだ。
……そうだ、少なくとも初陣、あとは誰かに補佐してもらいながら小戦で大将を努めて……
そこでふと、ロロと目が合う。
常に俺を支えてくれたロロならば補佐役に最適ではある。
「……ロロ、俺が早死にしたらどうする? ロベールに仕えてくれるか?」
俺がポツリと尋ねると、ロロは少し考えて「お断りします」と答えた。
ロロは俺の相棒だ。
ある意味では家族よりも近しい存在、半身と言っても過言ではない。
既にロロは俺の体調の変化を察しているのだろう、下手な誤魔化しをせずに本音をぶつけてきた。
俺に変な期待を抱かせないためだと思う。
「……そうか、今のロベールではロロから見ても駄目か」
俺は深くため息をついた。
ロロは俺と近い価値観で判断ができる存在だ。その彼が「断る」と言えば仕方ないではないか。
「勘違いしては困ります。私はバリアン様と共にいるだけ、リオンクール家に仕えているつもりはありません……その後は隠居するか、女房の実家で番頭でもしますよ」
「そうか、そうだな」
俺は「シモンならどうだ?」と言いかけて言葉を飲み込んだ。
それは言うべきではない。
……親が子供を比べちゃ駄目か……しかし、惜しいな……
俺はまた、大きなため息をついた……この惜しいには色々な意味がある。
一切皆苦とは良く言ったもので、世の中は思い通りにならないことばかりだ。
それは王でも例外ではない。
………………
半月後、城塞都市ポルトゥ。
俺は諸将と共に広間でポンセロからの使者を迎え、報告を聞いていた。
悪い知らせではない、捷報だ。
バシュラール領の軍とゲ男爵の軍を率いたシモンは攻勢に出てナントカ伯爵やらの軍を撃破し、ボザ領の城を攻囲しているらしい。
素晴らしい戦果だ。
やるやるとは思っていたがシモンは本当にできる子だった。
リオンクールの諸将もどよめき、口々にシモンの勝利を褒め称えている。
……親としては嬉しいが、ちと複雑ではある……
俺はチラリとロベールを見たが、ロベールもシモンの活躍に興奮しているようだ。顔が上気している。
……気楽なもんだな……まあ、仕方ないか……
ロベールは俺の心配をよそに、仲の良い兄の活躍を無邪気に喜んでいるのだ。
しかし、シモンが活躍し過ぎるのは良くない。
シモンは庶子、ロベールは嫡子、普通ならば逆転はあり得ない。
だが、あまりにもシモンの才気が飛び抜けていては、その序列を曲げてでもシモンを神輿として担ぎ上げる者が出てくるのは想像がつく。
この乱世を生き抜くには強いリーダーが必要だからだ。
勝てば、金も、名誉も、土地も、女も手に入る。
逆に戦下手が率いていては、殴られて財産を取り上げられるだけ……この中にもシモンの活躍ぶりを見て「シモンこそ王に相応しい」と考えるものがいても、何ら不思議ではないのだ。
いくら兄弟仲が良くても周囲に担がれて争わねばならないのは俺が身をもって体験している。
子供達には同じ思いをさせたくない。
……勝手に戦端を開いたシモンを叱るべきか、それとも戦果を褒めるべきか……
色々と考えるだけで頭が痛くなってくる。
この手の判断は難しい。
臣下と王の関係は、突き詰めれば個人の人間関係になってくる。
俺の掛ける言葉1つでシモンがロベールに反感を抱いては不味い。
……めんどくせえ……本当はロベールが有無を言わせぬ力を見せるのが簡単だが……
俺はグッとため息を飲み込んだ。
皆の前で弱気は禁物だ。
「先ずは良し……だが、これでアモロス王国が出てくるな」
俺がハッキリと口に出すと、場の空気がピリッと締まった。
衰えが目立つとはいえ、アモロスは大敵である。
油断はできない。
「陛下、北東部の諸公には既に?」
執事のモーリスが気を回して会議を進めてくれる。
最近のモーリスの見た目はアルベールに似てきた気がする……モーリスも40才程になるだろう。
隻眼に傷痕のある面構え、指の欠けた凄みのある姿は往年のアルベールを彷彿とさせる。
……まあ、あそこまで傷だらけじゃないけどな……
何となく、懐かしい気持ちでモーリスを眺めていると「おほん」とモーリスが咳払いし、俺は我に返った。
「うん、すまんな……北東部の諸公とアンドレにはダルモン伯爵領を経由して北側から侵入するように指示を出した。ダルモン伯爵も併せて6千に迫る大軍だ」
俺の言葉に皆が「おおっ」とどよめいた。
6千とは大軍である。
「コクトー男爵はシモンと合流するために動いている筈だ。こちらも我らリオンクールが2500人、バシュラールが1500人、ゲとコクトーで1000人くらいか……エルワーニェの傭兵も参加しているし、ざっと5千人は超える計算だな」
こちらも大軍である。
ここまでこれば、牧草地の境界線の話では済まない。
いきなりアモロス地方の雌雄を決するような話になってしまった。
「併せて1万を超えてるのか……」
「それが味方ですか、途方もない数ですね」
ロジェとピエールくんが感嘆の声を上げた。
他の者も頷き、同意を示している。
「先ずはシモンと合流するぞ。行き掛けの駄賃だ、ナントカ伯爵を血祭りにあげてやる」
俺が気勢を上げると「バルカシシク伯爵ですよ」とロロがフォローしてくれた。
バルカシシク伯爵とは変わっているがこれで姓だ。
シシク山を領地とするバルカさんから転じてバルカシシクが姓になったらしい。
このシシク山はゲ男爵領より西にある霊山である。
有名な修道院があるらしい。
「バルカシシクね、良し覚えた」
「普通はお隣さんの名字くらい覚えてますよ」
ロロが冗談めいた口調で場の空気を弛めてくれる。
初陣のロベールを気遣ってくれているのかもしれない。
「ロベール、初仕事だ。学友たちとシモンの陣まで使いに出てくれ『ポルトゥを出た、合流するまで無理すんなよ。勝手に戦を始めんな馬鹿』って伝えるんだぞ」
「分かりました」
俺の冗談めかした言葉に、ロベールは生真面目に応じた。やや緊張しているのが見てとれる。
「ドーミエ、子守りを頼めるか」
俺が尋ねると、この歴戦の新米騎士は「任せあれ」と渋く応える。いかにも古参兵といった佇まいが頼もしい。
ドーミエは肱川の工事をドロンに任せ、こちらに参加したようだ。
彼に任せておけば問題は無いだろう。
ドーミエはロベールを引き連れてすぐに席を発った。
少しでもロベールを露出させてやりたいし、このくらいのお使いなら無難だ。
「良し、出陣だ! バシュラール城を経由してシモンと合流するぞ!」
俺の号令のもと、諸将は動き出す。
目標はシモンが攻めるボナ騎士領だ。
俺はまだ、シモンにどうやって声をかければ良いのか、決めかねていた。