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135話 領都拡張計画 下

 議員たちは(はな)から工事の打ち合わせをする腹積もりだったらしく、何枚か地図を取り出して候補案を幾つも提示した。

 しかし、わざわざ拡張工事をすると言うのにその規模は小さい。


「どれも駄目だな。折角(せっかく)拡張工事をするのにチマチマやる必要はない。工事は大規模に行い、今後の人口増加にも備えるべきだ。少しだけ、必要なところだけ、と何度も繰り返すのは無駄が多い」


 俺がダメ出しをすると、議員たちは口々に「予算」「工期」「人員」などを理由に抵抗する。

 城の拡張工事は市議会からも資金が出ることになっているので彼らも必死なのだ。


 その抵抗は執拗で、俺が口を開けば「出来ません」から話が始まる……考えもせずに「NO」から入るのだ。

 議員たちの態度に俺はイラついた。


 コイツらは俺の言うことに反対したいだけじゃないかと疑う程に頑迷だ。


「恐れながら、お若い陛下はご存知ないかも知れませんが、以前の拡張工事の記録では……」


 今も議員の1人がしたり顔で「前例」を口にする。

 何だか、無性にムカついてきた。



 ……なんだコイツらは……こんな頑迷なジジイどもが俺に指図するのか……領都の人口が増えたのも、病人が減ったのも、交易の拡大も、農業生産の増加も、新しい産業も……



「全部俺のやったことだろクソッタレどもがーッ!!」



 俺はキレた。



 椅子を倒しながら勢い良く立ち上がり、自らの服を掴み、ビリビリに引き裂いて威嚇する。


 これだけでジジイの1人は「ひいいいいっ」と甲高い悲鳴を上げた。


「ごおおぉぉぉぉっ!!」


 俺は曲刀を抜き、地図が乗っていたテーブルの角を切り飛ばす。


「この俺の言うことが聞けんのかっ!! ぶち殺すぞっ!!」


 その勢いのままに俺が怒鳴り付けると、議員たちは椅子から転げ落ちるように平伏し、口々に命乞いと謝罪を始めた。


「待てっ! バリアン、殺すのは不味い!!」


 ロドリグは必死の形相で俺を押し止めるふりをし、小声で「少し離れるぞ」と語り掛けてきた。

 そして俺を押し出すように2人で広間から退出する。



 議員たちは叔父を救世主でも見るかのように手を合わせて拝んでいた。




………………




 別室にて、叔父はニヤリと笑い「あんまり脅しすぎるなよ」と悪い顔を見せる。


「分かりましたか?」

「当たり前だ……殺すなら脅しなど口にせず、いきなり殺すヤツだ。お前は」


 ロドリグは「ふう」とため息をつく。


 まあ、確かに殺す気は無かったが、キレてしまったのは事実だ。少し気まずい。


「それで? お前の意見を聞かせろ」


 ロドリグは手にしていた地図を広げて俺を促す。


「え? 意見ですか?」

「そうだ。大規模な工事をしたいと言ってたろ?」


 叔父は「どうなんだ?」と重ねて俺に尋ねた。

 どうやら叔父は俺の意見を聞くために別室に連れてきたらしい。


「あ、はい……このペースで人口が増えると、生半可な拡張ではまた工事をする必要があると思うんです」


 俺が意見を口にすると、ロドリグは「同感だ」と同意してくれた。


 以前から俺も領都の改造はしなければならないと考えてはいたのだ。

 ベイスンのように一から作った町とは違い、日々の営みの中で増改築を繰り返した領都はゴチャゴチャしており不便だ。


「だから、俺は……ちょっと地図からここ……この辺りに小さな池があります。この池を城内に取り込むようにしてはどうかと」


 俺は地図をなぞりながら南の一点を示す。


「何だと!? そんなに遠くか!」


 ロドリグが驚きの声を出した。

 俺が示した地点は領都の城壁から、かなり南に移動した場所だ。


「もちろん予算の都合もありますから、北半分の城壁は残して……ちょっと書き込みますね、こんな感じに」


 俺は墨で城壁の南側をぐぐっと拡げるように書き込んでいく。

 領都の形は少し(いびつ)な円形だったが、俺が書き込んだことによってキウイフルーツみたいに南北に縦長の楕円形となる。


 およそ、南に倍ほど拡張する形だ。


「そして、北の旧都市部と南の新しい区域を大きく別ける大通りを通しましょう……こんな感じに。これは火事の対策です、広い道で延焼を防げれば、被害は最悪でも半分になる」


 俺は楕円形の真ん中に東西に走る道を書き込んだ。


 ロドリグは少し怯んでいるが、あえて無視して話を続ける。


「南の取り込んだ池の側に鍛冶屋などの火を使う職人を集めます。これも火事対策です」

「なるほどな、そのための池か」


 俺は池の側に「鍛冶」と書き込んだ。


 城郭都市での火災は恐ろしい災害である。

 隙間(すきま)無く、みっしりと建ち並ぶ木造住宅街で火が出ては大惨事となりかねないのだ。

 城郭都市の火事対策はやってやり過ぎることは無い。


「そして、この辺りに宮殿を建てます」

「宮殿だと?」


 ロドリグが意外そうな顔をした。

 今まで俺は住居に関しては無関心であり、ロドリグもそれを知っていたからだ。


「はい、実はダルモン伯爵は宮殿を持っています……私はあまり興味ありませんが……」

「王宮が無くては格好がつかないか」


 俺はロドリグの言葉に「そうです」と頷いた。

 馬鹿馬鹿しいとは思うが、大きな建物は権威の象徴でもある。

 配下のダルモン伯爵が俺より大きな宮殿に住んでいるのはいかにも不味いのだ。


「後は東方聖天教会の大聖堂……」


 俺が続けようとした所で、叔父が「待て待て待て」と慌てて言葉を遮った。


「一体、どれだけの予算と時間を費やす積もりだ? 幾らなんでも大規模に過ぎるぞ」


 ロドリグは少し顔を青くして俺に反対する。

 確かに、これはリオンクール史上に残る大工事だ。


「大聖堂は教会が金と人を出して作れば良いのです。領都に土地を与えると言えば彼らは喜んで建設を始めるでしょう」

「まあな、それにしても……肱川の工事もあるし……5年、10年では効かぬぞ」


 俺はロドリグの言葉に頷く。


 先ずは肱川、次いで領都になるだろう。

 連続する大規模な工事は財政を圧迫し、民の負担となる部分も少なくないはずだ。


「20年……いや、25年」


 俺が口にするとロドリグが「む?」と怪訝そうに眉を潜めた。


「この工事の完成は25年後です。()いては重税や夫役(ぶやく)(労働課役)で民を苦しめます。再来年の春から始め、25年後の完成を目指しましょう」


 この25年と言う数字は何か根拠があったわけでは無い。

 だいたい「このくらい」と言った程度のアバウトさだ。


 だが、俺がハッキリと口にしたことでロドリグは納得したらしい。

 なにやら衝撃を受けた顔をした後に、しきりに何度も頷いている。


「そこまで先を見据えていたか……ならば私からは何も言うまい。思えば今の領都の盛況は、お前が10年以上も前から蒔いていた種が実を結んだわけだ……当時の俺は半分も理解できていなかったがな」


 叔父はしみじみと「25年先をなぁ」と寂しげにつぶやいた。

 どうやらハッタリが利き過ぎたかもしれない。


「だがなバリアン、世の中にはお前のように先を見通せる者は稀だ……議員たちが反発するのも理解してやれ。人は分からぬものは怖い、あやつらの目には25年先を見通すお前がバケモノのように映っているはずさ。あまり脅かすな」


 ロドリグが俺の肩をポンと叩いて忠告をしてくれた。


 ……どちらかと言えば、いきなり暴れる大男って意味でビビられてそうだが……


 俺は色々と思うところがあったが、黙って聞いていた。

 父の代からリオンクールを支え続けた叔父の言葉を茶化すことはできない。


「もう帰って良いぞ。それだけ聞けば調整は俺の仕事だ。風邪引くなよ」


 ロドリグは俺が書き込んだ地図を丸めながら「25年じゃ、俺はとても生きていないな」と苦笑いをした。



 俺は部屋を退出する叔父に頭を下げて見送った。

 全く、この叔父には頭が上がらない。



 俺は屋敷を出て護衛と合流した。


「うわっ! 何で裸なんですか!? 寒くないんですか?」


 俺の姿を見たロロが驚いて口をあんぐりと開けた。

 寒いに決まってんだろ。



 その後、帰宅した俺は体調を心配していたスミナにしこたま叱られることになる。


 さすがに「裸くらいでそんなに怒るなよ」とは言い辛く、俺は両手を上げて降参した。


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