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135話 領都拡張計画 上

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 冬、雪が降り積もる季節、夜中。



 俺は口中に込み上げる苦い液体で意識を覚醒させ、飛び起きた。


「ぐえぇっ、げぼっ」


 何とかベッドからは離れ、半ばまで消化された夕飯を床にぶちまける。


「あなた! どうしたんですか!? 誰か、医者を!」


 俺の様子にスミナが驚き、大声を上げた。


「……大丈夫だ、少し、気分が悪くなった……だけだ」


 俺は荒い息を整え、スミナに語り掛ける。


「あなた、休んでください。人を呼んできますから」


 スミナは素早く服を身に付け、部屋から出ていった。

 残されたのは俺はベッドに力無く倒れ込んだ。


 リナも一人寝を始めたので部屋には俺が独りだけ。

 胸や喉にはヒリヒリと焼けるような違和感がある。


 ……明らかに、悪くなっている……


 俺はぼんやりと天井を見つめ、不安を覚えた。

 胃炎や食道炎では無いのかもしれない。


 ……大丈夫だ。慢性的な胃の不調くらいで騒ぐことは無い……あの時とは症状が違う……


 俺は自らが持つ、最悪のイメージを確認して死の恐怖を封じ込める。


 ……大丈夫だ……これはあの病ではない……


 自らに何度も『大丈夫だ』と言い聞かせ、心を鎮めていると、複数の足音が聞こえてきた。


 どうやらスミナが誰かを呼んできたようだ。


 ……このままじゃ、不味いか……


 俺は我に返り、服を着ていないことに気がついた。


 先ずは服を着なくてはと急いでズボンだけを穿くと、足音が近づいてきた。




………………




 翌日



 昨夜の様子を見たスミナは心配していたが、朝になり俺がケロッとしていたので少し安心したようだ。


 実際に今は何ともない。


「本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、冬だしな。領都でできる仕事をするから心配しないでくれ」


 冬の間は雪もあり、あまり外に出ることはできない。

 今日は領都市議会から上がってきた陳情を叔父ロドリグと協議する予定になっている。


 スミナは「でも」と言い募るが、俺はスミナを抱きしめ「大丈夫さ」と誤魔化した。

 丸々と肥えたスミナの体は背中までみっしりと肉が詰まっており、抱き心地が良い。


 スミナは「糟糠(そうこう)の妻」とでも言うのだろうか、俺も強い愛着がある。

 愛情は他の妻たちにも等しく抱いている……しかし、この感情は別物だ。


「スミナ、もう1人作ろうか?」


 俺が耳元で囁くと「そんな年じゃありません」と恥ずかしそうに笑う。


 スミナは33才……もうじき34才になる。

 まだ子供を十分産める年齢ではあるが、アモロスの感覚だと中年くらいだ。

 ガツガツと子作りするには気恥ずかしさもあるのだろう。


「良いじゃないか、今からどうだ?」

「もうっ、ロドリグ様がお待ちですよ」


 スミナは俺を部屋から追い出した。

 作戦通りだ。


 さっそく護衛と合流し、俺はロドリグの屋敷に向かうことにした。


 最近は叔父も年を取り、雪の降る間は自邸で執務をして貰っている。

 俺の母リュシエンヌは転んで要介護になってしまったのだ……この上、叔父にスッテンコロリンとやられては寝覚めが悪い。


 ロドリグは武人でもあるので、あんまり年寄り扱いするのも失礼かなとも思ったが、その辺はあっさり「助かるよ」と言ってくれて良かったと思う。



 俺たちは雪の降り積もる道を歩く。


 雪が降る中、領都の広場では多くの商人が出店を出して客を呼び込んでいる。

 悪天候のせいか、人通りは少ないようだ。


 ……寒いのにご苦労さんだな……


 俺は広場を素通りする。

 用が早く済めば、何か買って帰るのも良いかもしれない。

 寝たきりの母リュシエンヌの好物である海産物……魚の干物や塩漬け、魚醤なども今では普通に広場で買える。

 便利な時代になったものだ。


 そうこうしている内に叔父の屋敷に着いた。

 やや古いが、手入れの行き届いたロドリグらしさを感じる(たたず)まいだ。



 ロドリグは領地を跡取りのロジェに任せ、領都の自邸で政務を取り仕切っている。

 事実上の内務大臣であり、宰相と呼ばれることもある重鎮だ。


「良く来てくれたなバリアン、今日は都市議員も何人か来ていてな。もう揃っているぞ」


 ロドリグの屋敷では、わざわざ叔父自らが俺を出迎えてくれた。

 こちらは王だが、相手は叔父……年長の親族だ。

 少し恐縮してしまう。


「そうでしたか、遅くなって申し訳ありません」

「いや、王を待たせるわけにはいかんからな。皆が早かっただけさ」


 ロドリグの案内で広間まで行くと、何人か見知った男たちがいた。どうやら議員たちは広間で(くつろ)いでいたらしい。

 議員は4人、それに俺と叔父を加えた6人で会議をするようだ。



 俺と議員たちが簡単に挨拶を交わすと、ロドリグが「早速だが」と年長の議員を(うなが)した。


 ロドリグに促された俺と議員たちは用意されたテーブルで向かい合うように席に着き、年長の議員がわざとらしく「おほん」と咳払いをする……いかにも勿体ぶった仕草だ。


「では、私から……すでにロドリグ様にはお伝えしましたが、領都における貧民の増加について陛下のお力添えを願いたいのです……」


 この議員の説明によると領都の貧民が増加し、城壁外に貧民窟(スラム)を形成しているそうだ。

 それが社会問題化しつつあり、俺に対策を願い出たらしい。


 当たり前の話だが、貧乏人は食うや食わずの生活をしており、貧民窟は犯罪や疫病の温床になりやすい。

 俺も何度か貧民窟ができる度に浄化作戦を行い(89話参照)一掃してきたが、今回は数が多い上に今までとは異なる事情もあるのだそうだ。


「うーん、何故こんなにも増えたのだろう? 貧民窟ができる度に武力で片付けるのは可能だが、根っこはなんだ?」


 俺が質問すると、議員たちは「待ってました」と言わんばかりに意見を(まく)し立てた。


「陛下の施政により『冬の病人』が減少し、死者が減ったことが根底にあります」

「そもそも、今の人口は領都の収容人数を超えているのです」

「彼らの中には定職を持つものも多くいますが、住まわせる土地がありません」


 次々に出る皆の意見を聞いて俺は「なるほど」と頷いた。


 どうやら、領都の許容範囲を超えて人口が増えすぎたのだ。



 冬に多かったビタミン欠乏症による病人は、俺が広めたザワークラウトやカブの塩漬けによって数を減らした。

 そして、交易が盛んになったことで毛皮などが多く手に入るようになり、上流家庭ではロケットストーブも普及しつつある……凍死者も減少傾向だ。

 農業生産も増加し、餓死者も減っただろう。


 ここ数年で俺の施政が実を結び始め、冬の死者が減少したのだ。


 もちろん、統計などは取っておらず正確な数字は分からないが、住民が「死者が減ったな」と感じるほどに減少したのは間違いない。


 そして、交易の拡大や新たな産業の発展により新たな雇用が生まれ、定職を得る者も増えた。


 素晴らしい事だ……基本的には。



 冬の都市は、行き場を無くした貧民が野垂れ死にすることによって「人口調整の場」になっていたと言う側面がある。


 例えば農村で新しく子供が生まれる度に「口減らし」として四男五男は暇を出され、職を求めて都市に向かう。

 当然、何のツテも無く都市に行ったからとて、いきなり職を得るような上手い話はない。

 彼らの大半はホームレスに近い状態となり、冬の間に餓死や凍死をする。


 この流れが崩れ、領都では流入してきた人々が職を得て徐々に人口が増えた。


 増えるのは良いが、領都は城壁で囲まれた城郭都市だ。

 住まわせる土地には限界があり、自然と城外に粗末な住居を構えることになる……貧民窟の誕生だ。

 当然、無許可である。


 定職があろうと、城壁の外に住まわざるを得ない者の大半は貧乏であるし、形成した貧民窟には得体の知れぬ怪しげな者も入り込む。


 潰すこともできないが、放置もしたくない。

 まるで思春期のニキビのようなヤツらである。


「なるほどな。定職を持つ者が多いから排除し難いが、貧民窟が形成されるのは困るか」

「はい。定職を持つ者は雇用があるから職があるのです。全て排除しては立ち行かなくなる店や職人も多いでしょう」


 俺の言葉に議員の1人が分別(ふんべつ)顔で応じた。


 議員たちは深刻な顔をしているが、俺には大した問題には思えない。

 受け入れるスペースが無いなら作れば良いだけだ。


「領都が手狭なら城壁なんて崩してしまえ。リオンクールの防衛は西の城塞都市ポルトゥと北のコカース城だ。領都に防衛機能など必要ない」

「いや、それは駄目だ。お前も知っての通りリオンクールには長い内乱の歴史がある。今は治まっているが謀叛などが起きたときに領都が占拠されるのはいかにも不味い。不意の事態に備えて城壁は必要だ」


 俺の言葉を聞いたロドリグはすぐさま反対を口にした。

 議員たちも「うんうん」と頷いている。


 彼らは内乱を知る世代なのだろう。


 ……なるほど、今が治まっているからとて明日の備えを無くすのは不味いか……


 治に居て乱を忘れず、確かにロドリグの言い分は正しい。


「ならば拡張工事しかありませんね。なるほど、今回の陳情は領都の拡張か……回りくどいぞ」


 俺の隻眼がジロリと(にら)みつけると議員たちは居心地悪そうに視線を外した。


「まあ、そう言うな……順に話した方がお前も納得しやすいだろう?」


 ロドリグは俺を(なだ)めながら地図を広げた……領都周辺の地図だ。


 俺が「用意万端ですね」と嫌味を言うと、ロドリグは「年の劫さ」と悪びれもせずに答えた。



 ここからは領都拡張工事の打ち合わせとなるようだ。

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