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132話 ガエタン・タンカレー通り

 年が明け、俺は32才となった。



 去年の暮れからこの年の春先にかけて、アモロスの勢力図が大きく動いた。


 まず、ヴァーブル侯爵がアモロス王国から離反した。

 まだ王は名乗っておらず独立ではない。

 純然たる離反だ。


 俺は侯爵が決起するのは現王マティアス1世の死後だと予測していたのだが、何か計画を前倒しする必要があったのかも知れない。


 王都からは大規模な討伐軍は出ていないようだが、小競り合いを繰り返している状況だ。

 ヴァーブル侯爵はフーリエ侯爵からの支援を受け、足並みを揃えて王都に対抗しているらしい。


 恐らくは、ある程度の決着がつけば王位を創設し、分離独立するのだろう。



 そして、もう1つ……と言うか、こちらが本命だが、結論を言えば王都の勢力が激増した。



 リオンクールと王都の間には緩衝地帯とでも言うべき中小の領主群が存在していた。


 この地域はもともと、140年くらい前までカナール王国と言うアモロス王国のライバル国家が存在していた。

 カナール王国はアモロス地方の中原に位置し、豊かな土地と交易で栄えた強国だった。

 しかし、国内のいざこざからカナール王国は分裂し、これを好機と見たアモロス王国が次々と征服しカナール王国は滅亡。


 その後はアモロスの貴族が爵位と土地を与えられ、豊かだったカナール王国を分割するように領主として配置された。

 領地はやや小さめではあるものの、伯爵家と子爵家が2つずつ、男爵家が1つ、騎士爵家が4つという数から見ても、カナール王国の豊かさが理解できると言うものである。


 その旧カナール地方の中小領主は常に風見鶏よろしく曖昧な態度でのらりくらりと中立を保っていたが、そうも言ってられない事情ができた……俺だ。


 もともと彼らはバシュラール戦役で、バシュラール子爵が兵を集めるために大略奪行をしたりと大変な被害に遭っていた。

 しかも、その結果としてリオンクールが独立し、周囲を攻撃して併呑し始めたのだ。


 バシュラールを攻めたのは『まだ』納得できた。

 明らかな捏造であろうと継承争いの形だったからだ。

 薄っぺらでも、そこには大義名分があったのだ。


 しかし、コクトー男爵やダルモン伯爵を攻めたのは大義名分が無い。

 あるのは自分勝手な理屈のみだ。


 コクトー男爵を攻めた理由はリオンクール王国傘下のゲ男爵領(リオンクール外ではまだ騎士爵)を攻めたからと言うが、そもそもリオンクール王国自体が『反乱』である。

 世間はゲ男爵が反乱軍を引き入れてコクトー男爵領を征服したように映ったはずだ。


 さらにダルモン伯爵領を攻めたのは『密約』と言う外には伝わらない理由だった。これも、世間では大義なき武力侵攻である。


『反乱者が自分勝手な理屈で次々に侵略戦争を始めた』


 これが警戒されない筈がない。


 旧カナール地方の領主たちが選んだのはアモロス王国への帰順。

 まあ、もともとアモロス王国の構成員なので帰順と言うのはおかしいかもしれないが、距離を置いていたマティアス1世の傘下となったのだ。

 マティアス1世は失政が目立つものの、与党を作り上げることには長けている。ここでも彼の持って生まれたカリスマ性が発揮されたことは想像に難くない。


 結果として、マティアス1世はヴァーブル侯爵に叛かれはしたが、旧カナール地方を傘下に納めて躍進した。

 こうしてリオンクール王国と王都のマティアス1世は勢力圏を接する形となったのだ。


 しかし、王都からは目立った動きはない。


 たまに使者が来て苦情を言われたり、バシュラールの領有を認めて公爵にするから反乱を止めて出頭しろとか手紙が来る程度だ。

 さすがに俺も「はい、わかりました」と出掛けるほど能天気ではない……黙殺するのみだ。


 彼らも数年来の戦争続きで疲弊している上に、ヴァーブル侯爵の反乱で手一杯なのだろう。

 こちらからチョッカイかける気もないし、王都とは小康状態である。



 こうして、アモロスの勢力図は大きく動いた。



挿絵(By みてみん)



 簡単に言えば、俺があんまり暴れるものだから、カナール地方の領主たちは「次はウチが目をつけられたらどうしよう」とブルッてしまったわけだ。

 そして馴染みの親分に「家来になるから守ってください」と泣きついた。

 頼られたマティアス1世も、俺を攻める余裕はないが子分たちの手前、使者を出して交渉してるふりをしている……そんな感じに思ってほしい。


 当たり前ではあるが、俺が動けば玉突きのように色々な事象となり跳ね返ってくる……俺は改めて『王』と言うものの影響力の強さを感じていた。




………………




 そして、この年は別れの年でもあった。



 冬の寒さが緩む春先、タンカレーが死んだ。

 享年は36才、タンカレーは負傷の後遺症から体調を崩していたが、そのまま回復すること無く衰弱死した。


 知らせを聞き、俺はすぐさま駆けつけたがタンカレーの葬儀は既に終わっていた。

 タンカレーは「極めて薄葬とするように」と言い遺しており、遺族はそれに従ったためだ。


 それは良い。

 俺も故人の遺志とは尊重されるべきだと思う。


 しかし、俺が驚いたのはそこではない。


 俺はタンカレーの未亡人の暮らしぶりを見て愕然とした。

 貧し過ぎるのだ。


 そこら辺の水呑(みずのみ)百姓と大差の無い家、家財と言えば僅かばかりの荒れ放題の畑と痩せた山羊が2頭だけ……若い頃に使っていた戦斧だけが良く手入れされて鈍く輝いていた。

 これが、タンカレーの全財産だ。


 とても、リオンクール王国の高官の暮らしぶりではない。


 墓碑も墓地の片隅に自然石を置いただけ、名前も生没年も刻んでいない。


「これは一体どうしたことだ? 薬代が(かさ)んだのか?」


 俺がタンカレーの女房に窮乏の理由を尋ねると、彼女はしどろもどろになりながらポツリポツリと事情を語ってくれた。


 痩せた、大人しげな女性である。

 栄養状態が悪いのか肌に艶がない。

 黒髪を編み上げているのが精一杯のお洒落といった風情の儚さだ。


「その……主人は、お殿様に感謝を……その、していたのです。あの、主人は……」


 口下手なのか緊張しているのかは分からないが、タンカレーの女房の説明は要領の得ないものであった。

 しかし、根気よく聞いていくうちに大体の事情は飲み込めた。


 タンカレーはほとんど無償で働いていたのである。


 代官や城代は予算から給料を賄っている。

 俺が要塞都市ポルトゥの城代をやっていた時は私兵である同胞団の給料まで出していたくらいだ。

 はっきり言えば日常業務に悪影響が無い範囲なら横領し放題である。


 そんな状況で、タンカレーは一切の私腹を肥やさなかった。

 家にも寄り付かず、働きづめで体を壊し、残ったのは荒れ放題の畑と痩せた女房子供。


 どうやら、タンカレーは貧しい農家で部屋住みをしていた厄介者の自らを引き上げてくれた俺に恩返しをしていたつもりだったらしい。


 無償で働き、任された開拓地を必死で守り育てた。

 開拓地ベイスンは急成長を遂げ、今や257戸、周囲にはベイスンを支える4つの小村落も生まれた。

 本年度中には製陶を営む集落もできる予定だ。


 何もない空き地に、これだけの人の営みを生み出したのだ。


 間違いなく、ガエタン・タンカレーは不世出の内政官だった。



 しかし、俺の心は晴れない。


「こんなこと、俺は望んでいなかったぞ。バカ野郎が」


 俺は自然石を置かれただけの墓碑に向かって叱りつけた。


「女房子供は俺が領都で保護するぞ、贅沢三昧させてやるザマーミロ!」


 それだけを墓に言い捨て、タンカレーの女房に「ご主人追善のミサを行います。盛大に」と告げた。


「聞いたなロロ、派手にやってやれ。これはタンカレーが俺の意に背いて働き続け、家族を(かえり)みなかった罰だ。容赦するなよ」

「はい。我らに黙って早死にとは、けしからぬ曲事(くせごと)です。懲らしめてやりましょう」


 ロロは穏やかに笑う。寂しげな笑いだ。



 こうして、ロロの差配により、一月(ひとつき)後に開拓地ベイスンでタンカレーの追善供養のミサが行われた。


 これはリオンクール王国、東方聖天教会ともに初めての国葬(葬儀では無いのだが)として記録される盛大なものであり、内実はミサを口実にしたお祭りであった。


 町を上げて皆が騒ぎ、笑い、涙した。

 ガエタン・タンカレーと言う代官は「鬼代官」として畏怖されていたが、自らに厳しく働き続け、清貧を貫いたその姿勢は大いに尊敬を集めていた。

 若き頃の仲間たち……同胞団の古株たちも集まり、皆で昔話をし、涙を流した。


 リオンクールでは、友のために流す涙は恥ではない。


 俺も大いに飲み、タンカレーの墓碑に酒を注いだ。

 戦死した仲間は数多い……だが、病死した仲間は稀だ。


 ……俺も、そんな年になったのさ……


 慢性的な胃もたれ、胸焼けに悩まされている俺は複雑な気持ちでタンカレーの墓碑を見つめた。



 この日を以て開拓地ベイスンは自治都市として承認され、新たな歴史をスタートさせた。

 そして俺はタンカレーの功績を顕彰するために、ベイスンのメインストリートを『ガエタン・タンカレー通り』と名付け、広場にはタンカレーを模した石像が安置された。


 この石像がまた……何と言うか酷く『お地蔵さん』にそっくりであった。

 石工の未熟な技術のせいか、製作期間の短さ故かは分からない。

 しかし、広場の片隅に佇む60センチほどの石像はどうみても『お地蔵さん』である。


 俺が試しに簡単な屋根を作り、赤い前掛けを着けてみたら完全に『お地蔵さん』と化した。


「なんですか? それ」

「また変なことしてら」


 それを見たアンドレとジャンが不思議がっていた。

 彼らもミサに参加していたのだ。



 俺はこの石像をタンカレー地蔵と呼ぶことにした。


 このタンカレー地蔵はこれ以後、タンカレーに代わりベイスンの歴史を見守り続けるのだろう。

 何故かタンカレー地蔵に前掛けを掛けるのは伝統となり、毎年この日に新調し、タンカレーに市政を報告する儀式が生まれたそうだが……まあ、良いことなのではないだろうか?良く分からないけど。



 ちなみにタンカレーの妻子は保護して、息子はレイモンの学友にした。

 痩せていてチビだが、タンカレーに良く似て真面目らしい。必ずモノになるだろう。


 そして、タンカレーの遺族には身の回りの世話をするために先のダルモン戦で足を失った兵士(131話参照)と、その妹を雇った。


 この若い兵士は命を拾ったのだ。

 思えばタンカレーも戦傷から復帰して代官として活躍したのだ。

 彼もまだまだ若い。タンカレーに(あやか)ってこれから頑張ってほしいと思う。


 そして、この兵士の妹だが……少し期待していたのだが、なんというか……めだか師匠そっくりな顔をしていた。

 これにはさすがの俺もスルーする他は無い。すまんな。


地図は概念図でお願いします。

勢力範囲も「こんくらい」です。本人たちにもハッキリしていません。

空白地は無人ではなく地元勢力がいます。


リオンクールはデカいけどスカスカです。


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[良い点] めだか師匠スルーはしょうがない
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