131話 見果てぬ夢 上
長くなったので上下に分割しましたが、バランスの悪い文量になって申し訳ありません。
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ダルモン城に辿り着いた俺は軍を率い、騎乗のままで入場した。
これらは大変な無礼であるが、俺はダルモン伯爵の主君となるのだ。
城主の主としての振る舞いをせねばならない。
ダルモン城はおよそ2100戸、人口にして1万数千人を数えるであろう大都市だ。
ちなみにリオンクール領都が1677戸、人口は9000人ぐらいだ……ぐらいと言うのは正確な奴隷の数や出入りする自由民の把握が出来ないからだ。
ホームレスもいるし、納屋みたいなとこで勝手に住んでるヤツもいるし、言い出したらキリがない。
だいたい『このくらい』と言った認識でしかないが、この程度で十分と言えば十分なのである。
市内に軍を進めると都市部は静まり返っていた……恐らくは皆、家のなかで震えているのだろう。
「静かですね」
「ああ、バシュラールでの悪評が伝わってない筈がないからな。俺を恐れて隠れてるんだろうさ」
ロロは静まり返った町並みに警戒しているようだが、不意打ちをするなら被害が拡大する都市部というのは考えづらい。
単純に民衆が俺たちを恐れて隠れてると考えるのが自然だ。
世上での噂によると、ダルモン伯爵が引き入れたリオンクール王バリアンは悪逆無道の暴君なのである。
城門から中央部に向かうにつれ町並みは立派になり、ダルモン伯爵の宮殿前の広場に着いた。
リオンクールの屋敷のような規模ではない、王宮のような建造物……これは正しく宮殿である。
……大したもんだな、これだけでダルモン領の実力を感じる……ダルモン伯爵の権力強化に力を貸したのは悪手だったかもしれない……これからは伯爵の扱いに気を配る必要があるぞ……
俺が気を引き締め直し、広場に足を踏み入れると大歓声が湧き起こった。
ドレーヌ伯爵率いる別動隊が大歓声で迎え入れてくれたのだ。
「「万歳!! わああぁぁ!!」」
「「おおぉぉぉ!!」」
「「勝利万歳!! 王国万歳!!」」
兵たちは高らかに勝利を称え、口々に万歳を叫ぶ。
大歓声の中をさらに進むとダルモン伯爵をはじめ、別動隊の諸公が臣下の礼を取り俺を出迎えた。
「領内の謀叛を抑えたこと、何よりだ」
俺が馬上から声を掛けると、ダルモン伯爵は「我が身の不徳にて招いた事態に陛下のご出馬を……」などと殊勝に礼を述べた。
これは打ち合わせ済のポーズではあるが、大切なデモンストレーションである。
ダルモン伯爵は密約ではなく、オフィシャルの場でリオンクールに臣従したのだ。
「先ずは我が屋敷でお寛ぎ下さい。兵には酒食を用意しております」
「うん、馳走になろう」
俺は兵に向き直り、馬上で大きく両手を広げた。
「素晴らしい戦士たちよ!! 宴だっ!! 酒で気を鎮め、腹を満たして英気を養え!!」
再度、湧き起こる大歓声。
両軍の士気はともに高い。
……この調子なら無闇に略奪は行わないだろう……伯爵に感謝だな……
兵を統制するのは短期的な欲望を満たし続ける必要がある。
すなわち、女、酒、食い物、暴力、金品 ……これらを与え続ける限り、兵は裏切ることも逃げることもない。
逆に満たさなければ暴動や逃亡だが……常識で考えれば見返りもなく人が働く筈がないだろう。望むものを与え続けるのは当たり前の話なのだ。
今回はダルモン伯爵が宴席を整えてくれたお陰で兵の欲を満たすことができた。
これで市民との摩擦も抑えることが出来るだろう。
伯爵もダルモン領都を守りたい意図があるのは分かるが、こちらが助かったのは事実だ。ここは素直に感謝したい。
俺はダルモン伯爵に案内され宮殿に入る。
石造りの宮殿の壁には大きなタペストリーが飾り付けられ、山羊の角でできた燭台が室内を照らしていた。
廊下は長い一本道だ。
……ふむ、タペストリーは兵を隠すため、長い廊下も燭台を明かりにするのも襲撃への備えだな……
宮殿の内部は防衛機能を備えているようだ。
長い一本道の廊下は多数の侵入を防ぐため。
窓が少なく燭台を明かりとするのも、いざというときには照明を落として敵の足を鈍らせるためだろう。
この宮殿はダルモン城内に敵が侵入した時は最後の砦となるのだ……さすがに豪華なだけの造りではない。
俺は広間に出ると領主の椅子にドカリと座った。
これもデモンストレーションの一貫だ。
「申し訳ないが我慢してください」
「いや、気にするな。必要なことだ」
俺は脇に立つダルモン伯爵と小声で会話する。
合理主義者の伯爵はあまり気にならないみたいだが、無表情の伯爵は何を考えているのか読み取ることができない。
逆にこちらが気を使ってしまう。
皆が揃った所で、俺は大声でダルモン伯爵に語りかけた……すぐ隣にいるのに大声なのは全員に聞かせるためだ。
馬鹿馬鹿しいが、そんなものだ。
「酒席とする前に、謀叛人の始末をつけよう」
「承知しました。謀叛の首謀者シャルロとクレマン! 並びにビゼーを連れてくるように!」
ダルモン伯爵が命じると、城兵がすぐに3人を連行してきた。
ドレーヌ伯爵率いる別動隊は反乱の一方の旗頭であったシャルロとビゼーの軍を撃破し、彼らの本拠地だったビゼー城を陥落させている。
既にシャルロとビゼーは降参し、虜囚となっていたのだ。
シャルロは30代半ばの胸板の厚い男、髯の生え方がダルモン伯爵に似ている。
クレマンはまだ10代の前半と言った年頃の肥えた小僧、騎士ビゼーはいかにも武人と言った頑固そうな老人だ。
伯爵の兄弟であるシャルロとクレマンが似ているのは理解できるが、ビゼーも何となく似た雰囲気がある……ひょっとすれば親戚なのかもしれない。
全員が金髪だ。
……ふうん、クレマンはガキじゃないか、道理で戦に出てこないはずだ……
俺は内心で成る程と頷いた。
騎士オージェは子供のクレマンを担ぎ出して傀儡にしたかったのだろう。
実力者のオージェならば十分に可能……と言うか、俺たちが来なければ成功していたに違いない。
そのクレマンは俺を睨み付けて歯噛みしている。
「何か言いたいのかガキンチョ」
俺が尋ねるとクレマンはカッと顔を赤くした。
「無礼者っ! お前は何故その椅子に座っているのだ!! 痴れ者めっ!!」
どうやらクレマンはかなりの直情径行のようだ。
かなり甘やかされたのかもしれない……状況を全く理解していない。
……まあ、年からしても先代伯爵の晩年に産まれ、甘やかされて育ったってとこか……
俺は「ふうっ」とわざとらしくため息をついた。
「この姿を見て分からんのか、愚か者め。幼児とは言えダルモン伯と血を等しくしているとも思えぬ阿呆だな」
俺の言葉は明らかな侮辱である。さすがに10代前半は幼児とは言えない。
中学生に「赤ちゃんでちゅね~」とバカにしたような感じだ。
ちなみに俺は王冠と王笏を身に付けているので直ぐに「王」であることは分かるはずだ。
当たり前だが、この王冠と王笏はレプリカである……物としての差はないが、さすがに本物を持ち歩くわけにはいかない。
俺の言葉を聞いたクレマンは顔を真っ赤にして何やら喚いているが、それだけである。
やかましいので「黙らせろ」と命じると、ドーミエが力任せにクレマンを床に押さえつけた。
クレマンは尚も騒ごうとしたが、ドーミエは甘くない。
彼は無表情のままクレマンの脇の下に親指を突き立てた。これは地味だが痛い。
クレマンは堪らず悲鳴を上げた。
「伯爵、弟を裁くのは心苦しいか?」
「は、我が妻子を害した賊の首魁といえども……実弟を手に掛けるのは、いささか」
俺が水を向けると伯爵はとんでもないことを口にした。
ダルモン伯爵は何気なく口にしたが「妻子を害した」とは穏やかではない。
オージェが積極的に伯爵の妻子を殺したとは考えづらい。
当たり前だが人質を殺してしまっては意味がない……事実、オージェは俺との交渉でも「伯爵の妻子を預かっている」としきりにアピールしていた。
交渉材料にする気満々だったわけだ。
その妻子が、俺たちと戦った後に死んでいた……オージェが殺っていないのならば、オージェの戦死後、抵抗せずに城を開いたクレマン派が、わざわざ伯爵の妻子を殺害したと言うことになる。
そんな馬鹿げたことがあり得るだろうか?
……なるほど、俺の妹を受け入れる体勢は万全らしい……
伯爵はその口で「身内を罰するのは心苦しい」と臆面もなく答える……明らかに「身内殺し」の汚名を免れるための方便である。
俺は改めてダルモン伯爵の底知れぬ不気味さを感じた。
「……まあ良い、おいシャル公!」
俺が声を掛けると、黙り込んでいたシャルロはビクリと背を伸ばし「はい」と答えた。
なかなか良い返事だ。
「良く聞け、シャルロ。クレマンとビゼーをお前の手で処刑するならば、妻子とともにお前を保護してやる」
俺の提案にシャルロは暫し呆然とし、意味を理解したのかガタガタ震えだした。
クレマンは俺を罵り、ビゼーは全てを諦めたように天を仰ぐ。
「そ、それは、あまりにも……」
シャルロは絞り出すようにそれだけを口にした。
彼からすれば、自らを擁立しようとした忠臣と実弟を殺せと言われているのだ……なかなか頷き難いことであろう。
だが、これは必要なことだ。
まだ幼さの残るクレマンや領内の実力者のビゼーを普通に処刑しては領内の怨嗟は俺やダルモン伯爵に向かうだろう。
かと言って生かしておいては禍根を残す。これはそれを避けるための手段だ。
シャルロが2人の処刑をすれば「命惜しさに忠臣や実弟を殺した卑怯者」として領内の不満を集中させることができる……と言うか、そう仕向けるのだ。
クレマンとビゼーが死刑となりシャルロだけが助かるのは著しく公正さを欠いた裁きだ。
だからこそ、シャルロが「何か」を取引したと噂すれば市民は勝手に「何か」を作り上げてくれるだろう。
人の噂とはそんなものだ。
シャルロを「悪」に仕立てて俺たちへの恨みの矛先を躱わす……良くある手口ではある。
そして、もう1つ。
シャルロを俺が保護することによって、ダルモン伯爵に「お前の代わりはいるんだぞ」と無言の圧力を加えることができるだろう。
シャルロはダルモン伯爵の実兄だ。
伯爵がリオンクールの意に沿わぬ動きを見せたときに軍を派遣して「交代」させることも可能だろう。
……もちろん「それ」は最後の手段だが……
「お前が両人の首を打て。だが、拒否をするならば大逆者として3人ともに四つ裂きの刑にする」
「四つ裂き!? それはあまりにも……」
シャルロは悲鳴に近い声を上げた。
四つ裂きとは極刑だ。
何度も首を絞められては蘇生され、罪を犯した肉体を生きたまま切り刻まれる。
焼けたペンチで肉を削がれ、自らの切り取られた性器や抉り出された内臓を見せつけられ、最後は四肢を切り取られて別々に晒されるのだ。
想像するだけでおぞましい刑罰である。
ちなみに、この四つ裂きは『大逆者』に適用されるので、俺がアモロスに生け捕りにされた場合は四つ裂きになる可能性が高い……ぞっとする話だ。
「おやりなさい。リオンクール王はシャルロ様を無下には扱わぬはず」
今まで黙っていたビゼーが諭すようにシャルロに語りかけた。
その口ぶりから、俺の意図を読んでいることが伝わってくる。
「小父上……それはあまりにも酷な言葉」
「いえ、この度の行いが敗れた上には生き長らえようとは思いませぬ」
この後、シャルロとビゼーはお涙頂戴をしていたが、話は纏まったらしい。
善は急げではないが、明日、市民の前で処刑は行われる。
クレマンは事態の急展開についていけずに泣きわめき、シャルロは項垂れ、ビゼーは泰然として広間を退出した。
彼らの後ろを見送ったダルモン伯爵が「さすがだな、これは敵わん」と呟いた。
言葉の真意は分からないが、皆の前で問いただすわけにもいかず、俺は聞き流すことにした。
「待たせたな! これからは宴だ!」
俺が宣言すると酒樽が運び込まれてきた。
やっと、勝利の宴が始まるのだ。