130話 不愉快な勝利
ちょい長めです
会戦の後、リオンクール軍は軍を西へ向け、オージェ城へと向かった。
ダルモン城への攻撃を進言する部下もいたが、ダルモン城は領都である。
軍を入れて略奪させる訳にもいかないし、何よりダルモン伯爵抜きで奪還すると格好がつかない……この戦いは手伝い戦なのだ。
忖度と言うやつである。
落城させるのは容易いが、余所者のリオンクール軍が乱入すれば市民も反抗するだろうし、いくら禁じても略奪は行われるだろう。
混乱は必至だし、下手に火災などを起こして恨まれるのは御免だ。
木造建築がギュウギュウ詰めの都市内での火災は大変な事態を引き起こす場合があるのだ。それこそ町が無くなるほどに。
余談だが、町を一から作った開拓地ベイスンでは火災に備えて町の真ん中に10メートル近い道幅の大通りを作った。
リオンクール領都でも都市改造計画を実施したいところだが……
話が逸れた。
兎に角、ここはクレマン派の軍を撃破して無力化したことに満足し、深追いは避けるのが無難だ。
こちらはクレマン軍の物資は奪ったのだ……これだって馬鹿にならない戦果である。
俺は別動隊に『クレマン軍を撃破した、ダルモン城を攻略せよ』と伝令を出し、他の目標に向かう。
こちらはクレマン派の中核であるオージェの城を狙うのが良いだろう。
俺たちは負傷者を後方のプッサン城へ下げ、オージェ城への中継地となる敵城へ向かった。
「……空き城か」
「はい、城内に伏兵がないことも確認しました。武器や兵糧などは火を放ったようです」
ポンセロの報告を聞き、俺は「そうだろうな」と頷く。
籠城したところで援軍のあてもない孤城だ。
まともな判断ができるなら城を放棄するしかない。
「そうか……まあ、大した物は残ってないだろうが、城に向かおう。何かしら兵の懐に入るものが有ればいいがなぁ」
リオンクールは基本的に略奪品は「早い者勝ち」で、たまに纏まった戦果があると俺が貰う感じだ。
クレマン派の物資も俺が貰ったが……これは補給って意味合いが大きく、兵糧や矢は兵士が使うので大した儲けはない。
儲かるのは捕虜を売却した時の利益だ。これが1番儲かる。
ここから皆の褒美なんかを捻出する訳だ。
この辺の戦果の分配に関するルールは曖昧で、個々の主君の考え方次第の部分が大きい。
略奪品の半分を主君が税として持ってく場合もあるし、全部主君が納めてから分配する場合もある。
どれが良いかは一概には言えないが、ありがたいことに俺は「気前が良い」と思われているらしい。
ケチだと言われると兵が集まらなかったりするし、面倒なのだ。
貴族のケチは悪徳である。
大したものは無くても略奪は兵の不満を抑える意味もあるし、機会は逃したくない。
ダルモン城をスルーしたのも、こうした事情があるわけだ……目の前にごちそうがあるのにお預けしていては兵の不満が暴発しかねない。
こうして、リオンクール軍は敵の拠点を経由し、西へ西へと進む。
目指すはオージェ城、ここはクレマン派の実質的な本拠地だ。
ここを落とせばクレマン派は立ち枯れるより他はない。
………………
オージェ城は都市部を持たない城塞だった。
土壁だが木材で補強されており、高さは優に3メートル以上あるだろう。
堀もあるが、空堀で深さは感じられない。
特徴的なのは防御塔だ。
大きな防衛用の塔が2基あり、これだけが堅牢な石造りになっている。
「変わった様式だな。改装中か?」
「予算が足りなかったのかも知れねえぞ」
ジャンが軽口を叩くが、意外と的を射ているかもしれない。
「これまた微妙な高さだな。梯子を作るか?」
「うーん、何とも中途半端ですね……梯子には低い、かといって槍を担いでよじ登るには辛い」
ロジェとピエールくんがぼやいているが、確かに全てが中途半端な印象の城だ。
「取り敢えず、荷車を改造して足場を作れ。荷車を逆さまにして、その上に盾を固定すれば踏み台として十分だろ」
適当に俺が指示すると「なるほど、移動も荷車を下から持ち上げる形にすれば敵の矢石を防ぐこともできるでしょう」とポンセロが真面目な顔で応じてくれた。
「兄貴も黙ってないで何か言えよ」
「いや、私は陛下の機転に感服した。私が語ることなど何もない」
ジャンとモーリスが仲良さげにしている。
意外と兄弟での絡みは珍しいかもしれないが、兄弟が揃って爵位を得たグロート家はリオンクールの大名門となった。
グロート兄弟と言えば誰もが一目を置く存在である。
ジャンはいつも生意気で、俺も幼馴染の延長として付き合ってるが、モーリスは別だ。
いつも俺を支えてくれる立派な執事だ……目も指も無くて滅茶苦茶怖い外見してるけど意外と優しい。
「機転って言うか誰でも思い付きそうだが……ありがとなモーリス。気を使わせた」
「いえ、まことです。いつもながら陛下の機知には驚かされます」
真面目なモーリスは俺を立ててくれているが、何と言うか微妙だ。
高い壁を乗り越えるのに踏み台を用意するくらい誰でも思い付くだろと思うが、モーリスの表情からは真意は読み取れない。
……ひょっとして、俺はバカだと思われてるのだろうか……
そうかも知れないが、みんなの前で聞く勇気はない。
もやもやしたものを感じながら俺は作業を命じた。
作業自体は荷車をひっくり返して盾を乗せるだけだ……大した時間は掛からないだろう。
支度が整えば開戦だ。
………………
翌日、早くも城攻めは開始された。
逆さまにした荷車に潜るような形になった兵士たちが「オッ! オッ! オッ!」と声を揃え、威勢良く城壁に向かう。
その脇を、クロスボウや弓を構えた兵士が固める……彼らは突入の援護をするのだ。
リオンクール軍とジャンの軍が城壁から、アルベールくんの軍が城門から攻める形である。
「荷車をひっくり返すだけだし、あっという間に完成したな」
「いや、凄いアイデアですよ。城攻めが終わったら荷車に戻すのも簡単ですし」
ロロも褒めてくれるが、やっぱり何か微妙な気分だ。
これはアレだ。褒め殺しってヤツだな。
「敵兵は……あまり居ませんね」
「まあな、近隣の城を空にして集めても高が知れてるだろ」
見たところ200~300人くらいだろうか?
まばらに矢や投石があるが、大した障害ではない。
たまに矢が荷車を貫通して傷つく兵士もいるが、それだけだ。
味方からも応射し、矢の数で敵を圧倒するが直線的に飛ぶクロスボウは城攻めには向いていない。
曲射ができる弓が効果的だ……ジャンの軍は弓兵が多く、敵を蹴散らしている。
「ジャンの兵は凄いな……って、カタパルトだ!」
防御塔の屋上から大小入り交じった石が前線部隊に降り注ぐ。
適度にサイズを変えた石を散弾のように打ち出したために石はバラけ、面で味方部隊に打撃を与えた。
「くそっ! 不自然な塔だとは思ったんだ!!」
「いえ、大丈夫です。位置的に片側の塔からは攻撃できませんし、カタパルトは連射が利きません。城壁に取りつけば問題はありません」
歯噛みをする俺をロロが冷静に宥める。
しかし、逆側の塔からはアルベールくんの部隊に石が降り注いでいた。
「こらっ! あっちに届いてるじゃないか!」
「うーん、大丈夫ですよ。数人やられましたが、それだけです」
確かに石がバラまかれても大した被害は無いのかもしれないが、大型の兵器は心理的な効果が大きい。
想像してほしい、高い位置から人の頭くらいの石が「ぶわっ」と撒き散らされるのだ。
誰だって玉が縮んじまうだろう? 肝っ玉な。
……なんでこんなに冷静なんだ……
改めてこの幼馴染みの肝の太さに俺は瞠目した。
普通は「大した被害がない」と分かっていても味方がやられれば冷静ではいられないものだ。
「ほら、もう荷車が城壁に辿り着きましたよ。これでお仕舞いです」
「そうか、そうだな」
ロロの言うとおり城壁は易々と乗り越えられ、数で勝るリオンクール軍は白兵戦で敵を圧倒した。
終わってみれば、リオンクール軍が一撃で城を陥落させた大勝だ。
勝利の勝鬨が轟き、城の制圧を高らかに告げる。
だが、城は陥落したが味方も無傷とはいかない。
どんなに完勝でも、戦に死傷者は付き物だ。
俺の義弟であるピエールくんが負傷し、担ぎ込まれてきた。
ピエールくんは勇ましくも陣頭で指揮を取っていたが、投石で負傷したのだ。
幸いカタパルトではなく城兵の投石紐からだが、それでも石を胸に受け意識を失ったままだ……重傷である。
投石紐は熟練者が用いれば弓にも勝る威力を秘めた飛び道具だ。
鎖帷子を着けていなければ即死してもおかしくは無い。
俺は運び込まれたピエールくんをすぐさま治療した。
不幸中の幸いで、すぐにどうにかなるような容体では無さそうだ。
「胸骨が砕かれているが、血を吐いていないし内臓は無事だろう」
俺の言葉を聞いたプニエ家の家来たちが「ほっ」と息を吐いたが油断はできない。
医療が未熟なアモロスでは骨折ですら命取りになることは多々ある。
「とにかく無理をさせるなよ、移動は柔らかい敷物を二重に敷いた輿に乗せろ。とにかく楽な姿勢で安静にさせる、これしかない。振動でかなり痛むはずだが……これは仕方ないな」
胸骨は動きがあまり無い骨で、後遺症などの心配は少ないと聞いたことがあるが、それでも骨折だ。
馬を走らせるなんて無理をさせてはいけない。
「意識が戻らないのは心配だが、これ以上できることは無い。俺は他の兵士を診るから急変したら知らせるようにな」
それだけ告げると俺は次の負傷者のもとに向かう。
ピエールくんはまだ20代半ばだ。後継者は幼児だし、無理はさせたくない。
何度もプニエ家の家来たちは俺に頭を下げて礼を言い続けた。
次の負傷者は若い兵士だ。
いきなり俺を拝んで「王様に診て貰えるなんて」と涙を流して感謝をされ、少し面食らってしまう。
この若い兵士はカタパルトの石に右足を潰されたようだ。
滅茶苦茶に骨折しており、出血も酷い……見るからに重傷だ。
ひとまず、止血するために兵士の太股を固く縛り、潰された足を観察する。
俺は戦の度に負傷者を治療しているうちに、いつの間にか『医者』としても名が売れていた。
アモロスの医術は呪術的な治療が多いし、控え目に言ってうさんくさい。
俺の適当な治療でも、アモロスの外科医よりは大分とマシなのだ……まあ、大半は『慈悲の一撃』を与えることになるのだが……
「この足は駄目だ。潰れてどうしようも無い。膝の下からぶった切るしかないが、どうする?」
俺が尋ねると兵士は「片足がなくても畑仕事はできるでしょうか」と不安げな表情を見せた。
「できるだろうが、できないことも増えるだろうな」
俺が正直に告げると兵士は少し顔を曇らせたが「やってください」と気丈にもハッキリと口にした。
ちなみに「やらない」と言えば慈悲の一撃だ……この辺は本人に決めさせるしかない。
「良し、良く言った! ……鉄鍋か何かを真っ赤に焼け! 痛み止めに酒を鱈腹飲ませてやれ!」
俺は護衛の同胞団に指示を出し、支度が整うまで若い兵士をリラックスさせるための雑談をする。
「俺は、妹が嫁ぐまで養わなきゃいけないんです……死にたくねえ」
「そうか、万が一の時には妹は俺が貰ってやるからな……さ、もっと飲め」
急ピッチで飲ませるうちに、若い兵士はあっという間に酔いが回ってきたようだ。
アルコールにはあまり強く無いらしい。
「とんでもねえ! 妹は真面目な農家に嫁がせるんだ! 60人も妾がいる男にやるもんか!」
酒を飲んで気が大きくなったのか、絡み酒なのか……兵士の威勢が良くなった頃に俺はロロに目配せした。
いきなりロロが斧を振るい、兵士の右足を切り飛ばす。
そしてベテランの同胞団員がすぐさま傷口に焼けた鉄鍋を押し付けた。
若い兵士は絶叫し、バタバタと狂ったように暴れたが、大人しくなるまで俺が力任せに押さえ付け……ほど無く失神した。
「助かりますかね?」
「さあな、半々だ。一撃で切ってくれてありがとな」
俺が礼を述べるとロロは「いえ」と謙遜したが、人体を切断するのは難しい。
さすがの腕前である。
「この兵士の身元を確認してくれ。妹を保護してやりたい」
「61人目ですか」
俺とロロは軽口をたたいて笑う。
妾が何十人もいるなんて根も葉もない与太話である。笑い飛ばすくらいがちょうど良い。
「全く酷い話だよ。俺はスミナ、ベル、キアラ、ロナで十分さ」
「なんで姉ちゃんが入ってるんですか!?」
負傷者の治療は暗くなりがちだ……馬鹿話ができる相棒がありがたい。
俺は無駄話をしながら若い兵士の傷口を処置し、次に向かう。
「ロロ、俺とロナは愛し合ってるんだ……結婚を認めてくれないか? 親友のロロに祝福してほしいんだ」
「2人とも結婚してるじゃないですか、怒りますよ」
ロロが本気で怒り出したので、ロナの話題は終了となる。
しかし「怒るぞ」と言うやつは既に怒ってるのは何故だろうか?
その後は真面目に負傷兵の治療をし、ついでにジャンやアルベールくんの軍にも出張した……とは言え、大半が慈悲の一撃を与えただけではあるが……
………………
3日後
すっかりオージェ城を解体し終えた頃にダルモン伯爵からの伝令がやって来た。
内容は『ダルモン城制圧完了』……以上だ。
「愛想無さ過ぎだろ」
俺は苦笑いをしながら、皆にダルモン城への帰還を命じ、軍を東に向けた。
後に残るのは瓦礫の山と化したオージェ城……城壁は穴だらけにし、建物は全て解体した。ムカつく防御塔は石材を念入りに川に捨ててやった。
俺の大事な義弟を怪我させた腹いせだ。
道中で何度か伯爵と伝令を行き来させ、互いに粗方の状況の確認を行った。
ドレーヌ伯爵率いる別動隊はいきなりビゼー城を狙い、陥落させた後に伝令を受けダルモン城を攻略したらしい。
敵の急所をいきなり狙う大胆な作戦だが、決まればデカい。
貴族然としたドレーヌ伯爵からはイメージし辛いが、伯爵は歴戦の将でもある。
騎士オージェは健気にも軍を建て直し、数百の兵で迎撃に出たらしいが結果はお察しだ。
オージェは戦死し、クレマンは降参し城を開いた。
……全く、報われないヤツだな……
俺は騎士オージェの末路を聞いて哀れみを感じた。
謀叛人とは言え、担いだ主君がそれでは浮かばれないと言うものだ。
「全く、馬鹿馬鹿しい話だ」
俺は唾を吐き捨てたが、嫌な感じは治まらない。
不快なものは口の中ではなく、胸の内にある。
「あー、ムカつくな」
「何がですか?」
気を使ってロロが声を掛けてくるが、答える気にならない。
俺は「知るかっ!」と槍で荷車に八つ当たりした。
槍の穂先が突き立つと、バキンと音が立て車輪が片方砕け散る。
「俺たち騎士はな、戦場で真っ先に死ぬから威張ってんだよ!! くそっ!」
半壊した荷車にさらに一撃を加える。
荷車のあおりの部分が完全に破壊され、中身の小麦がザザッとこぼれ落ちた。
ダルモン伯爵領の内乱はこうして幕を引いた。
終わってみれば完勝に近い内容である。
だが、俺の心は晴れなかった。
そして、俺にとって『バシュラール戦役の後始末』くらいに考えていた今回の遠征が世間に与えた影響の大きさを、今はまだ気付いていなかった。