128話 忠臣の裏切り
リオンクール軍は一路、北に向かう。
目指すはダルモン伯爵領都、ダルモン城だ。
途中の村では補給を行いはしたが、略奪は行っていない。
村から善意の援助をありがたく頂戴するだけ。リオンクール軍は紳士の集団である。
「しかし、ダルモン領は豊かだな。普段から小麦食ってるのか」
「人も多いですよね」
俺とロロはダルモン伯爵領の豊かさに驚いていた。
集まる物資がリオンクールとは違うのである。
先ず、小麦だ。
土地が痩せている上に標高が高く非常に寒いリオンクールでは小麦の栽培は適しておらず、俺は大麦やライ麦を奨励している。
ダルモン領はリオンクールから見れば北に位置しているが、小麦が育つらしい。
……そう言えば伯爵は単独で3500人もの動員力があると言っていたが……
もちろん鵜呑みにはできないが、それでも大したものである。
リオンクールは豊かになったとは言え、動員力は2800人が限度だろう。非常事態になればさらに集まるだろうが、昨年のバシュラール戦役のような非常事態でも合計で3000を超す程度……これでも少し無理をした数だ。
バシュラールは2000人は動員できるだろうが、俺から民心が離れているので実数は1500くらいだろうか。
兵とは民衆だ。
嫌われている領主は兵を集める事が難しい。
「人口はすぐに増えないからなぁ……小麦のパンは旨いし、羨ましいな」
「ええ、後はタマネギの量が多いですね。リオンクールでも育ててますが、こちらの方が立派な物が多いみたいです」
ロロが数玉まとめて縛られているタマネギを持ち上げた。
タマネギはこうして縛った後に吊るして保存すれば日持ちもする便利な野菜だ。
サイズの違いは栽培法や品種の違いなのか、それとも土壌の違いかは分からないが、こちらのものをリオンクールに持ち込んで栽培してみたいものだ。
……ま、その時は農夫もセットだな……
栽培法は知ってるヤツを連れて来ればいい。
農夫を適当に捕まえてリオンクールに連れていこうと思う。
「いやいや、ダルモン領の食べ物と言えば内臓の煮込みだろ? あれ旨いよな」
「凄い脂でした。湯気が立ってないから油断してたら熱いのなんの」
ロジェとポンセロが来た。
何だか新鮮な組み合わせだ。
彼らが言う内臓の煮込みとは、ダルモン領で食べたスープである。
豚やヤギの内臓をこれでもかと入れてタマネギとハーブと一緒に煮込んで作るようだ。強烈な臭みがあり、脂ギトギトだったが旨かった。
この辺では祭りの日に食べるような御馳走なのだとか。
「魚醤で味付けすると旨いかもな」
「なるほど、具も色々と合いそうですな」
ロジェとポンセロは意外と仲が良いらしい。
ポンセロは面倒見が良いので、頼りないが明るいロジェとは相性が良いのかもしれない。
「まあ、臓物の煮込みは旨いけど……何かあったのか?」
俺が2人に尋ねると、ロジェが「そうだった」と笑う。
「地元の騎士がな、協力を申し入れてきたぞ。中立のヤツだ」
「偵察隊が接触しました。我らが近くを通ったから攻められるのかと思ったのでしょう。慌てて申し出てきた様子」
2人の言葉に俺は「ふうん」と気の無い返事をした。
日和見していた地元騎士だろう。大した兵力も無いだろうし放っておけば良い。
攻める理由も無いしな。
「それじゃ、物資を貰っとくか。合流する気があるならダルモン伯爵の部隊に合流するように伝えろ」
「承知しました。ではダルモン『本隊』に合流するように伝えます」
ポンセロはニヤリと笑い、立ち去った。
彼が言う『ダルモン本隊』とはハッタリだ。『こちらは別動隊に過ぎない、もっと凄い本隊が控えているぞ』とハッタリを利かせる腹積もりなのだろう。
「んで、お前は行かなくて良いのか?」
俺は縛られたタマネギを持ち上げて遊んでるロジェに声を掛けた。
「いや、行くけどさ……こっちのタマネギってデカいよな。種類が違うのかな?」
「まあな。いくつか持って帰って栽培を試したいところだな……さっさと行けよ」
俺が「しっし」と追い払うとロジェは舌打ちしつつも小走りでポンセロを追っていった。
彼は料理や農業に興味があるらしい。
「ロジェ様も色々と学ばれて立派に成長されています。騎士に『しっし』なんて言っては駄目ですよ」
ロロは口煩い。
たが、間違ったことは言わないので「まあな」と頷いておいた。
「でも、まだまだ。あいつは叔父上の跡継ぎなんだ」
「それは手厳しい。比べる相手が悪いですよ」
俺とロロは笑い、若者の成長を喜ぶ。
ロジェやギー、アルベールくん……皆が若い。
何となく、自分より若い者が成長する姿を見ると、自分が老いるような気がしてセンチな気分になる。
ふと、自分の老後をイメージしたら不安になってきた。
「……ロロ、俺が爺さんになったらオムツ替えてくれ」
「はあ!? いきなり何ですか! どうして私がバリアン様の……って同い年でしょ!!」
久しぶりにロロがワケわかんなくなってて笑えた。
アモロスでは50過ぎたら老人扱いだ。
そう遠い未来の話でもない。
事実、俺も体の衰えを自覚することが増えてきた。
最近、いきなり嘔吐くことが多いのだ……ゲップしたり、寝転んだりすると胃の中身が逆流して「おえっ」と来ることがある。
大したことは無いが、胸焼けが酷い時もあるし、気分は良くない。
……逆流性食道炎とかかなぁ……ストレス多いし……
胃のあたりをさすると、何だかまた競り上がってきて「うっぷ」となる。
悩む俺の隣でロロが「絶対に替えませんからね!」と力強く宣言していた。
まったく、能天気なヤツだ。
………………
さらに軍を北に進めると何度か敵の斥候を見かけた。
こちらは城を滅ぼしているのだ。
クレマン派が気づかない筈がない。
「またいるな。バリスタで狙えるかな?」
「うーん、たしかに威嚇にはなりますか」
俺の軽口にアンドレが腕組みをして検討している。
今のアンドレは俺の副将格として軍の運営全般を任せている。
諸事に細かいアンドレはこの手の仕事が上手い。
今回のダルモン領への遠征では俺はアンドレにほとんど口出ししていない……する必要が無いのだ。
今も物資の量を確認中だが、アンドレのやることに粗漏は無い。
できる部下がいれば丸投げするのが楽だ。
我が軍は兵の運用に長けたポンセロがおり、運営上手のアンドレがいる。
実に頼もしい……彼らは軍の両輪である。
日常の雑務から解放された俺はのんびりと戦陣を満喫している。
実際、俺は初遠征から別動隊の大将だったし、こんなに楽な遠征は初めてだ。
プッサン城までは諸公の軍も一緒だったから調整やらで俺も頑張っていたが、今はアルベールくんの軍とジャンの軍だけである。
言わば身内、気兼ねはいらない。
「バリスタはやめとこう。だけど敵の斥候は目障りだし、士気にも関わる。適当に追っ払ってくれ」
「分かりました。ポンセロ卿に警戒させます」
アンドレはチラリと斥候を眺めると下がろうとした。
すると、丁度ポンセロがこちらにやって来たようだ。
まるで俺たちの会話が聞こえていたようなタイミングの良さだ。
「ダルモン城から軍が出ました。数は1700人、このまま互いに進めば明日にでも会敵するかも知れません」
「いきなりか。まあ、城も滅ぼしてるし当たり前の話だな。適当な場所に陣を構えたいところだ……布陣は任せたぞ」
俺は報告に頷き、ポンセロに陣地の構築を命じた。
ダルモン伯爵領は平坦な土地が多く、高低差を活かすような陣地は難しい。
見晴らしの良い開けた場所に布陣するのが良いだろう。
平地に陣を敷くなど、ポンセロならば訳もない仕事……と言うか陣立ては俺より上手い。
「この前の城を破却した廃材がありますから、それをお使いください。こちらで建材の切り出しも行いましょう」
「それは助かる、今から物見に出て地形を確認してきます。ある程度は把握してますが、やはり自分で見なければ……」
若い頃のアンドレはポンセロと張り合うこともあったのだが、今は落ち着いたものだ。
この2人は信用できる。
未来を託せる存在だ。
「なあ、2人は俺がボケたらオムツ替えてくれるか?」
俺が唐突に質問すると、アンドレは「え?」と固まり、ポンセロは無言であった。
「気にしないでください。最近、バリアン様の中で流行ってるみたいなんです」
ロロが少し迷惑げな顔をして2人に助け船を出した。
こいつは俺のオムツを「替えません」と堂々と宣言した裏切り者である。
「はは……私の方がかなり年上ですし」
「ええ、あまり……その、私も年上ですから。何かお悩みなら妹に申し伝えますよ」
何か酷いこと言われた気がする。
下の悩み事なんてそんなに無いわ。失礼な。
精々が「豪快に屁をこいたら、たまに一緒に出ちゃう」くらいのもんだ。
忠臣3人に裏切られた。
俺の老後は孤独だ……ギリギリまで現役にしがみついて老害化してやる、覚えてやがれ。
………………
翌日
リオンクール軍は陣を敷き、クレマン派の軍を待ち構えた。
陣は仮設ではあるが柵に囲まれ、門の代わりに空の荷車が配置されている。出入りするときは荷車を動かすのだ。
何度も敵の斥候が現れたが、見晴らしの良い地形にポツンとある堅陣である。
奇襲など仕掛けようもない。
「軍使です、偵察隊が接触しました」
「またか……」
ポンセロがクレマン派の軍使の到着を教えてくれた。
昨日から、クレマン派の使者が何度も来ているが内容は毎回同じだ。
曰く「リオンクールがダルモンの内乱に干渉するな」「非はデジレ・ド・ダルモン(伯爵)にあり」「伯爵の妻子は人質として預かっている」と繰り返すのみだ。
何とかしてこちらの軍を退かせたい様だが、そうはいかない。
こちらは毎度「こちらは別動隊だ。交渉はダルモン伯爵と行え」と突っぱねるのみだ。
下手な言質は与えない。
ほど無く、軍使が現れた。
昨日から何度か顔を合わせており本人も結果は予想してるだろう。
元々、冴えない中年男であるが、今回はさらに浮かない顔をしている。
いきなり見事な八の字眉だ。
「我が主からの言葉を伝えます……」
軍使が口を開きかけたところで「交渉はダルモン伯爵に」と俺が答えた。
「いえ、あの……一応最後まで言わせてください」
軍使は泣きそうな顔を見せ、俺は少しだけ気の毒になった……同情を買う作戦ならば大したものだ。
「うん、まあ……貴卿の立場は分かるがな」
「はあ、何度もすみません」
この男も辛い立場だ。
本人がやりたくてやってる訳ではない。
俺が「干し肉食べるか?」と勧めると、素直に受け取り齧っていた。
……中間管理職の悲哀みたいなものを感じるな……
敵陣の中で干し肉を齧る軍使……丸めた背に何とも言えない哀愁がある。
「まあ、何度も来てもらったし、会戦の約束でもしようか?」
「ありがたき幸せ」
中年男は少しだけ愁眉を開き、交渉に応じた。
日時と場所を決めて互いの軍をぶつけるのだ。
こうなれば数に勝るこちらが圧倒的に有利だが、彼も早く切り上げたいのだろう。何の異論も挟まず、翌日の決戦が決まる。
「まあ、頑張れよ。転職したくなったら、いつでもウチに来いよ。のんびりした村で代官とかどうだ?」
「ありがたき幸せ。ですが……その、申し訳ありません」
彼は少しだけ『のんびり』って部分に反応した。
両軍を何度も往復している内に疲労とストレスを溜め込んでいるのだろう……お疲れの様子だ。
「体に気を付けてな」
最後に俺が声を掛けると軍使は複雑な表情を見せ、再度「ありがたき幸せ」と頭を下げて立ち去った。
彼の後ろ姿は終電帰りのサラリーマンの様に生気がない。
……始めはもう少しビシッとしてたがなぁ……やはりクレマンやオージェに責められているのだろうか……
考えてみれば昨日から何度も往復しているのだ。
不眠不休に近いのかも知れない……それこそ、敵から渡された干し肉を齧るくらい空腹だったのだろう。
「妙に優しくなりましたね」
ロロが何か言いたげにしているが、特別に下心などがあったわけでもない。
「何か気の毒でさあ」
正直なところ、これが本音だ。
さっさと敵軍を粉砕して哀れな男をブラック企業から解放してやろう。
会戦は明日の予定だ。
場所も離れていない。
俺は兵に休息を命じ、決戦に備えた。