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127話 リサイクル

 軍を北に進めると、第1の目標である城が見えてきた。


 大した城ではない。

 少し小高い所に位置しているが、土塁と木柵の小城だ。

 兵力も大したことはあるまい。


 門の斜面を下った所には城下町と呼ぶには寂しい集落……こちらは木造に藁葺きの建物が数十ばかり軒を連ねている。


「気づかれましたね」


 ロロが城の見張り台を示すと、何やら兵士が慌ただしく叫んでいるのが見える。

 彼らからすれば、突如として正体不明の大軍が現れたのだ。

 程なくして吹きならされた角笛の音が城から轟いた。


「ふん、さすがに謀叛を起こした連中だ。警戒はしていたようだぜ」

「ははっ、ここはプッサン城から見れば最前線だからな」


 ジャンが嬉しそうに敵情を観察している。

 本当に戦が嬉しいのだ。

 俺はその様子が面白くてつい笑ってしまう。


「なんだよ、変か?」

「いや、嬉しいのさ。一気に行くぞ、ジャンも遅れるなよ」


 俺は槍持ちから槍を引ったくるように掴み、そのまま馬を走らせ「続けえ!!」と叫んだ。


「王が駆けたぞ!?」

「陛下を死なすなっ! 続け!!」

「騎馬だけ先行しろっ!」


 後ろで慌てた部下たちの声が響き渡るが、ロロとジャンは慣れたものだ。

 俺の後ろにピッタリとくっついてきている。


 その後ろに続くのは同胞団だ。


「ジャンはいいんですか? 兵を放ったらかして」

「あはは、大丈夫さ」


 馬を走らせながらロロとジャンが呑気に会話している。とても戦の前とは思えない落ち着きぶりだ。


 だが、俺はそうはいかない。

 どうしようもなく気が高ぶり、体が強い衝動に突き動かされるのだ。


「城から騎馬が出たぞ! 軍使だ! このまま突き殺してやれっ!!」


 俺は駆けながら槍で敵の軍使を示す。

 恐らく正体不明の軍に対しての探りだ。

 数は2騎、こちらより1人少ない。


「久々だぜ! この感じ!」

「猟師が3人、獲物は2匹……早い者勝ちですよ!!」


 ロロが拍車を掛けて馬を加速させた。俺たちを煽っているのだ。


「よーし、競争だ!」


 ジャンも負けじと加速した。

 子供が駆け競べをしているような稚気がある。


 2人の後ろ姿に、俺は幼い頃に皆で馬術を習った日を幻視した。



 向かう先では、少し城から離れた位置で軍使が止まり、こちらを窺っている。

 俺たちも軍使か何かと勘違いしたのかも知れない。


 何事かこちらに向かい叫んでいるようだ。

 

 通常ならば城攻めの前などにも名乗りを上げたりするものだが、俺たちには関係ない。

 俺たちは驚く軍使に向かい、一気に距離を詰めた。

 

「ははっ、貰ったぜ!」


 ジャンが槍を振り回しながら突進し、軍使らしき騎兵を突き殺した。

 ロロも続き、隣の騎兵を剣で馬から叩き落とす。


 ……くそっ、出遅れたか……


 俺は軽く舌打ちして友人たちの側を駆け抜けた。


「1番多く殺した奴の勝ちだぞ!! 村には俺が一番乗りだ!」


 幼馴染みの2人は馬術の達者だ。不意を突かなければ競争に負ける。


 俺は(ノワール)に拍車を加えて飛ぶように駆ける。

 ジャンが何やら抗議の声を上げたが風の音にかき消された。


 ……速い、速いな、最高だ……


 黒は馬体が巨大であり、並外れた馬力がある。

 加速してしまえば誰も追い付くことはできない。


 ……悪いな、ジャン……


「これも武略ってもんだ!! イヤッハーッ!!」


 思考が口から漏れた。


 村人たちは異変に気付き、城へと避難を始めているが、もう遅い。


 俺は集団の後ろから馬で乗り入り、槍で老婆の背を突いた。

 逃げ惑う村人は次々と黒の馬蹄にかけられ悲鳴を上げる。


「逃げろ逃げろっ!! 殺しちまうぞおっ!!」


 輪を画くように黒を走らせ、村人を散らかすように乗り崩す。

 城へと急ぐ者、見当違いの方向に逃げ出す者、諦めたようにその場でへたばる者、村人は良い感じでバラけていく。


 村人が散れば城から矢は射かけることはできない。

 誤射などしては村社会では生きていけなくなるからだ。

 小さな村では皆が親戚だと言っても過言ではない。「あいつは俺の女房を殺した」などと言われては生きていけなくなるだろう。


 少し間をおいてジャンとロロが同胞団と共に追い付いてきた。


(ずる)いぞ! それでも王様かっ!?」

「あっはっは、王様さ!!」


 俺は槍を振り回して農夫の背を切り裂いた。

 正直に言えば、片目になってから初めての戦闘に少し不安だったが、あまり影響は無いようだ。

 多少狙いが定まらなくても的は大きいのだ。


「見ろ! まだ城門は開いているぞ!! 攻め寄せろ!」


 俺は同胞団に指示を出し、自ら門に向かう。

 まだ村人の避難は済んでおらず、城の門は開け放たれている……閉められないのだ。


「このまま城につけ込め! 突撃(シャルジュ)ーッ!!」


 村人を蹴散らしながら俺は駆ける。


 楽しい、楽しすぎる。


 途中から相手が兵士になったが、城の広場にノワールで乗り入れて槍を振るう。

 城兵の数は少なく、一気に味方が雪崩れ込み制圧してしまった。


 すぐに決着はついた。敵が降参したのだ。


 そもそも城に大した兵力は無かったようだ。

 クレマン派としてどこかに兵力を集中させているのだろう。

 前線の守りとしてはお粗末だが、恐らくは領外に出たダルモン伯爵ではなく兄のシャルロと争う腹積もりで兵を配置していたのでは無かろうか。


 事実、今回の攻撃は完全な奇襲となった。

 素晴らしいスピードでの勝利だが、戦闘としては物足りなさも感じる。



 ふと、転がる死体に目を向けると、その数の少なさに寂寥感を覚えた。



 楽しい時間の何と儚いことか。

 (ころし)のあとって、何故か物悲しい。




………………




 後続の軍が来るまで待つこと(しば)し。



 皆が揃ったところで略奪タイムである。

 兵たちは歓声を上げながら走り回っていた。


 女に群がる者も家々を荒らし回る者も、皆が実に楽しそうだ。


「城の壁や建物は破壊しろよー、リオンクールの恐ろしさを見せつけてやれー」


 俺は皆の様子を眺めながら、引率の先生のように声を掛けて回った。


 偉そうな捕虜は面倒くさいので、男だけまとめて城の倉庫に放り込んでいる。

 残りは適当に固めているが、本当に適当だ。若い女なんかは兵士たちが勝手に連れ出しているくらい適当。


 ……うーん、騎士や従士は皆殺しかな。折角だしダルモン城の外で殺ると良いかもな……


 1つの城を滅茶苦茶に破壊すると後が楽だ。

 他の城がビビって勝手に降参するからである。


 しかし、ここでふと伯爵の言葉を思い出した。


『村や都市ではできる限り補給以外での略奪を控えてくれ』


 そして現状を再び観察する。


 ……あれ? やばくね? いやいや城下町はギリギリセーフのはずだ……


 城下町は城の設備。

 俺は村を攻撃していない。


 これはセーフだろう。


 ……あ、そもそも降参じゃダメなんだった。殲滅だったか? 面倒くさいなー。後で捕虜ごと倉庫に火を着けるか……


 俺がブツブツと呟きながら見回っていると、一際甲高い悲鳴が聞こえた。

 騎士の身内であろう少し小綺麗な身なりの娘が雑兵に押し倒されたらしい。


 周囲の兵士が(はや)し立て、大盛り上がりだ。


 ……盛り上がってるな……邪魔しちゃ悪いし、何にせよ明日だな……


 今は楽しい宴だ。

 水を差すような真似は良くない。



 視界の端では、軍にくっついてきた商人が略奪品を買い取るために、忙しそうに働いていた。




………………




 翌日



 城の広間で俺たちは捕虜の尋問をすることにした。


 略奪の翌日などは兵士たちの気が緩みがちになるのだが、さすがに幹部の家臣にはそのような不心得者はいない。

 遅刻者もおらず、皆が俺の指導(126話参照)通りに演技を始めた。


 リオンクールの幹部が居並ぶ中を捕虜が突き出された。

 捕虜の数は6人、さすがに全員が騎士と言うわけでは無かろうが、なかなかの鎧を身につけ、そこそこの身形をしている。


 彼らは武器の類いは取り上げられているが拘束などはされていない。


 捕虜たちは不安げに周囲を見渡して様子を窺っていた。

 彼らの隣にいるクーが軽く鎖を振り回しながら「きひひひ」と不気味に笑い、不安を煽っている。


 ……よし、上手いぞ……


 俺はクーの演技に心の中で拍手を贈った。


「き、貴殿らはリオンクールか!? 一体これは……」


 捕虜の中でもたくましい男が気丈にも抗議の声を上げた。

 中々の胆力である……恐らくは騎士だ。


 だが、騎士の質問に答えるものはいない。


「ク、クレマン、オージェ、居場所オシエロ」


 俺が白目を剥いてカタコトでクレマンとオージェの居場所を尋ねる。

 すると捕虜たちは明らかに怯んだ表情を見せた。


 身代金の交渉をする気がない俺は名前や身分を尋ねたりはしない。いきなり本題である。


「どうしたのです? 早く陛下にお答えしなさい」


 ピエールくんがオカマっぽく騎士に返答をうながす。

 しかし、照れがあるのか半笑いだ。減点1である。


 逞しい捕虜は質問に答えず沈黙を貫く。

 だが、明らかに動揺しており虚勢だと丸分かりだ。


「あー、もうダリイなあ」


 今まで大人しくしていたジャンが声を上げた。


「面倒くせえ、殺せ」


 いきなりジャンが命じると、彼の従士たちは瞬く間に逞しい捕虜を引き倒し、止めを刺した。

 捕虜が声を上げる暇もない早業だ。


 熟練の職人のような恐るべき殺しの手際、ジャンの命令に全く躊躇することの無い様子、ジャンの従士隊は(まさ)しく精兵である。


「殺した、殺したのか」

「まさか、何で」

「捕虜じゃないか」


 捕虜たちはジャンの凶行におののき、ガタガタと震えだした。

 普通、騎士などの身分の者は捕虜になっても殺されることはない。

 余程の事が無ければ身代金を払い解放されるのが常だ。


 それが一言も交わさずに殺された。


 ジャンの行いは貴族同士の不文律を全く無視した蛮行なのである。

 俺はわりと捕虜を殺してしまうが、世間ではかなりの少数派なのだ。


「うるせえっ! 次に許可なく喋りだしたら殺すぞ」


 ジャンが凄むと捕虜たちはピタリと口をつぐんだ。

 この男の「殺すぞ」は決して脅しではない。

 それが伝わるだけの殺気を放っている。


「こいつを押さえつけろ」


 ジャンは従士たちに身分の高そうな捕虜を拘束させ、腹を軽くナイフで突き刺した。


 捕虜は痛みと恐怖で「ぎ、ぎ」と(うめ)くが必死で(こら)えて悲鳴を上げない。

 許可なく喋ると殺されるからである。


「良いか? 素直に喋ればナイフを抜いて手当てしてやる。騒いだり嘘をつけば(えぐ)るぞ」


 捕虜は必死で何度も頷き、べらべらとクレマン派の情報を喋りだした。

 クレマンとオージェはダルモン城で軍と共にあり、シャルロ派に圧力を加える腹であったようだ。


「もう一度、同じ事を言え。少しでも間違えたら殺す」


 ジャンはあくまでも冷酷だ。

 これは本当の事なら何度でも言えるだろうと言う理屈らしいが、割りと無茶な話である。

 同じ話は意外とできないものだ。


 普通、こういう場合は「刺すぞ」と脅すものだが、ジャンの尋問は刺したところから始まり、何度も同じ事を言わせることで真偽を確かめるらしい。

 恐るべき尋問術である。


「ジャン、助かるけどさあ……皆が一生懸命練習したんだから、こっちにやらせてくれよ」


 俺はわざとらしくため息をつき「なあピエールくん、ネルス」と声を掛けた。


「あ、いえ、私は別に」

「もう止めても良いですか?」


 ピエールくんとネルスはもう素に戻っていた。

 俺が頑張って考えたのに何てヤツらだ。


「ちぇ、もう良いよ! 何だかお前ら酷いぞ、捕虜(こいつら)は殺しとけよ」


 俺は席を立って城の外に出た。



 外では兵隊たちが土塁や柵を崩しており、作業現場の喧騒が耳に心地よく届いた。

 この城は徹底的に破壊する、そのための工事だ。

 

 だが、破壊するだけではない。


 破壊した柵や家屋は薪として再利用し、住民たちは奴隷として売却する。

 釘や鉄くずでも鋳潰せば新たな剣にも農具にもなるだろう。

 安易に捨てて良いモノなどはない。

 正にリサイクル、リオンクール軍はエコな軍隊なのだ。


「ふて腐れないで下さいよ、干し肉食べますか?」


 追い付いてきたロロが干し肉をくれた。

 それを受け取り、噛みしだいていると気分が落ち着いてきた……どうやら俺は腹が減っていたらしい。


「次はどうするかな……ダルモン城を攻めるか、あえて外して西のオージェ城を狙うか」

「ダルモン城には軍勢が居ますから、先ずそこを叩くのが無難でしょうね」


 俺が急に話題を振っても、ロロは難なく会話についてくる。

 やはりそこは長年の付き合いと言うものだろう。


 ロロの言葉で次の目標が決まった。

 確かに拠点を攻略する間に軍勢にチョロつかれたくはない。


「良し、広間に戻ろう」


 俺は気分を改めて広間に戻る。

 次の目標はダルモン城、軍勢の撃破だ。



 広間では首だけになった捕虜たちが俺を迎えてくれた。

 彼らは(さら)され、リオンクールの恐ろしさを喧伝してくれるであろう。

 これも、リサイクルってやつかな。


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[良い点] >ちぇ、もう良いよ! 何だかお前ら酷いぞ 完全に小学生
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