126話 東天の将星
閑話的な内容ですが、書いてるうちに膨らんだので独立させました。
プッサン城への行軍中、俺は家来たちに『恐ろしく振る舞う演技』を指導していた。
今はシモンと家来たち、クー、ネルス、ブルノーの番である。
「えーと、こんな感じですかね?」
目の前ではネルスがナイフを舐めている。
「違う! もっと音を立てろ! 目も焦点を外せ」
ネルスは「は、はあ」と気の無い返事をしてペチャペチャと音を立ててナイフを舐める。
「まあ、そんなもんだな。クー! 笑いかたが違うぞ『きっひっひ』だ」
「きっひっひ……ですか」
ネルスの隣ではクーが鎖をチャリチャリと弄びながら笑い声の練習をしている。
「ブルノーはなかなか良いな。雰囲気があるぞ」
「……は、有り難き幸せ」
シモンの舅であるブルノーは酒を入れた山羊の角杯を意味ありげに傾けていた。
僧籍にあるブルノーは、煮固めた硬革の鎧の上から僧服を着ており、実に悪者っぽくて良い感じだ。
「あー、クーは駄目だな! もっとナイフみたいに尖れって言ってるだろ!?」
「な、ナイフみたいに……? こうですかね?」
クーはよく分からない複雑な表情をしているが、悪くないと思う。
俺の指導の甲斐もあり、なかなか危なそうな感じに仕上がってきた。
俺は満足し、うんうんと頷く。
「……なあ、アレいつまでやるんだよ?」
「たぶん、もうじき飽きますから」
シモンとロロが何やら嫌味を言っているが、これは必要なことなのだ。
ダルモン伯爵領の反乱者どもに「リオンクールは恐い」と思わせるための演技指導なのだ。
ちなみに俺は白目剥いてカタコトで喋る予定である。
「次の村に着いたら村人をそれで威嚇しろ。習慣になるまで続けるんだ」
俺が命じると、3人は「ええ?」「本当にやるんですか」「……は」と三者三様に応えた。
「良し、次! ピエールくんとロジェを呼んで来い」
俺が命じると、シモンが「まだやんのか」とぼやきながら離れて行った。
「ピエールくんはオカマキャラだな『お前の血で化粧がしたい』とか言わせるか……ロジェはどうするかなぁ、やっぱ肩にトゲかな? ロロはどんなのにする? 生肉でも齧るか?」
「さあ? 考えときますね。あそこに城が見えてきましたよ、多分あれがプッサン城ですね」
ロロが示す先を見ると小ぢんまりとした城がある。
規模は小さいが石造りの外壁を備えているようだ。
「良い城だな。小さいから駐屯には向かないが守りは堅そうだ」
「そうですね、ジローさんなら300……いや200で十倍の敵を跳ね返しますよ」
そう言えば、城の守りはリオンクールの担当だったはずだ。ロロはさりげなく教えてくれたのだろう。
この城はリオンクールへの進入路であり両軍の連絡拠点だ。いざという時の避難所でもある。
疎かにすることはできない。
その時、カチカチカチっと独特の鳴き声が聞こえた。
姿は見えないがカササギだろう。
「カササギだ……そう言えば、雛鳥城って変わった名前だな。カササギの雛なのかな?」
「どうでしょうね? でもカササギなんて由来にしますかね?」
ロロは実に素っ気ない。
カササギが嫌いなのだ。
ニッポンでは七夕などでロマンチックな伝説もあるカササギだが、アモロスでは別名で「泥棒鳥」と呼ばれるくらいの嫌われ者だ。
これはカササギが人里近くに営巣するのと、雑食のために人の食べ物を摘まみ食いするところから来ているようだ。
また、仕返しをしようにもカササギは賢いのでなかなか捕まえることはできない。
そこがまた、憎たらしいのだとか。
……お前さんも東に行けば恋の使者なのにな……ん? この世界でニッポンってあるのか?
そもそも、あのカササギと俺の知っているカササギは同じ鳥なのだろうか?
なんだか頭がこんがらがってきた。
最近は昔の事を思い出すとグチャグチャになる。
タナカの記憶はどれも靄が掛かったように掠れ、夢の中の記憶と言われた方が納得できる気がする程だ。
……まあ、考えたって仕方ないさ……もう俺も30過ぎだ、ニッポンやタナカの事を忘れても仕方ないじゃないか……
最近ではニッポンどころか兄のロベールや、師アルベールの声も思い出せない。
人の記憶とは何と儚いものであろうか。
写真すらないアモロスでは、記憶を留めるのは意外と難しい。
頭上で、カチカチカチとカササギが鳴いた。
何故か、からかわれた気がした。
………………
プッサン城、広場
軍の編成も終え、俺とダルモン伯爵は最後の打ち合わせを行っていた。
「それでは我々は東に向かおう。何か有ればプッサン城に早馬を送る」
「え、船もなしで肱川を渡れますか?」
伯爵は事も無げに川を渡ると言うが、軍隊は兵隊だけではない。
物質には濡らしたくない物も山ほどあるのだ。
余計な心配かもしれないが、俺はつい疑問を口にした。
「ああ、その辺は地元だからな。この城より北東に渡川に適した浅瀬がある」
「ほほう、さすがに地の利は知り尽くしているようですね」
そう言えば、以前ダルモン伯爵と対陣した時は上手く地形を利用していた。
その手の知識も豊富なのかもしれない。
「若様、守備兵も見繕いましたぜ。準備万端だ」
その時、ジローとギーが報告にやって来た。
いつの間にかギーはジローの弟子みたいになっているが、悪くない関係を築いているようだ。
特にジローは早くに亡くした息子のようにギーを可愛がっているのが見て取れる。
……2人ともいかにもリオンクール人だし親子みたいだな……
俺は2人の様子に何だか嬉しくなり、思わず顔がほころんだ。
「ありがとうジロー、ギーをしっかり鍛えてやってくれ。いずれはジローの後を継いでポルトゥの城代が務まるほどにな」
「ふふ、合点でさ。鍛え甲斐があるってもんで」
俺とジローの会話を聞いたギーは「いや、そんな……」と、わたわたしていたが、それを見たジローに「しっかりやんな」と背中を叩かれていた。
「ほう、そちらが名高い雄将ジローか。平民らしいが俺に仕えるなら城を与えて騎士にするぞ。どうだ?」
側で聞いていたダルモン伯爵が堂々とヘッドハンティングを始めた。
表情に乏しいので本気か冗談かは判断できない。
「がっはっは、ダルモン領を半分貰っても御免さ」
ジローは冗談と判断したようだ。
わかりきった答えではあるが、ついホッとしてしまう。
「そうか、残念だ」
やはりダルモン伯爵は表情を変えずに淡々としている……やっぱり、ちょっと苦手だ。
「はは、ジローって有名なんだな」
変な空気になりそうだったので俺が冗談っぽく口にすると、伯爵は「おや」と言った感じに片眉を上げた。
「自分の家来なのに知らないのか? リオンクールの八将軍や東天の七将星などと呼ばれ常勝不敗だと恐れられているぞ」
俺は「へえー」と感心してしまった。
そう言えばロロが有名だって話をどこかで聞いた気がする。
リオンクールは僻地だし、意外と自分たちの評判は入ってこないものだ。
……八将軍に東天の七将星ね……カッコいいな、誰だろ?
聖天教会の影響か、アモロスでは優れた人物は星や月に例えられることが多い。
ベルジェの明星とかもその例だろう。
叔父上、ジロー、ロロ、ジャン、アンドレ、タンカレー、ポンセロ、デコス、モーリス、エンゾ、ピエールくん、ロジェ、ジョゼ、ドーミエ……と指折り数えるが、すぐに7人や8人など超えてしまう。
それぞれが違った働きで俺を支えてくれるので、絞るのは意外と難しい。
「特にリオンクール王が毒に倒れた後も大軍から城を守り抜いたジロー将軍の雷名は天下に鳴り響いているぞ。『ジロー将軍が守る限り、リオンクールの門は万の兵でも開ける事はできぬ』と言われているほどだ」
「ほおー、それは凄い……俺もジローには頼りきりだからな。正にリオンクールの柱石だ」
俺たちが褒め称えると、万夫不当の豪傑は「いやー」と体をくねらせて照れていた……ちょっと気持ち悪い。
だが、若いギーは大変な憧れを持ったようで尊敬の眼差しをジローに向けている。
「ふむ、名人は弟子まで育てているのか。ますます惜しいな」
ダルモン伯爵は「ふっ」と笑って「来るなら弟子も迎えるぞ」とギーもスカウトしていた。
やはり何を考えているのか良く分からない。
兎も角も、ここで軍は二手に別れ、それぞれの攻撃目標に向かう。
俺たちは伯爵の弟クレマンと騎士オージェ……とは言え、彼らがどこに居るのかは全く分からない。
ここは片端から潰していくしかないだろう。
先ずプッサン城のすぐ北にある城に照準を定め、リオンクール軍は進む。
ダルモン伯爵との取り決めにより、城は略奪し放題だ。
皆の足が軽やかになるのを感じ、俺は微笑ましい気持ちで馬を進めた。
楽しい戦争の会場は、すぐそこにある。