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13話 旅の経験

 人の気配で目が覚めた。



 知らない部屋、それにバリアンの両親たち。


 そうか、俺は両親にベッドまで運んでもらったのかと納得した。


 考えてみれば(バリアン)は8才だ……2人は旅先で俺を雑魚寝させるには忍びなかったに違いない。


 ……それにしても立派な……


 俺は母であるリュシエンヌの寝姿を見て口許が緩む。


 基本的にアモロスの人々は全裸で眠る。

 これは衣服の質が低く、着心地が悪いからだと思う。

 もう慣れたが、いつも着ている麻の服はチクチクして痛痒いたがゆい。


 少し甘えたふりをして先っちょを舐めてやろうかと思ったが、隣で寝ているルドルフに気づかれたら取り返しがつかない気がしたので自重した。


 リュシエンヌが艶かしく「うん」と身じろぎをした。

 実の親ながら色っぽい。


 これは目の毒だとルドルフを眺めるとこちらも凄い。


 とにかく筋肉モリモリなのだ。

 特にヒッティングマッスルと呼ばれる背筋、腹筋、胸筋あたりの筋肉量(バルク)が凄い。

 馬に乗って剣や槍を振り回すにはパワーが必要なのだろう。

 そこに無数の傷痕が残り、凄まじい迫力である。


 2人とも、実に健康的な魅力を感じる肉体の持ち主だ。


 ……この分なら、俺の体も期待できそうだな……


 俺はぼんやりと両親の寝姿を眺めていた。



 しばらくするとリュシエンヌが目覚めた。

 彼女はすぐに肌着(シミーズ)を羽織る。


「おはよう、バリアン。なあに? お母さんと寝てたからビックリしたの?」


 彼女は優しげに微笑んだ。

 イヤらしい視線で眺めていた俺が恥ずかしくなるような母性愛を感じる。


「おはようございます母上。その、ちょっと恥ずかしくて……」


 俺が照れ隠しを口にすると彼女は「久しぶりだったものね」と微笑んだ。

 見ればルドルフも身を起こし下穿(パンツ)きを身に付けていた。


「バリアン、朝の礼拝があるはずだ、遅れてはならんぞ」


 ルドルフはそう言うと素早く衣服を身に付ける。


 アモロス王国では男女ともに良く似た服装をしている。

 男は長袖のチュニックを身につけ、ゆったりとしたズボンを穿いている。

 そして腰の辺りでベルトを締め、マントを羽織る。


 女は丈の長いチュニックをワンピースのように着用し、やはり腰の辺りでベルトを締めている。


 そして男女ともに靴下を履き、ガーターで留める。


 田中だったころの記憶ではガーターは女性のものだと思っていたが、このガーターは、いわゆるガーターベルトのようなセクシーなモノではなく、靴下を固定するためのシンプルな輪っかである。

 ゴムが無ければ靴下を固定できないから必要なのだ。


 そして男女ともにブーツを履き、身支度は完成だ。


 さらにルドルフやリュシエンヌは伯爵夫妻としての形を整えるためにブレスレットやブローチを身につけている。

 2人は上等な羊毛の服を着ているが、染色が甘いのかムラがあるのが気になる。


 両親と共に参加した朝の礼拝はシンプルなもので、礼拝堂となっている城の一室で聖句を唱和したのちに簡単な説教を聞き、終了だ。


 ドレルム城の坊さんの説教は、リンネル師と比べると要領を得ず、語り口も退屈なものであった。

 兄のロベールやドレルムの子供たちは退屈しきっており、欠伸あくびばかりしている。


 礼拝が終わり、広場で出立の準備が始まる。


「おいおい、もう行くのか?」

「ああ、先は長いからな。世話になった」


 ドレルムとルドルフはガシッと抱き合い別れを惜しんでいた。


 見ればリュシエンヌやロベールもそれぞれに別れの挨拶をしている。


 退屈をした俺はキョロキョロと様子を伺うが、皆が忙しそうにしていた。


 ジローは馬の手入れをし、ロロは他の奴隷たちと忙しそうに働いている……あまり声を掛ける雰囲気では無い。


 俺は馬車犬を撫でて時間を潰していた。




………………




 リオンクールまでの道のりは長く、旅は幾日も続いた。


 俺はジローや従士たちに弓や馬の扱いを習い、投石紐(スリング)の威力も知った。


 投石紐とは紐の中央に石を保持する布を付けただけの単純な構造だが、遠心力を用いて飛ばす石は信じられないような威力を秘めていた。


 従士たちは投石紐を使い、楽々と200メートル以上も石を飛ばす。

 上手いものなら400メートル近く飛ばしているようだ。

 その飛距離は弓矢に劣るモノでは無い。


 思い出せば(いにしえ)のイスラエル王ダビデは投石で巨人ゴリアテを倒したそうだが、この威力を目の当たりにすれば十分に納得のいく話である。


 至近距離でこの石を食らえば、体のどこに命中しても骨が折れて動けなくなるであろう。


 俺はロロと共に従士たちに教えを請い、従士たちも俺たちが熱心に練習すると大いに喜んで相手をしてくれた。


 投石紐の素晴らしい所はコストの安さであろう。

 何しろ適当な紐と布片で石を投げる……そしてこの威力だ。


「これは凄い武器だ。例えば狭い通路で並んで投げれば……」

「いや、それは出来ませんよ」


 俺の言葉におかしみを感じたのであろう従士のデコスが「ふふ」と笑う。


 彼はユルバン・デコス。30がらみの年頃で、焦げ茶色の髪色にダークブルーの瞳を持つ大男だ。

 ボサボサのかみ無精髭ぶしょうひげたくましさを強調している。

 彼はルドルフのお気に入りの従士だが、風貌からするとリオンクール人では無いようだ。


「何故だ?」

「それはね、投石紐(スリング)は大きく振り回さねば使えないからですよ」


 俺の疑問にデコスが「先ず見てください」と笑う。


「おいっ、お前ら集まれーッ!」


 デコスが指示を出すと従士たちが「なんだなんだ」と集まってくる。彼は従士の中でも指導的な立場のようだ。


「見てください……おいっ、密集陣だ!」


 デコスの指示で従士たちが肩を寄せ合うように盾を構えた。


 俺が「あっ、本当だ!」と声を上げるとデコスはニヤリと笑った。


「お分かりですか?」

「うん、集団戦では使いづらいんだな。これじゃ投石紐を振り回せない」


 俺が答えると従士たちが「おー」と感嘆の声を出した。


「バリアン様は賢い、よい将軍になりますよ」


 デコスは俺の頭をぐしゃぐしゃと力強く撫で回した。


「でもね、投石紐は盾を構えたまま使えます。熟練者ならば盾に隠れながら石を投げるだけで騎士を倒せるでしょう。至近距離から食らうと石が体を貫通することすらありますよ」


 デコスは投石紐の利点もキチンと教えてくれる。

 どうやら俺が投石紐を過信しないようにたしなめてくれたようだ。

 それにしても人体を貫通するとは凄い話である。


 従士たちは聞きたがりの俺を可愛がってくれ、剣や弓だけでなく、様々なことを教えてくれる。

 どれもこれも血の通った経験談であり、俺は彼らの教えを胸に刻み込んだ。




………………




 馬車の旅は続き、その旅で俺は様々なものを学ぶ。


「バリアン、見てみろ」


 兄のロベールが俺を(うなが)し、ルドルフと従士たちの訓練を見せた。


 かなり本格的な訓練であり、従士たちも武装をしている。

 彼らは水滴型の兜と鎖帷子を身に付けており、鎖帷子の上から革の上着やマントを重ね着している者もいる。

 盾は全員が持っているが手に構える者も、背負う者もいるようだ。

 武器は槍や剣が多いが様々で、長柄の斧や棍棒を携えている者も見える。


 ルドルフを含む8騎は、ルドルフの号令のもとで疾走し、自在に隊列を変える。


 1列縦隊から2列に。

 2列縦隊から左右に展開。

 さらに散開し、また集まった。

 そのまま(やじり)のような隊列となる。


「凄い!」


 素人の俺でも彼らの練度の高さは見てとれる。


「だろう? 精鋭の騎兵を自在に操り敵に襲いかかるんだ。父上が鷹と呼ばれる理由さ」


 ロベールが得意気に顎をあげて俺に解説をしてくれる。


「父上が従士を大事にしてるのはこれだ。この騎兵は1年や2年では育たない」

「なるほど、良くわかります」


 俺は何度も頷いた。


 ルドルフの従士はリオンクールと王都に別れているそうだが、彼らが20騎30騎と揃えば火器の無い時代の歩兵など何百人いても蹴散らしてしまいそうだ。


「凄い」


 俺はまた呟いた。




………………




 王都を出発し23日、とうとう一行は東方山脈に至り、リオンクール盆地が見えてきた。


 馬車は連日の移動により車軸や車輪が折れ、何度も修理を行い、過酷な旅路は馬や人も休息を必要とする。


 俺は身をもって旅の厳しさを学ぶこととなった。


「バリアン、見てみろ、あれが我らの大地だ」


 馬上の俺にルドルフが声を掛けてきた。

 実は連日の騎乗により、ロベールの尻の皮がめくれ、馬車に横になっていた。

 そこで空いた馬を俺が借り、馬術の稽古をしていたのだ。


 薄々気づいていたが、このバリアンの体は実に運動神経が良い。

 (あぶみ)の高さを調整すれば、もはや普通に乗る程度には問題はない。


「父上、あの城は……」


 俺たちの行く手には石造りの堅牢な要塞が見える。

 王都の城壁にも引けを取らないであろう高さを感じる。


「あれはリオンクールを守る要塞都市ポルトゥだ、山脈に囲まれたリオンクール盆地はこの街道しか軍の往来はできぬ」

「つまり、この要塞を攻略しなければ我らのリオンクールには踏み入れられない……?」


 ルドルフは「そうだ」とニヤリと笑った。


 地図で北を上と見れば、リオンクール盆地は逆C(アンチシグマ)の字型に形成されており、西の入り口以外からの進入は極めて困難である。

 そして、極端に狭まった入り口には堅牢無比のポルトゥ要塞が関所として蓋を閉める形になっていた……つまり、リオンクール盆地全体が大きな要塞なのだ。


 無論、山越えのルートはいくつも存在するが、あくまでも猟師や旅人が往来する程度であり、軍の移動は極めて難しい。

 また、山岳地帯には、いまだにアモロス王国にまつろわぬ異民族も現れるという。


 しかし、リオンクール盆地の地形は守るに都合が良いが自然は厳しく、人口は極めて少ない。

 広さだけならば侯爵領にも倍する面積を持つが、人口……つまり軍隊の少なさ故に伯爵なのである。



「このリオンクールが、俺の故郷なのか」



 俺は要塞都市から先に広がる大地を眺めた。


 領都のリオンクールはまだ少し先である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観を把握しやすい地理、時代の設定でスイスイ読めます。 物語として描かれることの少ない時代ですが「王がいる・貴族もいる、だけどここからなんとかしないと文明が進まない!」って感じが伝わって…
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