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122話 臆病ラミール

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 リオンクール軍は四陣に別れ、カンベール城の攻略を開始した。


 先陣はドレーヌ伯爵軍

 次陣はベニュロ子爵・ゲ男爵軍

 三陣はリオンクール軍

 四陣はアルボー子爵・バシュロ(ジャン)男爵軍


 このローテーションで絶え間なく攻め続け、数で圧倒する作戦だ。


 城の攻め口は狭く、兵の渋滞を避けるためにドレーヌ伯爵が攻め立てる間は他の陣は待機となる。



 俺は本陣とでも呼ぶべき三陣の中から家来たちと伯爵の戦いぶりを観戦していた。

 隣には息子のシモンや従兄弟のロジェなどの親族衆が控えている。


「ドレーヌ伯爵はさすがだな、自分の仕事を良く理解している」

「敵を疲れさせてるのか?」


 俺の言葉にシモンが反応した。

 この息子は戦が大好きで、戦陣では実に勉強熱心だ。


「そうだ、だがそれだけじゃないぞ。左右に広く展開して敵の戦力を引き出している……砦には少なくとも200人は敵兵がいるのが分かるだろう?」

「おー、成る程な」


 何故か隣のロジェがしきりに感心している。

 この従兄弟はかなりの戦陣を重ねているはずだが、こうした抜けた所がある。


「おいおいロジェ、お前はもっとしっかりしろよ」


 俺が苦笑いすると陣中が「どっ」と盛り上がり、皆が笑いを見せた。

 ロジェは頭を掻いて「たはは」と笑っている。


 戦は誰にとっても緊張するものだ。笑いは恐怖を遠ざけ、体をほぐすだろう。


 この従兄弟はあまり戦は上手くないが、ムードを盛り上げるのは上手だ。

 これはこれで得難い資質ではある。



 こうしている間にも砦では戦闘が続く。


 砦を攻めるドレーヌ伯爵軍は盛んに角笛を吹き鳴らし、(とき)の声を上げるが無理押しをするわけではない。

 多数の梯子(はしご)と破城槌を使い、巧みに砦を攻める。


 小一時間も経った頃だろうか、しばらく後にポンセロが「頃合いかと」とさりげなく俺に進言してきた。

 そろそろ陣を交代させろと進言してきたのだ。


 俺は正直「早くね?」と感じたが、ポンセロは兵の進退の名人である。

 彼の進言は聞き入れるべきだ。


「む、分かった。合図を出せ」


 俺の指示で直ぐに同胞団員が角笛を吹き、しばらく後にドレーヌ伯爵の陣からも応じて角笛が響いた。


 ドレーヌ伯爵の軍が引き上げるタイミングで砦から勝鬨が上がる。


「喜んでますね……無理もないけど」

「ああ、あれがぬか喜びだと知ったときはキツいのなんの」


 ロロとジローが雑談をしているが、確かに車懸かりはここからがキツい。

 何度も何度も押し返しても敵が地の底から涌き出てくるような恐ろしさがある。


 俺は食らったことのある身として、カンベール城の兵士たちに同情した。

 だが、攻撃の手を休めるわけにはいかない。



 そうこうしている内にドレーヌ伯爵軍は引き上げ始め、次陣からは戦意を煽るための喚声が聞こえ始めた。




………………




 次陣の攻撃は続く。

 ベニュロ子爵軍とゲ男爵軍の攻撃は激しく、何度も強引な力攻めを仕掛けて兵が砦に進入する。

 幾度と無く撃退されるも、砦にかなりの圧力を加え続けているのが見てとれた。


「ほう、アルベールくんは初陣だと聞いたが……何とも激しい戦ぶりだな」

「左右の家臣が必死なのでしょう。次期当主にはくを付けたいのですよ」


 俺は素直に感心したが、ロロは手厳しい。


 老臣が「若様のために」と奮戦しているならば、それは率いるアルベールくんの功績なのだ。

 理由が何であれ、兵を勇戦させる将は猛将である。


 アルベールくんは背も低く、優男(やさおとこ)風の美男子だが、それ故に家臣たちの庇護欲を刺激するのかも知れない。


 ……しかし、激しい攻撃だ……人は見た目によらんな。これならウチのじゃじゃ馬娘も乗りこなすかもな……


 俺は娘婿になるアルベールくんの意外な資質を見た気がして嬉しくなった。

 彼は俺の長女エマの婚約者なのだ。

 ロロは辛口採点だが、俺は後程アルベールくんを大いに褒めてやろうと心に誓った。


「陛下、無理は禁物です。頃合いかと」

「む、分かった。被害を増やす必要は無いからな」


 俺はポンセロの進言に従い、引き上げの合図を出した。


「良し、次は俺たちの番だ、抜かるなよ。先手はアントルモン、ベリ、シモン! バシュラール勢に任せる」


 俺が告げると直ぐに皆が配置につく。


 余談ではあるが、ベリ男爵家は戦死したニコラ・ド・ベリの弟が継いでいる。

 アントルモン家も正統な後継者が後を継いだ。

 2人とも目立つところの無い男だが、今のところ無難に軍役を務めていた。

 ちなみにベリはロマンスグレーの渋い40代のオッサン、アントルモンはまだ10代後半の(たくま)しい若者だ。

 現時点ではベリの方が万事に手慣れているが、これは経験の差だと思う。


 砦を見た感じではかなり疲弊している……十分に攻略可能な状態だと俺は見て取った。

 今回はバシュラール勢に花を持たせたい。


 いくら俺でも城攻めでは突撃の意味はないし、さすがにやらない。

 ここは後ろに下がり、部下に任せるのが良いだろう。



 しばらく後にベニュロ・ゲの軍が引き上げてくる。

 規律を維持した後退ではあるが、そこに油断があったことは否めない。


 その時、突如として砦の門が開け放たれ、軍勢が出撃した。


 ……む、コクトー男爵か!? これ以上無いタイミングだ、やるな……


 俺はこのタイミングでの追撃に舌を巻いた。


 騎兵が数騎、歩兵が数十と言った小勢である。

 だが遠目にも凄まじい戦意を放ち、(やじり)のような陣形を保ちながらベニュロ軍に突入した。


 砦のコクトー勢は一筋の矢の如くベニュロ勢を引き裂き、火が着いたように暴れまわる。

 それは引き上げるベニュロ軍に一撃を食らわせるだけの生易しい攻撃ではない。


「バカな! あいつら全く離脱しないぞ!? ベニュロ勢は何をしてるんだ! 早くアルベールくんを逃がせ!!」


 俺はつい立ち上がって声を出した。


 コクトー勢は全く引き返す様子を見せず、散々にベニュロ勢を蹴散らす。

 特に騎兵の戦いぶりが凄い。味方が倒れようが脇目も振らず、落馬した者は(かち)となり暴れ続ける。

 彼らはきりを揉み込むような強引さでベニュロ軍をえぐっていく。


 そこに狂気じみた気迫を感じ、俺は背筋に冷たいモノが流れるのを感じた。


「バリアン様っ! あれは突破です! 早く騎乗してください!!」


 俺はロロの言葉で現実に引き戻された。

 慌てて(ノワール)に騎乗し、槍を受け取る。

 護衛の同胞団が距離を詰め、俺を守るように囲んだ。


 もうベニュロ勢は大混乱だ。兵の悲鳴がここまで聞こえてくる。



 勝ち戦では、誰も死にたくない。


 当たり前の話だが、生きていればこそ略奪や褒美と言った戦の余禄に(あずか)れるのだ。

 勝ち戦の中でわざわざ強敵と立ち向かう者など多くない。

 増してや死兵と化した敵と戦いたい者など、そうは居るはずが無いではないか。


 こうした戦場心理が兵から戦意を奪い、潰走に繋がる。

 ベニュロやゲの兵士たちは逃げ腰なのだ、これではとても戦えない。


 とうとう、砦から出撃したコクトー勢はその数を減らしながらもベニュロ・ゲ両軍を突破し、リオンクール軍の前に姿を現した。

 騎兵は既に2騎しか残っていない。歩兵も僅かに7人だ。


 彼らは皆がズタズタに傷付き、息も絶え絶えと言った風情ではあるが、整然と隊列を整え、リオンクール軍と対峙した。


 ……あれは、ラミールか?


 集団を率いる騎兵には見覚えがあった。

 最早兜は無く、顔の半分が真っ赤に染まった凄まじい形相だが、確かに俺と和平の交渉をした男である。


 ラミールは静かに馬を進め、堂々と名乗りを上げた。


「我こそはラミール・ド・コクトーッ!! コクトー男爵の麾下(きか)にあっては最も臆病者ゆえに『臆病ラミール』と呼ばれし者なりっ!!」


 ラミールの後ろの歩兵がバタリと音を立てて倒れた……どうやら力尽きたようだ。

 だが、ラミールはそれに構わず、さらに高らかに声を張り上げた。


「リオンクール王に臆病者の槍を馳走に推参したり!! いざ懸かれや者共(ものども)っ!!」


 僅かに2騎、歩兵を含めての8人は槍を揃えて吶喊(とっかん)した。


 冷静に考えればクロスボウの斉射で片が付く……だが、この時のリオンクール軍はラミールの気迫に圧され、動きを止めていた。


「懸かれ! やつらを通すな!!」

「手柄だぞ、コクトー卿を討ち取れ!」

「こちらは多数だ!!」

「囲め! 数で仕留めろ!」


 口々に指揮官が叫び、我に返ったようにリオンクール軍が動き始める。


 こうなれば多勢に無勢だ。

 いかにラミールたちが勇ましく戦おうが、1人また1人と囲まれて数を減らしていく。


「待て待てい!! コクトー卿ほどの勇士を雑兵に討たせてはリオンクールの名折れだ! 俺はシモン・ド・カスタ、リオンクール王バリアンの長子なり!! ラミール・ド・コクトー卿と一騎討ちを所望!!」


 (まさ)にラミールが討ち取られようとしたその時、シモンが大音声で名乗りを上げ兵を制した。


「む、シモンか……」


 俺は城攻めに備えて自陣深くで同胞団に守られていた為に戦闘に参加できず、経緯を見守っていた。


 ラミールの周囲から兵が引き、馬を走らすスペースが確保される。

 彼は「ありがたし」と一騎討ちに応じ、シモンに向かい馬を走らせた。


 シモンとラミールは互いに槍を構え、交差する。


 勝ったのはシモンだ。

 シモンはラミールの槍を下から跳ね上げ、そのまま胸を突いたのだ。


 ラミールは一撃で絶命し、落馬した。


 しばし、静まり返った後にリオンクール軍は大歓声に包まれた。


「「うおおわぁぁぁぁ!!」」

「「シモン!! シモン!!」」

「「おおおおぉぉぉぉ!!」」


 兵は足を踏み鳴らし、声を張り上げて勝利者を讃える。

 シモンはそれに応え、天を衝くように高く槍を掲げた。


 ……見事だ。振る舞いも、戦いも……


 俺はシモンの戦いに満足し、彼を育て上げた傅役(もりやく)のエンゾに深く感謝をした。


 この手の騎士物語じみた振る舞いは俺の苦手とする分野である。

 それ故に息子(シモン)の見事な振る舞いに俺は深く感動したのだ。



 パラパラとベニュロ勢がこちらに向かい帰還してくる。


 突破されたとは言えラミールたちは小勢だった。実際のベニュロ・ゲ両軍の被害は然程(さほど)でもないだろう。

 ラミールに続く部隊があれば、ベニュロ軍には取り返しのつかない被害が出たことだろう。


 皮肉にも、コクトー男爵軍には臆病者に続く気骨の士は現れなかったのだ。



……臆病ラミール、か……


 恐らくは俺との和平交渉の結果として主君から『臆病、卑怯』と(なじ)られたのだろう。

 騎士が臆病と言われては意地を見せるより他はない。

 彼は『臆病』の汚名を文字通り命懸けで返上したのだ。


 彼の死に様は戦死と言うより憤死に近い。


「ラミール・ド・コクトーか……惜しい男だったな」


 俺がポツリと呟くと、同胞団員たちは感じ入ったように深く頷いた。

 中には涙を流して彼の奮戦を讃える者もいる。


 リオンクール人は勇者を尊ぶ、そこに敵味方の区別はない。

 臆病ラミールの勇戦は長く後世に語り継がれる凄烈なものであった。



 この混乱に乗じコクトー男爵軍は砦を放棄し、山上の城へと引き上げた。

 ひょっとすればラミールの玉砕は味方を逃がすための時間稼ぎだったのかもしれない。


 だとすれば、何と言う忠誠であろうか……臆病と侮った味方のために命を捨てるなど、ロマン溢れる美しい騎士物語でも聞いたことがないような気高さである。



 ともかくも、砦は陥落し最早カンベール城は裸城と化した。

 ここに孤城の命運は決したと言えるだろう。



 周辺地図

挿絵(By みてみん)


画像はあーてぃ様からの頂き物です。やはりまとめた地図があると全然違いますね。


ラミールのイメージモデルは尼子久幸です。

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