121話 リオンクール焼き
軍は南進し、とある村に辿り着く。
……む、ここは……
俺は懐かしさのあまり、自らの表情が緩むのを感じた。
「バリアン様、ここは」
ロロも同じ感覚に陥ったのだろう。目を細めて遠くの村を眺めている。
ここは、その昔ベルジェ討伐に立ち寄った村だ。
もう15年も前になるが、家並みはあまり変わってない様にも見える。
「よし、今日はあの村で一泊しよう」
「は、しかし……あの様な寒村では物資の補給は難しいかと」
生真面目なモーリスが俺の言葉に歯切れ悪く応えた。
確かに小さな村である。6000人もの軍が駐屯するスペースは無い。
「すまんな、あの村は思い出があるんだよ、アルベールと立ち寄ったのさ」
俺の言葉にモーリスが複雑な顔をした。
アルベールは彼の祖父でもある。懐かしい名前を聞いて色々と思い出したに違いない。
「ピエールくんとロジェを交渉に向かわせろ。条件は寝床、食い物、女を出せば略奪や殺しはしない。以上だ」
モーリスは「はっ」と短く答え、その場を離れた。
本来ならば、ジュメル市で成果を上げたアンドレとモーリスに任せるのが当然ではあるのだが、ピエールくんやロジェにも経験を積み、功績を上げて貰わねばならない。
……王様って面倒くさいよなあ……
俺はボリボリと頭を掻く。
意外と部下に均等にチャンスを与えるのは難しい。
実際には無理でも『均等に与えてる様に見える』くらいにはする必要はある。
今回の戦争ではバシュラール勢を全く起用していないが、このままでは不味い。
騎士階級は小なりと言えど武装勢力だ。「俺は冷遇されている」などと不満を溜めさせるのは良くないのだ。
……あーあ、15年前はこんな事になるとは想像もしてなかった……
以前、この村を訪れた時は、父がいて、兄がいて、師がいた(今でも父は元気らしいが)。
……自分がトップに立とうなんて、これっぽっちも思ってなかったのに……
人生は思い通りにはいかないものだ。当たり前だが、つい忘れてしまう事でもある。
『強くなれバリアン! リオンクールの民に地の果てを見せてくれっ!!』
俺はアルベールの言葉を思いだし、目を閉じる。
もう、アルベールがどんな声だったのか曖昧だ……だが、その言葉は忘れようもないほどに俺に刻み込まれている。
……アルベール、まだ半ばだ。地の果てにはまだ届かないけど、ここまで来た……
不思議である。
生きてるときは怖い顔にしか見えなかった老騎士の顔も、時間が経って思い返すと懐かしさを感じる。
「なあ、アルベールが今の俺たちを見たら何て言うかな?」
俺がポツリと呟くと「ぐっふっふ、悪くない」と言いながらアンドレが近づいてきた。
声色は似ていないが、いかにもアルベールの言いそうなセリフに「プーッ」とロロが吹き出した。
ロロは意外と笑い上戸だ。
「きっと、褒めてくれますよ」
「そうかな?」
俺たちは賑やかに雑談しながら村に向かう。
村人たちは隠れており、周囲に人影は無いが視線を感じる。
ピエールくんたちの交渉はすぐに纏まり、すぐに村は俺たちを迎え入れた。
すぐに村の周囲を兵士が取り囲み、安全を確認する。
もう何度目かの村の制圧である、兵士たちも慣れたものだ。
一応ではあるが、俺も護衛たちと共に村を見て回る。
前回は略奪を配下の騎士に任せたため、この村に足を踏み入れるのは初めてのことだ。
……おっ、炭焼き小屋かな?
小さな村の端に、俺は少し不思議な感じの大きな建物を見つけ、近づいた。
大きな「へ」の字型の切妻屋根だが、壁がなく、屋根の下に石と粘土で出来た窯のようなモノがドンと設置されている……窯の形はアーチ形と言うか土で出来た饅頭みたいだ。
脇には薪が堆く積まれている。
野焼きでも作れる瓦を焼くにしては大袈裟な設備だ。
「何か気になりますか?」
俺の様子に気づいたロロが声を掛けてきた。
アンドレも窯を見て「瓦を焼くのかな?」と不思議そうな顔をした。
「いや、瓦を焼くにしては大きいな。詳しいものに話を聞こう、誰か連れてきてくれ」
俺が声を掛けるとロロが護衛の同胞団員に「村長を連れてこい」と指示を出し、2人が離れていった。
「相変わらず、変なものに興味を持ちますね」
アンドレが呆れたような声を出したが、他所の土地の変わったモノは見逃せない。
新たな発見はリオンクールの発展に繋がるかもしれないからだ。
あと、俺が瓦を焼くのが好きだと言う個人的な事情もある。
俺は馬を下り、窯の周りを観察してみた。
素焼きの陶片のようなモノが所々に落ちている。
……これは、陶器を焼く窯か……?
アモロスでは陶器は高価だ。
あまり日本の陶器のように釉薬が懸かってるのは見ないが、高級品は彩色され、絵が描いてあることもある。
ここの陶片は表面の色が違うが、これは釉薬ではなく色の違う粘土でコーティングしているらしい。
「陛下、村長を連れて参りました」
夢中で陶片を漁る俺に、同胞団員が声を掛けてきた。
俺は我に返り、同胞団員が連れてきた老爺と向き合う形となった……彼が村長なのだろう。
村長は何事かと狼狽え、震えている。
同胞団員は少し勘違いをしたのか、連行するような形となり、少し手荒な真似もしたようだ。
「バカ者、俺は話を聞くだけだ。村長は罪人ではない」
俺は同胞団員を軽く叱り「手荒なことをしてすまなかった」と村長に謝罪した。
しかし、村長は「お、お許しを」と踞り、地に額を押し付けながら震えている……まるで話にならない。
「顔を上げてくれ、この窯の事を聞きたいだけなんだ」
俺は怯える老人を宥め透かし、何とか事情を聞き出した。
やはり、この窯は陶器を焼く窯であり、陶工の親方はコクトー男爵の徴兵により出征しているらしい。
だが、下働きの職人や親方の家族は残っており、俺は彼らを開拓地ベイスンに移住させる事にした。
ベイスンでは良質な陶土が採取できると聞いたことがある(64話参照)。
今後、製陶を奨励すればリオンクールで新しい産業になるかも知れない。
焼き物とは、土や水が変われば同じ技術で作ろうとも全く別の味わいを出すものだ。
これは日本各地に『お国焼き』が存在することからも分かる。
リオンクールにはリオンクールにしか作れない陶器が出来るはずだ。
「あの、王様……主人は……」
陶工の女房は恐る恐ると俺に伺いを立て、俺は女房を安心させるために優しげに声を掛けた。
「心配しないで欲しい。出来る限りの手立てで救おう……優れた職人は失いたくないからな」
この言葉に女房はほっと胸を撫で下ろした。
その仕草は俺を刺激し、猛烈に『女』を感じた。
この女房は幸運なことに、俺から製陶の質問を受けていたために兵の相手をすることを免れていたのだ。
……しかし、なかなかの美形だな……
この女房は20才を少し超えたくらいだろうか、親方は意外と若いらしい。
編み込んだ茶色い髪はあまり清潔そうでは無いが、むしろ野趣を感じさせ俺の男を滾らせる。
体のボリュームは薄いが、服の上からでも尻の張りの良さが見てとれた。
……悪くないな、相手をさせるか……
俺がじっくりと視姦すると、女房は視線に気付き身を隠すように捩らせた。
「心配することはない、優しくするさ……村長、悪いが今から家を借りるぞ。案内しろ」
俺が女房を抱えあげると彼女は小さく悲鳴を上げた。
お姫様抱っこの形だ。
「信じて欲しい……悪いようにはしない」
俺はじっと視線を合わせて囁くように言葉を交わす。
女も緊張はしているようだが満更でも無さそうで、うっとりとした表情で俺に身を任せてきた。
……やばいな、可愛すぎる……連れて帰るか……?
「また始まったよ」
「悪い癖が始まりましたね」
どこか遠くで嫌味が聞こえるが、何も気にすることは無い。
俺はこの陶工の女房と明るいうちから何度も愛し合い求めあった。
この女は最高だ、絶対に連れて帰って養おうと思っていたのだが……翌朝に改めて女の顔を見ると、大して可愛くなかった。
余程溜まっていたのかと少し恥ずかしくなったが、男なんてこんなものだ。事が終われば賢者である。
兎に角、この村の陶工はベイスンに移住させ『リオンクール焼き』を作らせることにした。
この試みがどうなるかは分からないが、今後の楽しみにしたい。
………………
その後、リオンクール軍はすぐにカンベール城に到達した。
カンベール城は小高く険しい山に聳え立っており、そこに至るまでの道にも砦が関所のように築かれている。
城も砦も大した建物ではないが、地形を上手く使い攻め口が正面からしか見当たらない。
……確かに要害だな……
コクトー男爵が頼みとするだけはあり、中々の構えである。
これなら小勢であっても十分に抵抗は可能だ。
この時代の城攻めはすぐには始まらない。
リオンクール軍は今、急ピッチで攻城用の梯子や破城槌を準備している。
俺は騒動の発端であるゲ男爵と馬を並べ、遠目に城を眺めていた。
「成る程、この城なら少数の兵で守れるな、あの斜面から石を投げられるだけで厄介だ」
「はい、ですが攻め口が1つしかないならば兵糧攻めも容易かと」
ゲ男爵の発言に、俺は「馬鹿な」と切って捨てた。
兵糧攻めなど大軍を擁するこちらが苦しいだけである。
「ゲ男爵、コクトー男爵の人柄を教えてくれ」
俺がゲに訊ねると彼は「は」と答え、少し沈黙した。
どうやら考えを纏めているらしい。
この男は若さゆえか軽はずみなところがあるが、阿呆ではない。
「一言で申せば古臭い騎士です。年は私の父より1つ下の筈ですから37才、変化を嫌い、誇りを何よりも尊びます。英明で革新的な陛下とはまるで逆の石頭と申せましょう」
「ふん、成る程な……戦は強かろう? 奇策は好まない様だな」
俺はゲの見え透いたおべんちゃらを軽く流し、質問を重ねた。
おべんちゃらを言われるのは嫌いじゃないが、こうもあからさまだと萎えてしまう。
「は……ご明察です。弱くはありませんが、陛下は先年の戦でコクトー男爵を大いに破られました。恐れることはありますまい」
ゲはコクトー男爵を侮るが、そこそこ戦上手で正攻法を好むタイプに要塞に籠られる……これはこれで面倒くさい。
「ならば、ゲ男爵がコクトー男爵に一騎討ちを挑むか? 向こうも名誉を好むならば挑戦を避ける事はあるまい」
俺が悪戯っぽく告げるとゲは少し顔を引きつらせたが「ご命令とあれば」と頷いた。
この男も戦士である。
名誉を掛けた戦いを避ける事はない。
「その意気や良し。だがこちらは大軍だ、大軍に小細工は必要ない。卿の意気込みを聞いたまでだ、許せ」
どうやらコクトー男爵は頑固な武人タイプのようだ。
下手に交渉を重ねるより、軍で捩じ伏せた方が話が早いだろう。
一気に砦を攻略し、カンベール城に圧力を加えるのだ。
俺は「諸将を集めよ」と通達し、軍議に入る。
敵勢は要塞に立て籠っているとは言え、精々が数百。
攻め口が狭いために陣を分け、順繰りに攻めることにした。車懸かりと言うやつだ。
この作戦は、俺が城を守っている時にやられて1番嫌だった戦法だ。
陣を分けることで、常にフレッシュな戦力を投入し続け、疲れた敵を圧倒する。
単純な手だがやられた方は堪らない。
梯子が完成次第、戦闘開始だ。
6000対500、まともに考えれば負けは無いが、偶然のラッキーパンチで大軍が敗れる例が無いわけではない。
……油断はできんな……
俺は夜襲を警戒し、念入りに陣地を作らせた。
本年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします。
年初の更新は少しお休みし、正月休み明けくらいから再開します。





