120話 大人の階段
すいません、急な仕事で時間がズレてしまいました。
リオンクール軍は威風堂々と南下する。
……堂々って言えば聞こえは良いが「のんびり」だなこりゃ……
俺は黒に跨がり、ぽっくりぽっくりと進む。
その歩みは極めて遅く、先ほどから蝶々が同じ速度で付いてきている。
……のどかだなあ……
先ほどから何が気に入ったのか、蝶々が黒の鼻先を飛び回りじゃれついているように見える。
実に牧歌的な光景だ……周囲の武装した男たちがいなければ、だが。
「それにしても遅いな……ロロ、暇だな」
俺は隣で欠伸をしている友人に声を掛けた。
「仕方ないですよ。諸公軍はリヤカー持ってませんし、何よりこの数です。休憩するだけで大騒ぎですからね」
ロロは苦笑いして周囲の兵を眺める。
行軍中は暇だ……兵士たちは意外とガヤガヤとした雰囲気で賑やかにしている。
雰囲気は遠足に近い。
最後尾には軍にくっついて隊商や僧侶も確認できた。
やはり軍の規模に応じて数は増えるらしい。
「おっ、物見の兵が帰ってきたみたいだな。ドーミエも一緒だ、何か見つけたのかな?」
物見を率いていたドーミエが帰還してきた。
恐らくは何か報告があるのだろう。
ダルモン伯爵へ派遣した彼だが、無事に密使の任を果たし、返書を携えてきた……ちなみに伯爵の返事は「承知」だけであった。愛想無さすぎだろ。
ドーミエからの報告は村の発見であった。
俺は先遣隊を発し、村との交渉を行わせる……武力をチラつかせた交渉だ。
こちらの要求は休息と補給。
つまり、休める場所、食い物、女だ。
当然、村側にも断る権利はある。
その場合は交渉が荒っぽくなるが、それは村の自由というものだ。
………………
話によると、その村はコクトー男爵領でも2番目の大邑だったようだ。
城壁こそ無いが、村は柵に囲まれ、2つの大きなブロックに別れた集落それぞれ100戸ほどはあるだろう。
変な形はしているが、村落というよりも都市に近いかもしれない。
「変わった形の村だな、2つに別れている」
「違う村が大きくなって寄ったのでしょうか?」
俺とロロは呑気に村を眺めているが、少し離れた所では村の代表者数名がモーリスとアンドレを相手に必死で交渉している。
この程度のことは俺が相手をすることは無い。下手に手を出しては部下の顔を潰すことになる。
今回、俺が出した要求は無茶なものではない。
食料の供出、妊婦を除く14才から40才までの女性を一晩借りること、兵を休ませるために家屋を一晩借りること、以上である。
……はて、迷うような事では無いはずだが……
こちらとて、戦後に傘下に納める土地である。滅茶苦茶な略奪などしたくはないが、相手あっての事だ。
しばらくするとモーリスが難しい顔をしながらこちらに来た。
交渉は不調に終わったのだろうか?
それならそれで略奪に変わるだけである。モーリスが悩む必要はない。
「どうした? 不首尾か?」
俺が声を掛けると、真面目な執事は「いえ」と否定した。
「このような些事で陛下のお耳を煩わせるのは心苦しいのですが……」
モーリスは淡々と村人の様子を語る。
要は村の領主である騎士が家族と共に早々と逃げ出し、村人たちは混乱しているらしい。
責任者が曖昧で返答をしかねている様子だ。
「分かった、ならばこの村を都市とする。村名主を市長に、村の乙名(ここでは長老の意)をそのまま都市議員とする。逃亡した騎士は村を捨てたのだ。俺が拾って何が悪い、紙と墨を持ってこい」
俺は適当に『ジュメル市を都市にします。税率とか細かいことはまた今度相談しましょう。バリアン』と署名し、モーリスに手渡した。
ジュメルとは女の双子と言う意味だ。
これから女を借りるし、村は2つに別れてるし、そんな感じのネーミングである。
「これは妙案! 感服しました!」
モーリスが感じ入ったように頭を下げ、すぐに村人のところに戻っていった。
「これで丸く治まるだろう」
「そうですね、逃げた騎士は懸賞金を掛けましょうか? きっとすぐに見つかりますよ」
俺とロロはニコニコと笑い、運び込まれる食料や女たちを眺めていた。
「良くやったな、アンドレ、モーリス」
俺が労うと2人は声を揃えて謙遜したが、働きは小さくない。
ここで村を破壊しなかったことは、リオンクール王国にとっても村にとっても益の有ることだった。
こちらも別に酷いことがしたいわけでは無いのである。
丸く治まればそれに越したことは無い。
少し離れた所では達観したかのように泰然とした女が泣きわめく少女に「戦は始終あるからね、大人になる頃には慣れるわよ」と慰めの言葉を掛けていた。
………………
軍は進む。
途中、散発的に敵の夜襲などもあったが、こちらにも備えはあった。
すぐに反撃し、特に大事には至っていない。
昨晩も離れた陣で小規模な戦闘が有ったようだ。
……大軍には夜襲、定石通りだが……
しかし、夜襲とは難しいものである。
コクトー男爵は気位が高く、機転は利くタイプではなさそうだが、優れた統率者ではあるようだ。
この大軍に攻撃を仕掛けるなど並の統率力ではない。
……ポンセロと合流したら、ゲの坊っちゃんに男爵の人柄でも聞いてみるか……
俺たちは一路、合流地点を目指し、進軍を続ける。
合流地点はコクトー城だ。
何度か道中の村で補給をしながら軍は進み、目的地であるコクトー城を確認した。
コクトー城は城壁に囲まれた城郭都市だ。
低いが確りとした石造りの城壁と、そこそこの規模の町並みを備えている。
「おや? 何か変だな? 城の前に誰かいるぞ?」
俺は独り言のように口に出して呟いた。
これは周囲に注意を促す意味もある。
城門の前には男たちが数名、武装もせずに立っていた。
俺たちを出迎えているように見えない事もない。
「相手は武装していませんね、5人です。降参でしょうか」
「良し、軍は待機だ! 誰かあいつらを引っ張ってこい!」
アンドレの言葉に頷いた俺は軍を止め、彼らの話を聞いてみることにした。
すぐに諸将に通達し、城門の前の男たちを出迎える準備をする。
何も相手の土俵で交渉する必要はない。こちらに呼び込んで人数で威嚇するのだ。
視界の端で、ドーミエが騎兵を引き連れて出撃するのが見えた……なんとも働き者である。
………………
居並ぶ我が軍の幹部たちの中を男たちは歩く。
彼らは抵抗することもなくドーミエに連れられて陣に迎えられた。
「ご苦労だったな」
皆が立ち並ぶ中、俺は1人だけ椅子に座って鷹揚にドーミエを労った。
学芸会みたいで恥ずかしいが、こうした分かりやすさは必要な事である。
ちなみに椅子はわざわざリヤカーで運ぶのだ……ちょっと馬鹿馬鹿しい気がしないでもない。
男たちはコクトー城市の市長に議員、それに男爵を見限った騎士だと名乗った。
コクトー男爵は衆寡敵せずと見たか、すでに南のカンベール城とやらに逃亡したらしい。
カンベール城はコクトー領の中でも堅城で名高い要塞なのだとか。
そして、残った彼らは俺に降参を申し出たのだ。
城には兵は残っていないと言う。
ピンときた。
何がと言われると難しいが、勘が働いた。
俺の中で勘が『これはバシュラールと同じだ、ボードワンと同じく偽装降伏だ』と告げる、だが何も証拠はない。
この『戦争が始まってからの降参』は扱いが難しいのだ。
失敗例は俺だ。見事に騙されて片目を失ったのは苦い記憶である。
……曹操も赤壁で降参してきた……えーと、黄蓋? ……だったかな? 兎に角、偽装降参してきたヤツに酷い目に遭ったはずだ……
降参が策略の場合があるなら、全ての降参を許さなければ良さそうだがそうもいかない。
『バリアンは投降は許さない』などと言われてはこれから降参をする者は減るだろう。
それに降参を許さなければコクトー男爵は死力を尽くして俺と戦い続けることになる可能性が高くなる。
新しい主君に鞍替えすればよい部下と違って彼は責任を取る立場だからだ。
一例として、北東部から追い出されたエーメ子爵は未だに王都で領地の返還運動をしているし、俺がバシュラールから追い出した子爵の身内は未だに見つかっていない。
最後まで戦うやつなんて相手にするのは面倒くさい。
関わりたくないのが人情である。
俺は「うーん」と悩んだが、勘に従うことにした。
この辺は理屈ではない。
「良し、降参は認めない! ドーミエ、騎兵を率いて周囲を索敵しろ。ドレーヌ子爵は手勢を率いてコクトー城の要塞部を制圧してください。アルボー子爵とジャンは手勢を率いて城壁や防御塔を制圧。残りは待機だ」
俺が指示を出し始めると降参した男たちは明らかに動揺を始めた。
おそらく罠を見破られて動揺してるのだろう。
口々に何かを喚いている。
「ああ、うん。悪いけど、諸君は死刑だ」
俺は軽く「ごめんな」と告げ、立ち上がると、男たちは憐れっぽく悲鳴を上げた。
「バリアン様、ちょっといいか? 死刑はやめよう」
ジャンが男たちを庇うような位置まで歩き、異議を唱えた。
男たちは明らかに「ほっ」と胸を撫で下ろす。
「殺すなんて勿体ねえよ、盾に縛り付けて矢避けにしようぜ」
ジャンが得意気に「どうだ」と胸を張った。
この幼馴染はアイデアマンだ。実に面白い。
「それは名案! すぐにそうしよう、さすがはジャンだな!」
俺は手を叩いて喜び、諸将も驚きを見せている。
「良し、懸かれ!!」
俺が号令を下すと、諸将は一斉に動き出した。
この後、俺の勘は見事に外れ、城は目立った抵抗もなく陥落した。
俺は全軍が入った途端に城が爆発炎上するとか想像してたけど、考えてみればコクトー男爵は奇策を使いそうもないタイプだ。
そもそも火薬もないし、いきなり城を爆発とか不可能である……なぜ偽装降伏だと思ったのか自分でも不思議だ。
盾にした市長たちには、ちょっぴり悪いことをしてしまったかも知れない。
……でも、勘違いも仕方ない。人間だもの……
人生とは失敗を重ねて前に進むものだ。
過ちは繰り返さない。それが大事だ。
……だけど男爵はカンベール城とやらに籠って一戦するつもりか? 阿呆だな……
とりあえず、俺は心の中でコクトー男爵をバカにして自らの落ち込む気分を励ました。
あまり良い趣味ではないが、テストで悪い点を取った時は張り出された成績表を見て「俺よりバカがいる」と安心するのが心の安定剤となるのだ。
腹に2本の矢が突き立った市長の死体は恨めしそうな顔をしていたが、やっちまったもんは仕方ない。
俺は市長に「ドンマイ、アンラッキーだったな」と声を掛け、死体は喜捨と共に教会に届けておいた。
これで彼も死後の安息を得られることだろう。
その後、俺は全軍に2日間の略奪を許可し、その間にポンセロの別動隊との合流を果たす。
これでリオンクール軍は総勢で6000人に近い数となった。
敵の本拠地を制圧し、残るは南へ逃れた男爵本人のみだ。
夏に始まった戦は、すでに先が見え始めていた。
始めは市長たちとの交渉シーンがあったのですが、冗長に感じたのでカットしました。違和感なければ良いのですが……
年内にもう一話投稿したいです。