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119話 約束された勝利

地図はあーてぃ様からの頂き物です。

パラメーターはあーてぃ様の主観で、私の認識ともズレがありますが、『読者からの視点』と言うのが面白く、あえてそのまま掲載しました。


 半月後



 ゲ男爵とコクトー男爵の間でいくらかの小競り合いはありつつも戦況は落ち着いていた。

 コクトー男爵からは度々に和平の密使が来たが、俺が「ラミール・ド・コクトー以外の者とは交渉しない」と突っぱねていた為に最近では諦めたように来なくなった。

 ラミールの立場は大分だいぶと悪くなったかもしれないが、これも武略である。


 目の前には続々と集結する諸公の軍……集結後にはバシュラール城に入りきらないことが予想され、後続の諸公の為にジャンとアンドレの軍は外で天幕を張って貰っている有り様だ。


「すまんな、2人とも」


 俺は城の広場でジャンとアンドレに声を掛けた。


「まったく、この規模の動員があるなら城の拡張が必要だぜ。俺なら南の方に……」


 いきなりジャンが城の拡張計画を披露し始めたが、今後を考えれば必要かもしれない。

 ロロが「そうですね」などと相槌を打ち、ジャンの相手をしてくれている。


「私はバリアン様の家臣です。諸公とは違いますからね。お気遣いなく」


 アンドレは頭頂部を光らせながら謙遜する。

 彼の登頂部はすっかり不毛地帯と化したようだ。日に焼けた頭皮が中年特有の脂にコーティングされ、誇らしげにテカテカと輝いている。


 アンドレは禿げたが、単独で百を超える兵力を動員する実力があり、領地の位置も考えれば諸公と呼んでも過言ではない。

 リオンクール王国の重鎮である。


「ジャン、他の諸公の動向はどうですか?」

「こっちに向かってるはずさ。結構力の入った動員をしてるみたいだし、少し時間が掛かってるのかもな」


 ロロがジャンに諸公の動きを確認しているが、正直に言って予想よりも軍の集結が遅い。


 軍の待機時間が長いと言うことはそれだけで物資を消費する……バシュラール城には今現在で2000人前後の兵が駐屯しているが、これだけでも凄まじい食料や薪が必要になるのだ。


 ……補給はジョゼが頑張ってくれているが……バシュラール領は疲弊させたくない。長引くようならコクトー男爵領で調達する必要があるな……


 俺は「うーん」と腕を組んで軍を維持する難しさを考えた。


 兵士とは待機しているだけで徐々に減るものだ。

 体調不良、喧嘩や事故による怪我、逃亡、軍規違反による処罰……兵士が減る理由など枚挙に(いとま)がない。


 特に水や食い物が無くなると、兵士は驚くほどのスピードで逃げ散ってしまうのだ。

 人は食えねば生きられない……当たり前と言えば当たり前の話ではある。


 ……いっそ、ヤギとか引き連れて移動するとか? いやいや、ヤギの餌を確保する必要があるだろ……本末転倒だな……


 兵士は数を集めれば良いものではない。

 これからは兵站に力を入れる必要がある。

 兵站や流通専門の部署を常設しても良いかもしれない。道や河川を整備する必要もあるだろう。


「……この感じ、久し振りですね」


 考え込んでいた俺の隣で、アンドレが不意にポツリと呟いた。


「そうだな、後はタンカレーと……アンドレの髪の毛があれば完璧だ」

「あっ、それを言いますか」


 俺とアンドレは肘をぶつけ合ってじゃれあい、ロロとジャンは苦笑いした。


「タンカレーも元気になると良いですね」

「アンドレの髪も生えるとなお良いけどな……おっ、誰か走ってきたぞ」


 ジャンが駆け寄ってくるギーの姿を見つけたようだ。

 ギーは今、ジローに見込まれて小間使いのようなことをしているらしい。


 本当は彼の兄同様、同胞団に入団させようかと思ったが、残念ながらギーは馬術が得意ではなかった。

 今の同胞団は騎兵中心であり、稽古をするにしても今回の戦には間に合わない。

 それならばとジローが面倒を見ているのだ。


「はあ、はあ、陛下……ベニュロ子爵家から先触れの騎兵が参りました、率いるのはアルベール・ド・ベニュロ卿。明日到着するそうです」


 ギーは息を弾ませながら嬉しそうに報告を伝えてくれた。


 彼から向けられる尊敬の眼差しが痛い……若者にキラキラとした目を向けられると何だか後ろめたい気分になるのは俺だけだろうか?


「ありがとう。ギーよ、ついでと言ってはなんだが、皆を紹介しよう」


 俺は皆に向かい、ギーを紹介する。

 彼の兄、リュカは同胞団員としてここにいるもの全てと肩を並べて戦った兵士であった。


「彼はリュカ・エモネの弟、ギー・エモネだ、仲良くするように」


 俺の友人たちが順に名乗っていくと、ギーは緊張した様子で目を白黒させていた。

 この純朴なリオンクールの若者にとって、ここにいる者たちは雲の上の存在だったに違いない。


「リュカの弟かあ、バリアン様の隠し子かと思ったぜ」

「いや、年がおかしいだろ」


 俺がジャンの軽口に応えると、アンドレが「ありえますね」と続き皆が大笑いした。


「ギー、リュカは私たちの友人であり、優れた戦士でした。生きていれば……いえ、死してなお同胞団の誇りです。励むのですよ」


 ロロが優しげに微笑みながらギーを励ました。

 リュカは地味であったが、死者をけなす必要はない。これはロロの優しさだ。


「ふん、リュカの弟にしては小綺麗だな。あいつは汚くてなー、真っ黒な爪で炊事をするから参ったもんだぜ」

「あったな! それ! 煮物ができた時に爪がキレイになってたヤツだ! いま思い出してもゾッとするな……たしか、ベルジェを攻めた時かな?」


 ジャンとアンドレがゲラゲラ笑う。

 なんだかんだで古い仲間のことは覚えているものだ。

 特に苦楽を共にした『戦友』の絆は深い。


「懐かしいなあ。ドーミエよりも古いよな?」

「いえ、ほぼ同じです。2人ともバリアン様のお屋敷に集まってきたメンバーですよ」


 ロロが俺の疑問に即座に答える。この男は本当に何でも覚えている。



 しばらく懐かしい話題に花が咲き、長い時間を話し込んでしまった。


 ギーも嬉しそうに俺たちの話を聞いていたが、後でジローに「報告ぐらいで時間をかけすぎだ」とどやされたらしい。すまんな。




………………




 さらに4日後



 バシュラール城に集結した兵力は実に5千を超える。

 リオンクール王国の初戦という事もあり、北東部の諸公もかなり力を入れた動員を行ったらしい。


 ……これは、凄いな……


 改めて見ると5千もの人の群れとは凄まじい迫力があり、これだけで1つの都市のようだ。

 独特の生活臭のようなものが広場には漂い始めている。


「ジョゼ、補給はどうだ?」

「ギリギリ……と申しますか、このままでは支えきれません」


 すっかり補給担当が板についたジョゼは少し眉をひそめ、小声で答えた。

 あまり兵に聞かせたい内容ではない。


 ……うーん、無理して集結させる必要は無かったかな? 北東部から直接ダルモン伯爵領に向かうのも手だったな……もう遅いけど……


 大軍を率いた経験の無い俺はその維持に頭を悩ませていた。

 人が集まれば食い扶持も増える……当たり前の話ではあるが、実際に養う立場になると戸惑うことが多い。


「良し、グズグズする意味もないし一気に行くか。到着したばかりのアルボー子爵には悪いが出撃だ」


 俺はゲ男爵領で待機するポンセロへの連絡を家臣に命じ、全軍の整列を通達した。

 出撃前の演説を行う為である。


 寄り合い所帯はいちいち反応が鈍く、整列するだけで時間が掛かるが、気長に待つと何となく列となり、一応の形となった。

 場所はスペースの関係で城外だ。


 諸公軍は俺の傘下ではあるが、互いに仲が良い訳ではない。

 整列をさせるだけで兵の喧嘩が起きたり、他の陣に紛れ込んだ迷子が出たりと大騒動だ。


 ……まあ、この辺は慣れもあるからな、これからだ……


 幼稚園児でも根気よく指導すれば素早く整列するようになる。アモロスの人々に出来ない道理はない。


「こうして見ると、リオンクール人は少ないな」

「そうですね、北東部やバシュラールにはリオンクール人は殆ど居ませんから」


 俺が独り言のように呟くと、ロロが応じてくれた。

 リオンクールで生活すると忘れがちだが、リオンクール人は少数派なのだ……これを忘れては大変な事に成りかねない。


 何だか今日は色々考えたせいか胃の辺りがムカムカしてきた。


「バリアン様、頃合いかと」


 ロロは普段通りの声音で俺をうながした。


 俺の胃のムカつきは五千人に向かっての演説を行う緊張のためかもしれない。

 この幼馴染は実に豪胆だ。彼と比べられては俺などノミの心臓だ。


 ……だが、俺は王だ。戦を前に弱味を兵に見せる訳にはいかん……


 俺は顔を上げ「行くぞ」と護衛たちに声を掛けた。


 横長のいびつな長方形に並んだ兵士たちの前を一旦は騎馬で駆け抜ける。

 これは俺の姿を見せているのだ。


 兜の上から金の冠を着け、赤い眼帯をし、毛皮の陣羽織を身につけた俺の姿は非常に目立つ。

 1度見せれば記憶に留まるだろう。


「「バリアン! バリアン!」」

「「バリアン! バリアン!」」


 兵士たちは俺の姿を認め、大喚声を上げる。

 喚声を浴びるというのは癖になる……体の奥から痺れるように突き上げてくる悦びに頬が緩む。


 駆け抜けた後に馬首を返し、中央で軍勢と向き合う形となる。


 しばらく喚声を続いていたが次第に治まり、数分で全員が聞く姿勢となった。


「俺の姿が見えるか!? 俺の声が聞こえるか!?」


 ここまで人数が増えると声がどこまで届いているかは全く分からない。


 だが、有り難いことに乗馬の(ノワール)も俺も巨体だ。

 声が届かずとも姿を見せることは出来るはずだ。


「諸君っ! 俺は今喜びと共に驚きで震えているっ!! 今まで争いあってきた我らがリオンクールの旗の元に集い、盾を並べる日が来るとは!!」


 俺は少し間を置き、馬を少し歩かせる……少しでも多くの兵と目を合わせ「お前に伝えてるんだ」とアピールするためである。


「そして! さらに驚くべきことが起きたっ! この地に集う戦士たちに挑む者が現れたのだ!!」


 俺がメイスで南を示し「コクトー男爵だッ!!」と告げると兵士たちは顔を引き締めた。


「だが、我らには勝利が約束されているっ! 敵軍にバリアンはおらず、そしてここに集まる戦士もいない!! 我らが負ける道理は無いっ!!」


 俺が気炎を上げると兵士たちにも伝わり、多くの兵が足を踏み鳴らし始めた。

 将の闘志は兵に伝わるのだ。


「奪え!! コクトーは豊かで金持ちだぞ!! 奪えっ!! 奪い取れえっ!!」


 俺が絶叫するように声を上げ、メイスを振り上げると、兵士たちは呼応して歯を剥き出しにして雄叫びを上げる。


 凄まじい音の圧力だ。


 叩く盾は雷鳴のように鳴り響き、勇ましく踏みつける足踏みは地鳴りとなって俺をす。


 我ながら緊張したのか、いつもよりも理屈っぽい演説になってしまったが、なんとか成功したようだ。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。


「敵は南だ! 前進(アバンセ)ーッ!!」


 シンプルな号令のもと、兵は動き出す。



 圧倒的な兵力に高い士気……これは負けるはずの無い戦いだ。

 それ故に不覚を取るわけにはいかないと、俺は気を引き締めなおした。



挿絵(By みてみん)

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