118話 ポンセロの息子
リオンクール、バシュラール、北東部での動員……これはリオンクール王国として最大級の兵を動かすことになる。
昨年のバシュラール戦役の影響もあり、リオンクールやバシュラールへの動員は緩やかではあるが、それでも全軍で5千を下回ることはあり得ない。
対するコクトー男爵軍……去年ウチにズタボロにされて軍は壊滅状態のはずだ。こんな時は兵士は集まらず、逆に逃げてしまう。
どれ程かき集めても500人いるかどうか、600人は厳しいだろう。
援軍の当ても無いはずだ。
……油断は禁物だが、まともにやれば負けるはずが無いんだよなあ……
思えば、始まる前から敵を圧倒するような戦争は始めてかもしれない。
俺は今、要塞都市ポルトゥの城壁にてリオンクール領の兵が続々と集結するのを眺めていた。
珍しく護衛は無しだ。
城門の方では押っとり刀で槍を担ぎ駆けつけてくるリオンクール人の若者が見えた。
ボロボロの革鎧に陣笠、槍と木盾……なかなかの武装だ。
今回の動員は半ば志願制にしたが、それでも既に千人を超える兵が集まっている。
これは俺が戦に強いからだ。
戦に勝てば名誉、金、女、望めば全てが手に入る……ちょっとした出稼ぎ感覚で参加する者もいるほどだ。
強い指揮官は兵を集める求心力があるのである……俺の元に集うリオンクールの兵士は「負けるはずがない」と信じきっており、戦意は極めて旺盛だ。
「若様、ここにいたんですかい」
ジローが頭をボリボリと掻きながら近づいてきた。
虱でも養っているのだろう。
「どうした?」
「そろそろ頃合いでさね、千人と百ちょいって所で」
俺は「そうだな」と頷き、城の外を眺める。
そこには数十人程度の集団が見えた……恐らくは騎士家の手勢だ。
「あいつらが来たら出発するか」
「合点でさ」
俺とジローは連れ立って広場に向かう。
「ジロー、娘さんはロロの息子と仲良くしてるか?」
「えっへっへ、ウチには過ぎた婿殿でさ。今回は俺に代わって戦に出ると言ってたんですがね、男が産まれるまではダメだって言ってやったんで……」
ロロの長男はジローの娘と一緒になった。
どうやら夫婦仲は円満らしい。
とりとめもない話をしながら城壁を下りると、先ほどの若者の姿を見つけた。
あどけなさを残した顔つきだ……20才には成らないだろう。
「良い槍だな。親父から継いだのか?」
不意に俺が声をかけると、若者は「うわッ! バリアン様!」と腰を抜かさんばかりに驚いた。
「こりゃ、陛下と言わんか! 若様は王様だぞ」
ジローが若者を叱りつけるが、自分が「若様」と言っている矛盾には気付いていない。
……まあ、良いけどね……
俺はクスリと笑い、ジローに「良いんだよ」と声を掛けた。
「驚かしてすまなかったな。若いのに良い戦支度だと思ってさ……親父から継いだのか?」
若者は顔を赤くしながら「そうです!」と元気よく答えた。
「名前は? 親父さんと、お前の名前もな」
「はいっ! 父はリュリュ、リュリュ・エモネです。俺、いえ、私はギー・エモネです!」
意外な礼儀正しさを見せる若者を見て、俺は何か引っ掛かりを覚えた。
……エモネ、エモネ……聞いたことあるな……
俺は「うーん」と首を傾げる。
「ひょっとして、リュカ・エモネは親戚か?」
「はい! 兄です! この三角兜は兄から継ぎました」
リュカ・エモネとは戦死した元同胞団員だ。
目立った武功こそ無かったが、ベルジェ討伐からの最古参の団員だった……確か北東部で戦死したはずだ。
「そうか、随分年が離れてるんだな……リュカは勇ましかったぞ、俺など何度命を救われたか分からん程さ。あれこそリオンクールの男だ」
これはリップサービスだが、嘘ではない。部下を喜ばせる方便というものだ。
これだけでギーは「有難うございます」頭を下げポロポロと涙を溢した。
兄が死してなお主君から名誉を讃えられたのだ。感激したのだろう。
何故かジローも「うおおん」と貰い泣きしている。
「ギーよ、兄に負けぬ男になれ。励めよ」
俺はポンと肩を叩き、その場を去る。
「ジローが泣くなよ」
「いえね、良い話じゃないですかい」
ジローはグスグスと鼻をすすり上げ、しきりにギーを褒める。
すっかり彼を気に入った様子だ。
……ジローは亡くなった息子さんとギーを重ねたのかもな……
若くして戦死したジローの息子はギーと同年代のはずだ。
ジローの息子が戦死した記憶……苦い記憶だ。
それを思い出すと、ギーを気に入ったジローの気持ちが分かる気がした。
「いい若者だ。本人が望めば引き立ててやりたいところだな……礼儀正しいし、歴とした平民だ」
俺は振り返り、兵士たちを眺める……志願兵なんて元気のあるやつは総じて若い。
「彼らは若い。死なせたくない」
俺が呟くと、ジローは力強く頷いた。
………………
俺たちは一路バシュラール城に向かう。
出発した後にパラパラと追い付く者もおり、リオンクール領の兵は総勢で1200程度だ。想像よりも多い。
バシュラール城には既に兵が集められており、ジョゼとポンセロが出迎えてくれた。
「ロロ、兵士を休ませてやってくれ。俺はこの足で報告を聞くことにする」
俺は護衛と離れ、場内の一室に移動した。
さすがに広場で報告を聞くのは障りがある。
「兵は意外と少ないな。集まらんか?」
「いえ、シモン様が既に200人ほど率いてゲ男爵の救援に向かいました。現在の出撃できる兵力は600人程度です」
俺の疑問にポンセロがすぐさま答えた。
「それはシモンの独断か?」
「いえ、ゲ男爵から昨年の戦で疲弊しており兵力に不安があると伝えてきました。シモン様は志願されましたが我らと図った上での出撃です」
ポンセロはしれっと答えているが、心の内を隠そうとしてか目を軽く瞑っている。
……なるほど独断か……しかし、ポンセロが庇うのだから無茶はしていないのだろう……
「面倒ばかりかける息子ですまんな。気を使わせた」
俺が苦笑すると、ポンセロは「いえ」と曖昧に応えた。
「すいません、少しよろしいですか? 陛下のご判断を仰ぎたい案件がございまして……」
ここで絶妙の間でジョゼが助け船を出した。
ポンセロは表情にこそ出さないが少しホッとした様子だ……この2人には旧バシュラール領の統治を任せているが、実に息が合っている。
硬のポンセロに軟のジョゼ。
まさに硬軟自在のコンビである。
「どうした?」
「はい、実はコクトー男爵から早くも降参の打診が来ています。男爵の庶兄ラミーヌ・ド・コクトー卿、年の頃は40半ばほどの分別あり気な紳士です」
ジョゼは使者でも軍使でもなく「打診」と表現した。
恐らくは正式な使者では無いのだろう。
密使と言うやつだ。
話を聞くに既にジョゼは詳しく密使と言葉を交わしたようだ。
彼が伝えてくれた情報は僅かではあるが、たったこれだけでも会う前に頭に入れておくと大分違う。
「良し、会おう。ジョゼ、ポンセロ、助かったぞ。2人にバシュラールを任せて正解だった」
俺は2人を労い、ジョゼはコクトー男爵の庶兄とやらを呼びに向かった。
室内には俺とポンセロのみが残る。
「なあポンセロ……その、サンドラ……夫人に子供が産まれたそうだな」
ポンセロは「は」と短く答えた……ポンセロの妻のサンドラは俺の愛人だった過去がある。
前夫との間に子がおり、今はポンセロが養っているはずだ。
どうにも話題にしづらいが、ここはチャンスでもある。
俺が護衛と離れてポンセロと1対1になる機会は滅多にない。
「ポンセロの領地はサンドラの息子に継がせるだろ? 改めてポンセロの息子に継がせる分を加増しようと思うんだが……」
ポンセロは「ご心配なく」とニヤリと笑った。
「息子の髪は黒くありませんよ。灰色……私の髪より少し茶色がかってますが、私に良く似た感じです」
「ん……そうか。でも息子さんにも領地は必要だろ?」
どうやら俺の息子では無かったようだ。
俺は「ほっ」と胸を撫で下ろした。
「いえ、私はしがない衛兵をしていた平民です。バリアン様と出会う幸運を得て思いがけずに騎士となり、爵位も得ました……これ以上の高望みは自ら災いを招くようなものです。翼のない私にはこれ以上の高みは恐ろしい……息子には兄に仕える道を歩ませます」
ポンセロは何やら哲学者のような事を口にした。
彼に加増を受ける意思がないならば、これ以上は俺が口出しすることではない。
個人の思想や家庭の事情もあるだろう。
複数の足音が聞こえてきた……丁度、ジョゼが来たようだ。
これは全くの余談ではあるが『ポンセロの長男』とバリアンが出会うことは無かった。
もし、出会っていれば『ポンセロの長男』の髪の色が灰色では無いことは一目瞭然であったろう。
しかし、出会わなかった……それが全てである。
このポンセロの子は兄に仕え、生涯を全うしたそうだ。
非常に頑健な肉体の持ち主であったとされる。
………………
「我々はリオンクール王国と事を構える積もりはなく、ただ騎士ゲの不実を糾弾し……」
コクトー男爵からの密使は必死で今回の経緯を弁明した。
さすがにこの状況で派遣されるだけはあり、ラミーヌ・ド・コクトーの弁舌は中々に冴えている。
彼は理路整然と今回の非がゲにあること、まだ武力衝突に至っていないこと、ゲが無用に騒ぎ立てて事を大きくしたことなどを釈明した。
……うーん、少し早まったか? いや、コクトーの言い分を鵜呑みにはできんか……
俺は大袈裟に首を振って、ため息をつく。
「コクトー卿、男爵と紛らわしいのでラミーヌさんと呼ばせて頂いてもよろしいですか?」
俺が確認するとラミーヌは「もちろんです」と頷いた。
「ラミーヌさん、そちらの言い分は聞いたが、ゲ男爵はリオンクール王国の領主です。それと事を構えて相手が悪いから見逃してくれでは筋が通らない」
「しかし、それは誤解であると……」
ラミーヌが顔を青くして身を乗り出すが、ジョゼがそれを制した。
この場は正式な外交の場ではなく『下話』の段階だ。
俺とラミーヌ、それにジョゼとポンセロしかいない。
彼は正式な軍使ではなく、密使なのだ……さすがにコクトー男爵も一戦もせずに降参は申し込めないらしい。
……ここに至って体面を気にするタイプか。だが、それが命取りだな……
いきなり降参を申し込む大胆さがあれば違った展開も有り得たが、密使では話にならない。
……ゲの坊主とは合わないはずだ……
ゲ男爵は機を狙い、単身で降参を申し入れた大胆さがある。
これだけでも体面を気にするコクトー男爵とは合わないだろう。
「降参の条件はコクトー男爵並びに子供の首、領地の割譲、領内の略奪、ゲ男爵への謝罪と賠償、戦後はリオンクールの傘下に加わること、以上」
要はコクトー男爵家の滅亡である。
「それは、あまりにも……」
「ラミーヌさん、男爵の跡はあなたが継ぐといい。うん、それがいいな……これも条件に加えよう」
俺は話は終わりだとジョゼを促すと、彼は項垂れるラミーヌと共に退出した。
ラミーヌが継ぐ条件を男爵が知れば、男爵はラミーヌの裏切りを疑うはずだ。
男爵はすでにゲに裏切られた気分のはずである。
そこに加えて身内の疑わしい行動……少なくともラミーヌが今後の交渉に出てくることはあるまい。
……彼は口が巧い……皆の前で言い負かされたくは無いからな……
ラミーヌには悪いが、ここで退場してもらう。
「ポンセロ、俺は諸公が集結するまで待機する。先にシモンとゲと合流して跳ねっ返りどもを押さえてくれ」
「承知しました、500人ほど率いて向かいます。主力軍の集結に合わせて動きます」
さすがにポンセロは分かってる。
ここは大軍を動員して完封勝ちを狙う場面だ。
彼がシモンやゲと合流すれば、それだけでも戦には勝つだろうがそれでは足りない。
大軍で完勝し、リオンクールの実力をアピールするのだ。
「すまんな、子守りを頼んで。ポンセロくらいしか頼めんよ」
これはお世辞ではない。
ポンセロは実戦の場でシモンに兵の運用をコーチしており、師匠のような立場だ。
彼はウチの息子を制御できる貴重な人材なのである。
ポンセロはニヤリと薄く笑い「お任せを」と短く応えた。
地図が雑でスイマセン。
測量技術が未熟で概念図に近いです。支配領域は本人たちも「このくらいかな?」と思ってるような感じです。
リオンクールは大きく見えますが山ばっかです。
空白は緩衝地帯ですが無人ではなく地元勢力がいます。
ヴァーブル侯爵は独立していませんが勢力圏を表現しています。