112話 赤い眼帯
建国式典関係の驚異のスケジュールを公開しよう。
1日目、前夜祭
2日目、東方聖天教会発足式典、宴会
3日目、宴会
4日目、諸公会談、宴会
5日目、諸公会談、宴会
6日目、宴会
7日目、建国・即位式、宴会
8日目、競技会、宴会
9日目、競技会、宴会
10日目、シモン結婚式、宴会
11日目、宴会
12日目、後夜祭
ご確認頂けただろうか、見事に宴会ばっかりである。
実に半月に及ぶ宴会のために、俺は私財の全てを放出する覚悟で領外からも酒や食料をかき集めていた。
何せ、領都に住まう住民や家来をはじめ、お客さんとして集う諸公たちも少なくない家来を率いて来るのだ。
酒や食い物に不足があっては俺の面目は丸潰れである。
ちなみにスケジュールに含まれている『諸公会談』とは領内の名士も招いた偉いさんの親睦会である。
別に会議をするわけではない。
諸公がどれだけ集まるかは未知数だが、ご近所さんは招待している。
来てくれたら友好的、来なけりゃ敵対的だと思えば良いだろう。
俺はこの手の社交界的なお付き合いは得意じゃないが、貴族社会は強烈なコネ社会だ。少しでも顔つなぎはしておくべきだとは思う。
今日は既に2日目、東方聖天教会発足式典である。
領都は前日の祭りの余韻を残し、少し落ち着きがないが……さすがに教会の中で騒ぐ馬鹿はいない。
東方聖天教会発足式典とは簡単に言えばミサだ。
少し特別な儀式らしく、聞いたことのない聖句を坊さんたちが唱和する。
皆が神に祈り、総主教となったリンネル師の親教(総主教の説教)を聞く。
リンネル師は説教の名手であり、平易に分かりやすく、強弱を巧みに付けて聞き手を飽きさせない。
固い内容にも関わらず、子供にも伝わる言葉だ。
見れば教えに馴染みがないキアラも熱心に耳を傾けている。
……さすがだ、リンネル師を迎えたことは大正解だった……
俺はこの様子を見て何度も頷いた。
宗教とは社会のOSの様なモノで、宗教の意義とは価値観の共有であると思う。
皆が近い価値観を持って生活するというのは社会的な安心感に繋がり、大きな意義がある。
それに宗教が深く浸透すればモラルの向上に直結するだろう。
例えば、無宗教であれば「誰も見ていないから」と犯罪を犯しそうな場面でも「神が見ている」「罪を犯せば死後の救済が受けれない」と強く刷り込まれていれば躊躇う者もいるだろう。
道徳を教えるのに宗教は大変都合が良いのだ。
リンネル師の親教が終わり、皆が待ちわびた宴会に雪崩れ込む。
単なる宴会ではなく、領都の皆が総出で大騒ぎするのだ。
前夜祭もひどい有り様であったが、今日も凄いことになりそうだ。
今日の主役は聖天教会の僧侶たちである。
初めこそ彼らはあちこちで辻説法をしていたが、お祝いムードに流され酒を滅茶苦茶に飲まされているようだ。
普段は権威がある坊さんを酔い潰す……これが楽しくない筈がない。
民衆は狂喜し、東方聖天教会の発足を祝福する。
ちなみに聖天教会では僧侶の飲酒を禁じていない。
だが、酔っぱらうことは『堕落』と見て強く戒めている。
……今日は堕落僧が増えそうだな……
まあ、リンネル師ならば笑って済ましそうではある。
彼は清僧だが、清濁を併せ呑む度量を備えた大人だ。
俺はクスリと笑い、そっと会場を後にした。
連日の大宴会である……休めるときには休まないと身が持たない。
………………
俺の自宅である屋敷は客で溢れ返っていることが予測される……とても休める雰囲気では無いだろう。
ベルの屋敷に向かうことにした。
町中どこを歩いても大騒ぎをしているが、ベルの屋敷は静まりかえっていた。
恐らくは使用人にも休みを与えているのだろう。
「ありがとな、ここまででいいよ 」
俺は護衛たちに声を掛けて屋敷に入った。
最近のロロは『護衛長』みたいになっており、数名の同胞団員を指揮しているが、今はローテーションから外れている。
屋敷に入ると、僅かに残っていた使用人が案内してくれた。
家主は在宅のようだ。
「……どうか、されたんですか?」
俺が顔を出すとベルは怪訝な顔をしながら迎えてくれた。
彼女は早々と宴席を離れて帰宅していたらしい。
俺とベルの長子であるシモンは既に独立して家を出ており、護衛や使用人を除けば彼女は息子のレイモンと2人暮らしをしている。
その生活は質素と言うほどでもないが、領主の側室としては地味なものだ。
「うん、ベルの顔が見たくてさ」
「そうですか」
ベルは俺の世辞に薄い反応で返すのみだ。
この素っ気なさが彼女の魅力である。
「レイモンは? 宴席か?」
俺が尋ねるとベルは小さく頷いた。
レイモンは恐らくはキアラにでも張り付いているのだろう。
彼は俺とベルとの間に生まれた子だが、俺の3番目の妻であるキアラに貰い乳をしており、非常に懐いている。
……そうか、ベルと2人きりか……若い頃を思い出すな……
俺は王都で過ごした日々を思い出す。
若いベルはツンツンしており、とても可愛かった。
……まあ、今でも可愛いけどな……良い思い出だ……
確か、あの時はまだ10代だったはずだが、彼女はあまり変わってないように思える。
キュッとくびれた腰と大きな尻はまるで蜂のようで、そのスタイルは全く崩れていない。
……スミナとは偉い違いだな……何かダイエットでもしてるのかな……
彼女の素晴らしい腰つきが涙ぐましい努力で維持されているとするならば、それは俺のためなのである。
何と可愛らしい女であろうか。
「嬉しそうですね?」
「ああ、水入らずでベルと過ごす時間は何よりも嬉しいさ」
彼女は「ふん」と鼻を鳴らして奥に入っていく。
……ありゃ、ご機嫌斜めかな?
最近のベルは表情には出さないがいつも上機嫌だった。
名跡が絶えていた彼女の実家であるカスタ家を長子シモンが再興したためだ。
やはり彼女も騎士の娘であり、家門を誇りとしていたのだろう。
愛する息子が実家を再興して嬉しくない筈がないのだ。
不機嫌になる理由が分からない。
……ふむ、女の子の日なのかな? だが計算で行けばベルはまだ先のはずだが……
俺は日を計算して首を傾げた。
ちなみに妻たちの周期は全て把握している。
変態ではない、体調管理だ。
ベルはすぐに戻ってきた。
「つまらない物ですけど」
ベルはスッと俺に何か手渡した。
……赤い布? いやヒモパン……ブラ……?
俺はマイクロビキニを渡されたのかと驚いたが、アモロスにビキニは存在しない。
両手でピローンと広げると、それは眼帯であった。
赤い色に染めた布で作られた大きめの眼帯……サイズ感からして俺に合わせて作られたのは間違いない。
俺の眼帯は頬の傷を隠せるように大きめのサイズなのだ。
「えっ? ベルが作ってくれたの?」
「……嫌なら使わなくて良いです」
ベルはプイッと横を向いた。
無表情に見えるが、照れているのは俺には分かる。
横を向いた角度がいつもより深いのが証拠だ。
……なんてこった! デレやがった……!!
俺は驚きのあまり絶句してしまった。
今までの懐かない猫みたいなベル……その15年間の思い出が走馬灯のように蘇る。
「すいません、旦那様を困らせたみたいですね」
俺はベルの声で現実に引き戻された。
……あっヤベ、気を悪くしたかな?
俺は慌てて「嬉しいよ」と応えた。
いつの世も男女の不仲は言葉足らずが起因していることが多い。
俺は感謝や愛情は口にするように心掛けている。
「その、本当に嬉しいと言葉がでなくなっちゃってさ……感動したよ。凄く嬉しい」
ベルは「どうだか」と素っ気なく答えたが、先程のデレを見た後では全てが可愛らしく見える。
俺は「着けてくれるか?」と自らの黒い眼帯を外した。
これはこれでアンセルムに頼んだ高級品ではある。
黒い眼帯に銀細工があしらわれたクールなデザイン……だが、ベルの手作り眼帯には及ぶまい。
「どうだ? 似合うか?」
「普通ですね」
ベルの「普通」は「かなり良い」って意味だ。多分。
「これ付けて即位するよ。赤いし、おめでたい感じがする」
「そうですか」
俺はベルの肩を掴み、寝室へ向かう。
シモンも成長したし、3人目も悪くない。
彼女は……何と言うか、素晴らしい。
今日も、ベルとのレスリングは白熱したものとなった。
実は、妻の中でも1番相性が良いのはベルだ。
彼女との抜き手指し手、15年の攻防の経験から互いの手の内は知り尽くしている……だが、飽きることは全くない。
彼女は声を噛み殺すように自らの指を噛む……この仕草も15年前と変わらない。
式典は続く。
何せまだ2日目が終わったばかりだ。
外で大きな声がした。
誰かが喧嘩を始めたらしい。
歌い、踊り、暴れ、男女が交わる……このエネルギーに満ち溢れたお祭り騒ぎは始まったばかりなのである。
一気に式典の最後まで書こうと思っていたのですが……