111話 東方聖天教会
建国に当たり、色々急ピッチで物事が進められた。
何せ数ヶ月で式典が始まってしまうのだ……時間が足りなすぎる。
先ず、法律。
これは言い出したらキリが無いので継承法だけだ。
これだけは即位前に明文化する必要があった……何故ならば俺が王座に付いた直後に死なないと決めつけるわけにはいかないからだ。
専制政治に後継者争いは付き物だ。
だが、ルールが決まっていれば避けられる争いもあるだろう。
まあ、明文化しても揉めるときは揉めるに決まっているのだが、それを言い出したらキリが無い。
1・正室の男子、年の順
2・側室の男子、年の順
3・嫡流の親族男子(弟)
4・正室の女子、年の順
こんな感じだ。
簡単に説明すると、基本的には正室が産んだ男子が年の順で継承する。
正室の産んだ男子が居なければ側室の子、庶子が継ぐ。
君主に男子が居なければ、先代君主の正室が産んだ弟が継ぐ。
弟も居なければ君主の娘が継ぐ。
大体こんな感じだ。
ちなみに、叔父ロドリグは先々代正室の子なので嫡流男子として継承権はある。
しかし、その子供のロジェは庶流の家系なので継承権は無い。
万が一、ロドリグが王になれば正室の子であるロジェは後継者1位だ。
現在の継承順位を纏めるとこうなる。
1位・ロベール(嫡男子)
2位・シモン(庶長子)
3位・レイモン(庶子)
4位・ロドリグ(嫡流親族)
5位・エマ(嫡長女)
6位・リナ(嫡次女)
まあ、母リュシエンヌが決めたルールが、そのまま適用されただけではある。
4番以降は必要に迫られれば追々決まっていくだろう。
ちなみに、君主の庶弟が継承権が無いのは俺の量産型弟妹の多さ故である……父ルドルフの庶子が家督を継げないようにとのリュシエンヌの執念がここにある。
次に、通貨だ。
俺は独立に当たり、独自の通貨を流通させようと考えていた。
未だに物々交換が主流とは言え、貨幣は生活に密着したモノである。
人々は新たな硬貨を使うことで新たな時代の到来を知ることだろう……まあ、要はローマとかそっちのほうのパクリだけども。
イメージは俺の横顔が入ったコインである……ちなみに現在のアモロスの通貨には大半がジャマル善良王の横顔が刻印されている。
今のマティアス剛胆王も作っているはずだが、まだ出回っていないようだ。
もちろん、リオンクール硬貨についての相談相手は技術部門長みたいになってるアンセルムである。
俺とロロは開拓地ベイスンの職人街を訪ねてきた。
アンセルムは職人街の顔役でもある。
だが、俺たちの注文に対する彼の反応はにべも無いものだった。
「流通するだけの硬貨なんて無理だ。時間も人も足りな過ぎだ」
どうやら、アンセルムが言うには技術的には簡単らしいのだが、人手不足らしい。
ちなみに硬貨の作り方は極めてシンプルで、表面と裏面を刻んだ刻印の間に熱した金属を挟み込んでハンマーで叩くだけらしい。
アンセルム曰く「人手と時間が有れば作れるからよ」との事だ。
さすがの彼も未来の世界のネコ型ロボットではないのだ……無理を言ってはいけない。
「まあ、それならお客さんに配る見本だけ作ってくれよ。数は揃わなくても良いからさ」
「ん、それなら何とかなるだろ」
妥協と言う分けでも無いが、俺はアンセルムに少しだけ硬貨の生産を頼むことにした……まあ、初めは記念メダル的な使い方で良いだろう。
全く無しでは格好が付かないからな。
「まあ、これはお節介だが……通貨の鋳造は専門の役職を作った方が良いだろ。偽造できない通貨を作りたきゃな」
「なるほど、偽造か」
迂闊なことに、これは盲点だった。
デザインを真似れることができれば、シンプルな製法ゆえに誰でも偽造ができる……金の含有率を下げた硬貨を作り差額を稼ぐことが可能なのだ。
偽金が大量に出回ればリオンクール通貨の信用度は下がり、俺の面子は丸潰れ。
詳しいことは良くわからんが、経済へのダメージも少なからず受けるだろう。
……悪貨は良貨を駆逐する……うーん、どんな意味だっけ?
織田信長が撰銭令を出して悪質な私鋳銭がどうとかこうとかの記憶が中途半端に有るのだが……正直あまり覚えていない。
まあ、忘れたことは仕方ない。
アンセルムの言うように専門の役職を作り、貨幣鋳造に専従する者を雇えば技術力は上がるはずだ。
デザインが複雑になれば、それだけで偽造は防ぎ易くなるだろう。
「ありがとう、専門の役職を作るとしよう……あとは……」
俺が続けて注文を口にするとアンセルムは露骨に嫌な顔をし「まだあんのかよ」と不満を口にした。
この男は職人気質であまり遠慮が無い。
次は王冠や王笏などの製作だが……これもアンセルムに頼むしかないのが実情である。
ベイスンの職人街には金細工他、様々な職人が集まっており、何だかんだでここに頼むのが1番早いのだ。
人手不足だと嘆く彼には悪いが、こちらはこちらで急ぎである。
「王冠や王笏、それに宝珠か……見たことねえし、どうしたもんかな……」
これにはさすがのアンセルムも頭を抱えていた。
無理もない、王冠を間近で見る機会などは先ず無いのだ。
「王冠は遠目から見て立派でピカピカ光ってりゃいいかな。王笏ってのは……この前注文したメイスでいいや。宝珠は適当に金貨を潰してそれっぽく作れよ」
「そんなんで良いのか? まあ、それならメイスはもう出来てるしな……適当に飾りを着けるか」
俺が適当に注文すると、彼は少し表情を緩め、重そうにメイスを持ってきた。
これは俺が前もって注文した物である。
バシュラール戦役で愛用のメイスがぶっ壊れたので新調したのだ。
総鉄製、俺は馬上でも扱うので長さは110センチほど……前の物より少しサイズアップした。
先端の柄頭はスリットの入ったタマネギみたいな鉄塊が付いている。
ちなみに、メイスと言われてイメージするような出縁(金属のプレート)の付いた『プレートメイス』はアモロスにはまだ無い。
技術的に作れないことも無いようだが、タマネギでも十分な威力があるので不足は無い。
このメイスはとてつもなくデカく、並みの物より倍以上の長さがある。
巨体怪力の俺だから振り回せるが、並みの腕力なら両手で担ぐように振り下ろすだけだろう。
重さは5キロくらいだろうか。
「え……これを王笏に……?」
黙って話を聞いていたロロが思わず、といった風情で言葉を洩らした。
「うん、適当に紐とかで派手に飾り付けてもらえば良いよ」
「そうじゃなくて、場合によっては女性や子供が継ぐ場合もあるんですから……その、バリアン様しか持てなくないですか?」
言われてはたと気がついた。
リオンクール王になるのは俺ばかりではないのだ。
手元のメイスをじっと見つめる
ロロの心配はもっともだ。
端から見る者には高が5キロと思われるかもしれないが、端に重心がある棒を持つのは大変なのだ。
疑う人は試しにデッキブラシの端を掴んで振り回して欲しい。
デッキブラシは僅かに500グラム前後……それでも結構な重さを感じるだろう。
日本刀なら鍔を入れて1~1.5キロ程度。
これでも慣れぬ者が振り下ろせば、勢い余って自らの足を切ったりするのだ。
漫画みたいに女の子がビュンビュン振り回せる感じではない。
そして5キロのメイスは日本刀の4倍近くある……その重さは推して知るべし。
「まあ、振り回す訳でも無し……儀式の間だけ持ってるならできるだろ」
「うーん、どうですかね? しんどいと思いますよ」
俺たちがガヤガヤ話していると、アンセルムが「もう仕事増やすなよ」と音をあげた。
今、ベイスンの職人街は即位式に関する注文が山盛りなのである。
仕事は出来る者に集まる……これは真理だ。
是非とも頑張って欲しい。
この数ヶ月後、アンセルムの進言を受けベイスンの職人を中心としたリオンクール造幣局が発足した。
俺は『リオンクール銀座』と名付けたかったのだが、皆の反対を受けて却下されてしまった……解せぬ。
こうして、バタバタとしつつも式典の準備は整い初め、なんとか形が見えつつあった。
『リオンクールの鉄王笏』
この総鉄製の異形の王笏はリオンクールの鉄王笏として世に知られることとなる。
初代国王バリアン1世が戦場で振るった戦棍と伝わる巨大な鉄杖。
その王笏としては規格外の大きさ故に後世では「両手で扱った」「儀礼用であり戦場では使わなかった」「実際に用いたが指揮杖だった」とも言われたが、片手で扱うメイスに通じる形状や、バリアン1世の数々の逸話から「実際に戦場で使ったメイスであろう」として伝世した。
後に7才の幼君(ジェラール1世悲運王)が即位した折り、このメイスを支えきれず即位式の最中に転倒死する事故が起きた。
これは『武門のリオンクールに幼君は相応しくないとバリアン1世が判断したのだ』と大いに噂され、それ以後リオンクールでは王制が廃止されるまで幼君が即位することは無かったとされる(たまたま幼い継承者がいなかった事情もある)。
その事故以来『審判の鉄杖』とも呼ばれ、王位に相応しくない者に災いをもたらす1種の呪いの武器としてリオンクール総主教の元で厳重に管理をされることとなった。
長き時を経て、ある意味でロロの懸念は当たり、バリアンの「気紛れ」が子孫の命を奪った……何とも罪作りな事であるが本人たちは知る由もない。
余談だが、リオンクールの歴史に女王は2人誕生したが、何れもバリアンの呪いは発現しなかったようである。
………………
2ヶ月後
即位式も間近に控えたある日の事だ。
「バリアン様、リンネル・ド・ドレーヌ師がお見えになりました。カロン師もご一緒です」
広場でキアラとレイモンの相手をしていた俺に執事のモーリスが声を掛けてきた。
「そうか! 来てくれたのか! 2人ともありがとう。少しお客さんに会ってくるよ」
俺はキアラとレイモンに声をかけて手を振った。
この2人は片目となり、遠近感が掴めなくなった俺とキャッチボールしてくれていたのだ。
ボールはボロ布を革で包んだ簡単なものだが、この程度で十分である。
遠近感が無くなった俺は満足にキャッチできず、散々にキアラにからかわれたが、遠近感を養う良い訓練になったと思う。
「バリアン、またね!」
「父上、後でお客さんを紹介してください」
俺は2人に見送られ、モーリスと共にリンネル師の元に向かう。
リンネル師は俺が幼い頃に教えを受けた聖天教会の高僧で、母リュシエンヌの叔父にあたる。
即位式に出席し王冠等を聖別する高僧として、そして現在進行中の大きなプロジェクトのリーダーとして俺はリンネル師を招聘したのだ。
師は王都に教会を持つ高僧であり、来てくれるかは賭けであったが、嬉しいことに招きに応じてくれた。
リンネル師はカロン師に付き添われ、広間で俺を待っていた。
その虚静恬淡たる様は、幽玄とでも言うべき佇まいを見せている。
まるで彼の回りだけ空気が澄んでいるように感じるのだ。
……む、凄いな……己を律し続けた高僧とはこの様なものなのか……
俺は少し緊張を感じながらリンネル師の足元に跪く。
これは聖天の教えに屈服するというジェスチャーであり、僧侶への敬意を示す挨拶だ。
リンネル師は「敬虔なる信徒に光を」と俺に祝福を与えた。
顔を上げると、目があった。
「お久しぶりですね、バリアン様」
「はい、もう20年以上にもなります」
つい、懐かしさのあまり左目から涙が零れた。
久しぶりと言うには長すぎる時を経ての再会だ。
リンネル師は既に60代半ばを過ぎているだろう。
その目は半ば白く濁り、痩せた顔には深い皺が刻まれている。
俺はその姿を「まるで凍て鶴のようだ」と感じた。
「お立ちくださいバリアン様、王に成られる方を見下ろしては居心地が悪い」
記憶よりもしゃがれた声で、リンネル師は俺に立つように促した。
立ち上がると、俺の背の高さに少し驚いたようだ。
当然、俺は歩いて近づいたわけだが、屈んだ状態から急に立ち上がると印象が違うのだろうか。
「これは……噂には聞いておりましたが見事な偉躯ですね」
「噂ですか? 良い噂ではないでしょう?」
俺が苦笑すると、リンネル師は「はい」と悪びれずにハッキリと口にした。
「その性は残忍、粗暴、淫乱、強欲。無用の争い、陰謀を好み、財貨を貪り民を虐げ……」
リンネル師はつらつらと俺の悪評を並べ立てる……心なしか嬉しそうだ。
……しかし、謀叛を起こしたとは言え、ボロカスだな……
俺は予想はしていたが、あまりの内容に複雑な気分になる。
「酷いですね」
「はい。この世の悪徳を集め煮詰めたような大悪人です」
リンネル師はくつくつと笑い「でもね」と続けた。
「バリアン様は道徳で民を導く僧侶ではなく、君主なのです。敵に対し残忍で何が悪いのですか? 家を保つためには子供が必要です。淫乱大いに結構! 陰謀を好まぬ君主には暗い未来が待っているでしょう。財貨を持たぬ主に人は靡きません……これらは全て君主に必要な資質です。ご立派になりましたね」
この言葉に俺は驚き、面食らってしまった。
リンネル師は「私とて、子爵家の出ですよ」と片目を閉じてニヤと笑う。
まるでイタズラ成功とでも言いたげだ。
俺は感動し、鼻にツンとした痺れを感じる。
さすがにリンネル師は売れっ子説教師として活躍しただけあり、俺はすっかり『人たらし』にやられてしまったようだ。
「リンネル師をお招きできて本当に良かった。こんなに嬉しいことはない」
俺が喜ぶと、リンネル師は顔を曇らせ「それですがね、バリアン様」と続けた。
「もう王都はいけません。兵は連日町を荒らし、諸侯は勝手に争いを始める……しかも、それを治めるべき王は阿呆ときている。まさに悪世末法の有り様です……もはや王都での布教は厳しい……バリアン様が立ち上がられたのは私の喜びですよ」
リンネル師は苦し気に顔をしかめた。何か嫌なことでも思い出したのかもしれない。
「それに比べてリオンクールの美しさはどうですか! 道は清く、民は着飾り、子供たちは肥えている。私は幼き頃のバリアン様を僧にしなかったことを神に感謝しています」
「そうです、バリアン様は8徳を備えた英傑」
カロンまで話題に乗ってきた……九徳ではなく8と言うところに含みを感じる。
ちなみに九徳とは、聖天教会が教える9つの徳目。
寛容、忍耐、慈悲、節制、勇気、貞節、謙虚、勤勉、信仰である。
何が欠けているかはご想像にお任せだ。
「師よ、私はリオンクールに総主教座を創設しようと考えています。王都の教会と別にしないまま別の国ともなれば、王都の意向で司祭の派遣を止められてしまう……リオンクールの民に神の光が届かなくなります」
俺のこの言葉にリンネル師、カロン師、2人の僧侶は力強く頷いた。
これは既に手紙で知らせており、招聘に応じてくれたと言うことは、聖天教会を割る覚悟を決めてくれたに他ならない。
それがリオンクールの信仰のためなのか、はたまた自らの野心のためかは分からない。
だが、師が来てくれたのは俺の大いなる喜びである……これは間違いない。
ちなみに聖天教会では、大まかに修道士、助祭、司祭、主教、総主教の順に位階がある。
細かい役職はたくさんあるが基本はこれだけだ。
リンネル師は主教、カロン師は司祭にあたり、リオンクールに主教座は無い。
領都、鉱山都市フェール、要塞都市ポルトゥに司祭がおり、カロン師を別とするならば常に3人の司祭が領内にいるのみである。
彼らは基本的には王都からの派遣であり、万が一、司祭の派遣を総主教が取り止めればリオンクールの教会は立ち行かなくなるだろう。
現在、在任中の3司祭は俺を強く支持してくれている。
これは俺が常日頃から多額の喜捨をし、大いに彼らの便宜を図っているためだ。
今さら彼らも他の教区で貧乏司祭など出来はしないだろう。
今までの信仰の生活、その積み重ねが俺を支えてくれているのだ。
リオンクールはここにリンネル師を新たに迎え、3人の司祭たちとも協力し、東方聖天教会が発足することとなる。
この設立にはリンネル師の名声と人たらしぶりが遺憾なく発揮された。
総主教にリンネル師を据え、3人の司祭、及びにカロン師は主教となり一枚岩の体制が整えられることになる。
そして、この時点では誰も問題にしていないが、東方聖天教会は『王であるバリアンが総主教を任命した』のである。
その発足からリオンクールでは王権が聖界に優越していたのだ。
これにより、以後リオンクール国内では非常に強力な王権が誕生することになった。
独自の法律、通貨、宗教。
かくしてリオンクールは国としての体裁を整え、いよいよ即位・建国の式典が始まろうとしていた。