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110話 建国前夜

『自分の体とは親から貰った大切なものである。むやみに傷つけたりしないことが親孝行の始めなのだ』



 確か孔子がこんな感じの事を言ってた気がする。


 俺は言葉としては知っていたが普段気にもしたことが無いし、全く実践してこなかった。

 言葉の意味を理解していなかったと言っても良いだろう。


 今、俺はこの言葉を噛み締めながら日々を過ごしていた。



「ああ、バリアン……何と痛ましい……」


 老いた母、リュシエンヌは俺の眼帯を外し「おおぉ」と(むせ)び無く。


 俺が領都に帰って以来、リュシエンヌは毎日の様に俺の眼帯を外してはみにくい傷痕を眺めて泣いている。


 正直「そんなに悲しいなら見るなよ」とか「毎日見てるのによく飽きないな」とも思うのだが……年老いた母親にそれを言ってはお終いである。


「母上を悲しませ申し訳ありません」


 俺はいつものようにリュシエンヌを抱き締めて謝罪する。


「ああ、バリアン……あなたの美しい顔が……おおぉ……」


 大体この調子で小一時間ほど付き合うのである。

 少しうんざりもするが、傷を負ったのは俺の不覚だ。


 今までは「バシュラール領と片目の交換なら安いもんだ」と笑い飛ばしていたのだが、母親のこの姿を見てはそうも言ってられない。


 ……五体満足に産んで貰ったのになあ……悪いことしたな……


 こうして久しぶりに親心に触れ、少し後悔している毎日なのである。



 そして、他の家族はと言うと……実はあまり反応がなかった。



 スミナたちも始めこそ少し驚いたが、そもそも先に帰った兵士たちから報告を聞いていたのだ。

 既に心の準備はできていたようでもあり、すぐに慣れたようである。


 そもそも、アモロス地方ではまともな目の治療法は皆無に近く、失明する者は珍しくないのだ。

 木の枝が当たった程度の怪我で失明するケースは数知れないし、そもそも長生きすれば大抵の者は白内障で白く濁った目をしている時代なのである。


 身近なところでは、執事のモーリスも戦傷により隻眼だ。


 キアラなどは俺の目からヒモが出てきたら「出てるよ」と仕舞ってくれるほどである。

 眼球の有った場所に指を突っ込まれるのは不安になるが、親切でやってくれているので俺も何も言わない。



 リュシエンヌの嘆きぶりは一種異様ではあるが、彼女は昔から子供への愛に満ちた人であった。


 人は年をとると我慢ができなくなったり、感情が抑制できなくなる者も多い。


 ……少し()けてきたのかなあ……?


 俺は失礼な事を考えるが、アンチエイジングの概念や栄養学の無いこの地では人は早く老ける。

 染髪もしないのでリュシエンヌの髪はもう真っ白、立派な老婆なのだ。


 ……もう56才だものなあ……


 俺はリュシエンヌの愛人、ロランド・コーシーが来るまで気長に相手をしていた。




………………




 さて建国、独立……と行きたいところではあるが、ここで(つまず)いた。


「なあ、建国ってどうすれば良いんだ?」


 俺が集まった家来たちに問いかけると、皆が難しい顔をして首を捻る。


 これは仕方がないだろう。

 ここにいる者は王位の継承すら見たことがないのだ。増してや建国など知る由もない。


 ちなみにリオンクールで王位の継承に立ち会った経験があるのは父ルドルフだが、現在行方不明である。

 ルドルフが行方不明になって、もう何年も経っている……生存は絶望的であろう。


「そりゃ、建国なんだから……作るんだろ? 国をさ」

「だから、どうやってだよ?」


 ロジェがよく分からない事を口走り、俺が重ねて問う。

 彼も「何か言わなきゃ」と口を開いてみたが思案が有るわけでは無かったようだ。


「叔父上やデコスは?」


 俺が水を向けるとデコスは「いやあ」と頭を掻き、叔父ロドリグは無言で難しい顔をした。


 ……年寄りコンビが知らないんじゃ無理だな……


 リオンクールの知恵袋の2人が知らなければ誰も知らないだろう。


 ……適当にイメージでやるかなあ……王冠を被って、百官の前で万歳する感じか?


 俺がブツブツと考えていると、ふと黙り込んでいるロロの姿が見えた……明らかに元気が無い。

 この生真面目な幼馴染みは、自らが負傷して俺の護衛から離れている間に、俺が重症を負ったことで責任を感じているのだ。


 真面目なだけに思い詰めて欲しくない。


「ロロ、ロロの長男って何歳だった?」


 俺が声を掛けると、彼は顔を上げて「いきなりですね」と変な顔をした。


 ロロは妻のミレットとの間に三男三女の子宝に恵まれている。

 ちなみに夫婦仲は未だに良いらしく、一番下の子はまだ小さい。


「2番目の子ですからね、15才です」


 結婚の早かったロロの所の子供たちは既に成長しており、長女は既にミレットの従兄弟(いとこ)に嫁いでいる。


「そうか、長男を悪いとは思うけど、ジローの娘さんに婿入りさせてくれ。娘さんは18才だ」


 俺の言葉を聞いたロロとジローは飛び上がらんばかりに驚いた。


「はあ!?」

「ちょ、いけねえよ」


 2人が反論する前に俺は「とりあえず、お見合いな」と決定事項のように告げる。


 ロロの妻ミレットは大きな商家の跡取り娘だ。

 当然、その長男は跡取りとして教育されたはずではある。


「やっぱ長男は駄目かなあ?」


 俺が懇願するようにロロを見つめる。



 実はバリアンは気づいていないが、隻眼の大男が上目使い気味に懇願する姿は凄んでいる様にしか見えなかった。



「う、うーん……私も入婿なんで、相談して来て良いですか?」

「良いよ。俺の口利きってちゃんと言うんだぞ。断ったら財産没収な」


 俺が重ねて頼むと、皆がどっと笑った。

 さすがに財産没収などはする筈もなく、皆が冗談だと知っているのだ。


 ロロはお手上げだとポーズをとり、苦笑いした。


 ……ん、少しは元気が出たかね……


 俺がクスリと笑うと、今度はジローが難しい顔をし始めた。


「若様よ、いけねえよ。こりゃあ、いけねえ」


 どうやらジローは引っ掛かりを感じているようだが、まあ分からなくもない。

 これはロロの子が不服であるとかではなく、極めて高身長の娘を気にしての事だろう。


 ジローの娘は珍しいほどの高身長……その高さは男子を見下ろすほどで、本人も気にして背を丸めるように生活しているのだとか。

 俺は何とも思わないが、一般的なアモロス人の感覚からすると「背の高すぎる女子」が好まれないのは事実だ。


 実に気の毒なことだと思う。

 

「ロロは自由民だが、その武勇は名高くリオンクールにとって特別な者だ。もちろん、ジローの家も特別だ。ヤニックさんにも世話になったし……」


 俺は「息子さんも」と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 さすがにデリカシーが無さすぎる気がしたからだ。


 思い返せばジローの父ヤニックも、ジローの長男もリオンクールのために戦死した。

 俺はジロー家に並々ならぬ恩を感じている。

 出来れば断絶して遠い親戚が継ぐような事態は避けてやりたい。


「特別同士、仲良くしてくれ……2人が親戚になればどれ程、心強いか」


 俺は自分でも自分の理屈が理解できないが、本音を伝えた。


 ジローは「うーん」と顎髭あごひげをしごいている。

 人情家の彼には理屈では無く、本音をぶつけた方が良い……かなり効いたみたいだ。


「まあ、後は本人ら次第だな。本当に嫌だったら断っても良いから。ロロもな」


 俺がこれだけ伝えると、何となくその話題は終了となった。



 後日譚だが、この縁談は成立し、ロロの息子とジローの娘は結婚した。

 不思議なことに高身長で悩んでいたジローの娘は、自分よりも20センチ以上背の低いロロの長男を気に入り、トントン拍子に話が進んだようだ。


 後にロロとジローの子孫は『特別な家』として、リオンクール内で騎士の名誉を持って扱われた。

 名前に『ド』も付かない、領地も持たない『名誉騎士家』である。


 特に彼らの嫡流の子孫たちは「ノブル・ジロー(高貴なジロー)」と呼ばれ、この待遇を大きな誇りとしたらしい。


 話が逸れた、会議に戻そう。



「いや、おめでたい話で何よりですが……その、建国の話は……」


 生真面目なモーリスが遠慮がちに発言した。

 何か大きな式典が有るならば執事である彼の占めるウェイトは小さくはない。気にするのは当然とも言える。


「ああ、それだが、こんな感じでどうだろう?」


 俺は先程の王冠と万歳のアイデアを披露する。

 皆が「ほう」と感心したようだ。


「ならば王笏(おうしゃく)と宝珠も作ってはどうだ?」


 叔父ロドリグが発言した。

 王笏とは、王が持つ儀礼的な杖のことであり、宝珠とは聖天教会のシンボルが刻まれた手の平サイズの球体だ。

 アモロス王家でも王笏は王権を、宝珠は聖天の教えを象徴するレガリアとして用いられているのは広く知られている。


「それは良いですね。ならば高僧を招いて聖別(せいべつ)を……」


 アンドレが続いた。

 聖別とは聖職者の祈りや祝福によって器具などに聖性を付与することだ。


 つまり、アンドレは小道具を聖別させ『神の祝福』をアピールしたいのだろう。

 良くある手口だが、効果的だ。


 余談だが、聖別されると、聖別解除が成されるまでは儀式以外の使用は禁止だ。



 皆ががやがやと意見を述べ始めた。


 俺のアイデアを取っ掛かりとして会議が動き出したのだ。


 全くヒントが無ければ、建国など想像も付かないが、取っ掛かりがあればかなり違う。


「諸侯も呼びましょう」

「讃美歌は入れたいな」

「いや、バリアン武勲詩が相応しい」


 こうして次々と儀式は決まっていき『即位式』は初夏の頃に行うこととなった。

 初夏はリオンクールが最も美しい季節である。



 こうして完成した珍妙な『建国・即位式』は、アモロスの歴史の中で初めて具体的な記録の残った建国の式典となった。

 時間と共に古典と呼ばれる様になり、多くの君主たちは『正しき伝統』としてこれを踏襲することとなる。



 伝統の始まりとは案外こんなモノである。


身體髪膚受之父母 不敢毀傷 孝之始也

身体髪膚これを父母に受く あえて毀傷せざるは 孝の始めなり


儒教の経典、「孝経」の一節ですね。


私は道徳の授業で習いました。

たしか学校でピアスか何かが問題になって……時代ですなぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 建国の仕方がわからない、という状況の描かれた話を初めて読みました。新鮮でとてもおもしろいです。
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