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109話 勝利記念日

更新の時間が滅茶苦茶で申し訳ありません。

日々の仕事が……


 年が明けた。



 傷の療養のために俺は冬をバシュラール城で過ごし、雪解けの季節を迎えた。

 俺は今年で31才となる。


 傷はすっかりと癒えた。

 片目で少し遠近感は取りづらくなったが、特に日常生活に支障が出る事もないようだ。

 ただ、飛んでいる物をキャッチしたりするのは無理だ。これは慣れる必要があると思う。


 問題があるとすれば見た目だ。

 潰れた右目の見た目がよろしくない。


 俺の場合は眼球が無いのでまぶたが凹んでいる様に見えるし、切り取った視神経か何かは良くわからないけど、たまにヒモみたいなモノがピローンと出てきてしまう。

 このヒモを試しに引っ張ったら凄い痛かったので、今では気づいたら押し込むようにしている。


 そして矢傷だ。

 傷自体もケロイドのような引きつりを起こしている上に、骨折した部分がおかしな治り方をしたみたいで眼窩の下の部分がガタガタになってしまった。


 はっきり言って、少々見苦しい見た目になってしまった。


 これはラノの治療が悪いと言うより、整形外科学が未熟な世界ではこれ以上の処置は無理なのである。


 対策としては頬の辺りまで隠れるような大きめの眼帯を着けて隠すしかない。

 中二病の大好物である隻眼とは、決して格好良いモノばかりではないのだ。


 眼帯はリオンクールに帰ったらアンセルムにお洒落なのを作ってもらおうと思っている。


 後は、後遺症としては骨折した左手首を回すとポキポキ鳴るようになった。

 まあ、これはこんだけである。



 そして、ネリーだ。


 ネリー・アビリは22才、なんとキアラと同い年だった。


 豊満なネリーと、背徳的な体つきのキアラを並べて色々比べっこしたいところではあるが、残念ながらそれは実現しなかった。


 ネリーが望まなかったのだ。


 彼女の夫はブルノー家に仕える平民だ。

 郷士と言っても良い分限者(ぶげんしゃ)(財産家)ではあるのだが、それだけである。

 目立った武勲は聞かないが、ヤギを増やすのは得意らしい。


 むしろ、代々の従士をしているネリーの実家、アビリ家の方が目立っている。

 彼女は実家の(つて)で主家の嫡女であるマリエルの侍女をしていたそうだ。



 この、つまらない夫との離婚をネリーは決して望まなかった。



 聖天教会では離婚を認めていないが、何事も例外はある。

 例えば、婚姻が正式の手続きを踏んでいなかったり、近親婚であると『聖職者が証言』した場合などだ。


 この『聖職者の証言』と言うの部分がキモだ。


 当たり前の話だが、聖職者だって誰もが清廉潔白な人格者ばかりではない。

 多少の『お願い』を聞いてくれる者だって当然いるわけだ。


 ちなみに身近なところでは、ポンセロが離婚を経験している。


 しかし、離婚が望ましくないのは当たり前の話であり、離婚すれば悪い噂くらいは生涯ついて回るだろう。

 狭い社会で生きるネリーにはには少々重たいハンデだったのかもしれない。



 俺は彼女が望むなら迎え入れるつもりだったし、そうでなくても何か望みがあるなら……例えば夫に便宜を図って欲しいとか、実家を昇進させて欲しいなどと言った望みがあるならば、俺は叶えてやるつもりだった。

 しかし、彼女はついに何も望みを口にしなかった。


 確かに彼女が俺の計らいで何か利益を得たら色々と言われる事も有るだろう。


 冬の間、俺の話し相手をしたり、とても『親密な介護』をしてくれたネリー・アビリは、俺の思う以上に大人だったのかもしれない。



 そして、俺がバシュラール城を発つ日が来た。


「バリアン様、支度が整いました」


 若い同胞団員が遠慮がちに声を掛けてきた。

 俺の護衛のために、同胞団の中でも独身者はバシュラール城に残っていたのだ。


「ああ、少し待て……この勝負がついたら行くから」

「はい、広場で待機します」


 同胞団員はハキハキとした挙動で部屋から退出した。


「よろしいのですか?」


 ネリーが少し眉を寄せ、躊躇ためらいがちに尋ねてきた。


「うん、まあ……悪いとは思うが……」


 俺はサイコロをふり、コマを進める。

 もう一度サイコロをふれの指示が書いてあるコマに止まり、もう一度サイコロをふった。


 今、俺たちは私室で双六(すごろく)に興じていた。

 このリオンクールで大流行したボードゲームを彼女は気に入り、冬の間の暇潰しとして大いに重宝した。


「ネリー、困ったことがあれば何でも言ってきてくれ。たまには顔を見たいし」


 彼女は口許を僅かに動かして薄く笑い、コマを動かす。


「……私は田舎者ですし、王と成られる方の側で愛を競うなどできそうもありません。私も若くありませんし……」

「いや、競わなくても良いけども」


 俺は苦笑いしたが、彼女の心配は良く分かる。

 出典はもう思い出せないが『色が衰え愛弛む』って言葉もあるし、美貌によって寵愛ちょうあいを受けている女性が老いて容色が衰えると、愛も薄れてしまうと言う考え方はアモロスにもあるのだろう。


 ちなみにアモロスでは22才は一人前の大人であり「若くない」と言う彼女の言葉は良く分かるし、それに加えて彼女は自分の生活が変化することを望んでいないのだ。


 アモロス人は保守的、前例主義的な考え方が強く「昨日と同じ今日」を望む傾向が強い。

 下手なシンデレラストーリーよりも、今までの生活を望む彼女の考え方は特殊なものでは無い。


「あがりだな」


 俺のコマがゴールに辿り着いた。


「はい、ここまでにしましょう」


 ネリーが笑う。

 彼女は大人であり、一冬だけの関係も終わりにしたいとハッキリと告げたのだ。


 ……フラれたか……仕方ない……


 俺は非常に悲しかったが、さすがに泣いたりは出来ない。


 ネリーはしれっとしており、2人の関係を一時的なものだと割り切っているのを感じさせた。


 こうした時、得てして女性の方が思い切りが良いことがあるが、正に今がそれである。


 俺は何か口から言葉が出そうになったが、グッと飲み込み「行くよ」とだけ告げて席を発った。



 彼女は無言であった。



 バリアンは知らなかったが、この年の暮れ、ネリー・アビリは黒い髪の男の双子を出産する。

 彼女の夫も双子を実子として育て、子供たちは郷士としてバシュラール領の片隅で穏やかに暮らしたそうだ。


 後年、成長した双子と出会ったロロが「バリアンにそっくりだ」と驚いた逸話が残るが、これが事実かどうかは定かではない。



 ネリーと夫の間には双子以外の子供は授からなかったと言う。




………………




 リオンクール領に入った俺たちは手始めに要塞都市ポルトゥで大歓迎を受けた。


 要塞都市ポルトゥは俺が若かりし頃に城代を勤めた経験があり「おらが街のバリアン」的な雰囲気が強い。


 俺たちが街に入るや否や大歓迎に迎えられ「リオンクール万歳」「勝利万歳」とひとしきりの大騒ぎの後に広場で大宴会となる。

 これがまた凄まじい宴会で、要塞都市ポルトゥの市民や乞食まで入り乱れて俺に戦場の話をねだりに来る。


 先に帰郷した兵士たちの口から戦争での俺の活躍は既に伝わり、とんでもない誇張を交えてリオンクール中に広まっていたらしい。


 いわく、10万人の敵中に孤立した味方を救うために、僅か8騎で攻撃を仕掛けて勝利し、味方を救い出した。


 曰く、ダルモン伯爵軍は俺の一睨みで戦意を喪失して撤退した。


 曰く、雲を衝くような巨人と一騎討ちをして素手で首を引きちぎった。


 曰く、宙に浮いた。


 戦果が誇張されるのは分からないでもないが、訳のわからないのも混じっている。


 ……浮いたって何だ?


 それはともかく、大フィーバーである。

 領都に帰るどころか、領地に足を踏み入れただけでこれなのだ。


 リオンクールとバシュラールの対立の歴史は古く根深い。

 この争いに終止符を打った今回の戦役は大いに喧伝され、人々は狂喜したのだ。


 時は3月の初頭、肌寒い時機の曇り空にも負けず、人々は騒ぎ、酒を飲み、吟遊詩人はバリアン武勲詩を高らかに歌う。



 轟く東の勝鬨に

 耳を澄ませよ鉄の兄弟たち

 枷に囚われた冬の時代

 暗き闇夜の鎖の時代

 全てを打ち払う輝きの王

 バリアンバリアン

 リオンクールの王

 さあ集えリオンクールの子らよ

 勝利を称え剣を持ちて集え

 偽りの王を討ち果たす時は来たれり



 これはバリアン武勲詩の3番だ。


 内容が内容だけに今までは微妙な心持ちで聞いていたのだが、完全なる謀叛人になった今ではむしろ国威発揚の為に奨励しても良いかもしれない。

 これは『戦上手の強い領主がいる』とアピールすることは周囲への抑止力になり得るからだ。


 自分の歌を広めるのは少し恥ずかしいが、それで少しでも効果があるなら躊躇うことではない。


「若様よ! 今日は城の備蓄が空になるまでビールを振る舞うぜ」


 ジローが「がっはっは」と実に嬉しそうに豪傑笑いを見せると、周囲の者が大歓声を上げた。


 確かに城の備蓄は城代たるジローの管理するところではあるが、さすがに空っぽにはしないだろう。1種の景気付けである。


 異様な盛り上がりを見せる宴は喧嘩や小火(ぼや)を内包しながら混沌たる様相を示す。



 被支配者だったリオンクール人がアモロス王国の討伐軍を撃破した……正確に言えば俺はアモロス貴族ではあるが、細かいことは庶民には分からない。


 「長きに渡り虐げられたリオンクールの逆襲の狼煙(のろし)なのだ」と男たちは勇み立ち、女子供は「生活が楽になる」と信じて笑う。



 独立はできるだろう。だが、問題はその後だ。


 さすがに王都も内乱分裂状態ではこちらに兵を差し向ける余裕は無いだろう。


 しかし、内乱が治まればこちらに矛先が向くのは間違いはない。


 ……同盟者だ……単独で王都と争うのではなく、連携して互いに援護ができる仲間が必要だ……


 リオンクールは力を増したとはいえ、全アモロスを敵に回してはたち行かなくなるのは明白だ。

 俺は王都と対抗する為に同盟者の候補を思い浮かべ、絞っていく。


 ……やはりフーリエ侯しかない……次点でカステラ公か……


 俺がブツブツと考えを纏めていると、ヌッと大振りな角杯が目の前に差し出された……ジローだ。


「若様よ、いや、もう殿様かな? 傷が痛むのかい?」

「いや、今までは通りで頼むよ……少し考え事をな」


 ジローから杯を受け取り、ビールを飲み干す。

 これはビールと言っても泡も無く、いかにも『麦汁』って感じの弱いアルコール飲物だ。


 リオンクールでは生水が飲料にあまり適してはいないので、ビールは割りと飲む機会が多い。

 栄養補給もでき、通貨の代わりに物々交換でも大活躍……まさにビールは万能飲料である。


「ふうん、若様は昔っから頭が良かったからな。よくそんな風に考え込んでた」


 ジローは四角い顎からスラリと伸びた立派な顎髭あごひげを撫でた。

 良く手入れされた髭は油で撫で付けているのかツヤツヤと妖しく輝いている。


「そうかな?」

「そうでさ」


 俺はぼんやりとアモロスに来たばかりの事を思い出す。

 もう古い記憶だ。印象に残っていることしか覚えていないし、それもなんとなく(もや)がかかったようにハッキリしない。


「皆がね、若様が黙り込んだから心配してるんでさ、できれば笑って相手をしてやっておくんなさい」


 ジローが示した先には少し遠巻きにこちらを伺う男たちがいた。

 俺が難しい顔をしていたので少し遠慮していらたしい。


 ……そうだな、ジローの言う通りだ。祝いの席にはそれに相応しい態度で臨まねば……


 俺は少し意識して表情を緩め、男たちに向かい杯を掲げた。

 これは「一緒に飲もうぜ」と誘ったのだ。


 男たちは嬉しそうに頷き合い、すぐに俺たちを囲んで盛り上がり始めた。

 酒のせいもあるが、よそ者に警戒心の強いリオンクール人は、わりと内側に入り込めば人懐こい者が多い。


「そう言えばジローの家族はどこにいるんだ? 噂の娘さんにも会いたいが」

「いや、女房子供は村に置いてきてるんでさ」


 どうやらジローは単身赴任らしい。

 城代には私室もあるのに勿体ないことだ。


「まあ、名主の仕事もあるし、そこは留守番を任せてるんで」

「へえ、女房を置いて出て悪さをしてると見えるな」


 俺がからかうとジローは「とんでもねえ!」とおどけて見せた。


 周囲から笑がどっと沸き起こる。



 祝いの席の賑やかさが、ネリーにフラれた俺の心を慰めてくれた。


 そう、俺にとってリオンクールの民は家族なのだ。

 1人の女にフラレたくらいがなんだ。

 ちっとも悲しくなんてない。



 本当だぞ?




………………




 2日後


 先触れを走らせてから俺たちは領都に向かった。


 そちらでも同様の大騒ぎで迎えられ、領都の騒ぎは3日ほど続く大宴会となった。


 この厳しい時代に庶民が全てを忘れて騒ぐ機会など、リオンクールの地では滅多にあるものでは無い。

 大いに騒ぎ、飲んでほしいと思う。領都の備蓄も大放出だ……俺は倉庫を空にはしないけどな。



 ……



 また、吟遊詩人が武勲詩を歌いに来た。

 バリアンは鷹揚に相手をし、吟遊詩人の帽子に銀貨を注ぎ込む。


 このような大金を見たことが無い吟遊詩人は驚きの余りに引っくり返った。


 轟く大歓声、宴はさらに喧騒を増す。



 後に、バリアンが領都に帰還した日は「勝利記念日」と呼ばれ、リオンクールの祝日となった。

 それはバリアンの死後数百年を経て、この時代の再評価が進んだ時のことである。


ネリーさんと冬の間いちゃつく話を4000字くらい書いてたんですが、読み返したらノクターン風だったので没にしました

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