108話 宴の始末 下
翌日
俺はアンドレとジョゼを相手に「その後」の状況を聞いていた。
アンドレはその後の現場の責任者として、ジョゼは戦役を通しての後方任務の責任者として報告は山ほどあるらしい。
先ず俺が狙撃された後の事だが、広場でリオンクール軍とバシュラール兵が大乱闘となり、リオンクール軍は最終的にバシュラール兵を全滅させたようだ。
それにしてもバシュラール兵100人程度による自爆テロみたいなものである。
アンドレによれば死兵と化したバシュラール兵の戦いぶりは凄まじく、リオンクール軍にも多くの被害が出たらしい。
恐らくあの場にいたのはバシュラール軍の中でも中核となる飛び抜けて忠誠や士気の高い精鋭部隊だったのだろう。
総大将たる子爵が死してなお戦い続けたことからも、俺と同胞団のような特別な繋がりが想像できる。
彼らは強敵ではあったが、降参を装っていたために弓や槍を装備してなかったのがリオンクール軍に幸いした。
「……そうか、バシュラール子爵とボードワンが死んだのは確かか」
「はい、子爵の棺を暴き、首実検を行いました」
アンドレは西の要塞に仮埋葬されていた子爵の死体をバシュラール領の者に確認させたようだ。
これは必要な処置だっただろう。
「バシュラール家に連なる者にも確認させましたからね……これ以上は疑い出せばキリがありません、両者ともに死亡となさるのがよろしいかと」
俺はジョゼの進言に「まあな」と頷いた。
下手に調査をして生存の噂でも立ったら面倒だ。
顔写真も無い世界で噂を悪用され「我こそボードワン」とか名乗られたら否定するのも一苦労なのだ。
死んだことにしとけば、万が一、後から本人が出てきても否定はできる。
「なあ、ボードワンは何故あんな自殺じみた罠を張ったと思う? 結局、あの後でバシュラール兵も皆殺しだろ?」
俺の疑問に2人とも眉をしかめた。
少しの間、皆が黙り込む。
「……それは分かりません、ですが……」
ジョゼがポツリと呟いた。
「ボードワンは生まれつき重い病を抱えていたそうです。私も……病ではありませんが庶子の出です。生まれつき他の兄弟より劣っているとされて生きてきました」
ジョゼは遠くを見るような目で、深いため息をついた。
何か嫌なことでも思い出したのか、表情が険しい。
「最期に全てを道連れにして滅茶苦茶にしてやりたかったのかもしれませんね……私も若い頃は全てが気に入らなくて、不良を引き連れて暴れていましたよ」
「ジョゼが? イメージじゃないな!」
俺が笑うと、ジョゼが恥ずかしそうに「十代ですよ、若気の至りです」とはにかんだ。
伊達男のジョゼが愚連隊をやってたとは恐れ入る。
確かにボードワンからは色々溜め込んでそうなそうな雰囲気を感じた。
だが、ジョゼの説は情感的過ぎて『お話』として考える分には面白いのだが、根拠とするには厳しいだろう。
「アンドレはどうだ?」
俺がアンドレに水を向けると、この生真面目な義兄は「……そうですね」と暫し考え込んでいた。
「……先ずバリアン様を殺して、リオンクールを混乱させる。その隙に他勢力からの援軍を得た一門の誰かが返り咲く……と言うのはどうですか? リオンクールはバリアン様を中心にし、代わりはおりません。バリアン様を排除すれば我らは動揺し、内乱になったかも知れません。少なくともバシュラールには構っていられなくなるでしょう。その隙に我らから土地を取り返せば良い」
真面目な性格のアンドレは既に考えを纏めていた様だ。
ジョゼは感心して頷いている。
「なるほど、ボードワンの病身じゃ潜伏なんて出来ないだろうし、一か八かでバリアン様を狙うのはありそうだ」
如才の無いジョゼは話上手、褒め上手であり、上手く乗せられたアンドレは「まあ、簡単な推理ですけど」と満更でも無さそうに鼻を膨らませた。
「ジョゼの話もロマンチックで面白いけどな……現実的にはそんな所か。潜伏先はバシュラールと同盟関係で俺と対立しているコクトー男爵あたりかな」
「そうですね、私も同意見です。温かくなったらコクトー男爵家とゲ騎士家に圧力をかけましょう。場合によっては出兵も視野に入れるべきです」
俺の言葉にアンドレは力強く応じた。
バシュラール領を南から脅かしたコクトー・ゲ連合軍と俺たちは和平を結んでいない。
形式上はまだ戦争状態である。
……まあ、すぐに根を上げるだろうさ……
俺たちは既に連合軍をコテンパンにやっつけている。
今さら意地を張って抵抗などしないだろう。
「後は……軍は解散したのか? 雪が積もる前に兵を帰らせろよ」
俺の言葉を聞いた2人が何とも言えない表情で顔を見合わせた。
アンドレが「はあ……その……」と言い淀み、ジョゼが難しい顔で頭をボリボリと掻いた。
「怒らないから言ってみろ。何か不始末が有ったのか?」
アンドレは意を決したように顔を上げた。
不祥事の報告は辛いものだが、さすがにこの場合は彼の仕事だろう。
「西と南の要塞には抑えの兵を置いてあります」
「うん、当然だな」
アンドレが言ったことは当たり前だ。
領内にはバシュラール軍の残党が山盛りで徘徊しているのである、城を空にしてはあっという間に不法占拠されて盗賊の根城にされてしまうだろう。
「雪も降り始めましたので、残りの兵は解散命令を出しました……しかし、バリアン様が暗殺されかかったことに怒り狂った一部の兵は従わず、徒党を組んでバシュラールの残党狩りを行っています。その数はおよそ500人ほどかと」
この報告を聞き、俺は「うーん」と考える。
まず、アンドレが軍を解散したことは問題ない。
俺は気絶する前に確かにアンドレに指揮権を委ねた。
これは間違いないからだ。
しかし、解散命令に従わない兵士……これは大問題である。
勝手に徒党を組んで戦闘行為を行っているのだ……これは謀反と言われても仕方がないだろう。
「指導者は誰だ? 場合よってはこれだぞ」
俺は自分の首筋を指で軽く撫でる。
「はあ、それが……」
「どうした? 庇うなら同罪だぞ」
俺がジロリと睨むと、アンドレは観念したように深くため息をつき「シモン様です」と答えた。
ジョゼも軽く目を瞑り、肯定の意を示している。
「はあーっ、あの馬鹿……親父が目を覚ましたから、さっさとこちらに来いと伝えろ」
シモンの思わぬ行動力に俺は呆れ、その無分別に腹も立ったが……同時に嬉しくもあった。
息子が俺の敵討ちに走り回っているのだ……軍の大将としては複雑ではあるが、親としては嬉しい。
だが、話はそう簡単でもない……下手に庶子のシモンが兵を率いて派閥化、私兵化しては大変なことになる。
「嬉しそうですね?」
「いや、ゲンコツを何発くれてやろうかと思ってな」
アンドレと俺は顔を見合わせてクスリと笑う。
ちなみにアンドレにも9才になる息子と、もう少し小さい娘が2人いるはずだ。
俺の複雑な親心は理解してくれているだろう。
「……それとな、実は傷の具合が良くないんだ」
「え、本当ですか?」
俺が右目を撫でながら呟くと、2人が心配そうに顔の辺りを見つめてくる。
「ああ、とても移動できそうにないから冬はこちらで過ごすことにする。あと、ネリー・アビリをこちらに呼ぶように」
「はあ、分かりましたよ……」
アンドレは呆れながらも頷いてくれた。
軍事や政治が絡まなければ基本的に彼は俺のイエスマンである。
この辺は口煩いロロとは違う。
俺だってたまには家族の目の無いところでゆっくりしたいのだ。人妻と爛れた愛欲の冬籠もりなんて最高である。
「それと、ネリーの旦那についても調べてくれ……早まるなよ、調べるだけでいいからな」
アンドレは「……はあ……」と気の無い返事をする。
要領の良いジョゼは風向きが変わったのを察し、早々と姿を消した。
「ああ、後はシモンの嫁取りの事も母上の耳に入れといてくれ」
「ええ……それはマズイですよ」
俺はアンドレが困り果てている様子を見て、つい吹き出してしまった。
本当に気の良い男である。
「大丈夫だよ、重傷を負った息子の願いだと伝えたら上手くいくさ。母上は意外と俺に甘いんだ」
「どうなっても知りませんからね、全く」
アンドレはぼやきながらも了承してくれた。
母リュシエンヌはシモンが別家を立てることは承知していた。恐らくは問題無いはずである。
俺はアンドレの様子を見て深い感謝の念を抱いた。
彼は淡々と俺に報告をしてくれたが、俺が倒れてからは現場は混乱し、多忙を極めたはずである。
それは意識の無い俺を西の要塞からバシュラール城と言う安全地帯に移したことからも察することができた。
少しでも混乱する現場から離してくれたのだろう。
俺の身を案じて気を使ってくれたアンドレに「ありがとな」と声に出して礼を言った。
この義兄は本当に頼れる男に成長した。
「ネリーはできるだけ早めに頼む。実はさ、我慢しすぎて寝てる間に下着を汚しちゃってな」
「ええっ!? 死にかけたのに何でそんなに元気なんですか!? 女は怪我に障りますよ」
アンドレは俺の股間辺りを注視して驚きを隠そうともしない。
「大丈夫だよ。俺が寝たきりでも手でも口でも色々あるだろ?」
「いや、それは娼婦の行いです。聖天教徒的ではないですよ」
アンドレが言うように貞節を重んじる聖天教では、子作りを目的としない性行為は厳禁である。
体位まで指定されており、夫婦生活は正常位のみとされているほどだ。
ちなみに一夫一妻制であり、離婚は基本的には認められていない……まぁ、この辺も色々と抜け道はあるのだが、俺の場合は本妻はスミナであり、ベルやキアラの子供たちは婚外子、庶子としての扱いとなる。
しかし、閨の中の事ゆえに世間ではどれほど守られているか良く分からない。
実際に俺は母リュシエンヌから「子供の出来やすい体位」を伝授された経験がある(56話参照)。
しかし、この反応を見るに少なくともアンドレの夫婦生活は聖天教徒として模範的なモノであったようである。
「バカなことを! 男女和合の愉悦は神が与えたもうた奇跡だぞ? 何故顔を背けるんだ! お前には神の愛が分からないのか!?」
俺は訳の分からないテンションでアンドレを責める。
始めは「はあ」とか「まあ」などと気の無い返事をしていた彼も、俺が色々と話すうちに、いつの間にか身を乗り出すように食いついてきた。
やはり格好をつけていても男である。基本的には助平なのだ。
「こんなのもあってな、女が、こう……」
「え! その体勢……痛くないんですか?」
何故か30男が2人で遅くまで猥談を続け、俺はコカース夫妻の閨を啓蒙することに成功した。
彼もまだ若いのだ……これからの活躍に期待したい。
………………
雪が降る。
冬がやってきたのだ。
アモロスの冬とは雪に閉ざされた暗い季節だ。
ただでさえ食料は不足し、飢えや寒さで人が死ぬ。
それに加えてバシュラール領は戦乱に荒れ果て、何千もの盗賊の闊歩する最悪の治安である。
一体、この冬で何人死ぬのか予想もつかない。
しかも、民心はバシュラール子爵に同情的でリオンクール家の支配には親しもうとしていないようだ。
これはアンドレが行った子爵の首実検が大袈裟に伝わり『埋葬されていた子爵の亡骸を磔にして辱しめた』などと噂になったためらしい。
俺はバシュラール領民にとって、旧支配者を暗殺し、その骸を辱しめた侵略者……暴君中の暴君なのだ。
このイメージは後々にまで響き、バシュラール領で暴君や悪人を表すのに『バリアンのような』と言う表現が生まれた程だ。
『暗殺などの道義に背く手段を使っては、後に大きな禍根を残す場合がある』
これは俺にとって新たな教訓となった。
このような手段を否定するわけではないが、もっとバレ無いような細心の注意が必要だったのだ。
経験とは誰にとっても偉大な師には違いない……だが、授業料は高すぎる。
新しく獲得した土地が正常に機能し、利益を生むには時間がかかる。
これほど金と時間を掛けて下手に占領統治をするより、賠償金を貰う方が賢いのかもしれない。
だが、度々に物流を止められ苦しんできたリオンクールにとってバシュラール占領は必要な事だった……そう自分に言い聞かせ、俺は己を納得させた。
……前途多難だなあ……
俺は「ふうっ」と大きなため息をついた。
かくして、リオンクールによるバシュラール侵略と言う大きな戦役は幕を下ろした。
しかし、世の中と言うものは、得てして宴よりも始末の方が厄介なものである。
この後、バシュラール領の統治は難航し、リオンクール家による統治が安定するまでには長い時間を待たねばならなかった。