107話 殺手 下
こっちは短めです。
その後
ボードワンの乗っている馬車を先導にし、リオンクール軍は進軍を再開する。
何と言えば良いのか……馬車が軍中にいると、俺たちが護衛のように見えなくも無い。
少し珍しい光景だろう。
「雪の前に帰れて助かるな」
「がっはっは、嬶の尻が恋しいか?」
「間抜けめっ! 今頃お前の家じゃ間男が亭主面してるだろうよ!」
兵士たちの私語や笑いが聞こえる。
今は戦闘態勢では無い上、降参の使者が訪れたことで『何となく』弛緩した空気が軍中に蔓延している。
長かった戦役も終わりが近づき、皆がホッと一息ついているのだろう。
……本当は良くないけどな、仕方ない部分もあるさ……
俺はぼんやりと陣を自軍の行進を眺め、肩にのし掛かるような疲れを知覚した。
もう長いこと鎧を着け通しだ……さすがに肩も凝るし、なにより疲れた。
「どうしました?」
俺のため息に気づいたアンドレが、心配気に話し掛けてきた。
最近の彼はすっかり様変わりし、頭髪が薄くなっただけでなく髭も伸ばし始めたようだ。
何と言うか……似合ってはいるが、50才くらいに見える。
良く言えば立派、悪く言えば老け過ぎだ……まだ35才のはずなのに。
「いや、これで終わりと思うとドッと疲れたよ。もう若くない」
「そうですよ。バリアン様も息子さんがあんなに立派になる年頃なんですから」
俺とアンドレは軽口を叩きながら馬を進める。
「それにしても、ベリ卿に暗殺を命じたのは確かなのですか?」
「ああ、上手く行けば儲けくらいの感覚でな……良くやってくれた」
俺はトゥーサンの働きと犠牲を思い、胸が痛んだ。
こちらからすれば当たれば儲けの下手な鉄砲だが、彼からすれば重い命令だったことだろう。
なにせ主君の命令で旧主を討ったのだ。様々な葛藤があったに違いない。
「成功したのですから、これ以上無い結果です。まさに鬼手です。ベリ家には厚く報いなければなりませんね」
アンドレもアルベールの教育を受けた男だ。
その言葉に他意は無く、暗殺の効果を認めているらしい。
俺は「まあな」と呟き、頷いた。
「しかし、何か違和感と言うか、変ですよ……バシュラール子爵が暗殺されて敵の統制がとれなくなったのは分かるのですが、先日戦った敵の戦意は極めて高かった」
アンドレは声を低くし、周囲の様子を確認しながら俺に話しかける。
何かを伝えようとしているのは間違いない。
俺はこの様子にただならぬ雰囲気を感じとり、少し身構えた。
そして、先日の戦いを慎重に思いだしながら「そうだった」と相槌を打つ。
あの時の敵は千人程度であったが、わざわざ俺を狙った部隊を編成するほどに根深い恨みを持っていた様子だった。
「でしょう? 彼らは最後まで残った忠義者ばかりだった。バシュラール子爵に心酔していたとか、バリアン様を強く憎むとか……とにかく強い動機があったはずです」
「……なるほど、それにしては今になって城を守る兵士がバラバラと逃げ出すのは不自然だ……先日の敵の姿とは程遠い」
アンドレが「そうです」と頷いた。
「ボードワンが暗殺の件をペラペラ話したのも疑わしく思えます。交渉の場ならもう少し……こう、隠すとは言わずとも誤魔化しようもあるような……」
「なるほど、考え始めたら全てが疑わしく思えるな……確かにな」
俺は「うーん」と考え、行軍の位置を変更した。
先行するボードワンの側まで位置を変え、身の回りを護衛として同胞団で固めたのだ。
これはボードワンを側に置くことによって罠の類いを防ぐため、そして同胞団に俺の護衛を任せるためである。
同胞団はリオンクール軍中でも飛び抜けた装備と練度を誇る精鋭部隊だ。
彼らならば多数に囲まれても救援を待つまで持ちこたえるのは難くない。
門を潜り、広場へ向かう。
ボードワンも馬車から下り、左右をバシュラールの騎士に支えられるようにしながら歩いている。
特に何かが起こる様子は無い。
……考え過ぎたかな?
ボードワンも特に何かアクションを起こすでもなく、俺のすぐ側に控えている。
バシュラール兵は広場で威儀を正し、整列していた。
俺は広場へ出て下馬し、僅か百人程度にまで減ったバシュラール兵と向かい合う。
後ろからは続々とリオンクール軍が整列を始めた。この状況でバシュラール兵が俺を狙おうとも大した脅威にはならないだろう。
この要塞は大規模な戦闘に備えてポンセロが改修したので、兵が集まる広場は大きい。
演説のために学校の朝礼台の様なものが備えられており、俺はそこに登る。
皆と向き合う形で台の上に立つと、少し護衛の同胞団との距離が空き、俺は無防備になったのを感じた。
すると、視界の端でボードワンが杖を振り上げたのが見えた……何かの合図だ。
城壁の上、建物の屋根に人影が動くのが見える。
咄嗟に確認できただけで弓を持つ者が5人ほども潜んでいたようだ。
……まずい! 射手か!?
気づけなかった。
ここに来てボードワンは1発逆転の博打を用意していたのだ。
先程の疑念が頭の中でカチリと噛み合ったのを感じる。
恐らくは脱出した兵の中にはバシュラールの一門でも紛れ込んでおり、ここで俺を殺した後に再起を図る腹積もりなのだ。
ボードワンは子爵が死のうとも諦めていなかった。逆転の目を探り、自身を囮にして好機を演出した。
実に見事である。
今となっては子爵は本当に死んだのか……そもそも、あいつは本当にボードワンだったのか……それすらも疑わしい。
何が虚で何が実か、全く分からなくなり俺は混乱した。
……畜生! アンドレが注意を促してくれたのに!
激しく後悔したが、もはや手遅れだ。
遠くで、弓音が聞こえた。
俺は咄嗟に剣を抜いて矢を防ごうとするも、飛矢を防ぎ続けることなど不可能である。
1、2本は打ち払ったがそこまでだ。
俺の体に次々と矢が突き立ち、逃げるように台から転げ落ちた衝撃か視界が暗くなる。
「今だ! バリアンを討ち取れ!」
「バリアン様を死なすなあーっ!!」
怒号と共に闘争の音が近くで鳴り響く。
「バリアン様っ!? お気を確かに!!」
倒れこんだ俺を誰かが引っ張ってくれる感触を感じ、そちらを確認しようとした。
しかし、全く前が見えない。
手探りで自分の顔面を確認すると、右目の下あたりに矢が突き刺さっていた。
……くそっ、してやられた……
無理矢理、力任せに矢を引き抜くと何かが顔から零れ落ちた。恐らくは眼球だ。
徐々に戦いの喧騒は遠ざかっていく……いや、俺の意識が遠くなっているのか。
「……後のことは、アンドレに、任せる……」
顔の見えぬ相手に向かい、やっとのことでそれだけ伝えると、俺は意識を手放した。





