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11話 旅立ち

イメージは転校

 退屈な冬が過ぎ春が来た。



 俺は母のリュシエンヌと共に教会でお参りをし、リンネル師と挨拶をしていた。


「そうですか、寂しくなりますが、出逢いと別れは人生の常です」

「息子がお世話になりました」


 リンネル師と母は親しげに話すが、実はリンネル師はリュシエンヌの叔父らしい。

 つまり俺の大叔父だ。


 リンネル師は妾腹の出であったが、ややこしいトラブルを回避するために僧院に入れられたのだそうだ。

 だが、その事実に腐ったりはせずに聖務に励み、今の地位を得た……立派なことだと思う。


 もちろん、リンネル師には実家であるドレーヌ家やリオンクール家の後押しがあったのは言うまでもない。

 貴族社会や宗教会は強烈なコネ社会なのだ。


「バリアン様ならば、今すぐにでも貴族家で文官として働けるはずです。読み書きは勿論、算術や医学に長けた能吏となるでしょう」

「ありがとうございます、リンネル師の教えを忘れず、今後も励みます」


 俺の受け答えを見てリュシエンヌが「おお、あのバリアンが立派なこと」と嗚咽を漏らしながら顔を抑えている……俺が入る前のバリアンって本当にどうしようも無い糞ガキだったらしい。


「手紙を書きます、まだまだ教えを授けてください」

「ええ、是非とも寓話ぐうわ集を完成させましょう」


 俺とリンネル師が頷き合った。

 「寓話集」とは九徳の教えを昔話風に語り聞かせる内容で、俺とリンネル師がここ数ヶ月間に渡り、取り組んでいる作業だ。


 例をあげれば


 寛容は「北風と太陽」

 謙虚は「蛇足」

 勤勉は「アリとキリギリス」

 勇気は「一寸法師」


 こんな感じだ。

 もちろんアモロス風にアレンジはしてある。


 これは学の無い者に聖天の教えを伝えるために始まったプロジェクトだ。

 リンネル師が自作した話も加えており、『貞節』を説く話はかなりアダルト向けな内容になっている。



 これらを纏めた書物は後にリンネル説話集と呼ばれ、聖天教会の説法指南書として知られる様になる。


 かなり後の時代に童話として再評価され、リンネル師は「文学者」として歴史に名を残すことになった。




………………




 リュシエンヌと共に帰宅すると、屋敷がどこか騒がしい。

 旅立ちの準備中なのだ。


 父であるルドルフが俺に気づき「バリアン、ちょっと来なさい」と呼び止めた。


「はい、父上。母上と共にリンネル師にご挨拶に行って参りました」

「うむ、バリアンよ、この者を与える」


 俺が「え」と見た先にはロロがいた。

 神妙に(うつむいて)いて(ひざまづ)いている。


「父上、与えるとは……?」

「そのままだ。お前に与える。好きにせよ」


 ルドルフはそれだけ言い残し、作業する従士たちのもとへ向かった。


「どう言うこと……?」


 俺がぼんやりと呟くと、ロロが顔を上げて立ち上がった。


「バリアン様……僕、いえ私は、その、ジローさんに相談して……」

「若様、ロロはね、若様に着いて行きたいんでさ」


 ジローが俺の後ろから声を掛けてきた。


「ロロと相談してね、殿様にお願いしやした。若様の奴隷(もちもの)にしてくれってね」


 ジローは「ロロなら子供はできませんよ」と片目をつぶった。


「そうか……しかし、そうなるとロロは家族と離れることになるが……いいのか?」


 俺がロロに確認すると、彼は力強く頷いた。


「姉ちゃんも若様に付いていきたいとは思うけど、でも女だから……ですから。だから俺が付いていくよ……付いていきます」


 ロロは慣れない敬語を使って俺に話しかける。恐らくは主人に対するケジメなのだろう。


「若様、多分ですが……俺もリオンクールに帰ったら結婚して家督を継ぎやす。そうなったら若様の守役も外されるでしょう。ロロを頼みにしてくだせえ」


 ジローがポリポリと顎を掻きながら「楽しかったですよ」と男臭い笑みを見せた。


「俺も楽しかったぞ、友よ」


 俺がニヤリと笑うとジローが「うぐっ」と顔をしかめた。


「……そりゃあ無えよ、若様。泣かせるじゃねえか……」


 ジローはオイオイと声を上げて泣き出した。


 アモロス王国の人々は感情豊かだ。

 大いに泣き、笑い、怒る。


 ジローの涙は恥ずかしいことでは無いのだ。


 周囲の従士たちが「何だ何だ」と近づいてきた。


「皆よお! 俺は若様に、バリアン様に友達だって言われたんだ! こんなに嬉しいことは無え!」


 ジローは泣き笑いを見せる。

 従士たちも共に喜び祝福をしている様だ。



 アモロス王国の主人と従士の関係は強制では無く自由意思だ。


 もちろん、従士たちは領民としては領主に従っているが、従士として主人に随行するのは義務ではない。

 多くは名誉や富を求めて主人に付き従うのだ。


 強く、人気のある領主には従士も多い。

 領主は従士たちの名誉の場……つまり戦場を与え、働きに応じて富を与えるのだ。


 その中で主人と従士が個人的な友情を育むのは珍しくはない。

 そしてそれは互いに名誉なことでもあった。


 ジローはバリアンの父であるルドルフの従士ではあるが、それでもジローはバリアンとの友情を喜んだのだ。


 ジローはバリアンを肩車して「俺の友達だ!」と大声をあげた。


 リオンクール人は排他的で気性が荒く、頑固だ。

 だが、一度懐に飛び込めば人情に篤く、義理堅い。


 リオンクール人同士の結束は極めて強く、バリアンはジローを通してリオンクール人の仲間を得ることとなる。




………………




 出発の朝が来た。



 数台の二頭立ての馬車が用意され、その内の1台は領主家族が乗る壁と屋根のある豪華な物だ。

 それぞれ車輪は4つ付いているタイプである。


 その他の馬車には荷物と共に奴隷数名が乗り込んだ……と言うよりも積み込まれた。完全に荷物扱いだ。

 その中にはロロの姿もある。


「バリアン、そろそろ馬車に乗れよ」


 兄のロベールが声を掛けてきた。

 ロベールは馬車に乗らず、騎馬で移動するらしい。


「兄上……わかりました」


 俺は兄にうながされ、馬車に乗り込む。

 ロナと挨拶をしたかったが、彼女は姿を見せなかった。


 ……まあ、顔を見ると別れが辛くなるか……


 俺が未練を断ち切って馬車に乗り込むと母のリュシエンヌが既に座っていた。


「バリアン、馬車の旅は辛いわよ。頑張ってね」


 リュシエンヌは思い詰めた表情で俺を励ます。


 ……馬車だろ? 車酔いするタイプなのかな?


 俺はリュシエンヌの言葉を真に受けず「大丈夫ですよ」と笑った。


 馬車の外で「出発!」とルドルフの声が聞こえた。


 ルドルフの号令のもとで4台の馬車と、ルドルフを含む9騎の騎兵が動き出す。


 大型犬が数匹ほど並走しているが、これは馬車犬と言うらしい。

 野犬などから馬車を守る役割がある。

 馬車の伴走犬はエジプトの壁画に見えるほど歴史は古い。


 ガタン


 馬車が大きく揺れ、大きめの衝撃が伝わる。


 リュシエンヌが「ああ、神様」と呟いた。


「母上、大丈夫ですよ。具合が悪くなったら私に言ってください」

「バリアン……あなたも無理をしないでね」


 また車体がガタンと揺れる。

 リュシエンヌはギュッと目をつぶってしまった。


 窓の外の景色が動く。


 俺がバリアンとなり、8ヶ月しか過ごしていない屋敷だが、離れるには少し寂しさを感じる。


 俺が屋敷を目に焼き付けようと窓の外を眺めると、ロナが手を振っているのが見えた。


「またなっ! ロナ!」



 俺が大声を張り上げるとロナが嬉しそうに笑った気がした。



 速度が増すごとにガタガタと馬車が大きく揺れた。


これから俺たちは東方に向かう。東の果て、リオンクールの地を目指して。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白いです。タイトルで敬遠されているところがありそう。
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