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閑話 息子のお見合い

 戦闘が終わり、追撃に出ていた兵士たちがバラバラと帰還してきた。

 季節はすでに冬に差し掛かっており、直に日没となるだろう。

 アモロスの……特にリオンクール周辺では日照時間は短く、冬はどんよりとした雰囲気がある。



 ピエールくんが慌ただしく動き回り、陣を整え、篝火を焚き出した。

 これは追撃に入った味方が帰還先に迷わないように受け入れ体勢を整えているのだ。


 大勝利である。


 こちらの戦力は反乱勢力の部隊に大きな被害が出ているが、リオンクール軍の被害は軽微だ。


 兵士たちは上唇の辺りから削ぎとった敵兵の鼻や首をぶら下げて次々と帰還する。


 これは戦闘の前に、俺がバシュラール兵の首や鼻を持ってこいと怒鳴ったからだが(105話参照)……実際に積まれた鼻や首を眺めると実に不気味だ。


 ちなみに、上唇ごと削ぎとるのは髭を確認するためらしい。

 女や子供を殺して鼻を稼ぐような不正をしていないと言う意味らしいのだが……良く考えたものである。


 ……しかし、鼻か……いらんなあ……これ、どうしよう?


 俺は首を傾げながら次々に運ばれる鼻と貨幣を交換していた。

 鼻はいらないが、兵士たちの戦果には褒美を与えねばならない。


 勝ち戦の後と言うのは忙しい。


 本来ならば論功行賞は拠点を攻略した後などで行うのが楽なのだが、今回は鼻というナマモノを褒美と交換する必要があり急がねばならない。



 俺は商人を呼び出し、預けてある銀貨を用意させた。



 褒美を与えるときはガッツリと与えねばならない。

 物惜しみする君主に部下は懐かないのだ。


 兵士たちはニコニコとエビス顔で鼻を持ち込み、俺は銀貨と交換した。


 ……これで少しでも貨幣経済が普及すれば一石二鳥かな……


 俺は少しでも貨幣が市場に回るように願いつつ、銀貨を数えた。


 砂糖で商売をしている俺は唸るほど現金を集めているが、アモロス地方では物々交換が主流である。

 早く貨幣経済に切り替えたくて褒美は貨幣を与えることが多いのだが……商慣習や風習が変化するには長い月日が必要なのだ。

 こればかりは俺一人が頑張ってどうにかなる話では無い。それこそ、効果が出てくるのは俺の死後の事であろう。


 兵士たちが嬉しそうに積み上げる鼻塚を見て俺は苦笑した。


 ……参ったな……敵の幹部でも捕まえてバシュラール軍の事情を聞きたかったのだが……


 敵兵は全て問答無用で鼻を削がれている……報酬を欲しがる兵士からすれば当たり前の行いではあるが、これでは捕虜など1人も望むべくもない……大失敗だ。


 ……野天で鼻の交換会をする羽目になるし、捕虜はいないし……


 俺はつい出そうになるため息をグッと飲み込んだ。

 さすがに喜ぶ兵士たちの前でため息をつくのは望ましくない。



 すると、どこか遠くで喧騒が聞こえた。列の奥で何やら騒ぎが起きたようだ。



 珍しい事ではない。


 戦闘の後には興奮が冷めやらぬ兵士たちの喧嘩騒ぎは付き物である。


「喧嘩ならさっさと鎮めろ!」


 俺が怒鳴ると、左右の家来が急いで状況の確認に走り出した。


「喧嘩ではありません!」

「反乱勢力の騎士が暴れている様子」


 違う兵士が慌てながら報告をし、俺は「なるほど」と頷いた。


 囮に使われ、敵もろとも弓で狙われた反乱勢力の騎士が不満を持ち、暴れているらしい。


 無理もないと言えば無理もない。

 恐らく積まれた鼻の中には誤殺された彼らの身内も多く含まれているはずなのだ。


 俺は報告に来た兵士から剣を受け取り、腰にいた。


 メイスも曲刀も壊れた俺は丸腰だったのだ……さすがに丸腰で暴動騒ぎに近づくほどバカじゃない。




………………




「何事だ!?」


 俺が喧騒に近づき声を掛けると、遠巻きに騒ぎを見守っていた兵士たちか道を開けてくれた。


 騒いでいた反乱勢力の騎士たちも俺に気付き、身構える。


「何事だと聞いている、答えろ」


 俺は静かに騎士たちに語り掛けた。

 彼らは4人、俺に降参した騎士は7人であり、3人はすでに討ち死にしている。


 つまり、降参した反乱勢力の騎士が全員で集まり騒いでいたらしい。

 当然、彼らの部下も同調しており、パッと見で40人近くの数がいるようだ。


 俺の姿を見た彼らは、始めこそ躊躇いがちだったものの次々と抗議を重ね、主張がエスカレートしていくのに時間は掛からなかった。


「ご命令により先陣を務めた我らに対し矢を射かけるとは情けなき振る舞いではありませんか!!」


 特に頑張って抗議しているのは騎士ブルノー、人質として預かっているマリエル・ド・ブルノーの父だ。

 まだ年若く、30そこそこの気鋭の騎士である。

 関西弁で言うところの『シュッとした顔』をしていおり、エリートサラリーマンのような雰囲気がある美形だ。


 騎士にとって見た目は非常に大事である。

 中世的なアモロスでは、立派な外見の者はそれだけで有能判定されがちなのだ。


 この集団で騎士ブルノーが代表者みたいになっているのも多分に外見の要素を含んでいるだろう。

 弁舌もなかなかに巧みだ。


 ……ちょうど良い、こいつを始末してシモンにマリエルを娶わせるか。マリエルが相続するならば家来も納得しやすいだろう……


 ブルノー家は小さいが、ブルノー家の領地をマリエルに相続させ、シモンにも新たな領地を与えて両者を併せれば俺の子としても恥ずかしくない身代になるはずだ。


 シモンはベルの実家であるカスタ家を再興させる使命があり、成長した暁には領地を分与する約束となっていた。

 ブルノー家はわざわざ乗っ取るほどの規模でもないが、領地経営のノウハウを持たないシモンが地元騎士家と繋がりを持てば彼の領地経営は楽になるだろう。


「騎士ブルノー、お前らには失望したぞ」


 胸の内で算盤を弾き、俺は騎士たちの排除を決意した。

 しかも、幸運なことに口実は向こうからやって来た……これは千載一遇のチャンスである。


 俺は「いかにもガッカリだ」と小さな演技をしながら騎士たちと向き合った。


「そもそも矢を射たのは卿らが崩れて我が陣へと逃げ帰ったためではないか。あのまま放置すれば味方に混乱が波及し、総崩れとなったであろう。自らの弱さを省みず、味方を責めるとは心得違いも甚だしい」


 俺は理を尽くして騎士たちを責める。


 この理屈は作戦の実行前から考えていたものだ。

 常識で言えば味方を攻撃した俺が圧倒的に悪いのだが、つらつらと理屈を並べられると咄嗟の反論とはなかなかできるものではない。


 騎士たちは「ぐっ」と言葉を飲み込んだ。

 暴力が売り物の騎士が「お前らが弱いから悪い」と責められたのだ……その恥辱は想像もできない。


「そもそも戦場には敵味方の区別などは無い。味方の陣へと懸かってくる卿らの部隊を攻撃するのは至極当然の判断ではないか」


 敵味方の区別はないとは乱暴ではあるが、これは当たり前の話でもある。


 お揃いのユニフォームなどがない状況での乱戦では、敵味方の識別は「向かってくる」とか「敵意がある」とか曖昧になりがちだ。


 軍とは領主がそれぞれの兵を率いる集団の寄せ集めでもあり、裏切りや謀叛などの可能性もある。


 この「向かってきたから攻撃した」と言う理屈も一理も無い話ではないのだ。

 ただ、故意にその状況を作り出したのは俺なのだが……まあ、そこは言う必要もない。


「しかし! 我らにも……」


 当たり前だが、騎士たちは俺の身勝手な理屈には納得しない。


 口々に不満を言い募るが、彼らは熱くなりすぎて周囲の状況に気づいていない。



 周囲は怒りで目をギラつかせている兵士たちに囲まれている。


 俺は論功行賞の途中で騒ぎが起きたために顔を出したのだ。

 彼らの行いは猛獣の食事の最中に餌を取り上げたに等しい。


 周囲には戦闘の興奮も冷めやらぬ兵士たちが褒美のお預けを食らって怒りに満ちた顔を見せていた。



 否、1人だけ気づいた者がいる……ブルノーだ。


 騎士ブルノーは周囲の殺気に気が付き、自らの置かれた立場に気づいたようだ。


 ……ふうん、見た目は良し、弁舌も悪くなし、空気は読める、と……


 俺は騎士ブルノーを少し見直した。

 なんと言うか……ド田舎のバシュラール領やリオンクール領の騎士らしからぬ品がある。

 ウチの陣営で例えるなら伊達男のジョゼ・ド・ベニュロに近い。


 ちなみにジョゼは今回の戦役ではずっとバシュラール城で留守番をしている。

 地味ではあるが、孤立せぬようにリオンクール領と連絡を取り合い、食料や矢の補給も担当していた。

 我が軍の蕭何(しょうか)……と言うのは褒めすぎであろうか?


 蕭何とは漢王朝の高祖・劉邦を支え続けた名補佐役である。

 地味な補給を担当し続けたが、皇帝となった劉邦は天下統一の第一の功績を蕭何のものとし、彼を天下の宰相とした。



「騎士ブルノー、家督はマリエルに譲り隠居せよ。マリエルとシモンを娶わせた上で、卿が僧籍に入るのならば命を助ける」


 俺はブルノーをテストすることにした。

 この条件はあからさまにブルノー家の乗っ取りである。

 これに応じるならば領地経営などで経験の無いシモンの補佐役にしてみようと思ったのだ……これはただの気紛れ、思いつきの類いだが、ブルノーは補佐役で輝く気がするのだ。


 この手の俺の勘は当たるときは当たる。

 外れる時は外れるけどな……当たり前か。



 俺の急な提案に他の騎士たちは面食らった様子だが、ブルノーだけは顔を強張らせて俯いていた。

 日が沈み、冷たい風が吹く中で彼のみが額に汗をびっしりと浮かべている。


「か、家名は……」

「断絶したシモンの母の実家、カスタ家を再興する」


 俺がキッパリと言いきると、ブルノーはガックリと項垂れ「是非もありません」と消え入るように呟いた。


 恐らく、聡い彼は自分が断っても、娘には同じ未来が待っていることを悟ったに違いない。

 ならば自分が生き残って家族を守りたいと思うのは人情である。


 そう、これは俺の贔屓ひいきであり温情なのだ。

 気付かなければ他の騎士らと同じ運命が待っていただろう。

 


「良し、後でシモンとマリエルを交えて語らおうじゃないか! 戦陣で両家の顔合わせとは豪気な話だ」


 俺は「アッハッハ」と笑い、周囲の兵士たちに「コイツらを拘束しろ」と命じた。


 兵士たちは待ってましたと勇み立ち、すぐに両者入り乱れての乱闘が始まるが……そもそも数が違う。

 まともな勝負にはならないだろう。


「あの、私は……」


 ブルノーが真っ青な顔をしながら俺に尋ねた。


「ん、そうだな……論功行賞の途中だった。手伝ってくれ。」



 俺は兵士たちに「再開するぞ」と告げると歓声が巻き起こった。




………………




 その後



 遅くまで論功行賞は続いたので、シモンとマリエルを交えての挨拶は翌朝となった。

 ちなみに人質であるマリエルは軍にくっついている商人に世話をされており、同行していたのだ。


 ごく質素な朝餐会である。


 ブルノーとマリエルが並んですわり、俺とシモンに正対している。


「互いに知っているだろうから紹介は必要ないな?」


 俺が確認すると、マリエルは小さく頷き、シモンはそっぽを向きながら「まあね」と応えた。


 ……おや、思わぬ反応だな……?


 俺は若い2人の反応を見て意外に思った。

 年が同じ2人を『話相手』としてシモンに彼女の世話を頼んでいたのだが、意外なことに清い関係のようだ。


 だが、悪い感情があるわけでも無さそうで、シモンはマリエルをチラ見している。

 本人はさりげないつもりだろうが、笑えるくらいにバレバレだ。


 ……ははあ、甘酸っぱい感じか……マリエルは可愛いからな……奥手なことだ……


 思わぬ息子(シモン)の反応に俺はニヤリと笑ったが、考えてみればシモンは12才である……甘酸っぱい関係が当たり前なのかも知れない。


 俺はとりあえず挙動不審な息子のことは横に置いておき、客人たちに食事を勧めることにした。


「すまんね、戦陣でのこと故に大したモノは用意できんが」


 俺たちの前には干し肉を煮込んだスープと、味のしない堅焼きのビスケットが並べてある。


 おかずも無ければスプーンも無い。

 アモロス人はワイルドにスープの具は手掴みである。


「は、閣下は兵と同じものを食すと伺っていましたが……マリエル、良く見ておきなさい。これが人の上に立つと言うことだ」


 ブルノーはなにやら感心した様子でマリエルに堅苦しいことを言っている。

 どうやら食事の貧しさに驚いているようだ。


 マリエルは可愛らしい顔を固くしながら「はい」と小さく頷いた。


 ……どうやら、下話は済ませているようだな……


 俺は2人の様子からマリエルに話は通っているようだと判断した。


「シモン、マリエル嬢は可愛いだろう? 来年結婚しろ。お婆様に話はつけてやる」


 俺が告げるとシモンは「ぶほっ」と咳き込み、面白いくらい動転しながら「べつに好きじゃねえし!」とか言っている。

 これはこれで面白いが、相手にするのも面倒なので無視をして話を進めることにした。


「シモンには昨日処罰した騎士たちの領地をいくらか与えようと思う。母様のカスタ家を再興するんだ」


 昨日の騒ぎを起こした騎士や家来たちは、拘束されたときには既に半死半生の体であった。

 彼らの首と胴体は泣き別れ、領地は没収である。


 既に討ち死にした者らの家督は相続を許していたが、昨日の騎士らは「2度目の反乱者」扱いなので死刑及びに領地没収と相成ったのだ。

 まさに泣きっ面に蜂である。


 暴動騒ぎに同調しなかった者は再編成してシモンの指揮下に置くつもりだ。


「うん、でも……いきなりアレだよな。はは……」


 シモンは動揺し挙動不審だ。

 マリエルはこの純情な反応に好感を抱いた様子でクスリと笑う。


 2人共に満更でも無さそうではある。

 領地乗っ取りのための結婚ではあるが、夫婦仲は政治とは別問題だ。

 円満であるに越したことはない。


「マリエル、シモンを頼む。ブルノーは若い2人を補佐してやってくれ」


 俺はそう告げると、立ち上がった。

 既に食器は空である。


「ブルノー、後は若い2人に任せようじゃないか」


 俺が告げると、ブルノーは「はっ、承知しました」と真面目くさって応えた。


 残されたシモンは突然マリエルに馬に乗せる(くら)の良し悪しを語り出している……本人も動転して何を話しているのか訳が分からなくなっているのだろう。

 マリエルは無難に相槌を打ってシモンに合わせてくれている……やはり同い年でも女子の方がませているようだ。


 ……まあ、仲良くな……


 俺が苦笑いすると、ブルノーは隣で「シモン様は良い若者です」となにかを噛み締めるように呟いた。


 彼はこれからはシモンの補佐役……つまり、俺から見れば家来の家来、陪臣となる。

 今はしおらしいが内心どう思っているのかは分からない。

 年若いシモンを組みやすしと見て自らに都合の良い傀儡かいらいにしようとするかもしれない。


 だが、ややこしい家来を使っていくのもシモンの器量次第である。


 正直、庶子であるシモンにできるのはここぐらいまでだ。


 後は己の才覚を磨くしかない。



 その時、ビューと強い風が白いものを巻き上げた。


 冷え込むと思ったら雪がちらついてきたのだ。


 雪が積もれば軍は動かせない。

 決着を急がねばならないのだ。



「敵味方の区別は無い」は独眼竜リスペクト



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