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106話 戦の趨勢

 数日後



 リオンクール軍は凄まじいスピードで進軍し、西の要塞まで僅か数キロの地点で会敵した。


 起伏に富んだ地形だ。俺たちと敵の布陣する真ん中辺りに丘と呼ぶには低いが険しい斜面があり、平地が瓢箪(ひょうたん)(くび)れように狭まっている。

 この地形では多数の兵は1度に通れないだろう。


 その狭まった先に敵は布陣しており、待ち構えている。

 不用意に進軍すれば少数の味方が多数に取り囲まれる形となるだろう。



 俺たちは少し離れた所で軍を止め、軍議に入った。



「チッ、さすがに地の利は知り尽くしているみたいだ……厄介だな」

「ですが数は高が知れていますね。見たところ千人もいませんよ」


 先ずはロジェが率直な意見を述べ、ピエールくんが相づちを打つ。


 若いロジェは物怖じせずに発言し、会議を温めてくれる。

 叔父ロドリグの嫡男にしては軽々しい印象ではあるが、リオンクール軍のムードメーカー的な存在であり、これはこれで貴重な資質である。


 俺は彼らの言葉に頷き、じっくりと敵と地形を観察した。


 険しい斜面の上に少数の敵兵がいるが、これは見張りだろう。

 こちらが迂回などの手段を取れば敵に筒抜けになると考えて良い。


 見事な配置だ。

 これは野戦と言うより拠点の攻略に近い戦いと言える。


 しかし、気になるのは敵の少なさだ。いくらなんでも千人は少な過ぎる……斜面の影にでも伏兵がいる気がしてならない。


「見ろ、あの斜面は伏兵を潜ませるには最適だ。敵の狙いは陣頭で戦う俺と見て間違いは無いだろう」


 俺の指摘に皆が頷く。


「敵の数が少ないが、別動隊が迂回して攻撃を仕掛けてくるかもしれん。シモンとドーミエは騎兵を半数ずつ率いて我らの左右を警戒しろ」


 とにかく敵の少なさが気になる。

 ここは別動隊がいると考える方が無難だ。


 特に今回は細い地形で敵味方がひしめき合う形になるだろう……乱戦に騎兵は不向きである。

 騎兵は哨戒や索敵のみに専念してもらおう。


 シモンとドーミエは「わかった」「承知しました」と首肯し、すぐに動き出した。


「しかし、こちらから攻めねば敵は動かぬでしょう。如何なさいますか?」


 デコスがガリガリと地面に地形図を書きながら尋ねてきた。


 地形図を見れば見るほどに攻めづらい地形である。


「降参した反乱勢力を前に出す。どうせ……このあたりに伏兵がいるだろうし、いなくても隘路(あいろ)を抜けた先で包囲され敗走するだろう」


 俺は地面に描かれた地形図に軍勢と矢印を書き足しながら説明する。


「敵が追撃の勢いに乗じて攻め寄せてきたら、展開したジローとアンドレの部隊で一斉射撃しろ」


 崩れた敵に付け込んで攻め入るのは戦の常套手段である。

 先陣が崩壊すれば、後ろの部隊にも敗走する味方の混乱が伝染し、収集がつかなくなるのだ。

 こちらの先陣が崩れれば敵が追撃にかかるのは間違いない。

 そこをバリスタやクロスボウで狙い撃ちにする。


 俺の作戦を聞いたアンドレは難しい顔をしながら「少し宜しいですか?」と口を挟んだ。


「お言葉ですが、敗走する味方が盾になり射撃は難しいかと……」


 アンドレの言葉は的確であり皆が「その通りだ」と頷いて賛意を示した。


 だが、俺とてそのくらいは考えている。


「降参した反乱勢力は味方ではない、敵と区別なく射殺しろ。敵が混乱すればそのまま付け入り乱戦に持ち込むぞ。伏兵がいるにせよ、乱戦になれば数が多いこちらが有利だ」


 俺の言葉にその場はシンと静まり返ってしまった。

 さすがに味方ごと攻撃しろとの命令に皆がドン引きしているようだ。


「やめとけよ、他の兵が不信感を抱くぜ?」


 ロジェが露骨に顔をしかめて反対した。


 確かに味方を使い捨てのように用いれば兵士たちの不満は高まるだろう。

 ロジェの懸念はもっともである。


「うーん、確かに敵は若様を狙うために兵を伏せているかも知れねえ……様子を探るためにも(おとり)は必要かもな」


 ジローが難しい顔をしながら顎髭(あごひげ)をしごいた。


 俺とバシュラール軍とは何度も干戈(かんか)を交え、ある意味では手の内を晒し合った間柄である。


 敵は俺が常に陣頭で戦うのは知っており、そこに罠を仕掛けて大将首を狙うのは十分に予測できることだ。


 大将首を取れば戦争は終了。試合終了を待たずしてのコールドゲームである。


「そうだな、バリアン様は常に先頭で戦い抜いてきた猛将だ。私が敵ならば先頭の100人を討ち取る工夫を重ねるだろう。伏兵や射手が隠れているのは先ず間違いない」


 デコスが場を鎮めるように穏やかな口調で語り「それに」と言葉を続けた。


「反乱を起こした者共をベリ家やアントルモン家と同列にはできんよ。これはみそぎさ」


 この一言で場の空気が決まった。


 デコスは俺の意図を理解して場を納めてくれたのだ。


 ベテランのデコスはリオンクール軍全体でも恐らく最高齢の長老だ。

 彼の言葉には重みがあるし、間の取り方が実に上手い。

 反乱勢力たちを囮にすることは『なんとなく』皆が納得したようだ。

 これは人徳のなせる技であろうか?


「良し、隘路の出口を狙える位置に射手を配置しろ。危険な先陣を務めるやつらには褒美を山ほど約束しなければな」


 俺はニヤリと笑い、その場を締めた。



 皆が慌ただしく動き出す中でデコスだけが残り、こちらを見ている。


「バリアン様、この戦役で変わりましたな。王の自覚が生まれましたか?」


 デコスがニヤニヤしながら声をかけてきた。

 これは俺が珍しく先頭で突っ込まないことを言っているのだろう。


「いや、さすがに見え見えの罠に掛かるのは……」

「いえ、今までのバリアン様ならば意にも介さずに攻めたでしょう。お見事です」


 デコスは「私もこれで引退ですかな」と渋く笑う。


「ふん、おだてても楽隠居などさせんぞ。配置につけ」


 俺が追いたてるとデコスは「やれやれ」と肩を(すく)め、おどけて見せた。


 ……頼むから死亡フラグっぽいことを言うのはやめてくれよ……


 俺も苦笑いし、(ノワール)に跨がる。


 攻撃の前に訓示の必要があるのだ。



 俺は反乱勢力の部隊に向かい、馬を進めた。




………………




 数時間後



 手はず通りに反乱勢力の部隊400人が先陣を切り、戦闘が開始された。


 先陣とは危険な任務ではあるが、名誉でもあり、多くの褒賞を約束しているために彼らの士気は低くない。


 何事も無ければ敵の千人ほどを蹴散らしそうな勢いで隘路あいろを駆け抜けていくが……案の定、斜面の影から伏兵が現れて分断された。

 こうなれば大混乱である。


「おーおー、やっぱりいたか。いつもみたいに先頭で走ってたらエライ目に会ってたな」


 俺は冗談染みた軽口を叩くが、内心では少しゾッとしていた。

 たまたま、今回は反乱勢力と言う捨て駒がいたが、そうでなければ兵を率いた誰かが囮としてあそこに立っていた筈なのだ。


「射手じゃないのが良心的だな」


 見れば伏兵は大した武装も無いようだ……やはり飢民に近い寄せ集めの兵士である、弓兵のような部隊はまともに編成できていないのだろう。

 ただ、士気は高いようだ。


「いえ、高いところにいる兵士が弓を構えています」


 ポンセロは指で斜面の高台を示した。

 見れば斜面の上にいる見張りが矢を放っているようだ。


「なるほど。弓兵は少ないが腕利きらしい……エルワーニェを差し向けろ。山岳部族の彼らなら険しくても登れる筈だ」


 ポンセロは俺の指示を受け、大声で指揮を取り始める。すると異形の傭兵たちはすぐに斜面に向かい駆け出した。

 あちらは彼らに任せておけば良いだろう。


 そうこうしている内にコテンパンにされた反乱勢力の部隊がこちらに逃げ帰ってくる。

 敵も逃げる反乱勢力の兵士たちに付け入り、一気にこちらを攻め立てる腹のようだ。


 ……掛かったな……


 俺は戦況が予測通りに進んだことで、ニタリとほくそ笑んだ。


「おい、俺にも弓を寄越せ」


 俺は左右の兵士から矢筒と弓を受け取り、射撃に加わる。


 体の大きな俺は強い弓を使い、アバウトな狙いで次々に矢を連射をした。


 狙いなどつけない、敵味方が入り乱れる集団への盲射ちである。

 俺は当たろうが外れようがお構いなしに続けざまに7本の矢を放った。


「お見事です、そろそろ頃合いかと」


 隣で戦況を見計らっていたポンセロが槍を手渡してくれた。

 混戦になるため徒歩での戦いになるが、このアンセルム特製の長槍は徒歩でも十分に威力を発揮するだろう。


 見れば矢を射かけられた敵味方が入り乱れ、大混乱に陥っているようだ。


「兵の指揮は任せたぞ」


 俺はポンセロに一言告げ、返事も聞かずに駆け出した。


「俺に続けえーっ!! 突撃(シャルジュ)ーッ!!」


 俺は槍を構えながら駆け、そのまま混乱する集団に飛び込んだ。


 槍の穂先が先頭の敵兵の腹にツルリと滑り込む。

 鎧や骨に阻まれなければ研いだ槍は容易く人体を貫くのだ。


 槍の穂先が刺さりすぎては抜けなくなり思わぬ不覚を取りかねない。しかし、浅ければ敵を倒せない。

 この力加減が難しいのだ。


 俺はそのまま槍を繰り出し、次々と敵兵を槍先に掛けていった。


 敵兵の中には槍を持っている者もいるが、そもそもリーチが違うのだ。

 彼らは為す(すべ)もなく俺の槍に討たれていく。


 間違えて反乱勢力の兵士も2人ほど突き刺してしまったが問題ない。

 揃いのユニフォームなど無いのだ。誤殺は珍しくもない。

 戦場で紛らわしい動きをするヤツが悪いのだ。


「敵は弱いぞ! 懸かれ!! 懸かれえっ!!」


 俺は味方を叱咤し、槍を振るう。

その内に槍で突っつくのが面倒になり、頭上で槍を振り回しながら混戦の中に突入した。


「ゴォアァォォォッ!! 死ねいっ!! 死ねえっ!!」


 俺は戦陣での経験から乱戦、混戦の戦い方は熟知している。


 とにかく大声を上げて暴れるのだ。


 巨体の俺が滅茶苦茶に暴れまわれば敵は嫌がる。

 大抵のヤツは()(この)んで強敵と戦わない。誰だって死にたくないのだ。

 暴れれば暴れるほどに敵は怯み、戦果は拡大するのである。



 だが、今回の敵は違った。



 明らかに俺を狙ってくる者がいるのだ。


「いたぞっ! バリアンだ!!」

「囲めっ! 一騎討ちでは無理だ!!」

「仇を討て!!」


 次々と向かってくる敵兵は俺への強い敵意を剥き出しにしている。

 その数はパッと見で10人は下らない。


 ……ひょっとしたら、先陣に俺がいなかったから探してたとか?


 だとすれば、ずいぶんと間抜けな話ではある。


 だが、彼らは割りとマトモな装備をしており、見るからに士気も高い……他の飢民のような雑兵とは一線を画す雰囲気を身にまとっている強敵だ。


 バシュラールからの恨みなど、(ます)で量るほどに心当たりがあるが……わざわざ俺を狙う部隊がいるとはご苦労なことである。


 ……仇だあ? 心当たりが有り過ぎるぜ!!


 俺が振り回した槍は敵兵の盾に食い込み、バキンと音をたてて穂先がへし折れた。


「今だっ!!」


 体勢を崩した俺を狙い、横合いの敵が俺の腹に槍を突き立てた。


 しかし、ガシャリと金属音が鳴り響き、敵の槍は俺の鎧に阻まれる。


 この鎧は二重に編み込まれた鎖帷子に鉄小札を張り合わせた特別製である。

 更に革鎧を上から重ね着しており、そんじょそこらの槍では貫く事はできない。


 だが、槍の穂先は通らずとも突かれた衝撃は体に受け、痛いは痛い。


「痛てえんだよ! この野郎!!」


 俺は折れた槍を手放し、俺を突いた敵兵に思いっきり叩きつけるようなビンタを食らわせた。


 兜を被る敵に拳で殴り付けては手を痛める。この場合は平手打ちの方が無難だ。


 怪力の俺がオーバースローで投げるピッチャーのように、全身の動きで叩き付けたビンタである。

 食らった敵兵は不思議な方向に首を折り曲げ、勢いよく地面にキスをした。


 この有り様に敵兵は呆然となる……時間にすれば僅か数秒であろうが、その隙に俺は曲刀を抜き、取り囲む敵兵を睨み付けた。


「ば、バケモンだ……槍が通じねえ」


 明らかに怯みを見せた敵兵に狙いをつけ、俺は雄叫びを上げて体当たりをした。

 彼は派手に吹き飛び、後ろの兵士を数人ほど巻き込んで失神した。


 包囲を崩せばこちらのモノである。

 俺は立て続けに曲刀を振るい、敵を叩きのめしていく。切れ味の悪い曲刀は鈍器に近く、非常に使い勝手が良い。


「あそこだ! バリアン様を援護しろ!!」

「バリアン様を死なすなっ!!」


 ここで続々と後続が追いつき、形勢は一気に傾いた。

 俺を狙う部隊も次々に討たれ、一方的な展開となったのだ。



 数と装備で勝るリオンクール軍は敵を圧倒し、ついに隘路の向こう側に到達した。


 こうなればしめたモノだ。


 俺は始め、敵の数が少ないことに警戒をしていたが、ここに来て伏兵や予備戦力を投入しないのは不自然である……そんなモノは無いと考えた方が自然だ。

 敵の数が少ない理由などは今さらどうでもいい。目の前の敵に止めを刺すのが重要なのだ。


「殺せ! 殺せ!! バシュラールどもに止めをくれてやれっ!!」


 俺は完全に刃が潰れた曲刀を投げ捨て、落ちていた短槍を2本拾い上げた。それらを左右の手で振り回しながら俺は敵中を駆けた。


 理屈で考えれば槍を左右で振り回しても意味はあまり無い。

 しかし、怖じ気づいた敵兵は派手に槍を振り回す俺を見るや我先にと逃げ出すのだ。



 戦と言うものは一度形勢が傾けば建て直すことは容易ではない。

 もはや戦の……この戦役の趨勢すうせいは決したのだ。



「バリアン様!! 深追いはお控え下さい!!」



 俺は静止の声により動きを止め、我に返る。

 

 ピエールくんだ。 


 見れば傷を負ったようで顔中が血塗れである。


「敵は総崩れ、大勝利です!! 後は味方に任せましょう」


 見れば敵は完全に崩壊し、算を乱して思い思いに逃げ出している。


 俺はピエールくんの言葉に頷き、足を止めた。


「追撃だ!! 追い首を稼げ!!」


 俺が檄を飛ばすと、味方が大声を上げて応じ、次々と追撃に加わる。


 逃げる敵を倒すのは容易く、追い首を稼ぐのは兵士たちのボーナスみたいなモノなのだ。

 下手に俺が横取りしては恨まれるかもしれない……ピエールくんの判断は正しいだろう。


「ピエールくん、手傷を負ったのか? 見せてみろ」


 俺がピエールくんの顔を覗き込むと、彼は恥ずかしそうに身を(すく)めた。


「浅手です……不覚をとりました」


 見れば左の頬から顎にかけて浅く切り裂かれている。


「確かに浅いが傷が広い……痕は残るな」


 意外と戦場で顔面は傷を負いやすい。

 面頬を着ければある程度は避けられるのだが、面頬は俺のトレードマークみたいになっており、ジャンやロロくらいしか着けるものはいない。


「出世傷だな。可愛らしい顔が勿体ないが、騎士としては貫禄が増す」

「はい、ありがとうございます」


 ピエールくんは素直に喜び、白い歯を見せた。

 こうして少年は一人前の騎士となっていくのだろう。



「兵を纏めるぞ、もうひと頑張りさ」


 俺もピエールくんに釣られて笑う。



 遠くで、勝鬨が聞こえた。

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[一言] ピエール君を傷物にした奴は誰じゃあ!一族郎党串刺しじゃあ!
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