105話 2つの首
画像はあーてぃ様からの頂き物です。
前回までのあらすじ。
本隊と合流した俺たちは一路、西の要塞へと向かう。
度々に小規模な敵の別動隊(と呼んで良いものやら分からないが)を捕捉したが、それらはシモンが騎兵を率いて追っ払っている。
今はいちいち相手をする時間が惜しい。
「またか、それにしても多いな……」
「ええ、何千人いるのか想像できません」
俺のぼやきにピエールくんが律儀に応じた。
敵を発見する度に軍の歩みは鈍り、進軍速度は極めて遅い。
その事実につい苛立ち、つまらない愚痴が口から零れるのだ。
……いかんなあ。年を取って愚痴っぽくなってきたかな……
気づけば俺ももう30才だ……医療が未熟なアモロスでは決して若者ではない。
見ればシモンが騎兵を率いて駆け出したようだ。
……まあ、シモンのトレーニングには丁度いいのかもな……
事実、何度も経験を重ねたシモンの統率は上手くなっている様子だ。
だが、この進軍の目的はトレーニングでは無い。
「本隊の足を緩めるな! 先に進め!」
イラついた俺が檄を飛ばし、軍は休まずに動き続ける。
今のリオンクール軍はバシュラール領兵や降参した反乱勢力を含めた混成軍だ。
その足は遅く、動きは鈍い……いちいち減速していては1日に10キロも進まないだろう。
「鈍すぎるな、亀でももう少しシャンとしてるだろう」
「まあまあ、仕方ありませんよ。寄せ集めですからね」
ピエールくんは「どうぞ」と干し肉を俺に差し出した。
「いや、腹は減ってないよ……貰うけど」
俺はピエールくんから大きめの干し肉を受け取りクチャクチャと咀嚼した。
不思議なもので、顎を動かしてると少し気が鎮まってきたようだ。
……そう言えば、噛むと心拍数が安定して落ち着くと聞いたことあるような……
俺は無言でクチャクチャと干し肉を噛む……正直、固いし旨いもんじゃないが戦陣では贅沢は言えない。
「ロロから聞いていますよ、義兄上が落ち着かないときは食べ物を差し上げるのが良いと……あ、お水飲みます? 」
俺は「ああ、貰うよ」と水筒を受け取った。
どうも『バリアン取り扱い術』みたいなのを離脱する前のロロがピエールくんに伝授していたらしい……怒り出したら食い物を与えろとは失礼な話だとは思うが、実際に効果があったので何とも言えない。
貰った水を飲むとキリッと冷えている……単純に気温が低いからだが、この冷たさが俺の頭を冷やしてくれる。
「落ち着きましたか?」
「ああ、腹に入れると違うな……バシュラール子爵に使者を送ろう。会戦の申し入れをするのさ」
俺は苦笑いしながら頷き、使者の人選に入る。
本来ならば機転が利き、名の知れた者を選ぶのが良しではあるが、ここは敵とも顔見知りのバシュラール旧臣を起用したい。
「騎士アントルモンだな。彼を遣わせよう」
「……確かに、バシュラール軍の異変を探るなら少しでも以前の様子を知る者が適任ですね、すぐに手配します」
ピエールくんは手早く動き、何やら指事を出し始めた。
最近の俺はこの手の雑務は全て部下に丸投げたが……まあ、こんなものだろう。
俺が全てをやる意味もないし、不可能だ。
ただ、組織が未成熟なために、俺と個人的な繋がりのある者にしか活躍の場が無いのが難点ではある。
しかし、ピエールくんは立派に成長した。
彼は俺の下の世代ではロジェとならんでエース格である。
軍務政務を無難にこなし、人当たりも良い彼は組織のバランサーとしても優秀だ。
副将格を任せるのに最適であり、いずれは俺の嫡男ロベールの補佐をして貰うつもりである。
……まあ、先の話より今の戦だな……集中しなくては……
俺は気を引き締め直し、先を見つめた。
このペースならば数日後には西の要塞に辿り着く筈だ。
………………
「……で、返答はこれか……」
俺は2つ並んだ首の前で呟いた。
首の主は使者としてバシュラール子爵に使わした騎士アントルモンと、捕虜になっていたトゥーサン・ド・ベリである。
これらを持ち帰ったアントルモンの従士は顔面蒼白、心ここに有らずと言った風情だ。
恐らくは主君の首を討たれ、おめおめと持ち帰った事を恥じ、俺からの罰を恐れているのだろう。
……まあ、こいつの責任は無いだろう……
俺は「良くやってくれた」と従士を労った。
従士はビクリと体を硬直させ、頭を下げる。
「良くやってくれた。主君が討たれても短慮に走らず、よくぞ両人の首を持ち帰った。主君に代わり褒美を取らせる」
すぐに俺はパーソロン風の毛皮の陣羽織を脱ぎ、従士に下げ渡した。
目上の者が戦場での働きを賞して褒美を下げ渡す……これは主従関係の成立を意味するが、この場合は仕方ないだろう。
何せ彼の主君は首になっているのだから。
「これよりは騎士アントルモンの世継ぎを支えろ。困ったことがあれば俺に言うように」
俺はアントルモン家の存続に協力する言質を与え、従士を下がらせた。
さすがにこのパターンは俺も想像しておらず、騎士アントルモンには悪いことをしてしまった。
「しかし……使者の首を刎ねるとは酷い」
「ベリ卿の首は古いぞ。大分前に討たれているな」
首を前にアンドレが顔をしかめ、デコスは冷静に観察している。
「いかなる交渉も持たない、と言う意思表示でしょうか?」
「そうだな……だが、ここまで恨まれる事をしたかな?」
ピエールくんの疑問に疑問を重ね、俺は首を傾げた。
戦争とは「なんとなく」ルールのような不文律があり、使者の殺害などは明確なルール違反である。
それらの不文律は、破ったからとペナルティがあるわけではないが、この場合は使者を殺されたリオンクール軍は2度とバシュラールに対して交渉を持たないだろう。
少なくともバシュラール側から交渉断絶の意思が含まれていることは疑いようも無い。
……まあ、俺もルールを守らない方だが……
俺は例えようもない違和感を感じた。
これは戦術的に意表を突いたり、こちらの弱点を攻めるようなルール破りではない。
使者を殺す……そこにはなにやら怨念じみたものを感じる。
「まあ、積年の対立がある上に領地を占領中だからな」
「それに我らに従うベリ家やアントルモン家が許せなかったのかもしれません」
ロジェとピエールくんは納得した様子だが、俺はどうにも腑に落ちない。
……だが、理由など問題ではない……
我が軍の使者が卑怯な手段で殺されたのだ。
騎士たちは俺やリオンクール家が好きだから家来をやっているわけではない。
いざとなれば外敵より守り、報復するからこそ俺を頼み、仕えるのである。
この辺は「俺の子分に手を出したら承知しねえぞ」と睨みを利かせるヤクザの親分と変わりはない。
つまり、この場合はトゥーサンとアントルモンの報復をしなければ家来たちは納得をしないだろう。
この場は少なくとも報復の意志は見せる必要があると判断し、俺は立ち上がる。
「……トゥーサンとアントルモンが殺られた、このままで良いのか?」
意図的に低い声を発し、周囲を見渡す。
「このままで良いのかと聞いているんだ!!」
更に声に怒気を込め、大声を発する。
体の大きな俺が戦場で鍛え上げた割れ鐘のような大声は陣中に響き渡り、兵士たちが何事かと振り向いた。
「トゥーサンとアントルモンは死んだ!! 卑怯にもバシュラールは使者を殺したのだっ!!」
俺は陣中の兵士たちを見渡し「立ち上がれ!」と檄を飛ばした。
小休止していた兵士たちは驚き立ち上がり、こちらの様子を窺う。
俺は怒気を隠そうとはせず、兵士たちに睨み付けた。
よほど恐ろしい顔をしているのか、皆は一言もない。
「我らが勇士が、卑怯な手段で殺されたのだ!! 許していいのかっ!? このままでトゥーサンやアントルモンは浮かばれるのか!!」
俺の怒気を受けて兵士たちは顔色を変えた。
今のリオンクール軍の兵士たちは俺の怒りを非常に畏れる。
その畏れは先日の『巨人退治』や『生きたままの串刺し』から始まったようだ。
……君主は愛されるより恐れられろってどっかで読んだし、これでいいのかな……?
俺はうろ覚えの言葉を思い出し、一人で納得した。
……そうと決まればうんと恐れられてやるか……
俺は抜き放った曲刀を振り上げ、怒鳴り声を上げた。
「俺の前にバシュラールどもの首を積み上げろっ!! 首が重ければ鼻を削げっ!! 殺せ!! 殺すのだっ!!」
兵士たちは盾を叩き、地を踏み鳴らして俺の怒りに応える。
「勇敢に死んだトゥーサンとアントルモンに後れをとるなっ!! 前進ーッ!!」
突然に下った進軍の命令に陣中は少なからず混乱をきたしたが、兵士たちは隊列などお構いなしに歩み出す。
明らかに俺の怒りに恐怖し、とばっちりを受けるのを恐れている様子だ。
俺は馬に乗り、兵士たちを追い立てる。
「進め!! 進めっ!! 歩みを緩める者は槍で突くぞっ!!」
俺の怒声を聞いた兵士たちの顔は緊張感で漲り、額に汗を浮かべながら全速で歩み続けた。
その様子は、先程までの寄せ集めの動きではない。
……良し、この速度なら倍の距離を稼げるな……
俺は兵士たちの歩みを見ながらほくそ笑む。
さすがに脱落者を槍で突くような真似はしないが、リオンクール軍は驚異的な速度で進軍を続けた。
中途半端に引き延ばしみたいになって申し訳ありません。
戦闘まで書こうと思ってましたが、文字数がかなり膨らんだので分割しました。