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104話 冬の気配

 その後



 なんだかんだとあったが、大多数の反乱勢力の駆逐に成功し、リオンクール軍は快進撃を続けた。


 中には頑固に抵抗する者もいたが、降参した者たちが主体となって城を攻め滅ぼすために俺たちの軍はほぼ無傷である。


 位置的に時間のかかりそうな城はあえて無視をした。

 どうせ僻地の孤軍や孤城である。勝手に立ち枯れて降参するだろう。


「ここまでは順調だが……バシュラールの別動隊とやらには出くわさないな」

「はい、巧みに我らを避けているようです。元より飢民の群れのような奴らですから、こちらと戦うような戦意はありません」


 俺の疑問にドーミエが応える。

 正に打てば響く受け答えだ。

 ロロがいない今、ドーミエは俺のお気に入りの話し相手でもある。


「敵の位置は分かるのか?」

「おおよそは……敵も移動していますから、正確なことは分かりかねます」


 俺は「十分だ」と頷き、騎兵の編成を命じた。

 騎兵隊も数を減らしたが、新たに集まった兵や降伏者の騎兵も併せれば100騎程度の数になる筈だ。


「敵別動隊は騎兵で追い回す。森や村に逃げ込んだらエルワーニェに仕留めさせよう。注意すべきは敵の主力だ、偵察は怠るなよ」



 今回の作戦は実にシンプルだ。

 逃げ回る敵別動隊を騎兵で追い立て、森などに逃げ込んだところをエルワーニェを中心とした戦力が叩く。


 山岳部族のエルワーニェにとって森での戦いは得意中の得意だ。

 大きな戦果が期待できる。


 エルワーニェを中心とした支隊は俺自らが率い、騎兵の指揮はシモンらに任せることにした。


 シモンは12才の少年だが、この戦役を通して成長し、今や凛々しき若武者である。

 西の要塞での突破行や、ダルモン伯爵との遭遇戦、南のコクトー・ゲ連合軍との戦いなど、激戦を潜り抜けてきたシモンは戦士として急成長を遂げた。

 今後を考えれば集団を統率する経験も必要だろう。


 統率する騎兵は100人程度の小勢であり、敵はさしたる強敵では無い……指揮に慣れるには手頃な相手である。

 経験豊富なポンセロに補佐をして貰えば大きな過ちを犯すことも無いだろう。


「エルワーニェを含めた部隊を編制し、俺が率いる。騎兵はシモンだ。ポンセロが補佐をしてやってくれ」


 俺はシモンに「できるな?」と問いかけると、息子は力強く頷いた。


「何かあればポンセロを頼め、助けを求めるのは恥ではないぞ。だが、お前の我が儘や若気のいたりで兵を死なせるのは許されない……分かるな?」


 俺の言葉に緊張したのか、シモンは表情を固くして「分かった」と首肯した。


「いや、坊っちゃんよりも心配なのは若様でさ」


 俺たちのやり取りを聞いていたジローが呆れたような声を出す。

 ちなみにジローは俺の事は未だに「若様」と呼び、子供たちの事は「坊っちゃん、嬢ちゃん」と呼ぶ。


「全くだ。大将が真っ先に飛び出すのだから周りは堪ったもんじゃない」


 デコスがジローに応じて軽口を叩き、その場は笑いに包まれた。


 これはベテラン2人がシモンの緊張をほぐしてくれたのだ。


 俺はベテランらしい気遣いに感謝し、共に笑った。


 しかし、笑うどころか不景気な顔をしている者に気付き、視線を向けた。


 アンドレだ。


 見ればアンドレだけは笑わず、しかめっ面をしている。

 心配性の彼はまた何かネガティブなことを考えているに違いない……だから禿げるんだ、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。


 ハゲとからかうにはアンドレの頭頂部は禿げ過ぎているのだ。

 その進行速度は恐ろしいほどで、今では日焼けした頭皮がムキ出しになりテカテカと輝いている。


 ……兜を被りっぱなしだからなあ……無理もない……


 この戦役の中で彼の頭皮は取り返しのつかないダメージを負ったようだ。

 その進行具合は最早ネタにしづらいレベルである。


 ……そう言えばアンドレとスミナの親父はツルッパゲだったなあ……遺伝か……


 俺は嫡男のロベールの頭皮が心配になってきた。

 彼にもスミナを通して禿げ遺伝子が受け継がれているはずだ。


「バリアン様、今回は隣にロロがおりません……森での戦闘には不測の事態にお気をつけを」


 俺がアンドレの頭頂部を見つめていると、彼は俺を気遣い注意を促した……しかし、その忠告は俺の耳にスンナリとは入ってこない。


 アンドレの言葉を聞いても『そうだな、気を付けよう』とはならないのである。

 それどころか『先頭で戦い、敵を怯ませて味方を励ますのは俺が14才の初陣の頃より作り上げてきたスタイルだ。30才になって急に変えれるものではない』と反発すら覚えてしまう。


 頭ではアンドレが正しいのは分かるが、これは理屈ではない。


 不思議なものである。

 いつも隣にいるロロがこの手の忠告を口にすれば、ストンと腹に入るのだが……そういう意味でも、ロロは俺にとって特別な存在なのだろう。


 ……コイツは頭がツルッパゲだから言葉もツルツル滑って耳に入らないんだな……


 俺は下らない事を考えながらニヤリと笑う。


 ちなみに誤解の無いように言っておくが、俺とアンドレの仲は非常に良好である。

 アンドレは俺の義兄であり、第一の寵臣だと目されているほどだ。

 これは仲の良さとか、そう言う話でも無いのである。


「俺はいつも通りさ、やれることをやるしかない」


 俺が苦笑いすると、アンドレは「ふう」とため息をついた。


「ならジローさんにお目付けを頼みましょう。部隊編制はお任せください」


 アンドレは言うが早いかテキパキと諸事を進め、エルワーニェ傭兵100人を中心とした400人程度の部隊を編制した。

 残りの兵はアンドレが率い、反乱勢力の掃討とバシュラール主力軍に備えることになる。


「ポンセロ、シモンを頼むぞ」


 俺が声をかけると、この強面は「お任せください」と静かに頷いた。


 ポンセロの用兵はリオンクール軍でも随一の冴えがある。

 シモンには是非とも彼から学びとって欲しいものだ。


 ……俺が苦手だから教えれないんだよなあ……


 俺は少し上気した息子の顔を見て寂しくなる。


 未だに俺は兵を自在に操るような采配は身に付いていない。


 どうしても「あそこに行け」と指示するよりも「俺についてこい」と指示する方が兵は動かしやすく、俺の性に合っている。


 今のスタイルでは、俺が戦場に出れるのも精々が40才まで……もってあと10年だ。


 その時はシモンに嫡男のロベールの陣代や先陣として期待したい。



 ……そうなれば最高だ……



 俺は自分に出来なかった事を息子たちに期待している……これは親バカだろうか……?




………………




 数日後



 早くも俺たちは何度か小規模な敵の別動隊を補足し、撃破していた。


 直接見た敵の様子は別動隊などと立派なものではなく、完全なる逃亡兵や野盗と言ったところだ。

 統率はなされておらず、領内を荒らし回るだけの害虫でしかない。


 これが完全なる敵地ならば敵の意図は理解できるが……バシュラール子爵にとっても取り返すべき領地を荒らすことはマイナスにしかならない。


 ……やはり、変だ。間違いない……


 俺はバシュラール子爵の異変・弱体化を確信した。

 時間をかけることで彼らは更に統制を失ったらしい。


 ここは躊躇わずに一気に敵主力を叩くべきだと俺の勘が告げている。


「ジロー、そろそろ本隊と合流したいと思うんだが……」


 俺がジローに声をかけると「いや、そうはいきませんぜ」と即座に否定された。


 彼が指で示す先を見ると、シモンたち騎兵隊が数百の敵を追い立てているのが見えた。


 ……ほう、多いな……


 今までで1番の規模である。


「坊っちゃんは働き者で」

「全くだな」


 俺たちは顔を見合わせてくつくつと笑う。


「良し! 野郎共っ!! 次の獲物が来たぞ!!」


 俺が兵に呼び掛けると、兵士たちは盾を叩き、雄叫びで戦意を示した。


 見ればシモンたちはバラけた敵の一番大きな集団を森に追い立てるようだ。


 統制が取れてない集団を追うのだ。全滅させることは不可能……ならば小さい集団に拘らずに大きな集団を狙うのは好判断だと言える。


「行くぞ、皆殺しにしろ!!」


 俺が森に向かって駆け出すと、次々にエルワーニェたちが怪鳥のような雄叫びを上げて追い越していく。

 彼らの健脚ぶりは平地の民の及ぶところではない。


 ……畜生、やっぱ速いな……


 俺はエルワーニェたちの後ろ姿を見ながら歯噛みをする。


 これは決して俺が遅いわけではない。

 その証拠にリオンクールの面々は俺の後方に置き去りにしているのだ。


 俺が森に到達する頃にはすでにエルワーニェたちの狩りは始まっており、そこかしこで野盗どもの悲鳴が聞こえる。


 とてもじゃないが、森の中を平地の中と変わらぬ速度で駆け回るエルワーニェとは同じ土俵では戦えない。


 俺は迂回して「取りこぼし」を回収することにし、戦いの外側へと回り込む。


 ……おお、いるな……


 やはり、そこには身を屈めコソコソと這うように隠れた敵兵がいた。


 味方を置いて1人で逃げるとは中々に機転と度胸のある奴である。

 だが彼の身なりは実に貧しく、防具はまるで無し、得物は先を尖らした木の棒と言う有り様だ。

 その様子は敵兵と言うより、浮浪者のそれである。


 ……1人か……しかし、そこら辺の乞食より汚いな……


 俺は敵兵を捕らえて尋問しようかとも考えていたが、明らかにコイツは末端である。

 捕らえる価値は無いと判断し、殺すことにした。


 俺は無言で近付き、曲刀を抜き放つ。


 僅か10歩ほどの所で敵兵は俺の気配に気づき振り返ったが、時すでに遅し。

 そのまま俺は飛びかかり、曲刀で殴り付けた。


 驚く敵兵の脳天に曲刀が食い込み、ピンク色の脳ミソを撒き散らしながら絶命した。

 無抵抗……実に弱い。


 ……うーむ、こんなのでも数が集まれば厄介ではあるんだよな……


 俺は敵兵が持っていた木の棒を拾う。

 先が尖らせてあるが、あまり硬そうな木にも見えない。


 続けて俺は死体の腹を裂き、胃袋の中身を確認する。

 胃袋の中は空っぽだ。


 ……食い物も、武器も無し、作戦行動じゃないな……


 これらは先ほどの俺の勘を裏付けてくれている。


 強敵(ラスボス)が待ち受けてると思ったら、勝手に弱ってチャンス到来だ。

 正直、訳が分からんがガンガン行くべきだろう。



 ガサリ、と葉を揺らしながら敵の一団がやって来た。

 しきりに後ろを気にしながら歩いているために俺には全く気づいていない。


 ……3人か……少しは抵抗してくれよ……


 俺はニタリと笑い、3人の敵兵に飛び掛かった。




………………




 数十分がたち、森の中に勝鬨が響く。


 決着がついたのだ……無論、リオンクール軍の圧勝である。


「良し、敵の死体は目立つ所に積み上げろ! 適当で良いぞ!」


 俺は兵たちに指事を出し、不気味なオブジェを2山ほど作り上げた。


 死体の殆どが裸だが、これは剥ぎ取られたのだ。

 粗末な物であっても衣類は高価なのである。

 兵士たちが見逃すはずがない。


「大勝利、ですが……随分と散らばっちまった様で」


 ジローが死体の山を見ながら苦々しそうに吐き捨てた。

 これは敵の多くが散り散りとなって逃れ、野盗化することを案じているのだ。


 ジローの家は村名主である……よその土地とは言え、農村が荒廃するのに胸を痛めているのかも知れない。


 今回、討ち取った敵はおよそ100人、負傷者は多少いるが、こちらの戦死は何と0である。

 それほど圧倒的な勝利だった。


 だが、逃げ散った敵はジローが懸念するように今後の治安に大きな不安を与え続けるだろう。


「仕方ないさ、あのままデカい集団がうろつくよりは……若干だがマシになるだろう」


 俺はため息混じりに呟いた。


 ここに至ってはバシュラール領の荒廃は免れない。

 例え、この戦いに勝利しても増収どころか持ち出しになりかねない程に。


「だから、さっさと決着を着ける……兵をまとめて本隊と合流するぞ。シモンを呼び戻してくれ」


 俺が告げると、ジローが「合点だ」と力強く請け負った。


 ジローは手早く左右の兵に指事を出し、慌ただしく兵が動き出す。


「そう言えばさ、話は変わるけど……ジローの娘さんって幾つなんだ?」

「ウチの娘ですかい? 長女は16になりますがね……誰に似たんだか大女で俺よりもこんなに背が高いんでさ」


 ジローが苦笑いしながら指で15センチほどの長さを示した。


 ……へえ、珍しいくらいの大女だ……


 俺は感心して「ふんふん」と頷いた。

 ジローはわりと背が低いが、それでも女性が彼より15センチも高いとは長身である。


「そんな訳で婿のあてが無いんでさ」

「ふうん、気の毒だな。俺ならそのくらいの背は関係ないけどな」


 俺は適当に相づちを打ち、働く兵士たちに「ご苦労さん」と声をかけた。


「そりゃ、若様くらいの背なら……っていけねえよ!? 幾らなんでも若様は駄目だ!」

「いやいや、さすがにジローの娘さんを妾にはできんよ……しかし参ったな。ウチの弟をと思ってたんだけど、年が合わないな」


 ウチの量産型弟妹の1番上は10才である。

 さすがに16才のお婿さんが10才では可哀想だ。


「まあねえ、コレばかりはなかなかね……何度も縁談は探したんですけど、ウチの娘も気難しくてね」


 ジローが「たはは」と頭を掻くが、家長の権限が強いアモロスでこれは珍しい。

 普通は有無を言わさずに「結婚しろ」と言えば御仕舞いの話なのだ。


 ……ふうん、ジローは娘に随分と甘いみたいだな……


 俺たちはぼんやりと、とりとめの無い話を続ける。


 それは何だか久しぶりで、俺は強い郷愁のようなモノに囚われた。


 ……ジローはアモロスに来て右も左も分からない俺を助けてくれたんだよな……


 ぼんやりと、昔の事を思い出しながら談笑していると、ふと何かを思い出した。



 ……あ、そうか……俺は7才でアモロスに来て……



 遠い遠い記憶である。



 もう、普段は思い出すことも無いほど薄くなった田中の記憶。


 ……いずれ完全に忘れるのだろうな……でも、それでいいんだろう……


 名前も顔も思い出せぬ田中の妻や子供たちを想い、胸が締め付けられた。


 だが、これらは本来あるべき記憶ではないはずだ、田中正は死んだのだから。


 俺は過去の人生を想い、少しセンチな気分になった。



「若様、坊っちゃんが来ましたぜ」


 見ればシモン率いる騎兵隊がこちらに向かってきている。


「若様、大した息子さんだ。うんと褒めてやんなさい」


 ジローが眩しそうに目を細めた。

 息子を喪ったジローには、シモンの姿に何か感ずるところがあるのかもしれない。


「ああ……ジロー、シモンと合流したら本隊に戻るぞ。決戦だ」


 俺が力を込めて宣言すると、ジローは「合点だ」と胸を叩き不敵に笑った。



 ざ、と風が吹き、急に空が暗くなった。

 日が隠れると妙に肌寒い。


 冬が、すぐそこまで来ていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まるでガリア兵を犠牲に快進撃を続けるハンニバルのようだ。 背景は全く違うけど
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