103話 戦陣の恋
あらすじ
南の要塞を奪還した俺たちは休む間もなく、周辺の反乱勢力の掃討を開始した。
反乱は主にバシュラール領の西から南にかけて拡がっており、俺たちの位置から反乱を鎮圧しつつ西の要塞に進軍する予定である。
そもそも反乱軍は一塊の軍勢として行動しておらず、侵攻してきたバシュラール子爵に呼応してそれぞれに挙兵しただけだ。
全体としての纏まりには欠き、いくつか数百人程度のグループに別れて軍事行動をとっていた。
しかし、連携をとっていたバシュラール軍が統制を失っており、あろうことか反乱軍と交戦する今となっては彼らは孤立した小軍勢に等しい。
彼らは敵対する大軍に挟まれた孤軍である。
単独でリオンクール軍に対抗できる筈もなく、風にたなびく稲穂のように次々と俺に頭を垂れて降参した。
元々が彼らは政治的な主義信条よりも、自らの生き残り策としてバシュラール子爵に協力した筈だ。
俺が有利になれば俺に従うのはある意味で自然なのである。
そして、今も反乱勢力に所属していた騎士が降参にやって来た。
………………
「この卑怯者どもめ! 我らが優位になるや尾を振りに来るとは犬にも劣る!!」
「左様、犬とて餌を貰えば恩を忘れぬ。こやつらは我らに叛き、旧主をも裏切る変節漢どもです。首を打ち落としてやりましょう」
今、俺たちの前で小さくなっている2人の騎士と3人の村名主に容赦のない罵声を浴びせているのはデコスとドーミエだ。
この騎士らは200人程度の集団として行動してきたが、俺たちの軍が近づくや慌てて降参に来たのだ。
彼らはリオンクールの陣中で散々に罵倒や冷眼を向けられて小さくなっている。
今もこの場は多数の兵が取り囲み、騎士たちにプレッシャーを与え続けている。
そしてまた、彼らに向けて怒声が発せられた。
「恥知らずとはこの事です!! こうして現れたのが運の尽き、こやつらを人質にし城を攻め陥としましょうぞ!!」
またもデコスが吠えた。
これはデコスとドーミエの演技だ。
リオンクール軍の中には反乱勢力を恨みに思っている者も多く、兵たちの心情を代弁してガス抜きしているのである。
兵からは「そうだ!」「殺せ!」と声が上がった。
苦しいときに裏切った彼らを恨みに思う者は多く、こうして罵声を浴びてストレス発散のサンドバッグ的な役目を果たしてもらっているわけだ。
兵士がストレスや不満を溜めると碌なことは無く、最悪は反乱となる。適度なガス抜きは必要なのだ。
俺としても大した兵力も持たず、進退が極まった裏切り者に同情の余地は無い。
兵士たちの言葉に俺は「もっともだ」と頷いた。
「こいつらに同情の余地は無い。生きたまま串刺しとせよ」
俺が無慈悲に言い放つと、騎士たちは口々に泣き言じみた言い訳を口にし、兵士たちは「わっ」と盛り上がった。
騎士たちの顔面は蒼白、唇は青さを通り越し、どす黒く見える。
アモロスでは貴族に対して死刑はあまり無い。
精々が領地や私財を没収されて追放だ。
追放されたとしても、親類や支援者の元に身を寄せ、貴族として再起するための政治運動をするわけだが……こうした事情の中でいきなり「死刑」を宣告され、あまつさえ生きながら串刺しにされると言う。
彼らの衝撃は推して知るべきである。
騎士たちは恐怖でわなわなと震え、許しを請うのみだ。
……よし、今だ……
俺はポンセロにチラリと目配せをした。
ポンセロの強面が不気味にニタリと笑い、小さく頷く。
そして「お待ち下さい」とポンセロが発言した。
騎士たちにすればまさかの救いの手だ。
「彼らを殺せば確かに憂さは晴らせますが……ここは寛容さを示し、他の者たちにも恭順を促しては如何でしょうか?」
ポンセロは騎士たちを許せと口にするが、これも演技である。
バシュラール領の統治を行うポンセロが彼らに恩を売る形にするための小芝居だ。
だが、騎士たちは涙を流さんばかりの感謝の視線をポンセロに向けている。
正直チョロ過ぎると思う。
「彼らを殺すのは容易いことですが、ここは彼らに機会をお与えください。騎士とは戦で恥をすすぐものです。軍を合流させ、先陣を任せては如何でしょうか? 働き次第ではバリアン様の利益となるでしょう」
ポンセロは切々と俺に語りかける……その様子はいかにも騎士たちを庇い、俺の怒りを鎮めるために尽くしているようだ。
……ふふ、ポンセロも役者だな……
俺は表情に出さぬように内心でほくそ笑んだ。
「我らの目が曇っておりました、挽回の機会をお与えください!」
「バシュラール子爵の甘言に踊らされた前非を悔いております」
「閣下の慈悲におすがりしたく……」
騎士たちもポンセロに続き、必死に俺に訴えかける。
俺が「ううむ」といかにも悩んでいる仕種を見せると、アンドレが進み出た。
「ポンセロ卿の言い分はもっとも。だが、1度叛いた者を容易く信じるわけにもいかん。軍を率いて再度裏切る可能性もある」
アンドレは重々しげに懸念を口にする。
いつの間にかアンドレはドレーヌ子爵や叔父ロドリグのような大人の風格を漂わせ始めている。
その姿は実に立派なものだ。
「……それもそうですな……では人質を取るのは如何ですか? 本人か世継ぎを差し出せば十分な身の証になるのではないでしょうか?」
ポンセロが騎士たちをチラリと見て条件を口にした。
これも落とし所として初めから設定していた事だ。
本人か世継ぎを人質にして先陣で戦い続けろとは相当に厳しい条件ではあるが、彼らには選択の余地は無い。
これを断れば生きたまま串刺しにされるのである。
だが、ものの道理の分からぬ者はいるもので、名主の1人が「それはあまりにも……」と口にした。
……しめた、渡りに船だ!
俺はすぐさま立ち上がった。
「不服か! ならば、この者を串刺しにせい!!」
俺はすぐさま左右の兵士に命じ、名主はすぐさま拘束された。
「お許しを! 叛くつもりなど有りません!」
必死で名主は命乞いをするが、無駄なことである。
俺は端から1人は見せしめを作るつもりでおり、例え彼が不用意な発言をしなくても何らかの理由をつけて誰かは殺すつもりだったのだ。
たまたま、彼が生け贄に選ばれただけである。
適当に先を尖らせた丸太杭が用意され、拘束された名主の尻に当てられた。
名主は悲鳴を上げながら必死で暴れるが、屈強な兵士たちに押さえ付けられどうすることもできない。
串刺しとは杭を肛門の辺りから突き刺し、口まで貫通させる。その後に手足を杭にしっかりと固定するのだ。
固定しなければ死体はずり落ち、非常に見映えの悪いモノになってしまう。
俺は『串刺しバリアン』と呼ばれる程に串刺しを行ってきたが、生きた人間を串刺しにするのは初めてである。
兵士が丸太杭を木槌で打った。
カツーン、カツーン、と乾いた音と絶叫が響き渡る。
生きたままの串刺し……この様子は自主規制としたい。
その様子は……正直、俺もドン引きである。
血に飢えて「殺せ」コールをしていた兵士たちも静まり返ってしまった。
名主たちの中には恥も外面もなく、へたりこんで泣き出す者もいる。
騎士も固く目をつぶり神への祈りを口にした。
一歩間違えば自分達もああなるのだと思い震え上がっているのだろう。
「諸君らはこれより愚か者の村を滅ぼせ。初仕事だ。人質は追って差し出すように」
俺は努めて冷酷に言い捨てた。
元より残りの者も許すつもりはない。
散々に使い潰し、生き残れば難癖をつけて殺すつもりだ。
『裏切り者は許してはならない』
これは俺がアモロスの地で得た教訓なのだ。
1度裏切る者は何度も裏切る。
隙を見せれば串刺しにされるのは俺であってもおかしくは無い。決して忘れてはならない教訓だ。
「……味方の村を滅ぼすのですか?」
騎士が絞り出すように声を出した。
顔色が悪いが、声を震わせないのはさすがである。
「違う、味方の村じゃなく反逆者の村だ。お前らも次に背けば家族や領地に災いが及ぶことを覚えておけよ」
俺ではなく、隣のロジェが答えた。
こちらはまだ若く、デコスやドーミエほどの迫力は無いが、チンピラっぽくて、これはこれで悪くない。
「私が目付として同行しよう」
デコスが申し出てニヤと邪悪に笑う。
目付とは監視役だ。
少しでもおかしな素振りを見せればデコスは容赦なく指摘するだろう。
騎士たちは己の置かれた立場を思い知り、深い嘆息を見せた。
………………
その後
反乱勢力の掃討は順調に進行した。
何せ降参した者が懸命に働き、他の者たちにも積極的に降参を促すのである。
中には当然『人質を出して先陣で働く』と言う条件に難色を示す者もいたが、生きたまま串刺しにされた名主の姿を見るや大抵の者は色を失って降参を申し出た。
人質も大いに集まり、世話が面倒になったので、今では軍の後ろにくっついている隊商に金を払って丸投げである。
本人か世継ぎと定めたために、大抵は若い男の人質だったが(当主が人質になるのは先ず無い)、中には娘しかおらず女の子を人質にした騎士家もあった。
アモロスでは女性相続は認められており、その場合は共同統治者として婿をとるのである。
ちなみにジャンが相続したバシュロ騎士家も同様であり、特に珍しくは無い。
「ほう、娘か……惜しいな、俺には若すぎる」
俺は侍女と共に人質として差し出された騎士の娘を前にして苦笑した。
娘はどう見ても小学校高学年くらいである。
編み込んだ長い焦げ茶色の髪に、白い肌……将来性は悪くない。5年後に期待だ。
「名前と年を言ってみろ」
俺が娘に尋ねると、娘は緊張したのか「ヒ」と言葉にならぬ小さな悲鳴を発した。
「ふむ、口も利かぬのは我らへの反骨心からか?」
「いやいや、怯えてるんだろ……お前が答えろ」
俺が首を捻ると、ロジェが助け船を出して隣の侍女に尋ね直した。
侍女は真っ青な顔をしながら「ブルノー騎士家息女、マリエル・ド・ブルノー様、12才です」と答えた。
ブルノー家は吹けば飛ぶような小騎士家だ。
動員兵力は精々が数十人、どれほど多く見積もっても100人はいないだろう。
「12才か、シモンと同い年だな。話し相手にしよう……おい、シモンを呼んで来てくれ」
俺が命じると、弾けるように兵が駆け出した。
……どうも、生きたままの串刺しから兵士まで俺を怖がってるような……まあいいか、ナメられるよりはずっと良い……
俺は「うんうん 」と頷き、改めて娘と侍女を観察する。
……ふむ、悪くないな……
マリエルは幼く、さすがに守備範囲外だが……侍女は悪くない。
顔立ちは美形と言うには物足りないが、胸もバンと張り、体つきもふくよかでボリューム感がある。
緑色のパッチリした大きな瞳は見る者に幼い印象を与えるが、20才前後であろうか……明るい茶髪を布で隠すように縛っている。
実を言えば俺は線の細い女は壊しそうで、あまり好みでは無いのだ。
このくらいのポッチャリ感がちょうど良い。
「名前を聞こう」
俺が改めて問い直す。
「え、あの、マリエル・ド……」
「違う、あなたの名前だ。美しい人よ……名前を教えてほしい」
俺は侍女の目を見つめながら改めて問い直した。
「あ、あの……ネリー、ネリー・アビリです」
「ネリーか、美しい名だ……もう少し話がしたいのだが……」
俺はネリーの側まで歩き、じっと見つめた。
「ああ、また始まったよ」
「なまじ男振りが良いから質が悪いんです」
どこかでロジェとピエールくんの呆れ声が聞こえた気がするが、恋を理解せぬとは無粋な奴らだ。
それに俺のタチは悪くない。
「こ、困ります……私には夫が……」
「奇遇だね、私にも妻がいる……でも、恋とはもっと自由であるべきだ。そう思わないか?」
俺はネリーの手を取り、恋を囁く。
例え人妻相手であっても俺に遠慮は無い。性に大らかなアモロス人は人前でもこの程度のことはしてのけるのだ。
食料事情の悪いアモロスにあって、ふくよかな体型をしているネリーはそこそこ裕福な家の女房のようである。
身持ちの固そうな発言からもそれは窺えた。
だが口説くからには俺にも成算はある。
当然、今の状況で女が断り切れないことは計算済みだ。
「今晩、私を訪ねてきて欲しい……夫に捧げるあなたの愛を私にも分けて貰えまいか」
「……ああ、いけませんわ……閣下……」
俺たちの熱っぽいやりとりを、マリエルが恥ずかしそうに指の間から窺っていた。