102話 戦局の好転
少し短めですが、キリが良いので
数日後
ドーミエからもたらされたバシュラール軍の情勢は驚くべきものであった。
「統制を失っている……?」
「はい、そうとしか思えません。我先に小勢が城から離脱し、周辺で略奪を繰り返しております。近隣はすでに荒れ果て、奪う物が無くなったバシュラール軍は反乱軍の所領に侵入、両軍の衝突も確認しました」
俺はこの報告に耳を疑った。
優勢だった敵が勝手に瓦解し、同士討ちを始めたなど都合のよい話があるだろうか?
しかも、相手は何度か俺を出し抜いたボードワンなのだ。
「皆はどう思う?」
俺が一同に声を掛けるが、皆の反応は鈍い。
やはり少なからず戸惑っているようだ。
「……食い扶持が維持できずに解散したんじゃねえか?」
ロジェが一応といった雰囲気で口にしたが、少し無理がある。
「いや、無理がないか? さすがに戦う前に解散しないだろ……」
俺が苦笑するとロジェが「だよなあ」と頭を掻く。
「うーむ、急に統制が取れなくなった、とするならば将帥の急死や急病……もしくは反乱」
「なるほど、敵は烏合の衆だ。反乱はあり得るだろう」
アンドレとデコスが頷き合う。
確かに反乱なら説明はつく。
略奪目的で集まった奴らが俺から騎兵での奇襲をうけ「強敵と戦うのは御免だ」と反乱・離脱した……なるほど、有り得そうではある。
「急死……討死や陣没でしょうか?」
「討死は考えづらいが……少なくとも我らが交戦した時には討死はしていない」
ピエールくんの疑問にポンセロが答えた。
流れ矢などを言い出したらキリも無いが、先日の奇襲戦では目立った敵は討ち取っていない。
……理由は知る必要は無い、混乱しているならば叩くだけだ……
俺は攻撃を決意した。
敵の事情など知ったことではないし、宋襄の仁など無用だ。
弱っているなら追い討ちをしかけ、粉砕するのみである。
「敵の事情は分からないが好機到来だな。ドーミエ、他の動きはどうなっている?」
俺の言葉にドーミエが「はい」と短く応えて前に進み出た。
「南の連合軍は700人程度にまで数を減らしています。占拠した城に籠っていますが目立った動きはありません。反乱軍は先に申した通り、バシュラール軍の別動隊と交戦中です。反乱軍もいくつかのグループに別れており、数は不透明ですが……1000人を超えることはありません」
ドーミエは最後に「攻撃の好機です」と、さりげなく付け加えた。
抜け目の無い彼は『攻撃の進言』と言う形で功績を稼ごうとしているのだろう。
まあ、それは構わない。
……南の連合軍は動きを見せないか……そりゃそうだ。友軍同士が交戦を始めたんだ……退くに退けず身動きが取れないのかも知れない……
理由は分からないが、敵が勝手に弱り始めた。
そうとしか考えられない。
「出陣だ! 南の連合軍を叩くぞ!」
俺は立ち上がり、力を込めて宣言した。
もし、敵の混乱が偽装だったとすれば術中にハマることとなるだろうが……敵にそれをする意味は無い。
俺たちを苦しめたければ小細工なしで大軍をぶつければ良かったのだ。
ここに至れば、敵が「何らかの事情」で動けないのは間違いない。
一同は頷き、デコスが代表して「どちらを先に片付けますかな」と尋ねてきた。
「敵同士がやりあっている西は放っておけ。上手くすればさらに激しく争うかもしれん。ここは全軍で南の要塞を奪還する」
動くと決めたならば1秒とて無駄にはしたくない。
有名な言葉にも『巧遅は拙速に如かず』と言うではないか……出典は忘れたが俺は学者じゃないし、そこはどうでもいい。
グズグズして敵を立ち直らせるのは馬鹿馬鹿しいことだ。
俺たちは兵の整列も待たずに揃い次第に出発した。
………………
数日後
南の要塞付近にリオンクール軍2800人は布陣を完了した。
この数は送り返した負傷者を補って余りあるほどの兵が新たに集まったためである。
バシュラール城の小領主や名主層は「どちらが勝つのか」と風見鶏を決め込んでいたが、ここに来てのリオンクール軍の快進撃に肝を潰して我先に合流しているのだ。
彼らは自らの信用回復のために大いに働かなければならず、戦意も高い。
バシュラール城の防衛部隊も含めればかなりの数の領兵が集まったことになるが……その中で領内の騎士としていち早く合流した形となった騎士アントルモンが大きな顔をしているのを見るのは、何とも言い難い気持ちになる。
しかし、こうした悪運の強さは戦士にとって必要な資質ではある。
俺は騎士アントルモンをラッキボーイ的な存在として見ることにした。
要は幸運の置物である。
すでにこちらの動きは知られており、進軍中に連合軍から何度も軍使が訪れているが、全て門前払いしている。
ダルモン伯爵の時とは状況が違うのだ。
俺たちはすでに連合軍を撃破している……ここはもう1戦に及んで完全KO勝利といきたい。
「しかし、本当にバシュラール軍に目立った動きが無いな……」
「はい、偵察隊からは離脱したバシュラール軍の逃亡兵が野盗化して北部にも侵入したとの報告がありました」
俺の呟きにドーミエが素早く反応した。
バシュラール主力軍の偵察は引き続き継続中であるが、こちらも相変わらずのようである。
野盗化した逃亡兵が領内を荒らしまわるのは耐えがたいが、今は無視をするより他は無い。
……こちらの主力が出た隙に城を狙う線も無しか……
ひょっとしたら大掛かりな陽動かとも思い、慎重に偵察を重ねてきたが……本当に分からない。
俺の攻撃からスルリと逃げ出し、外交で包囲網を作り上げたボードワンの知恵の輝きは急速に失われたのであろうか?
『もしかして、急死したのはボードワンではないか』
俺が達した1つの推論がコレである。
病弱だったボードワンが何らかの事情で陣没した……これなら納得できないことも無い。
「バリアン様、また軍使です」
考え込む俺はポンセロの言葉で現実に引き戻された。
見れば確かに要塞から早馬が2騎こちらに向かっている。
「目立つ位置であいつらを射殺しろ。それを合図にして攻撃命令を出せ」
俺の言葉にポンセロが小さな驚きを見せたが「承知しました」と頷いた。
基本的に使者に攻撃を加えるのはルール違反だ。
何かペナルティーが有るわけではないが、使者に危害を加えることは『交渉の完全な決裂』を意味し、和平の機会を失うことになる。
だが、形勢はこちらが有利だ。
だらだらと交渉して時間をかけたくはない。
ポンセロの号令で矢が放たれ、軍使と従者は落馬して動かなくなった。
「良し、懸かれえっ!!」
俺は全軍に攻撃を命じ、騎馬で駆け出した。
さすがに城攻めでは単騎で突っ込まないが、指揮官が前線に姿を見せることで味方は奮い立つのだ。
ワッと閧の声をあげて城に迫るリオンクール軍。
元々この要塞はポンセロが築いたモノである。
こちらは守る敵勢よりも要塞を熟知しているのだ……攻めるのも容易い。
連合軍がこの状況で要塞を維持する意味は薄く、端から敵は逃げ腰だ。
結果として敵は大した抵抗も見せずに放棄し、俺たちも追撃を控えたために早々に決着は着いた。
今は逃げる敵を追いかけて時間を無駄にするよりも他にすることがある。
2度目の敗走で連合軍は瓦解し、散り散りになって崩壊した。
こうなれば当分の間は再起も不可能のはずだ。
そこかしこで勝閧の声が上がり、兵士たちは抱き合って喜びを爆発させた。
敵に囲まれた絶体絶命の危機から脱し、南北の敵を退けた。
残る敵はバシュラール軍と反乱軍のみ。しかも、その両者は仲違いをして交戦しているのだ。
兵士というのは意外と戦局に敏感である。
本能的に危機を脱したのを感じているのだろう。
「油断をするなよ、すぐにバシュラール軍を攻める。冬が来る前に決着をつけるぞ」
俺は家来たちに告げ、獰猛に笑う。
忍耐の時は終わり、とうとう反撃の機会が来たのだ。
※注 文中に出てくる「巧遅は拙速に如かず」ですが、これは孫子の「兵は拙速を聞くも未だ巧の久しきを賭ざるなり」から転じた言葉です。
本来の意味は「戦争とは短期決戦が望ましい」という意味になろうかと思いますが、バリアンは「軍はスピードこそ最重視するべきだ」みたいに誤解している節があります。
たぶん読んだビジネス書のせいかと思われます。