100話 進撃の巨人
あらすじ
「現在、バシュラール城は攻撃を受けています! 敵はコクトー・ゲ連合軍です」
偵察に出ていたクーが少し慌てた風情で俺たちに報告した。
クーは数騎の騎兵と小高い丘に登り進路の安全を確認していたのだが、どうやら目的地のバシュラール城で戦闘を確認したらしい。
ダルモン伯爵と休戦した後、リオンクール軍は騎兵に周囲を哨戒させながら南進していた。
今のバシュラール領は誰が敵でどこに潜んでいるかが分かりづらい。
多少、進軍の足は鈍るが遭遇戦や奇襲に備えて警戒をするのは当然の用心だ。
……む、南の軍勢か……するとニコラの足止めと要塞の防御は突破されたか……
「南の連合軍だけか? バシュラール子爵の主力軍は確認できなかったか?」
「はい、見ておりません」
俺の質問にクーはハッキリと答える……しかし、どうにもしっくり来ず俺は首を傾げた。
「ボードワンとて大軍で冬が越せぬ事は理解しているだろう。敵の主力は一気にバシュラール城を奪取すると思っていたが……どう思う?」
「……分かりません。我らを油断させて誘き寄せているのでしょうか……?」
俺とポンセロは「うーん」と唸っていたが、いくら唸ろうとも分からないものは分からない。
「バリアン様、バシュラール子爵の思惑がどうであれ城が攻撃を受けているのは事実です。急いで救援に向かいましょう」
少し考え込んでいた俺をロロが現実に引き戻した。
確かに分からないことをいつまでも考えるのは無駄なことだ。
……それもそうか。ロロが正しいな……
俺は首を勢い良く振って思考を放棄した。
「良し、このまま進軍して一気に敵を叩く! クーはジローとアンドレの部隊にも知らせてくれ」
クーが「承知しました」と馬に飛び乗り、後方に駆け出した。
今のリオンクール軍は移動のために、俺たちを先頭にした縦列の陣形を布いている。
命令の変更には伝令が必要なのだ。
少し不便ではあるが、通信が未熟な時代では万事がこの調子である。
手旗信号なども考えたが、結局は人が伝えるのが間違いないと言う結論に達した。
有効な技術の開発は難しいものである。
俺たちは強行軍に近いスピードでバシュラール城に向かった。
………………
数時間後
俺たちはバシュラール城を攻めていた軍と会敵し、睨み合う形となった。
当然、敵もこちらには気づいており、やや城から距離を置いて平地に布陣している。
その数は2千弱、と言ったところか。
大きい集団と小さい集団が横並びになっている。
恐らくは大きい方がコクトー男爵軍、小さい方が騎士ゲ軍であろう。
周囲に他の敵影は無い。
「やはり少ない……だが戦が始まってしまえば小細工はできん。一気に行くぞ!」
こちらも後続の兵を待ち、3隊が横に並んだ形で布陣した。
中央に俺たち、左翼にアンドレ、右翼にジローを配した鶴翼気味の横陣である。
クロスボウやリヤカーバリスタを装備したリオンクール軍は射撃戦に強く、横に並ぶのが有利なのだ。
前進を伝える角笛が鳴り響き、全軍が鬨の声を上げる。
会戦のような形にはなったが、一応は遭遇戦なので言葉合戦などの儀礼は省略だ。
両軍ともに矢を打ち合いながら前進するが、弓兵の数はリオンクールが圧倒している。
……良し、このまま距離を詰めて……
有利な戦況を眺め、俺はほくそ笑んだ……その瞬間。
バガッ
聞き慣れない音がして隣のロロが落馬した。
「ロロッ! どうした!?」
見れば特大の矢がロロの盾を割り、貫通した矢が肩口に突き刺さっている。
落馬した衝撃でロロは意識を失った様だ。
バガッ
今度は逆隣の騎兵が落馬した。
こちらも盾を割られている。
「下馬しろ! 狙われてるぞっ!!」
俺は馬から下り、周囲に指示を飛ばした。
「ロロを後方に下げろ! 馬も頼む!!」
ロロを黒に乗せ歩兵に託して後方に下げる……ロロは意識を失っているので鞍の上で寝そべる形だ。
ドチャッ
次は同胞団員が矢に頭部を砕かれた。
貫通した矢は真後ろの歩兵も巻き込んで負傷させた。
「……クソッ! バリスタか!? 盾を並べて警戒しろっ!! 俺にも盾を寄越せ!!」
俺も盾を構えて隊列に加わる。
バリスタには効果は無いかも知れないが、少なくとも後続は守ることが出来る。
「バリアン様っ! あれです! 巨人がいます!!」
同胞団員が敵陣を示しながら叫んだ。
……なんだあいつは! 怪獣か!?
そこには弓を引く規格外の大男の姿があった。
そのスケール感たるや、あまりの巨大さに騎兵かと錯覚していたほどだ。
栄養状態の悪いアモロス人の平均身長は高くはない……恐らくは160センチ程度である。
しかし、コイツは明らかに210~220センチは有りそうだ。
……ふざけんな! 世界の大巨人かよ!!
俺は内心で毒づいたが、どうにもなるものではない。
巨人が放つ矢が唸りを上げる、バリスタと思っていたのはコイツの弓だったのだ。
バガッ
その矢は音と共に盾を割り、味方を吹き飛ばした。
巨人とこちらは距離があるが、ここに俺がいるのを知って指揮官を狙い射ちしているのだ。
飛距離も滅茶苦茶である。
「とんでもない弓勢だ!」
「盾を貫くぞ!?」
「固まれ、盾を並べろっ!」
味方が軽い恐慌状態に陥るが無理もない。
アモロスの戦で重要なのは士気である。
そして味方の士気を奮い立たせるのは個人の武勇だ。
個人の武勇を示し士気を高めるのは、本来なら俺の得手であるが、今回ばかりはどうしようもない。
何せ相手は矢を射るだけでこの迫力なのだ。
全体を見ればリヤカーバリスタを2台づつ装備し、クロスボウの数も揃ったジロー、アンドレの両隊は敵を圧倒している。
しかし、局地的にこの中央の戦局は敵の押せ押せだ。
「耐えろ! 耐えろっ! 両翼は敵を圧してるぞ!! 遅れをとるなっ!!」
俺は檄を飛ばしながら接近し、ついに両軍はぶつかり合った。
「オオオオォォォ!! 俺に続けえっ!!」
俺はメイスを構えながら敵陣に飛び込んだ。
忽ちに数名の敵兵を殴り倒し、味方を鼓舞する。
滅茶苦茶に振り回したメイスは敵兵のどこに当たっても骨を砕き、戦闘能力を奪う。
「弱いぞっ!! 敵は弱兵だ! 押し返せっ!!」
敵の巨人が武勇で鼓舞したように、俺も先頭に立ち敵を蹴散らす。
本来ならば俺が巨人を仕留めれば良いのだが……俺と巨人の間には距離があり、それぞれ別の場所で暴れるのみだ。
「ふんぬっ!!」
俺は正面の敵兵の頭蓋にフルスイングでメイスをぶちこんだ。
……見たか! 俺の戦いを……って、おいおい何だありゃ!?
俺が自陣を見れば、比喩表現ではなく味方が吹き飛ばされていた。
巨人は常人ならば両手で抱えるような鉞を左右の手にそれぞれ持ち、自在に操っている。
まるで鉞が小枝のようだ……人間業では無い。
たった1人に自陣が崩されている光景に俺は愕然とした。
巨人が進んだ後にはミキサーにかけられたように味方が散らかされている。
「くそっ、ロロっ!! ……は、いないのか……誰でも良い、俺を援護しろっ!!」
俺は無理矢理に引き返し、巨人の方に向かい駆け出した。
俺が急に抜け、自陣を走り抜けることで混乱が起きるが、今はそれどころではない。
巨人を放置しては自陣は粉砕され、下手をすれば戦列の崩壊につながる。
「退くな! 道を開けろ!! 巨人は俺が仕留めて見せる!!」
大声を上げながら近づくと、敵も味方も俺に気づき道を開けた。
そこだけ戦闘が治まり、異様な雰囲気に包まれる。
「バリアン・ド・リオンクールだ!! 貴様に勇気があるなら挑戦を受けてみろ!!」
俺が名乗りを上げ、巨人を挑発する。
「バアァァァァァオォォォッ!! 俺はセバスチャンだ!! リオンクール伯爵の首は貰ったぞ!!」
巨人が吼えた。
腹の底に響くような声に怯みそうになる。
俺はじっと巨人を観察した。
デカイ、兎に角デカイ……これに尽きる。
俺は成人してより初めて自分より大きな人間を見た。
俺より頭1つ分は背が高い……恐らくは220センチを越えているだろう。桁違いの大きさだ。
顔は掘りが深く、異様に長い。これは典型的な巨人症の特徴である。
姓がないとは自由民か奴隷であるが、巨人の装備は粗末なモノではない……恐らくは自由民であろう。
自由民であっても、彼ほどの武勇があれば褒美で装備は整えられる。
巨人は革の鎧を身に纏い、左右の手に鉞を持っている。
意外に若そうだ……20代の半ばほどか。
爵位を持たない俺を『伯爵』と勘違いしているようだが……まあ、自由民ならばそんなものだ。
……セバスチャンって面か!! この野郎っ!!
俺は自らを励まして巨人と向き合った。
「ゴオォォォォォォッ!!」
「ガオォォォォォォッ!!」
俺と巨人は吼えた。
2匹の獣の名乗りだ。
この縄張りでどちらが強いのかと2匹の大型獣は互いに威嚇し合う。
周囲はいつの間にか輪のような空間ができ、人垣のリングとなった。
「オォォォッ!!」
いきなり俺は巨人に飛び掛かり、勝負を仕掛ける。
しかし、メイスは重ねた鉞に防がれた。
反撃が来る前に素早く飛び退き、距離を取る。
……どうやら武術の心得もあるようだな……
俺は巨人の佇まいに驚異を覚えた。
相手がずぶの素人ならば腕力の違いは苦にもならないが、巨人に多少なりとも心得が有るならば話は別だ。
例え初段程度の腕前でも、体重無差別で220センチが暴威を振るえば世界チャンピオンに勝つことすらあるだろう。
距離を置いた俺を挑発するように巨人は頭上で鉞を打ち合わせた。
ジャキンジャキンと独特の金属音が鳴り響く。
……儘よ、突っ込め!!
「ウオォォォォゥ!!」
狼の遠吠えのような雄叫びを上げて突っ込むと、巨人が待ってましたと鉞を振り回す。
俺は右の鉞を身を屈めて躱わし、左の鉞に思いきりメイスを叩きつけて弾き飛ばした。
……食らいやがれ!!
俺は顔面を狙い盾で殴り付けたが、巨人は身を捩り肩で受け止めた。
「ガアアアッ!!」
体制を崩した巨人が闇雲に鉞を振り回し、俺は堪らず距離を取る。
目の前を鉞が通過したが、鉞から生じる異様な風切り音に俺は戦慄した。
鉞を振り回した巨人はそのまま間をおかず、竜巻のように俺に迫る。
何度も鉞とメイスを打ち合い、盾でいなす。
受けたわけでは無く、いなしただけで直ぐに盾は駄目になった。
愛用のメイスも歪みが生じたようだ……バランスがおかしい。
「オリャア!!」
俺は盾とメイスを投げ捨て、捨て身で巨人に片足タックルを仕掛ける。
これには巨人も意表を突かれたようで俺と巨人は絡み付いたまま転倒した。
受け身を知らない巨人は背中からどうと倒れこんだ。
……貰ったぞ!!
俺はそのまま、巨人の踵を抱えて足を捻りあげる。
所謂ヒールホールドやヒールフックと言われる間接技だ。
遠慮はいらない、俺の怪力で、全力で、一気に踵を捻り上げた。
モキモキと独特の音を立てて巨人の膝が破壊される感触が手に伝わる。
ヒールホールドは踵ではなく膝を破壊する技だ。
「ギャアガッ!」
巨人は情けなく悲鳴を上げる。
恐らくは初体験の関節技だ。遠慮はいらない、思う存分に味わうがいい。
……切った!
俺は巨人の膝から抵抗が無くなったのを感じ、一気に飛び退いた。
巨人はそれどころではなく、膝を抱えて転げ回っている。
パプォォォォォ
パプォォォォォ
パプォォォォォ
角笛の音が響いた。
敵が退くらしい。
恐らくはジローかアンドレが敵を崩したのだ。
俺はそのまま曲刀を引き抜き、巨人と向き合う。
「こ、降参だ……うぐ」
痛みで涙を流し、苦しむ巨人が寝そべったまま俺に降参した。
「駄目だな、死ねっ!!」
俺はそのまま曲刀を振りかぶり、巨人の頭蓋を砕いた。
鉈のような曲刀の切れ味はすこぶる悪く、俺は何度か叩きつけ、ようやく巨人は絶命した。
それは撲殺に近いものだった。
「ふんっ、ロロの仇だ! 許すはずが無かろう!!」
俺は絶命した巨人の頭部を踏みつけにして曲刀を振り上げた。
「勝利だっ!! 敵を蹴散らせえっ!!」
俺は呆然とする敵味方に声を掛け、追撃を促した。
「バリアン様の勝利だっ!!」
「殺せ! 敵を蹴散らせ!」
「逃げろ! セバスチャンが殺られた!!」
「ぐわっ! 卑怯だぞ」
「懸かれ! 懸かれ!」
急に時が動き出したかのように周囲で戦闘が始まった。
否、戦闘ではない。
最早、敵に戦意はなく瞬く間に人垣は崩れ、虐殺が始まったのだ。
敵味方は俺と巨人の遺骸を避けるように修羅場を形成し、俺の周囲はぽっかりとした不思議な空間となった。
「ぶはあ、疲れたぜ」
巨人の死骸に「ナイスファイト」と声を掛けて傍らの石に腰を下ろした。
ギリギリの勝負に俺は精も根も尽き果てた。
「世の中にはとんでもないのがいるもんだ」
俺は改めて巨人の戦いぶりに身震いした。
戦いの喧騒は徐々に離れていく。
見ればバシュラール城の門も開け放たれ、追撃に参加しているようだ。
……バシュラール子爵はいなかったな……何故動かないんだ? ……いや、動けないのか……?
俺は離れていく追撃戦の喧騒をぼんやりと眺めた。
「なあ、どう思うよ?」
俺は巨人に声を掛ける。
当然、返事はない。
ふと、愛用のメイスが側に転がっているのに気がつき、拾い上げた。
少し振ってみるが、やはりバランスがおかしい。
見れば軸の部分が曲がってしまっているようだ。
「ああ、これはもう駄目だな……良く働いてくれたけど」
俺はメイスとの思い出を振り返り、作ったばかりの頃に城塞都市ポルトゥで抱いた娘を思い出した。
……あれは、たしか……マノンだったかな……赤茶色の髪で……また会いたいもんだ……
ぼんやりと昔に抱いた女を思い出す。
思い出は、いつも優しいセピア色だ。
遠くで、勝利の鬨が聞こえる。
俺は立ち上がり、味方の方へ歩き出した。