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99話 北の密約

 軍を北の平野に進めた俺たちが目にしたのは、すでに小高い丘に布陣を終えたダルモン伯爵軍であった。

 その数は2千、と言ったところか。


「バリアン様、あれを」


 ポンセロが敵の陣を示し、苦い顔をする。


「うん、丘を取られたのは残念だが……まあ、問題は無いだろう。帰りたいのは向こうも同じ、こちらから突っ懸かる必要は無いだろ」


 高所の利は確かにある。


 登り坂は敵の勢いを削ぎ、高い位置からの矢は遠くまで届く。また、高所は遠くまで見通すことが容易……言葉にすれば馬鹿らしく思えるような単純な話だが、これが実に大きな意味を持つのだ。


 この様に野戦で丘の上にドンと居座られては攻めづらいことこの上ない。

 先の遭遇戦もそうだったが、ダルモン伯爵は地形を利用するのが得意らしい。


 しかし、対処は簡単だ。

 実に単純な話だが、要は攻めなければ良いだけである。


 俺は少し離れた位置の平野部に布陣をした。

 平坦な地形だが四方を遮るものは無く、見晴らしが良い。

 これなら奇襲を受ける心配は少ないだろう。


 平らな地形は兵の進退も容易であり、これはこれで利点はある。


「さて、会談とやらだが……どうなるかな?」

「普通に考えれば休戦して互いに兵を退くところでしょうね」


 俺の言葉にロロが応じたが……何と言うかダルモン伯爵はおかしな事を言ってきそうな予感がある。


 こちらの到着を見計らったようなタイミングでダルモン伯爵の陣から騎馬が2騎ほど出てきたのを確認した……恐らくは軍使だ。


「お出ましだ。こちらからも向かわせよう……シモン! クー! ネルス! 軍使を出迎えに行け!」


 俺は若者たちに指示を出す。

 これは出迎える形にして礼を示したのだ。


 これで交渉の意志があることが先方に伝わるはずである。



 程なくして自陣から若武者たちが出撃した。


 シモンはラメェーの死から少し口数が減ったが、顔つきから甘えが消えた。

 今では立派なリオンクールの戦士の面構えだ。


 戦場を重ねた戦士と言うのは様々な変化がある。

 戦闘や殺しを楽しむようになったり、虚無的になったり、極端に臆病になったりと……その変化は人によって様々で、戦士にとって都合の良い変化もあれば悪い変化もある。


 シモンの変化は少なくとも悪いモノでは無さそうだと俺は感じていた。


 ……強くなれよ、俺よりも……


 俺は祈るような気持ちで息子を見送った。



 嫡子ではないとは言えど俺の初めての息子だ。

 可愛くない筈がない。




………………




 軍使を互いに行き来させた後、俺は数騎を引き連れて両陣の中頃まで進み出た。

 見ればダルモン伯爵も同様である。


 兜も被らずに馬を駆る金髪の逞しい男……恐らくは彼がダルモン伯爵だ。

 立派な(ほおひげ)が印象的である。


 ……若いな……


 俺はその若さに驚いた。

 どちらかと言えば老獪なイメージがあったダルモン伯爵だが……実際の伯爵は30前後、俺と良く似た年頃だ。

 背中をしゃんと伸ばし、いかにも武人然とした(たたず)まいは堂々たるものである。



 俺たちは互いに少し距離を置いた所から下馬し、徒歩で歩み寄った。

 双方1人のみだ。


「バリアン・ド・リオンクールです」

「デジレ・ド・ダルモンだ……先ずは礼を言わせてもらおう」


 ダルモン伯爵はぶっきらぼうに「ありがとう」と口にした。


 俺が少し戸惑いを見せると……ダルモン伯爵は「鉄盾てつじゅん兵を助けてくれたろう」と答えた。


 ……ああ、腕を折った鉄盾兵の話か……


 合点がいった俺が口を開こうとすると、ダルモン伯爵はそれを手で制した。


「互いに急いでいる。世辞は止めよう」

「……は、そうですか」


 俺は間をはずされて戸惑ってしまった。


 ……自分が話題を振ったくせに……どうもやりずらいな……


 妙にマイペースと言うか、やりずらい相手である。


 少しモヤモヤしたものを感じながら会談はスタートした。

 


「リオンクール卿、単刀直入にいこう、戦を止めたい」


 ダルモン伯爵の話は本当に単刀直入である。

 話が早くて助かるが……どうも調子が狂ってしまう。


「……これは異なことを、問答無用で攻め込んできたのはそちらでは?」


 俺の言葉を聞き、ダルモン伯爵は「ふう」とため息をつき、言いづらそうに口をへの字に曲げた。


「申し訳ない。バシュラール子爵の申し出でな……貴卿の領地を切り取り放題との約束があったのだ。バシュラール領も含めてだ」


 これには驚いた。


 切り取り放題とは、占領地を丸ごと割譲するという破格の条件だ。


 元々新王派だったダルモン伯爵の取り込みにはそれなりの対価が必要なのは理解できるが……随分と思いきった条件である。


 バシュラール子爵の領地の切り取り放題と言う条件も驚いたが、これを馬鹿正直に話すダルモン伯爵も相当な変わり者である。


 ……無論、出鱈目(デタラメ)の可能性も否定はできないが、な……


 だが、この嘘をつく理由も分からない。


「切り取り放題のつもりが上手くいかず、後ろを突っつかれて休戦をお望みですか?」

「そうだ。前回の新王と王弟の戦いで大損した。その埋め合わせで色気を出したが……大失敗だったな」


 ダルモン伯爵はあっさりと認め、首肯した。

 俺の嫌味にすら頷いて見せるのだから度量が大きいというか、不思議な感じだ。


 どうにも違和感がある。


 ダルモン伯爵からは駆け引きをする意思が感じられない……と言うか、何か諦めきっている感じがするのだ。


 ……どうにも変だぞ……?


 俺は内心で首を傾げるが、この違和感が何なのかは分からない。


「それで、条件は?」

「白紙だよ。我らに帰って欲しいのはそちらも同じだろう? 互いに兵を退こう」


 ダルモン伯爵はニヤリと笑う。


 弱みにつけ込まれたようで腹が立つが、確かに無条件で帰ってくれればありがたい。

 こちらは他にも敵が控えているのだ。


「まあ、仕方ないですね。後ろで暴れていた兵も退きましょう」

「ああ、早めに頼むよ。互いに領地を荒らしただけの不毛な争いだった」


 他人事のようなダルモン伯爵の態度からは、やはり何か違和感を感じる。


 ……ふむ、折角だから尋ねてみるか……この伯爵は何となく嘘はつかない気がする……


 俺は意を決して尋ねてみることにした。


「ダルモン伯爵、失礼ですが……私には伯爵の態度には腑に落ちぬところがあるのです。今回の事だって占領地が無いわけではない……それをわざわざ放棄して引き返す動機が知りたいのです。正直に言えば何か罠でもあるのかと疑っています」


 そう、リオンクール軍が迎え撃つことも後方でジャンが暴れていることも引き返す理由には違いないが、もう1つ動機が弱い気もする。


 俺がダルモン伯爵ならば主力と決戦し、占領地を維持したまま引き返してジャンを叩く。

 全て勝つことが前提条件ではあるが、この当たり前の作戦をダルモン伯爵が考え付かない筈がない。


 これが違和感の一因ではあるだろう。


「そうだな……まあ、いいか」


 ダルモン伯爵は頷き、皮肉気な笑みを浮かべた。


「確かに、貴卿にすれば俺の行動は不可解に思えたかもな。だが、俺はもう伯爵を辞めることになりそうだし、賭けに出ることができなかったのさ」


 伯爵は「ふ」と自嘲し、北の方角を見つめた。

 そちらはダルモン伯爵領がある方角だ。


「貴卿が想像するよりもダルモン家の当主は立場が弱い。俺は兄弟が多くてね、それぞれに支持者がいるのさ……彼らは2度も大きな失敗を続けた俺を嬉々として糾弾し、伯爵位から引き摺り下ろそうとするだろう」


 淡々と話すダルモン伯爵はさも当然といった風情だが、これはかなり衝撃的な内容だ。


 貴族家の当主の立場は安泰ではない。

 俺自身も甥トリスタンなどの対抗馬を抱えており、何か大きな失政が続けば領内で反乱が起き「すげ替え」られる可能性は存在するのだ。


 そして、ダルモン伯爵はその『何か』が起きた。

 当主としての能力を疑われかねない外征での大きな失敗を重ねてしまったのだ。


 これはダルモン伯爵領の世論が「当主のすげ替え」に動いても仕方がない。

 領民や部下とて無能なリーダーに率いられて無駄死には御免でなのである。


「俺自身はいいが、率いた部下たちは気の毒でね……次の体制では冷飯を食わされるだろうが、せめて無事に帰らせてやりたい気持ちもあるし……それに」


 伯爵は少し間を置き「兵を損ねるような決戦すら出来ないほどに今の俺の立場は弱い」と寂しげに呟いた。


 この判断も無理もない。

 失敗を重ねた当主が兵まで大きく損じては立場はさらに悪くなるし、下手をすれば当主交代のゴタゴタで兵士たちへの恩賞もウヤムヤになる可能性もある。


 本来ならばバシュラールとリオンクールの争いに乗じて、兵を損じることなく漁夫の利を得ようとしたのだろうが……彼にとっては不幸なことにリオンクール軍は主力を北に差し向けてきたのだ。

 リオンクール主力に対し兵を損じる決戦を仕掛けられず、さらに後方で被害が出たために引き返さざるを得ない状況に陥った伯爵は進退が極まってしまった。


 ……なるほど、ジローが『臆病なほど慎重』と評した行動の裏にはこうした事情があったのか……


 俺は伯爵の言葉を「本当のことだ」と判断した。


 ダルモン伯爵は少し変わり者の様だが、兵の手当てをした俺に頭を下げるような人柄である。

 兵士が気の毒だと言う言葉には説得力を感じた。



 ならば、やりようはある。



「ダルモン伯爵、その折りには家族をつれてリオンクールに亡命なさい。状況次第ではありますが、こちらから兵を貸して伯爵を後押しすることを約束しましょう」

「……魅力的な提案だが、見返りは?」


 ダルモン伯爵は少し考えた後に見返りを尋ねてきた。

 当たり前だが、タダで助けて貰えるようなムシの良い話は世間には無い。


 こちらの条件次第では助勢も断るだろう。


 ここは勝負どころだと感じ、俺は言葉に力を籠めた。


「私に仕えなさい。私はこの戦いが終わればリオンクールをアモロスより独立させるつもりです。アモロスへの忠誠を捨て、リオンクールに忠誠を誓えばダルモン伯爵の伯爵位と領地を保証いたします」


 俺は「いかがですか?」と重ねて問う。


 これは賭けだ。

 だが、分は悪くないと思っている。


 復権を望むならダルモン伯爵は喉から手が出るほど支援が欲しかろうし、少なくともリオンクールと通じれば、いざという時の緊急避難先を確保できるのだ。


 逃げる先が有ると無いのでは政争での動きも違ってくるだろう。


「驚きだな、貴卿はそこまで野心家であったか……アモロスを征服するつもりか?」

「いえ、私はアモロス王国は大き過ぎると考えています。土地に住まう民族も違い、地理的にも離れている……アモロス地方は幾つかの国に別れるのが自然だと考えています」


 アモロスに民族自決などというイデオロギーはまだ存在しない。

 だが、各民族が独自の文化や誇りをもって存在しているのは事実なのだ。当然、異族の統治は難しい。 


 俺の言葉を聞いたダルモン伯爵は、左手で髭をなでながら考え込んでいた。


「しかし、それは貴卿がバシュラール子爵に勝つことが前提であろう」


 当然の指摘である。ここでリオンクールが大敗すれば、それこそ支援どころの話ではなくなるだろう。


「そうですね、ですが先ず負けません。最悪でもバシュラール領を一時的に放棄するだけでしょう……バシュラール領では8千もの兵は養えませんから」

「なるほど、持久戦になり冬を迎えれば貴卿の勝ちだな。道理だ」


 ダルモン伯爵は何度も頷いて納得したようだ。


 恐らくは領内の動向や、アモロスの情勢を考えていたのだろう。

 要は損得勘定だ。


「……乗った。どうせ伯爵位から下りれば自力での復位はできん……貴卿の申し出を断れば手詰まりだ。ならばこの博打は賭けるのが利口」


 このダルモン伯爵と言う人は妙にマイペースで打算的な感じがする。

 俺と組むメリットを感じればアッサリと俺を選ぶと思っていた……何せ新王派もアッサリと見限った男である。


 この手のタイプは利益を与え続ければ味方で居続けるはずだ。


 彼の不思議な老獪さを見せる用兵も、ひょっとすれば打算的な損得勘定から生まれているのかもしれない。


「これで決まりです」

「ああ、決まった」


 俺とダルモン伯爵は大袈裟な身振りで抱き合い、和平の成立をアピールした。


 この姿は両陣からも見えている筈だ。

 ほど無くして兵士たちは大歓声を上げた。




………………




 俺は自陣に帰り、引き上げを命じた。


 ダルモン伯爵への支援は密約であり、これは形としても残す必要はない。

 ただ、信用できる部下には伝えておかねばならず、俺はリオンクール軍の幹部には伝えおいた。


 幸いに異論は出ず、俺は「ほっ」と胸を撫で下ろした。


 皆は「この場を白紙和平で治められたのは大成功」だと考えているようだ。

 先の政争より今の戦なのである。


 これで敵が減ったのは間違いない。



「良し、大急ぎでバシュラール城に戻るぞ! ジロー、伝令を出してジャンにも引き上げを伝えてくれ。ジャンは異変に備えて自領で待機だ」

「合点でさ」


 ジローが威勢良く俺の言葉に応じた。



 北のダルモン伯爵はカタがついた……だが、まだまだ敵の規模は大きく油断できる状態ではない。



 ……兎に角、冬だ。冬が来るまで持ちこたえれば敵は軍を維持できなくなる……


 秋は深まってきている、俺は来る冬に思いを馳せた。

 これほど待ち望んだ冬は産まれて初めてのかもしれない。



 風が吹き、枯れ草が騒めく。

 肌寒い秋の風が、勝利を運んでくれる気がした。 

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