98話 合流
予約投稿忘れてましたスイマセン。
俺たちは軍を纏め、主力軍と合流した。
主力軍は負傷者が多いが、死者はそれほどでも無いらしく、士気も保っている。
これは率いるジローやアンドレの力量だろう。
「義兄上、ご無事で何よりです」
俺たちが合流するとピエールくんが出迎えてくれた。
ピエールくんは手傷を負ったようで、鎖帷子を脱ぎ左腕を吊っている。血に染まった鎧下が痛々しい。
「ピエールくん、手傷を負ったのか! 遅れてすまなかった」
「いえ、矢を受けただけです。それよりも見事な横槍でした。あれがなければ膠着し、ジリジリと押されていたでしょう」
ピエールくんの尊敬の眼差しが痛い。
敵兵に「お疲れっ」とかやってたことがバレたら……「俺が矢を受けるまで頑張ったのにお前はサボって何やってんだ」と軽蔑されるかも知れない。
それを考えると何とも言えない気分になる。絶対にバレてはいけない。
少し緊張した俺とピエールくんは連れだって歩き、主力軍を率いていた仲間たちと合流した。
「若様、ご無事で何よりで」
「ジロー、流石だな。あの精強なダルモン伯爵軍と戦って良く持ちこたえてくれた」
俺とジローたちは互いの無事を喜び、健闘を讃えあった。
暫くすると兵の世話をしていたロロ、デコス、ドーミエ、シモンも加わり軍議となる……今回からドーミエも参加しているが、俺は先程の活躍を加味して今回から同席を許したのだ。
彼は実に誇らしげである。
「さて、ダルモン伯爵軍だが……正直、俺は無視をしても良いと思う。主力軍が引き付けていてくれたお陰で時間稼ぎはできた。後方でジャンが暴れている報せは届いている筈だ」
俺の発言に皆が少し驚いた顔をした。
彼らは合流したこのタイミングで攻勢に出ると思っていたに違いない。
「このまま無傷で帰らせてはジャンも苦労するでしょう。私は軍を退くのには反対です」
「いや、私は賛成です。いっそダルモン伯爵はジャンに任せましょう。万が一ジャンが敗れたとしても、それは時の運だ。我々が他の敵に当たるのは合理的だと思えます」
アンドレとモーリスが意見を述べ合うが、どちらにも一理はある。
ただ、モーリスは実弟のジャンに少し厳しめの意見を言いがちでもあり、少し割り引いて考えた方が良い。
主君の前でも、こうやって忌憚のない意見を言ってくれる彼らは実に貴重な存在だ。
若い頃のアンドレはイエスマンタイプの部下だったが……今や俺に対しても堂々と反対意見を口にする。
彼は今や貴族家の当主として領地を経営する立派な貴族である。
その経験はアンドレを確実に成長させた。
俺の義兄でもあるアンドレは、このまま順調にいけば、叔父ロドリグの引退後にはリオンクールの宰相格ともなり得る存在だ。
平民出身としては異例の大出世であり、彼は領内外で存在感を増しつつある。
「そもそも、こちらが退けば追ってくる可能性もありますよ。やはり、もう一戦する必要はあります」
ここでピエールくんも継戦に1票だ。
会議は『ダルモン伯爵軍を無視は出来ないだろう』との意見が優勢だ。
「ジローは?」
俺が水を向けるとジローは顎髭を扱きながら「ふんむ」と唸り、考え込んだ。
皆がジローに注目する……やはり、今回のダルモン伯爵との戦いで大将格を務めたジローの意見は大きな説得力があるに違いない。
「……ダルモン伯爵って男は慎重なヤツでさ。強い兵を持っているのに臆病なほど仕掛けが遅いんで」
俺はジローの言葉に「うん」と頷いた。
ダルモン伯爵はリオンクール主力軍との戦いに優勢だった筈だが、一気に決着を狙ったりはせず、一つ一つ丁寧にこちらの拠点を制圧していた……退路が確保されてから次に向かう几帳面なタイプなのかもしれない。
「だから、俺たちが軍を引いたりすれば用心深いダルモン伯爵は『何か狙ってるのか』と用心する……だったら、こっちから攻めた方が動きが読みやすいってもんでさ」
俺は「なるほど」と頷いた。
ジローはダルモン伯爵と軍を率いて腹を探りあった仲である。
その分析は軽くない。
……なるほど、こっちが無視しても相手が帰るかどうかは別の話だな……
俺は納得し、退いたダルモン伯爵への追撃を決定した。
そうと決めたらならば迷わない。
「追撃だな」
俺は力強く言葉にし、皆の顔を見渡す。
皆が納得した顔を見せ、頷いた。
「逃げれば追いたくなるのが人情です。こちらが兵を退いては相手が欲を出すかもしれません。追撃は悪くありません」
デコスもベテランらしい分析を述べ、俺の決意を後押ししてくれた。
恐らくデコスは俺が退却を選んでいても、場を治めるために肯定的な意見を言ってくれたであろう。
なんとも憎らしい気遣いである。
……しかし、追撃か……
領地でジャンが暴れるために敵は帰りたい。俺たちも次の戦いに備えて早く帰りたい。
互いに帰りたいと思う敵同士……しかし、帰るためには戦わねばならない。
何とも難儀な話である。
俺は内心の複雑だが、それは表情に出さぬように心掛けながら出撃準備を命じた。
………………
合流した軍は一路北へ向かう。
この軍はざっくり分けて 俺が率いていた別動隊とジローとアンドレがそれぞれ率いていた2隊、合計3隊からなっている。
再編成するのも大変なのでそのままの形で行軍となったが、これが意外と具合が良い。
大きな集団で動くよりも、小さな集団の方が纏まりやすいのは言うまでもない。
……伍よりも大きな単位の軍制が必要かもな……
俺は新しい軍制をぼんやりと考えながら進軍した。
リオンクールは精々が2千と数百しか兵はいないので、軍制もざっくりとしたもので構わない。
伍を5つ集めて小隊、小隊5つで中隊、中隊5つで大隊……こんな感じだろうか。
階級ができれば指揮系統もハッキリするし、試す価値はありそうだ。
ちなみに今は指揮系統などと洒落たものは無く、各騎士領や村単位で兵が纏まり、騎士や年長者が指揮官的なポジションをこなす。
正直、洗練されているとは言いがたいが、生活を共にする村単位で行動するのは利点もある。
部隊が近所親戚で固められているために仲間を見捨て難いのだ。
地元に帰ってから「俺の兄貴を見捨てた」とか「あいつは臆病者」などと言われないように、兵は互いを気遣い庇い合う。
それに農夫ならまだしも、騎士ともなれば戦場で不名誉な行動をとれば地元の皆に知れ渡ることになる。
そうなれば騎士としての世渡りは難しくなるのだ。
騎士は努めて勇敢であろうとし、果敢に戦わねばならない。
リオンクール人は身内意識も強く、勇者を尊敬する。
部隊の仲間(親族)を簡単に見捨てて逃げたりすれば、地元に帰った時に大変な目にあうだろう。
人手が必要な農家はご近所付き合いは死活問題である。
孤立すれば大変なことになるのは想像に難くない。
この辺は日本の田舎にも存在する同調圧力の百倍強烈なモノを想像してもらえば良いだろう。
……難しいところだ……管理が容易な軍制か、それとも今の生活単位での運用か……
俺が唸っていると、ロロがスッと近づき「軍使」ですと教えてくれた。
ダルモン伯爵からの軍使が来たらしい。
俺は先頭を進むジローの陣へと馬を飛ばした。
………………
「会談だと?」
俺は軍使の口上に少し呆れた。
「はい、ダルモン伯爵は閣下との会談を望んでおります。北の平野ならば互いの軍の進退にも不自由無く……」
軍使は悪びれずに再度「会談」を口にした。
しかも、会談の場所は兵が展開できる平野を希望しているらしい。
北の平野とはダルモン伯爵領とバシュラール領との境目辺りの開けた場所だ。
……うーん、会談ね……休戦でも持ち掛けてくるつもりか? 決裂したらそのまま軍の衝突、か……
俺は時間にして数秒だけ考え込んだ。
休戦は別にしても、会戦で決着がつくなら手っ取り早い。
こちらは急ぎだ、早い決着に越したことは無い。
「ふむ、会戦ならば受けよう……しかし、我が領を侵略しておきながら『会談』とは少しムシが良すぎるとは思わないか? 」
俺が少しだけ怒気を発しながら質問すると、軍使は少しだけ怯みを見せたが「私は伝えるのみ」と確りと口にした。
この軍使、機転は利かないが胆力はあるタイプらしい。
「ふん、良かろう。ダルモン伯爵が非を認めるならば休戦も有り得る」
「は、その様に間違いなく伝えます」
俺の言葉を聞き、軍使は手早く退出した。
この場合の「非を認める」とは賠償のことである。
……成る程、軍使には向いているかも知れない……
下手なことを言う前に、用件だけ伝え、すぐ帰る。
用件を伝えるだけの子供の使いだが、下手なことを口にしない方が良い場合もあるのだ。
使者と言うと弁舌爽やかな者が選ばれがちだが、ダルモン伯爵の人選は面白い。
軍使の人選と言い、不利を覚れば無理せずに会談での解決を探ったりと、ダルモン伯爵は不思議な雰囲気がある。
少し、俺が興味を抱いたのも事実だ。
「良し、会戦だぞ」
「いやいや、会談で」
俺が笑うと、ジローは呆れたように俺を嗜めた。
どちらにせよ、早期に決着がつくのならば願ったり叶ったりだ。
「ジロー、ジャンに伝令だ。状況を教えてやりたい」
「合点でさ」
俺の指示にジローが威勢良く応えた。
ダルモン伯爵が休戦と同時に豊臣秀吉よろしく大返しを決めてジャンを狙わないとは限らない。
ここはジャンに状況を伝える事は必要である。
「良し、進路を変えるぞ。北の平野に入る前は十分に偵察を放て。途上で狙われる可能性を忘れるな」
俺は周囲に警戒を促す。
こちらの進路が分かれば敵が待ち伏せすることも容易だ。
罠である可能性は否定できない。
ダルモン伯爵との会談……強い兵を育てながら慎重で、不利を覚れば外面よりも撤退を優先する合理性。
武張ったアモロス貴族にしては珍しい、不思議な男である。
俺は少しだけ、ダルモン伯爵との会談が楽しみになってきていた。





