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10話 黒い髪

 冬の退屈を紛らすために俺が考えたのは「双六(すごろく)」であった。

 当たり前ではあるが、盤双六ではなく絵双六である。


 何故か?

 製作が簡単だからである。


 始めはダーツにしようかと思ったのだが、退屈した原始人に刃物を持たせると悪い予感しかしないので止めた。



 俺はジローと協力して板に簡単なマスを書き、少しばかり(いびつ)だがサイコロとコマを製作する。


 ごくシンプルに作ったのであっという間に完成した。

 ちなみに板は洗濯板の為に取り置きしていた物である。


「サイコロってことは賭けですかい? この星の並びが面白いですな」

「まあ、賭けと言えば賭けだな」


 ジローが四角い6面ダイスを弄りながら「ふんふん」と観察している……さすがにサイコロは見たことがあるらしい。


 板の上に書かれたマスはたったの27だが、まあ始めはこんなもんで良いだろう。


 「ふりだし」と「あがり」の訳語が判らずに「開戦」「勝利」と適当に書き、途中で「もう1度サイコロを振れる」「3マス進む」「4マス戻る」「1回休み」「開戦に戻る」と適当に炭で書き足す。


「出来たぞ」


 出来たのは至極シンプルな双六である。コマは4つ用意した。


「ジロー、ロナとロロを呼んでこようか」

「合点でさ」


 ジローは言うが早いか、あっという間に2人を引っ張ってきた。


「うわっ、これが新しい遊び?」

「そうだ、凄えだろ?」


 ロロが双六盤を見て声を上げると、ジローが得意気に顎を上げた。


 ……うーん、ジローもやったこと無いのにな……


 俺は首を(ひね)りながら3人にルールを説明する。


「簡単だろ?」


 俺が確認すると全員が頷いた。

 いつの間にか留守番の従士も集まってきている。


「よし、やってみよう」


 俺たちが双六を始めると、皆が真剣に見ている。


 単純なので、皆が1回サイコロをふるころには理解したようだ。


 今はジローがコマを進めている。


「若様、何て書いてあるんです?」

「3マス進めだな」


 ジローは「いよっしゃあ!」と威勢良くコマを進める。


 周囲の従士が「うおー」と歓声を上げた。


「あ、また1です」

「へへっ、僕は5だ」


 ロナとロロも順調にコマを進める中、俺が「開戦(ふりだし)に戻る」に止まった。


「何て書いてるんですかい?」

開戦(ふりだし)に戻れ」


 俺が肩を(すく)めると「ヒャー」と観客たちが手を叩いて喜んでいる。


 ……うーん、謎のテンションだな……


 俺は思わぬ盛り上がりに若干引きつつコマをスタート地点に戻した。


「若様、勝ったら何かあるんですかい?」

「うーん、考えてないが……その辺は皆で考えたらいいんじゃないか?」


 俺が「なあ、どう思う?」と従士たちに尋ねると皆でガヤガヤと相談を始めた。

 彼らは基本的にノリが良い。


「あっ、4マス戻れか……」


 ロナがシュンとしながらコマを戻し、ロロが「やった、6だ」とコマを進める。

 どうやらロロの独走態勢だ。


「かーっ、2だよ!」


 ジローのサイコロが奮わず、アモロス王国の記念すべき初の双六はロロの勝利に終わった。


 双六の良いところは運で勝負が決まることだ。

 経験はあまり関係がない。


「勝者への褒美はなんだ?」


 俺が従士たちに確認すると意見がバラバラでまとまらないようだ。


「そうだなあ……最下位の俺が今日1日だけロロに敬語で話すのはどうだ?」

「ええー、バリアン様に?」


 ロロが驚きの声を上げたが、これはゲームだ。

 従士たちに無茶な賭けとかされても困るし、ご褒美はこんなもんだろと思う。


 俺が「いかがでしょうか、ロロ様」とおどけると従士たちは腹を抱えて大笑いをした。

 何故かロロの罰ゲームみたいになっているが問題あるまい。


 俺たちは従士たちと交代し、観客となる。




………………




 半日後



 食堂は大変な盛り上がりを見せていた。


「ひゃー、1回休みかよ!」

「畜生っ! また2だっ!」


 飽きもせずに従士たちは双六に興じており、いつの間にか王宮から帰ってきたルドルフたちも参加している。


「殿様、代わってくだせえ!」

「む、私はまだ3回目だぞっ! 勝っておらぬ!」


 ルドルフも従士たちと子供のような喧嘩をしている。

 どうやらルドルフは勝つまでやるつもりのようだ。


 ……まさか、こんなにウケるとは……


 俺は不思議な気持ちで盛り上がる大人たちを眺めていた。


 また「うおー」と歓声が上がる。良くわからないが誰かが6を連続で出したらしい。


「すっかり追い出されちゃいましたね」


 ロナがチョコンと俺の隣に座った。

 今日はなんとなく休みになったらしい。


 ロナは俺の側に来ることが増えた。

 少女なりの愛情表現なのだろう。1回子育てを終えている俺から見ると実に微笑ましい。


「まさか、こんなに盛り上がるとは思わなかった」

「皆、喜んでます。バリアン様は凄いです」


 俺が「大袈裟だよ」と苦笑するとロナも笑った。


「手紙を書くよ」


 突然の俺の言葉にロナが目を丸くした。


「私は、その……」


 この時、俺は知らなかったが識字率の低いアモロス王国では手紙は政治や軍事関係くらいで私信を送るのは貴族か上位の僧侶くらいのものであった。

 ロナが驚くのも無理はない。


「大丈夫だよ、交代する従士に届けてもらおう」


 だが、アモロス王国の通信事情を知らない俺は遠慮は無い。


「また違う遊びを考えた。明日ジローと作るよ」


 ロナは「楽しみですね」とはにかんだ。




………………




 冬の間中、俺は室内遊びを考えることになる。


 薪や木材を使ったボーリング……これは球体を作れずに輪切りにした木材を使って玉にしたが大いにウケた。


 ルーレットやチンチロリンでも盛り上がったが、何と言っても大ヒットはリバーシだ。


 従士たちの間で双六とリバーシは大いに流行し、俺とジローはいくつか生産することになった……ジローはすっかりと木工に慣れ、職人のような手つきである。


 今も俺とジローは物置で3つ目のリバーシを制作中だ。


「若様はロナをリオンクールに連れてかねえのですか?」

「そう言うわけにはいかんよ……今はまだアレだが、5年もしたら俺も男になる。側に女性がいては我慢できるか不安だ」


 ジローは俺の言葉にびっくりしたのか目を大きく見開いた。


「へえっ、若様はソッチの道をご存知で?」

「まあな……13、4にもなればソレしか考えられなくなるだろ? その時に美しく成長したロナが側にいてみろ……誰にも望まれぬ子が成されたらどうする?」


 俺が「そんなことできるかよ」と吐き捨てると、ジローはムッツリとした顔で考え込んでいた。


 互いに無言で作業をしていると、ジローが「わかんねえな」とポツリと呟いた。


「若様は本当に8つの子供なのか、わかんねえ」


 ジローは「フーッ」とリバーシのコマに息を吹きかけて削りカスを飛ばした。


「ロベール様はわかる。賢い方だけど、わかる。でもバリアン様はまるでオヤジと話してるみてえだ」

「そうか……そうかもな」


 ジローは20才程度である。

 確かに俺の精神年齢は彼の父親と近いのだろう。


「親父さんは? 元気か?」

「ええ、ピンピンしてますよ。年も年だし、リオンクールで留守番してるんでさ」


 ジローは少し懐かしそうな目をして笑った。


「親父はね、先代様の頃に反乱に加わって暴れまわったんですよ……今の殿様になって大人しくなりましたけど」

「へえ、何でだ? 俺の爺さんが無茶な政治でもしたのか?」


 ジローはニヤリと笑う。


「そうじゃねえ……若様、リオンクール人ってのは黒い髪に黒い目だ。これが誇りさ」


 俺は「ふむ」と相槌を打つ。


「若様のご先祖がリオンクールに攻めてきて領地にした……しかし、外国人にやられて黙ってるほどリオンクール人はヤワじゃねえ」


 それはそうだろう。

 外国人に占領統治されては現地が治まるはずが無い。


「そこで、若様のご先祖は考えた。リオンクールの豪族と結婚したんだ」

「なるほど、同化……いや婚姻政策だな」


 支配者が異民族の娘に子を産ませて遺伝子レベルの同化を図ったのだろう。

 よくある手ではある。


「まあ、俺にゃ難しいことは分かりませんが……リオンクール人にしても子が産まれれば無下にも出来ませんからね 」


 ジローは木片から次のコマを削り始めている……口を動かすが手も休めない。


「それは何代も何代も続きやした。若様のひいひい爺さんから始まって、今の殿様が産まれるまで」

「ああ、母上は確かアモロス王国の貴族だったな」


 俺は思い出そうとしたが、母の出身家はどうも思い出せない……確かドレーヌ子爵だったかな……


「ええ、まあそれは置いといて……リオンクール人はことある(ごと)に反乱を起こしやした。もともと違う国ですからね、無理もねえ話で……それが今の殿様の代にはピタリと止まった」

「なぜだ?」


 俺はグイッと身を乗り出す。


「髪と目の色でリオンクール人は殿様がリオンクール人だと思った。攻めてきた外国人をリオンクールの血でやっつけたと考えたんでさ」


 俺は「むう」と(うな)った。

 リオンクール人の心情は理解できる。

 どうしても打倒できぬ憎い征服者を逆に遺伝子で取り込んだと溜飲を下げたのだ。


 ……それが征服者の意図であったかも知れないがな……


 俺は自分の黒い髪を撫でた。


 リオンクールの地には中々に複雑な事情があるようだ。


「ロベール様は茶色、バリアン様は黒色……ちょっと難しいかもしれませんな」



 ジローの言葉が印象的であった。




 その後も室内遊びは続き、試しにリンネル師にもお裾分けしたら大いに喜ばれた。


 後の話になるが、僧侶の間で双六は大いに流行し「僧侶の(たしな)み」とされたそうだ。

 なんでもサイコロで運命を決めるのが神の恩寵がウンたらカンたら……そこは良く分からないが、様々な派生型が生まれたようだ。



 そして冬の終わる頃にはリオンクール家の屋敷では『なんでもバスケット』に興じる原始人たちで賑わっていた。



 いつの間にか日差しが暖かくなってきた。

 冬も終わりが近い。

お約束のリバーシです。

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