1話 ボンジュール! 異世界
舞台のイメージは10世紀くらいのヨーロッパです。
俺の名前は田中正。41才だ。
地味な名前だろう?
俺もそう思う。
俺は田舎の寺の三男に産まれたが、特に変わった人生を歩んだわけでもない。
強いて言えば仏教系の高校に行ったくらいかな?
柔道部でな……半ば無理矢理入部させられてさ、思い返せば良い思い出だが、当時は嫌だったなあ。本当に。
俺は23才の時に妻の由美子とデキ婚をし、由美子の実家が地方で経営する食品加工の会社で就職した。
完全な一族経営の会社だったので、俺もそれなりに重用されて課長待遇だったんだぜ?
とは言っても仕事は倉庫管理で、部下は地元のパートのオバチャンとかばっかりだったけどな。
子供は長男の顕太が18才、次男の証次が16才だ。
2人とも俺と違い優秀で、地元ではレベルの高い高校に通ってるんだ。
自慢の息子たちさ。
俺? 俺は三流私大卒だな……別にいいだろ、そんなことは。
まあ、幸せだったよ。
仕事の関係で女房には尻に敷かれてたけどさ、月に3万の小遣いをやりくりして煙草も吸えたし酒も飲めた。
ローンはあるけど家も建てたし、車も2台だ。
これでも地方じゃ悪くない稼ぎだったんだよ。
俺の生命保険もあるし、学資保険も入ってる。
子供達の将来もそんなに心配したことは無いとは思う。
さすがに成人までは見たかったけど、仕方ないよな。
実は俺、死にかけてるんだ。
胃癌でな……見つかった時には滅茶苦茶に転移していて余命4~5ヵ月とかナントカ……まあ、仕方ない。
体重が減ったとか喜んでたらこの様だ。
まあ、それから半年も生きれたし、痛みも取って貰って楽になった。
痛くないってのは本当に素晴らしいことだと思うよ、マジで。
俺は幸せだったと思う。
……だって、俺なんかのために、こんなに泣いてくれる人がいるのだから……
……幸せだった、幸せだったけど……
本当は死にたくない。
もっと、生きていたかった。
死にたくない。
………………
俺は今、落ちている。
いや、良く分からんが落ちている感覚があるのだ。
俺は死んだ後、体から染み出すように抜け出して……気がつけばこの通りだ。
……確か実家で見た地獄絵図で、ひたすら落ち続ける地獄と言うのがあったな……八大地獄で確か1番ヤバい無間地獄とかナントカ……
おいおい、三途の川も閻魔様もぶっ飛ばして無間地獄かよ……俺ってそんなに罪深かったかな?
まあ、嘘もついたし、殺生や肉食も女犯も飲酒もしたけどよ……あれ? やばくね?
それにしても、深いなあ。落ちてるのか、何なのか良く分からなくなってきたぞ。
無間地獄……確か何千年だかを落ちて、龍だか鬼だかに食われるんだったかな……もう死んでるけど、食われるのは嫌だなあ。
嫌だなあ。
……おっ、何か見えてきたぞ。
………………
……痛っ!
俺は肩に鋭い痛みを感じて目を覚ました。
「……ここは?」
口から出した声に俺は違和感を感じる。
何かおかしいぞ?
俺は本能的な危険を感じ、キョロキョロと周りを見渡した。
病室にいたはずの俺は何故か屋外で立っており……何故か目の前には怒れる巨人が立っていた。
何をそんなに怒ってるのか分からないが、凄い怒ってる。
デカイ、とにかくデカイ。
俺の身長は172センチだが冗談抜きで俺の倍くらいの大きさがある。
そして面構えがヤバい。
オールバックの黒い髪に黒い瞳、口髭がダンディだが……見たこともないような凄い傷跡が顔面に二筋、明らかに堅気の面構えじゃない。
こんな巨人が目の前でキレてるんだぞ?
しかも、良く見たら木刀持ってるわ……死んだな、俺。
どんな罰ゲームだよ……あ、これが地獄か。
「×××ッ! ×××ーッ!」
ヤベエ、何か言ってるけど全然わからん。
「××××ッ!」
そして、巨人は俺の頭を木刀で殴りつける……当然、何もできずに俺は殴られた。
……さっきの痛みはこれか……殴られてたのか……ははっ、さすが地獄だぜ。
俺は目覚めたばかりだというのに、早くも意識を手放した。
………………
また、目が覚める。
ベッド? の上だが……何だか汚い。そして臭い。
俺は身を起こし、周囲の様子を確認した。
ズキン
体を動かすと巨人に殴られた箇所が痛い……頭と肩だ。
痛みを耐え、周囲を見渡すと薄暗い石造りの無骨な部屋である。
小さな窓が無ければ牢屋と間違えそうな部屋だ。
窓の外から子供の歌声が聞こえた。
どこか調子外れの歌声に、楽しげな笑い声も混ざっている。
……窓の、外からか。
ふらつく足で妙に高い位置にある窓を覗くと、外国人と思わしき女の子と男の子がタライの中に足を突っ込んでいた。
水遊びであろうか……いや、何かを踏みつけている……どうやら洗濯のようだ。
足踏みで洗濯? ……この窓もガラスすら入ってないし……どうも変だぞ?
俺は首を捻る。
良く見たら薄暗い石造りの部屋には照明と思わしき物は無い。
不潔なベッドにガラスの無い窓、照明の無い天井……挙げ句の果てに窓の外には外国人である。
さすがに不自然だと考え込んでいると、窓の外の子供達がこちらに気が付き、慌てて走り去っていった。
……はて? 何だろうか……
俺がしばらく考え込んでいると、不意に重そうなドアが開いた。
入ってきたのは外国人の女性だ。
ふくよかな雰囲気のある30才前後の女性、明るい茶色の髪に緑の瞳……十分に美人の範疇に入る顔立ちをしている。
しかも、彼女も巨人だ。
俺の背は彼女の胸辺りまでしか無い。
「×××××、××××!」
やはり彼女の言葉も分からない。
英語でも無いし、全くコミュニケーションがとれないのでは不便極まりない上に、知らない外国人に話し掛けられるとチョット怖い。
女性は俺の反応を見て怪訝そうに眉をひそめた。
続いて先程の堅気ではない黒い髪の巨人も現れ、何事か話し掛けてきたが……やはり通じない。
「すみません、どなたか日本語の解る方は居ませんか? 私は田中正と申します。」
俺の口から妙に甲高い声が出た。
俺の言葉に2人の巨人は怪訝そうな顔で互いに見つめあった。
「Do you know Japanese?」
俺は得意でもない英語で「日本語が解るか」と尋ねるがダメなようだ……英語ならなんとかなると思ったが。
「ニーハオ、ボンジュー、チャオ、グーテンモルゲン」
適当に思い付く外国語を片端から発音するが、駄目みたいだ……まあ、フランス語やイタリア語で返されても何も言えないが、何となくだ。
何も解らないのは精神的にキツい。
「×××××ッ! ××ッ!」
女性が踞り泣き出してしまった。
男の巨人が女性を慰めようと声を掛けるが、逆効果だったようで、女性はヒステリックに男を責め立てた。
ザマーミロ。
いいぞ、もっとやれ。
俺は男の巨人がタジタジになるのをニヤニヤと眺めていたが、巨人というのを差し引いても外国人の喧嘩と言うのは迫力がある。
しかし、2人とも不思議な姿をというか、質素な身形をしている……ここは東欧か何処かのド田舎なのだろうか?
男の巨人は腰に剣まで差している。
その姿を見て違和感を感じた俺は、何かとんでも無いことに巻き込まれたかもしれないと……ようやく気がついた。