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Cの人格  作者: James N
5/11

時間かかりました。もしお待ちしている方がいらっしゃいましたら申し訳ありませんでした。

05/13/2017 内容を一部変更しました。

 まだ高い太陽の下を突っ切るように敷地内から出た。

 下校時刻を見計らって校門前で車を待機させていたアゴスティンは、予定と異なり僕が一人で現れたことに何の質問も寄こさなかった。彼の寡黙さに救われたことになる。

「家まで頼みます」

 彼は頷いて後部座席のドアを開けた。

 行きとは反対に流れる規格建築物へ視線を向けながら、フラッシュバックする静奈の顔と収まらない動悸に耐えかねて、僕はそっと心臓の上を握った。

 ――どうして。

 あの女の人は確かに三木島静奈だった。短い髪、華奢でスラリとした体つき、女性にしては高い身長。VRで定されているアバターと寸分たがわない姿で、彼女は僕を見下ろしていた。

僕は彼女の顔を見た。小さく薄い唇、平均的な日本人の鼻、茶色の瞳――。

胸を握る手の力を強める。

「あの目」

 違った。あれは人が人を見る目じゃなかった。

犬や猫の目か。モニター越しでしか馴染みがなくて現実で観察したことがないのでうまく想像できない。でもあれが動物の目でないのは確信できる。

じゃあ飼い主の目。これもじろじろと見たことがないのでわからないけど、ペットを愛でる飼い主たちの柔らかい視線とは、あの瞳は決定的に何かが違う。

恭司さんや季実さんが下位クラスの生徒に向けていた視線は――やはりしっくりこない。あんな風に侮蔑や優越感の入り混じった、そうでなくとも何らかの感情が入っているような色のある瞳じゃなかった。

「どうしてみんな何とも思わないんだ」

 首を絞められているみたいに喉の奥で声が擦れた。

 ――僕がおかしいのか。

 何もかも気のせいだったように思えてきて、僕は握りしめていた右手を緩めた。

 家に到着して自室に籠る。ベッドに倒れこんでぐったりしていると、母さんからのテキストメッセージが視界にポップアップした。

『昼食が必要ならトーマソに頼みなさい』

 アゴスティンと同じで母さんは早々に帰宅したことに関して触れてこなかった。夕食の時には聞くつもりなのかもしれないけど、今だけでもそっとしてもらえるのはありがたい。

 食べてきたので平気です、と返信する。学食での食事は半分以上残してしまって十分ではなかったけど、改めて食べる気力が湧いてこなかった。

 僕は足をベッドの淵から投げ出し、仰向けに寝転んだまま瞑想した。いつもなら隣の部屋にある学習装置で勉強を始めるか、装置用にデータ化されていないマイナーな知識をネットで漁るなどするのだけども。学習装置は機械をセットしてじっとしているだけでいいのに、それすら面倒だ。

 しばらく目を瞑り、頭の中を空っぽにして横たわっていた。眠くなる気配はない。視界の端にいつもある時間表示、消そうと思えばいつでも消せる。

だけど、消すのが怖い。知らないうちに歳をとっていくのが恐ろしい。

目を閉じていてもわかる時間は確実に一秒ずつ過ぎていった。

 一秒ずつ、というのもおかしな話だ。本来の時間に区切りはない。一秒、一分、一時間、一日。全部人間が定めたもの。人間が、人間の生活を支えるために創り出した幻。

 時々、今この瞬間も幻のように感じることがある。VRを現実と変わらないと思うことがあるのと同じように、現実も虚構の世界でしかなくて、合図一つで露と消えるようなものだとしたら。

 ――やめよう、時間の無駄だ。

 過去に何度となく思考を迷宮入りさせた問題に懲りずに飛び込みそうになった。

 時間をもう一度認識する。午後一時三十八分。

 その時、端末にコールがかかった。僕は目を開けて天井を見た。コールがかかってくるなんていつぶりだろうか。母親からはメッセージが大半だし、自分からかけることも滅多にしない。

相手は――秘匿回線?

明らかに怪しいので出るのを躊躇った。そのうち切れてしまうだろうと思っていたけどコール音が十回以上繰り返される。十五回を超えたところで相手は引く気がないと悟り、僕はコールに応答した。サウンドオンリーと英語で書かれたタブが開かれる。

「どちら様ですか」

「久しぶりだな、元気だったか」

 深い年季の入った声が聴覚に響き、僕は飛び起きてベッドの縁に手を置いた。たまにしか聞かない声だけど、一度聴いたら忘れない。

「じーちゃん?」

 祖父、神井天その人だった。

「なんでいつもの国際回線じゃないの? 誰かと思ったよ」

「すまんな、訳ありなんだ」

 じーちゃんは僕が生まれる前からずっとアメリカの研究所で働いてる。だから現実では一度も会ったことがない。少なくとも僕の覚えている範囲では。

向こうは真夜中のはず、まだ起きているとはタフな老人である。僕は日付が変わるころには寝ている。何か目的があるときは無理に起きているより次の日に早起きして朝から取り組んだほうが集中できるからだ。そのほうが合理的だと思う。

「何、久しぶりに孫の姿でも拝もうかと思ってな。時間はあるか?」

「うん」

唐突な誘いだったけど、断る理由はなかった。視界にアクセスコードが表示される。

「いつもの場所だ」

「わかった」

 通話が切れる。

僕は驚きから高揚してしまったのか、ベッドわきに置いてある遮光ゴーグルを掴んで跳ねるように横たわった。室温が低いので念のために空調を首の端末で作動させ、ゴーグルの下で目を瞑ってからVRに接続した。

 瞼の裏に残っている部屋の明かり、白と黒が決して交わらないその視界が、くっきりと白に変わる。

床以外は何もない真っ白な空間に僕は立っていた。送られてきたアクセスコードを入力して接続を指示すると、部屋は形を失って、僕は身体ごと分解された。

身体がないので瞬きをしたわけではないけど、そんな一瞬の意識の隙間に何かをされたと錯覚するほど、いつの間にか目の前には巨大な本棚が所狭しと並んでいた。

天井が見えない巨大な円塔、内側の壁は全て本で埋め尽くされ、人類の叡智を象徴する荘厳な有様を僕は見上げた。近くにある本を無造作に取り出して開いてみる。たったそれだけで気分が舞い上がった。

薄暗い棚の影でも本が読めるように僕の周りには光の粒子が浮かんでいて、まるで妖精にでもなった気分である。

僕の家には少しだけ本がある。データに溢れた現代を生きる人間にとって紙は必要ない。でもなくなったわけでもない。履歴に残したくないやり取りや、母さんみたいに古いものや手で触れられるものを好む人にはまだ需要がある。特に後期高齢者の世代にはいまだにデータを嫌って紙しか信用しない人もいるらしいけど、さぞかし生きにくいことだろう。

でも、そんな人たちも、皮脂を奪い取って手を乾燥させるこの手触り、薄い材質が撓んでから捲られるときの音、透き通るような匂い、完璧に再現されたこの紙の束の確かな存在感を前にすれば、感嘆の声を漏らすと僕は思う。

「こっちだ」

 僕が顔面を本に押し付けて匂いを嗅いでいると、本棚で作られた通路のずっと先のほうから、淡く輝いている白衣姿の老人が大きな声で呼んで手招きした。僕は本を棚に戻して早歩きで向かった。

 じーちゃんは本棚たちの切れ目による少し広い空間にいた。遠くから光っているように見えたのはさっきの光の粒子ではなくて、床だった。白衣のせいで余計に明るく見える。複雑な文様が浮かび上がって、宇宙の文明の遺跡に迷い込んだみたいだ。以前に来たときは普通のカーペットだったのだが。

「模様替えしたんだ?」

「かっこいいだろう」

 モニター越しに見たことのある鷲のように目はぎらついていて、挑戦的に歪む唇が若々しい。しかし対照的に、光の中で深い影が顔に何本も走っている。そのギャップが形容しがたい力強さを醸し出しているように思う。

「目が痛くなりそう」

 僕がそう言うとじーちゃんは少ししょげて、それから床の光を弱めた。かわりに周囲の基本光度が上がる。それと同時に木製の味気ないテーブルと椅子が二つ構成された。

「ふん、相変わらず仏頂面だな」

 どうやら僕の感情表現は乏しかったらしい。平常時に比べればかなり興奮しているのだけど、ここに来るときはいつも興奮しているからじーちゃんには違いが判らないのかもしれない。

 この場所のオブジェクトデータ量は想像もつかない。国立の図書館か、オンラインゲームの運営が管理しているような次元だろう。それを一個人が所持、管理しているのだから規格外という言葉が相応しい。確か独自のAIで管理しているというようなことを聞いた気がする。

 僕はじーちゃんの棘のある言葉に棘で返した。

「じーちゃんこそ、皺増えた?」

「肉体など飾りだ、ほれ」

 じーちゃんの身体が光を放って弾けたかと思うと、データの破片の中から白衣に身を包んだ若々しい白人の男が現れた。

「そうやって過剰に反応するところが気にしてる証拠だよ」

「減らず口も変わっておらんな」

声が皺がれていて、目の前の男が口だけ動かしている人形に見える。気味が悪い。

 ここまでは挨拶みたいなもの。僕が唯一気兼ねなく話せる存在、それがじーちゃん。今日もそれを再確認した。

 僕らは椅子に腰かける。じーちゃんは金髪の美男のまま話すつもりらしい。光の中で白衣より白く見える肌。圧倒的な身長差から顔を見上げなければならない。

「最近調子はどうだ」

「いつも通り」

「そうか、何かあったか?」

「別に、何も」

 金色の眉毛がハの字に歪む。

「何かあったようだな」

「どうしてそう思うの?」

「本当に何もないときのお前なら、まず俺に質問の意図を問い返していただろう。何か、では漠然としていて答えようがない。こんな曖昧な質問を俺がしたことに対して疑問を持ったはずだ、違うか」

 頬を上げて余裕を見せるじーちゃん。僕は蜘蛛の巣に引っかかった蝶にでもなった気分でため息をついた。普段の自分がじーちゃんの言った通りの思考をする姿が容易に想像できてしまったからだ。そんな間抜けな蝶、見たことないけど。

「お前が隠したがるとは珍しいな、うむ、興味深い。お前は自分のことに関心を持っていないから、聞かれたらペラペラと話すだろう。俺にどう思われようと構わんからな。俺がちょっと無礼な口を利かれたくらいで腹を立てんことも知っている。永遠子さんの過保護ぶりは中々に困ったものだが、反発しないお前も大概だ」

「余計なお世話」

 やれやれといった様子で金髪を右手でかきあげるじーちゃん。大仰なボディランゲージを駆使して話す姿は様になっているが、見た目が変わると動作もそれらしく合わせてしまうような適応衝動でもあるのか。

 じーちゃんはテーブルに右腕をどさりと乗せて前のめりになった。

「さあ、吐くがいい」

「やだよ」

 即答した。本日三度目の質問。なぜみんな聞きたがるのか。

じーちゃんは静奈のことなんて一ミリも知らないから、純粋に興味本位なのだろう。僕が隠そうとしているのにこの不遜な態度は、流石世界の研究者と言わざるを得ない。他の研究者も変人ばかりなのだろうか。

「お前、歳いくつだったか」

「十六。だから?」

「ふん、俺がそれくらいの歳だった頃の悩みは何だったかと思い返しているのさ」

 じーちゃんは掌に顎を乗せ、テーブルに肘をついて頭を支えた。体を横に向け、膝を曲げて黒い革靴を器用に椅子の上に乗せる。巨体がグネグネと折曲がっていくのは奇妙な光景だった。僕が会ってきたどんな人よりも、身体による性格表現が著しい。

 ――リアルの身体じゃ固くてできないんだろうな。

 じーちゃんは眉をフレキシブルに動かして記憶の検索に躍起になっている。僕はそれを面白がってみていた。

 やがて顔からは表情が失せ、目だけが遠い過去を覗いていた。数秒の間をおいてじーちゃんが口を開く。

「抽出装置に頼らなくても、思い出そうと思えば、色々なことを思い出すものだ」

 もう思い出に浸るのはやめたようだった。同じ体勢で、本に埋め尽くされた壁を見ている。じーちゃんの視線の先では、データの本棚を整理しているマシンが円周の壁を高速で移動していて、駆動音がここまで聞こえる。あのマシンは特に意味のない、この塔の演出だろう。

「しかし、たとえ装置を使ったとしても思い出せるのは主観の記憶。どれだけ捏造されているかなど知る由もない」

 じーちゃんが急に憂いを帯びて、僕はなんだか不安になった。何を思い出したのだろう。

 白い顔が少しだけ僕に向いた。

「都合よく改変された記憶と、機械によって録画された真実。お前ならどちらを残したい?」

「真実」

「若いな」

 視線は壁に戻っている。マシンの音ははるか高みに昇ってほとんど聞こえなくなっていた。

「真実がいつも正しいわけじゃない、とか言いたいの?」

 違う違う、とじーちゃんは笑った。瑞々しい肌が今にも乾いていきそうな笑い方だった。

「真実が何であれ、記憶は改変されるもの。俺たち人間はそうやって個々の人格を保って生きてきた。それが自然な在り方だと、俺は言いたいがね。最近はどうも監視社会に向かい過ぎている感じがしてなあ。近い将来、脳内に埋め込まれた無数のナノマシンが網膜から読み取った景色を一時的に記録し続ける技術が確立されるだろう。まだ実験段階だが今の発展速度なら十年以内に出来るかもしれん。まったく、真実など生きる上で何の役にも立たんというのに。目の前の、主観こそが人生なのだからな」

「じーちゃん、適当に喋ってるでしょ」

「バレたか」

 じーちゃんはさっきと同様のしなびた笑いを浮かべ、今度は身体ごと僕のほうを向いた。

「ところで、お前の悩み事、恋だろ」

「え?」

 素っ頓狂な声を上げてしまった僕に、してやったりという表情を浮かべてじーちゃんは続けた。

「お前くらいの頃は恋愛しか頭になかった。花の高校生活、最高だった。週に六日の登校日、毎日のようにクラスメイトと他愛のない話をして、クラブ活動なんかもあったな」

 じーちゃんはぶつぶつと、また記憶の中へ旅行に行ってしまった。

コンビニで買い食い、海で花火、修学旅行。何の話をしているのか想像もつかないけど、じーちゃんがあまりにも楽しそうに語るので遮る気になれない。

「あいつと付き合い始めたのは高校三年の時だった。受験勉強のために通っていた予備校で出会ったんだ。予備校、知ってるか?」

「知らない。その人って、ばーちゃん?」

「そうだ」

「どんな人だった?」

健康的なピンクの唇が意図的に歪められた。

「どこにでもいるような見た目で、どこにでもいるような女だった。なぜ惚れたのか、今では思い出せんよ――死に方だけは特別だったがね」

「大震災……」

 僕も父さんから聞いたことがあった。ばーちゃんは、二千二十五年の東京大震災で亡くなったのだ。

「お前の父さんは学校に居て無事だったんだが、たまたまあいつは実家に用があって帰っていてな、運悪くそこは木造住宅密集地域だった。高度経済成長期の不合理な建築のツケが回るとは。風が強い日でな、火事で全部丸焼けよ。狭い路地ばかりで逃げ場なく大勢死んだらしい」

 感情が排された声が別人の姿と相まって恐ろしさを強調している。

「俺は、海外で講演をしていた。関西の飛行場に無理やり飛んで帰ったさ。現場につくころには何もかも終わっていたがね」

 じーちゃんは目を細めたかと思うと、光を吸い込むように深呼吸をした。次の瞬間には普段の雰囲気に戻って言った。

「何が起こるかわからん世の中だ。お前も、もう少し素直に生きることだな」

「ああ、恋愛の話だったんだ。そんなこと言われても、わからないよ」

「ほう、やはり、他人に関する悩みなのは確かのようだな」

 ――しまった。

 僕は慌てふためきかけて、一瞬で沈下した。知られても構わない。隠そうとしたのは、一日に何度も同じ人のことを考えるのに疲れたから話を逸らしたかっただけだ。

 気分を切り替えて吐いてしまうことにする。だけどその前に、

「いい加減元の姿に戻って欲しい。気持ち悪いよ」

「おお、忘れてた」

 光が破裂してデータが飛び散り、老獪の姿が現れる。

 それを見届けて、僕は話し始めた。

「少し、変な人に会ったんだ」

「何が変なんだ?」

「うまく言えない。会話実習で会ったんだけど、いきなり笑顔の練習とか言って大声で笑い出したりさ。変でしょ。変だけど面白い人だって思ったから、外でも会うことにしたんだ。でも顔を合わせたら、なんか、怖くなって。帰ってきた」

「怖くなった? 相手は女じゃなかったのか?」

「女の人だったよ。怖いというか、最初はびっくりした。その人の目を見たらさ、何と言うか……同じ人間に思えなかったんだ」

 じーちゃんは僕を凝視して動かなくなった。目の周りの筋肉だけが強張っているように見え、衰えを知らない鋭い眼光が床や周囲の光を反射して輝いている。

 僕が気圧されていると、じーちゃんの方から聞いてきた。

「それは、どういうことかね? 理由は?」

「たぶん、演技してるように見えたんだと思う」

「ふむ、演技か」

 じーちゃんは顎に手を当てた。僕が怪訝に感じて見ていると、視線を気にしたのか考え込むのをやめて言った。

「それはともかくとして、リアルコンタクトしてすぐに帰るのは失礼だろう。謝罪の連絡は入れたのか?」

「あ……」

 完全に忘れていた。そもそも他人と約束をしたことなんてほとんどないし、約束を破ったことなんてもっとない。相手に悪いとも思っていなかった。

 じーちゃんはため息をついて言った。

「人間に興味を持たないとこの先大変だぞ。人付き合いができんのは致命的だ。人は一人では生きていけんからな。永遠子さんのようになれとは言わんが」

「僕にあれは無理だよ」

「だとしてもだ。もう少し努力をしなさい」

 じーちゃんは珍しく命令口調で言った。昨今の教育事情ではあり得ない言葉遣いが新鮮で、僕は素直に頷いてしまった。

「まずはその人と仲直りしてみなさい。それで話してみて、気が合わなければ無理に関係を継続しなくていい。気楽に始めることだな。何もしないのとは月とスッポンだぞ」

「うん」

 最後の言葉は知らないけど意味は何となく分かった。

 そのあとは僕の勉強の話やじーちゃんの研究の話をしていたら、いつの間にか一時間くらい経っていた。夜更かしをさせていることを思い出して会話の終了を提案すると、じーちゃんは思い出したように時間を確認して言った。

「このくらいにするか。邪魔したな。謝るの、忘れるなよ」

 じゃあ、と言って接続を切る。別れ際があっさりしているのも通例だった。

 視界がホワイトアウトして、そして真っ暗になった。左上の時刻は午後二時四十五分。静かな部屋で横たわる身体が軋み、現実に帰ったことを意識した途端に耳鳴りが大きくなった。室温も適温まで変化している。VR接続前と何もかも違う状態に若干の酔いを覚えた。意識と肉体のずれが引き起こす体調不良だ。

 ゴーグルを外すと、ずっと外界を遮断されていた肉眼が光で痛めつけられた。

 ベッドの縁に腰かけて、目を慣らしてからメッセージ入力画面を開いた。

 宛名は三木島静奈。

 文面はかなり悩んだけど、最後にはシンプルな謝罪にまとまった。

『急に帰ってすみませんでした』

 送信するのに、さらに十秒くらい迷った。人に謝ることがこれほど勇気のいることだとは知らなかった。

 意を決して送信を指示する。メッセージタブがスライドして送信完了の画面が現れる。

 そして、完了画面が消えるころには返信が届いていた。

 ――いったいどうなってるんだ?

 早すぎる返信に慄きながら、メッセージの封を開けた。

『嫌われたかと思った。いや、言葉遣いが変わっていることから、少なからず嫌われたのだろう。それでも連絡をくれたことに感謝する。ありがとう。私がどんな無礼をしてしまったのか自覚していない状況では、謝罪よりも信用に値するだろう。私は一体何をしてしまったのだ? 同じ失敗を繰り返さないためにも教えてもらえないだろうか。言いたくなければ拒否してくれ。まったく、会話は難しいな。しかし――』

 そこまで読んで、僕はメッセージを最下部までスクロールした。読んだ部分の五倍は文字が続いていた。

 恐怖は薄れていた。代わりに、彼女が何者であるかを知りたいという好奇心が止めどなく溢れてくる。

 ――彼女がただの人間じゃなくても、楽しかったことに変わりはない。

 明日会えないかという提案を呑むことにして、了解の旨を送る。

 今度は迷わなかった。


色々な粗を自覚しつつも、先を書いてから推敲するスタイルで行こうと思います。

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