22.ボーイミートガール
サブタイトルは誤字ではありません
ゴソゴソとした物音で目が覚める。
「もう朝か。今日は頼んでいた槍を取りに行くんだったか。ん?」
微睡みの中で起き上がると、自分の横に毛布が盛り上がった部分があることに気づく。少し温かく、上下に動いている。
ライトが恐る恐る毛布を捲ると、そこでは明るい茶色の髪をした10歳前後の少女が、すやすやと寝息をたてていた。
「‥‥‥ノエル?」
一気に意識が覚醒する。昨夜の記憶を辿るが、今の状況が全く理解できない。
ライトが戸惑ったまま固まっていると、ノエルが目を覚ました。
「ふあぁ。あ、ライトさんだー。おはよー」
目を擦りながら、まだ眠そうに言う。まだ陽は完全には昇っておらず、朝の鐘も鳴っていない。
「おはよう、ノエル。何でノエルが俺の部屋にいるんだ?」
「へ?あ、昨日ライトさんちょっと怪我して帰ってきたでしょ?それで心配だから夜看にきて、そのまま寝ちゃったみたい。ごめんなさい」
どうやら火魔法を受けた傷がポーションで治りきっていなかったようだ。それを心配して看病でもしようと思ってくれたのだろう。
(それでベッドに入る意味が分からんけど。健気な少女、許せるっ!)
「何も謝ることないだろ。心配してくれてありがとな」
そう言って頭を撫でると、ノエルはいつもの笑顔を浮かべる。そしてライトに抱きつきながら、
「本当?じゃあ今日も一緒に寝ようね!」
と、若干の爆弾発言を投下した。
「ええっと、女将さん達と一緒に寝たらどうだ?」
「お母さんが、そろそろ親に甘えるのはやめなさいって。お父さんはまだ良いよって言うんだけどね」
なかなかにハードなご家庭である。逞しいと言うべきか。それが「一人で寝れるようになりなさい」という意味なのかもしれないが。
「まあ俺はいいけど。あんまりこういう事を知らない男の人にするもんじゃないぞ。もうちょっと成長したら特に。」
「?はーい」
首を傾げながらも素直に言うことを聞くノエルに、随分なつかれたものだと思いながらライトは部屋を出るのだった。
ドロップ品を売りに冒険者ギルドに行くと、受付嬢のキャロラインに呼び止められた。なんでも、盗賊に捕まっていた女性の容態が安定し、目を覚ましたらしい。
「それは良かったですね。それで、今後の生活とかは大丈夫そうですか?」
「それも含めてライトさんにもお話がありますので、二階の応接室へお越し下さい」
何となく歯切れの悪いキャロラインの案内に従って、応接室へと向かう。そこにはすでにガイモンと件の女性、そして壮年の男が集まっていた。
「ライトさんをお連れしました」
キャロラインが見知らぬ男に告げると、彼は立ち上がり、こちらに話しかけてきた。
「おお、君の話は聞いているよ。活躍しているそうだね。私はここのギルドの副長を務めているアレクサンドロだ。アレックスとかアレクとか呼んでくれて構わないよ」
王都の冒険者ギルドで副長ともなれば、それなりの立場である。しかしアレクは、そんなことは鼻にかけない気さくな人物のようだ。
「ライトです。よろしくお願いします。」
アレクに勧められて椅子に腰かけると、女性が口を開いた。
「先日は助けていただきありがとうございました。シルヴィーと言います」
そう言って頭を下げる女性はライトと同じくらいの歳だろうか。少しつり目がちの整った顔立ちに、スラッとした体つき。身長も女性の割には高いだろう。モデル顔負けの美しさと透き通るような銀髪が合わさり、神秘的にも思えた。
そして彼女の頭には獣の耳がついており、背後には尻尾が見える。シルヴィーは獣人だった。
「大分快復されたようで何よりです。もう体調は宜しいのですか?」
頭を下げるシルヴィーにそう訊ねると、横に座ったガイモンが答えた。
「体調は問題ないみたいだが、ちと面倒なことがあってな。」
「面倒なことですか?」
話が分からないといった様子のライトに、今度はアレクが言いづらそうに話を引き継ぐ。
「彼女は奴隷なのだ」
「奴隷?盗賊たちのですか?」
「いや、先日襲われた商人のだ。しかし盗賊に一旦奪われたものは基本的にそれまでの所有権は無くなるから、彼女はこのままでは奴隷市でオークションにかけられることになる」
話が見えてきた。シルヴィーが奴隷であるならば、当然次の持ち主を探すことになる。所有権が分からない、または無い場合はオークションにかけたり何処かの商館に引き取られる。
「この国は特に獣人差別が酷いわけではないがな。それでも奴隷として買われたなら過酷な肉体労働や不当な扱いが待っていることが多い」
シルヴィーの方を見ると、無表情でその感情は伺えない。
「そこでだ。ライト、お前がもらっちまえ」
「はい?」
突然、淀んだ空気を払拭するように明るい声を上げたのはガイモンだ。
「盗賊の持ちもんは討伐した奴の自由になるのが慣例だ。ライトは丁度奴隷に興味持ってただろ?シルヴィーは狼獣人だから戦闘にはもってこいだ。お前なら奴隷を粗雑に扱うこともないだろうし、これで万事解決ってわけだ。そうだろ?」
要はシルヴィーをライトの奴隷にするためにここに呼んだということだった。
「ガイモンさんも一緒に盗賊討伐しましたよね?いいんですか?」
「俺か?俺ぁ今んとこメンバーに困ってねぇよ」
「シルヴィーさんは?希望するなら通常の手続きをしても構いませんよ?」
正直奴隷を買うなら美少女を、と考えなかったこともない。その点シルヴィーは絶世の美女と呼ぶに差し支えない容姿をしている。しかし、本人の意思を確認しないまま話を進めることはライトには出来なかった。
「私は何の不満もありません。獣人は強さを尊びますので、盗賊を倒して私を救ってくださったライト様に仕えるのは光栄ですらあります」
無表情なので分かりづらいが、むしろライトの奴隷になることを望んでいるようですらあった。
「それならば俺としては願ってもないことです。責任を持って引き取りましょう」
「そうか!いやあ、売り飛ばすような真似は我々としても心苦しいと思っていたんだ。ライト君が引き受けてくれて良かったよ」
アレクがホッとしたように肩の力を抜いた。
「あらためて、ライトだ。これからよろしくシルヴィー」
「こちらこそよろしくお願いします。ライト様」
話が一段落ついたところで、ぐぅ、とどこかから腹の音が鳴った。
音の主のシルヴィーが顔を真っ赤にして俯いている。
皆の顔が笑顔になった。
「そろそろ昼時だから腹も空くよな。どっか食べに行こうか。何か食べたいものはあるか?シルヴィー」
「‥‥‥く‥‥‥‥‥‥」
「ん?」
「おにく、が食べたいです」
小さな声で呟くシルヴィーに、最初のクールな印象は消え失せていた。
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