残り4人
まだ、まだ動く時ではない。
そう、まだ何も起きない。
どれくらい時間が経っただろうか。
ふと、恵子は時計を見ると時間はすでに短針、長針ともに真上を指しているところだった。集まったのがいつだったかは覚えていないがだいぶ長い時間呑んでいたようだ。
周りを見ると、客は他にもまだちらほら見えるが、やはり少ない。
友人たちはみんな寝てしまっている。
あまりお酒を飲まない康太も寝ているが、これはただ疲れてのことだろう。
涼介と美奈子に関しては完全に酔いつぶれてしまって何を言ってるのか寝言を言っている。
起きているのは、お酒に強く、主をおつまみにおく恵子だけだった。
しばらく、友人たちのその幸せそうな寝顔を見る。
恵子はふいに、美奈子の頬に指でムニっとつついてみた。
指でつつくたびに、美奈子は少し嫌な顔をするが少しするとすぐに幸せそうな顔をする。そんな様子を見るのが彼女の幸せだ。
しかし、いつまでもこんな風にしているわけにもいかない。お店にも迷惑だろう。
恵子は友人たちを起こすことにした。
「涼介、美奈子、康太、そろそろ起きて。もう帰らないと」
うーん。と、言いながらも一番初めに目覚めたのはやはり康太だった。
康太はふわぁー。と、大きくあくびをし、周りを見た。
「ああ、悪い。寝てた。2人は…起きないか。まぁ、いつものことだけど」
僕が寝てたのを除いては。と、付け加えるような顔をして立ち上がった。
それに続いて恵子も立ち上がる。
「それじゃ、今日はもう帰ろうか。美奈子はいつも通り私が送ってくから。康太は涼介をお願いね」
「はいはい、それじゃ今日は俺が出しとくから。3人でまたあとで出してね」
「わかってるけど。最後のがなければ男としてかっこよかったのになー」
「馬鹿、俺だって金があればしてやれるけど。あいにくそんなに持ってないんだよ。一般サラリーマンの給料をなめないでくれよ」
恵子は、ふふっ。と、笑うと美奈子の隣へと移動し美奈子を起こした。
「ほら、美奈子起きて。帰るよ。肩貸すから」
反対側でも康太が同じようなことをしている。
やっとの思いで、恵子と康太はそれぞれ友人たちを肩に担いで店を出た。 恵子の方は美奈子が少し意識を取り戻しつつあるがそれでもまだうつらうつらとしている。
しかし、康太の方は涼介が全然起きそうになくて大変そうだ。家がさほど遠くないのが唯一の助けだろう。
恵子は美奈子を肩に担いで美奈子の家へと向かった。
「美奈子、大丈夫?」
美奈子はうーん。と、返事するばかりだ。
「まぁ、こんな美奈子も好きだけど。もう少し自分で歩いてくれると楽なんだけどな」
そんな風に言った直後、
「ねぇ、恵子」
美奈子が話しかけてきた。
少し意識が戻ってきたのだろうかと思ったがそうではないようだ。こんな風に話しかけてくるのはいつものことだ。そして、おそらくこの後に話しかけてくることも。
「なに、美奈子」
いつも通り優しく返事をする。
「もしさ、もしあの子が今もまだ生きていたら、私たちもっと楽しかったのかな。たまに思うの。あの子がどこかで私たちを憎んでるんじゃないかって」
「あの子って、いー君のこと?」
「うっ、うん。」
美奈子は小さくは頷いた。
美奈子はいつも、人前では決して彼の名前を言わない。どうして美奈子が彼の名前をいわないのかは分からないが、恵子はそれについてなぜかと聞いたことはない。
「大丈夫だよ。美奈子。あの子が、ううん。唯月がみんなを憎むなんてことするわけないでしょ。私の実の弟だよ?そんなに気にしなくていいから。いー君もそんな風に思ってほしくないと思ってるよ。だから、ね」
美奈子はまた、うん、とだけ頷くとそれ以降何も話さなかった。
恵子は美奈子を肩に担いで美奈子の家へと向かった。
帰る途中ふと上を見ると月が見える。どこかその月は楽しそうに見えた。
そろそろ、涼介と康太も家に着く頃だろうか。
次回予告。
やっと何か起きます。




