第四話 強い女の子はお嫌いですか?
そう言えば、そろそろ引っ越し業者が来る時間だ。
ピンポーン。
丁度、タイミングを見計らったようにチャイムが鳴った。
「はい、はぁ~い。今、行きまぁーす」
玄関に行き、ドアを開けるとそこには引っ越し業者はいなく、居たのは──
「カナー!!」
「わっ! あ、朱美!?」
ウサギ耳の少女が抱きついてきた。そして、少女はそのまま俺の顔に頬摺りする。
玄関先に居たのは、幼馴染みの兎仲朱美だった。
頭に生えたウサギ耳をピョコピコ動かし、喜びを主張する朱美。
──って、く、首!締めてる締めてる!!
「ちょ、朱美、く、苦しい!」
「えへへ……カナの匂い……クンカクンカ」
俺の声を無視し、あまつさえ朱美は匂いを嗅ぎだした。
匂いを嗅ぐな!
朱美の行動は、更にエスカレートし俺の首筋を舐め始めた。
柔らかい舌が首筋を這いずる度に、頭が痺れる感覚に襲われる。
やばい!これ以上は……。
「朱美……いい加減に、して!!」
「あぁん、もうちょっとだけ良いじゃん!」
無理やり朱美を引っ剥がし、距離を置く。
引っ剥がされてもなお、抱きつこうとしてくる朱美。
「もう、相変わらずカナは恥ずかしがり屋さんなんだから★」
「誰が恥ずかしがり屋だって?誰だってあんな事されたら同じ反応するわよ!!」
「そうかな? アタシは、カナからだったら喜ぶけどなー。……だ、か、ら~」
朱美の瞳が、怪しく輝く。と同時に朱美の姿が消えた。
て、消えた!?
一体、どこに?───っ!?
朱美を探していると、胸の方から違和感を感じた。
「ムフフ……本当、厭らしい体つきしてるよねカナは」
「や、やめ……はぅ!? ひゃ……んっ。ホントいい加減に……あっ……はぁんっ」
朱美が俺の背後から胸に手を伸ばし揉んでいた。艶めかしく手を動かし続ける朱美。揉みしだれる度に、声が零れた。
耳に朱美の吐息が当たる。
だんだん頭がボーッとしてきた。
「……カナ、寂しいよ」
「え……?」
不意に動きを止め、朱美が静かに呟く。
振り返ると、朱美が瞳を潤ませていた。
「どうしたのよ? 一体。今日の朱美少し……いや、かなり変だよ?」
「だっ、だって……グス。もう、……カナと、……会えなく……ヒック、なっちゃん……うぅ……だもん!」
嗚咽混じりに、朱美が吐露する。
「会えなくなるって……、そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ!アタシにとっては重大だよ!」
いやいや、その気になればいつでも会えるんだからそんなムキになる事もないでしょに。
「朱美、別に今生の別れと言うわけでもないんだから、会おうと思えば会えるんだし、だから、泣かないで、ね?」
「……ほ、本当?」
「うん、本当」
やっと泣き止み、朱美の表情がいつもの笑顔に戻った。
うん、朱美は笑顔の方がいい。
「はぅ……」
頭を撫でてやると、朱美が頬を朱色に染めた。
まるで、主人に褒められた子犬のように嬉しそうに目を細める朱美を見ていると、何だかこっちも嬉しくなってくる。
「じゃ、アタシ帰るよ」
名残惜しそうにそう告げ、朱美が玄関のドアノブに手をかけた。
「途中まで送るよ」
「ありがとう、よろしくね?」
朱美の家は、俺の家から東にニキロ先にある。
約一時間かかる道のりだ。行きは無事だったにしろ、帰りも無事と言う保証はない。
それに、“奴ら”に襲われる可能性だってある。
送っている最中、朱美の口は止まらず、最近起きた出来事を楽しそうに話していた。
「あのね、カナの家に行く途中、空飛ぶ黒猫を見かけたんだ」
「…………」
朱美の言うその黒猫、十中八九ミランケスだ。
俺は、朱美の話に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「何だったんだろう?あの黒猫。もしかして、新種の魔物とか!」
「ハハハ……、そう、かもね。────っ!?」
突如として、俺達の目の前の空間が歪んだ。
その歪みから黒く大きい球体が現れる。球体は形を変え、獣のような姿になった。
顔は狼、硬質な身体は人の物の形状と酷似しているが、腕の間接部に鋭利な刃物が付いている。
「こんな所で、出会すなんて!」
「か、カナ……!」
鋭い双眸が俺達を捉える。睨まれただけなのに、身体中の毛穴から汗が吹き出してきた。
不味い……、このままじゃ。
空間を歪ませ、現れた怪物『エレメント』がゆっくりと近付いてくる。
何としても、朱美だけでもこの場から逃がさないと!
怯え俺の服の袖にしがみつく朱美を後ろへと下がらせる。
「───っ!」
一瞬、何をされたのか理解出来なかった。数十メートル離れていた筈のエレメントが一瞬にして間を詰め、俺を横へ吹き飛ばしたんだ。
「ガハッ!?」
電柱に強く打ち付けられる。
直ぐに立ち上がろうと、脚を動かすが力が入らない。呼吸も覚束なくなっていた。
「カナ! ───ヒッ!?」
クソ! 動けよ! このままじゃ朱美が!!
『グアッグ!?』
朱美にエレメントの凶刃が迫ろうとしたその時、エレメントの腕を何かが貫いた。
それは、汚れのない白銀の槍だった。
「全く、こっちに来て早々ゴミ掃除とは……人使いが荒いですわね」
銀色の髪を靡かせ、小柄な少女がエレメントに近付く。
「まぁ、これが仕事と言えば仕方ありませんけど」
白銀の槍を手に取り、刃先をエレメントに向ける。
不適に微笑む少女にエレメントが怒り剥き出しに襲い掛かった。
エレメントは斬撃を繰り出すも、少女に全く当たらない。
「ふふ……エレガントじゃあ、ありませんわね。ほら、よく狙いなさい。私はここですわよ!」
少女の挑発を受け、エレメントが肘部分に付いている刃を巨大化させた。
そして、先程のように姿が見えなくなる程の速さで少女に切りかかる。
ガキィン!
甲高い金属音が、辺りに鳴り響く。
エレメントの強烈な斬撃は、意図も容易く白銀の槍によって防がれた。
「ふっ、やれば出来るじゃないですか」
少女は顔色一つ変えず、エレメントの刃を振り払った。
槍に魔力が集中していく。
「お遊びは終わりです。塵一つ残さず消えなさい!」
少女の姿が消えたと思いきや、エレメントの胴体に大きな風穴が開いた。
エレメントは次第に、じわじわと消滅していく。
一体何なんだアイツ……。エレメントを一撃で倒してしまうなんて。
ようやく、身体の自由が戻り腰を抜かしている朱美に駆け寄る。
「朱美、大丈夫?」
「う、うん……大丈夫だよ」
朱美を抱え起こし、少女へ目線を向ける。
少女は何事もなかったかのように踵を翻し、立ち去ろうとした。
「ちょと待って! アンタは一体、何者?」
咄嗟に声をかけ、俺は少女を呼び止める。
すると、少女は少し振り向き何も答えずそのまま立ち去って行った。