第三話 禁忌?そんなもの関係ありません
パジャマ姿のままリビングに行くと、中にはこの世界での俺の親父と兄貴の響、そして妹の音波が揃っていた。
「あ、カナ姉!おはよう」
「おはよう、音波」
あぁ……癒される。音波の笑顔はいつ見ても良い。
音波の笑顔を堪能していると、音波の隣からいやぁな声が聞こえてきた。
「お~は~よ~う、カナちゅわ~ん!」
「ふんッ」
「リヴァァァァッ!?」
飛びかかってくる響にリヴァーブローを喰らわせる。
決まった!渾身の一撃!
ひっくり返った蛙のように、ヒクヒク痙攣している響を無視し椅子に座る。
「おはよう、お父さん」
「あぁ……」
親父は寡黙な人だ。今みたいに声かけてもたった一言で返される。
新聞を読む親父の顔は、真剣そのもの。そんなに新聞て面白いか?
テーブルに置いてある、お気に入りのマイカップに牛乳を注ぎ一口飲む。
くぅ~!朝はやっぱりコレだね!
牛乳を飲まない限り、俺の朝は始まらない。
「相変わらず牛乳好きだね、カナちゃん」
いつの間にか復活し、平然と何もなかったかのように響が朝食を採っていた。
「うっさいッ!」
ニヤニヤしながらパンを頬張る響の顔面にストレートをお見舞いしてやりたいが、もう無駄な体力を消費したくないからここはグッと堪える。
俺と音波以外は、みんな珈琲だ。別に背伸びして大人の真似しなくてもいいと俺は思っている。
だから、俺は牛乳を飲む!
強い決意と共に、勢い良く牛乳を喉の奥へ流し込む。
「あらあら、そんなに一気に飲んじゃったら、お腹下しちゃうわよ?」
「へーき、へーき、いつも飲んでるから大丈────!?」
ギュルギュルと急にお腹が鳴りだした。
そして、お腹を締め付けられるような痛みが襲いかかってくる。
──まさか!!
急ぎ立ち上がり、トイレへ。
「だから言ったのに……」
──トイレで奮闘すること十五分、排泄物を出し切りすっきりした状態でリビングに戻ると、母さん以外誰もいなかった。
「あれ、皆は?」
「もう出かけたわよ。奏美も早く朝食食べて、引っ越しの準備しちゃいなさい。午前中に業者の人来るんでしょ?」
「あ、そうだった」
早々に朝食を済ませ、自分の部屋に戻り荷物をまとめる。
大体の荷物は昨日のうちにまとめてたし、後は──
「ん、なんだコレ?」
タンスの奥から見覚えのない本が出てきた。古びて所々色褪せているが、辛うじて本の内容を読むことが出来そうだ。
こんな本、家にあったっけ?
試しに、数ページ読んでみたが全く理解できない内容だった。
人工生命の生成方法だとか、死者蘇生の方法とか。終いには、神様の殺し方と来たもんだ。
こんなもん俺が持っていても仕方ないし、古本屋に売るか?
「よし、そうしよう!」
『何をそうするんですか?』
「わひゃあ!?」
ミランケスが不思議そうに小首を傾げ、問いかけてきた。
「び、ビックリした……。いつの間に帰ってきたのよ、あんた」
『いつって……今さっきですよ』
かなり遠くに飛ばしたと思ってたんだけど、こんなに早く帰って来るなんて。
『ホント奏美さんは酷いんですから……』
「ふん、少しは世の中の厳しさを味わうことが出来たかしら?」
嫌みらしくそう言うと、
『えぇ、それはもう十分味わってきましたよ!!』
相当大変な目に遭ったんだな。外での事を思い出しているのか、ミランケスの身体がガクガク震えていた。
そんなミランケスを横目に、俺は手にしていた古本を机の上に置く。
『ん、何ですか?それ。それにさっきの“そうしよう”って何だったんですか?』
ミランケスが古本に気づき、執拗に質問してくる。
「これ?あたしも分からん。タンスの奥から出てきた。こんなの持ってても仕方ないし、古本屋に売ろうかなと思って」
『なるほど、だから“そうしよう”だったんですか』
ミランケスが古本に近づき読み始めた。
『成る程……これは、“禁忌”に触れた書物ですね』
「禁忌?」
『はい、ホムンクルス──人工生命の生成や死者蘇生なのど“生命”に関する事象は、“神の領域”そのもの。そこに人間が踏み入れてはいけない』
そう語るミランケスの顔が、今まで以上に真剣だった。
ミランケスから発せられている異様な雰囲気に、俺は生唾を呑んだ。
「…………どうして、人間が“神の領域”に踏み入れてはいけないの?」
『簡単な話です。もし仮にですけど、人間が“神の領域”に踏み入ってしまったら人間だけで“生命”を自由にできてしまう。そしてなにより、“神”と言う存在そのものが不必要になる。“神”と言う存在が居なくなることによって、この世から“秩序”が消え“混沌”のみが残ってしまうからです』
話が壮大すぎて訳が分からん。
『簡単に言うと、人間が“神の領域”に踏み入れると世界が滅茶苦茶になってしまう、と言うことです』
「成る程……」
最初から難しい言葉使わないで、そう言ってくれれば良かったのに。
神の領域か…………ん?待てよ、
「ねぇ、ミランケス」
『何ですか?』
「あたしは、あんたによってこの世界に転生させられた。と言うことは、あたしは間接的だけどその“神の領域”に“踏み入れた”と言うことになるんじゃないの?」
現に俺は、転生するときの事を覚えているわけだし。
『確かに、奏美さんは“神の領域”に“踏み入れました”。しかし、奏美さんは“知識”を持ってませんでした。
世界が滅茶苦茶になるのは“知識”を有する人間の場合のみです。
なので、奏美さんが原因で世界が滅茶苦茶になると言うことはありません』
良かった……、もし俺の所為で世界が滅茶苦茶になったら責任負えきれないしな。
『それに……』と話を続けるミランケス。
『奏美さんが知識を持っていたのなら、既にこの世界は滅茶苦茶になってますよ』
「それもそうよね。……ん~、世界が滅茶苦茶になる、か……。じゃあこの本売らない方が良いのかな?」
ミランケスの話を聞く限り、相当物騒な代物のようだし。でも、このまま俺が持っていてもな……。
『別に売っても良いと思いますよ』
ミランケスの意外な返答に、俺は耳を疑った。
「ちょっ、本当に良いの?こんな物騒なもん売っても……」
『えぇ、問題は有りません。その書物を理解出来る人はその著者以外いないと思いますから』
う~ん、本当に売っても良いのだろうか。ええい!迷っていても仕方ない!
よし、売ってしまおう。
俺は意を決し、古本屋へ。
「……意外と高く売れたな」
古本の買い取り価格、なんと驚きの千八百円!
あの古本屋の店主、相当の物好きだな。
ホクホクなった財布を手に、俺は帰路についた。