第二話 さらば“相棒”、こんにちわ“Wマウンテン”
ビー!ビー!ビー!
「ん、ん~~~っ」
けたたましい目覚まし時計の音で目が覚めた。
伸びをし、ベットから出てカーテンを開ける。眩しい日差しが一気に押し寄せ、目が眩んだ。
「ふぅ……」
それにしても、随分と懐かしい夢を見たな……。
あの日、事故で死んだ俺はミランケスによって異世界に転生した。
異世界は意外と普通というか、俺のいた世界の文明とそう大差変わりない。が、魔術や魔物がいるファンタジーな世界でもあった。
まぁ、世界の事については別にいいよこの際。問題なのは───
「………………」ムニムニ
視線を自分の胸に落とし、手を当て揉みしだえる。
膨らんだ胸。決して鍛え上げた胸筋ではない。柔らかく弾力があり大きい、っと失敬。
コレは所謂、女性のみが持つ“乳房”と言う奴だ。
長年連れ添った相棒が股にない。
声が元いた世界の時よりも、かなり高くなっている。
そう、俺は転生して“女”になった。
『あら、今日はお早いお目覚めですね?』
一匹の黒猫がずかずかと俺の部屋に入ってきた。ミランケスだ。
ミランケスは、あの日以来ずっと俺と一緒に生活している。西澤家の“ペット”の“ミケ”として。
この世界での俺の名前は、西澤奏美。奏美となって早十六年。
コレと言って刺激的な生活を過ごしていると言うわけでもない。けど、前の人生より断然楽しい。
感傷に浸っていると、ミランケスがヒョイと俺のベットに乗り上げ、寛ぎ始めた。
「ちょっと! ベットに乗らないでくれる?」
『あら、別に良いじゃないですか。減るもんじゃあるまいし』
「あんたの毛が布団に付くから、今すぐ降りて」
『仕方ないですね……もう』
渋々ミランケスは、ベットから降りあろう事かカーペットの上で毛繕いを始めた。
ヒラヒラと毛がカーペットに落ちていく。
「あぁー!」
俺が上げた大声にビクッと身体を反応させるミランケス。
『な、なな何ですか!? いきなり……』
「そのカーペット、先週変えたばっかりなんだから!」
ミランケスの首根っこを掴み、廊下へと向かう。
何回言っても、このバカ猫気を付けようともしないんだから……。
『ちょちょちょ、奏美さん、前々から言おうと思ってましたが、あなたは私が女神であると言うことを理解しているんですか!?』
「随分昔に言ったよねぇ? あたし、天使と悪魔だけ信じてるって」
冷たい視線を送りつける。
すると、ミランケスは有り得ない物を見た、と言うような表情を作った。
『いやいや、普通信じますよね!? 理解しますよね!? 現に私はあなたをこの世界に転生させたじゃないですか!!』
「そうね……分かったわ。女神の“存在”は認めてあげる」
『か、奏美さん……!』
念願の願いが叶ったかのように、目を輝かせるミランケス。
しかし、その輝きは一瞬で消え失せた。
「でも、あんたは認めてあげない」
『───!? な、何でですか!?』
「だって、あんた女神らしくないし。女神と言うよりは、ただの喋る猫」
日がな一日、グウタラ日向ぼっこしそこら辺うろちょろと散歩し、朝昼晩しっかり食べそして、寝る。
まさしく、猫そのもの。
これのどこが女神なんだか。認めろと言うほうが無理な話。
『分かりました……、女神らしくあれば認めてくれるんですね?』
何やらいつも以上に真剣な顔をし、ミランケスは目を伏せた。
すると、ミランケスから眩しい光が発せられる。
余りの眩しさに俺は手で顔を覆った。
「んっ、んん………って、あんた誰!?」
光が収まり、顔を覆っていた手を下ろすと、目の前に美女が立っていた。
身長は一六〇ぐらい、パーマがかった金色の髪は艶やかで腰ぐらいあり、その頭頂にはそのまま浮かび上がってきそうなほど見事な天使の輪ができていた。
碧い瞳に俺の姿が映って見える。
美女が勝ち誇ったようにどや顔をし、口を開いた。
「誰って、私ですよ、わ、た、し!」
私?なにそれ私、私詐欺?
と言う冗談は置いといて──
「ミランケス、なの?」
「はい、みんなのアイドルにして美し~い女神、ミランケスちゃんです! キラッ☆」
効果音で『キラッ』とか聞こえたような……、いや、はっきり自分で言いやがったよコイツ……。
「は? 何言ってんのあんた……」
身体の奥から沸々と沸き上がってくる苛つきを右手に込め、ミランケスにアイアンクロウをきめる。
「あた、頭が砕けるぅ~! ギブ!ギブ!! ねぇ、聞いてます!?」
必死の形相でタップするミランケス。
はぁ……、見た目は綺麗なのに中身はそのまんま。
「本当にミランケスなのね……」
「ちょ、なに残念がってんですか!? て言うかいい加減離してくれませんか!?」
何だかこうしてるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
ミランケスの頭から手を離し、ベットに腰掛ける。
「うぅ……、酷いですよ奏美さぁん」
「うっさい、あんたがふざけたこと言うからでしょ」
朝から無駄な気力を使ったな……。
涙目で頭をさするミランケスがブーブー文句を言う。
それにしても、見れば見るほど信じられなくなってくる。この美女がミランケスなんて……。
「グスン……、でも、コレで私のこと女神と認めてくれますか?」
「見た目で認めろって? なにそれダジャレ?」
「誰もそんなこと言ってません!私を女神と認めて下さいと言ってるんです!!」
「はい、はい。あんたは女神、女神。どう? これで納得した?」
面倒臭くなり、適当に返事するとミランケスは不満げに美しい貌を歪ませた。
「何だか、嫌々認められた気がしますがこの際良しとしましょう」
はぁ……と溜め息を吐くミランケス。
そしてまた、眩い光を発しミランケスは黒猫の姿に戻った。
「あれ、何で猫の姿に戻るの?」
『こっちの姿の方が動きやすくて……。それに楽なんです』
「ほうほう、なるほど……。猫の姿なら、色々と人からかまって貰えるし何もしなくても餌が貰えるから“楽”と……そう言うことね?」
『凄いです、奏美さん! 私は“楽”としか言ってないのに、具体的な意味を説き明かしてしまうなんて!!』
仰々しく驚くミランケスの頭を再度鷲掴み持ち上げる。
「へー、ふうーん。いい度胸ねミケェ? そうだ、ねぇミケこれからあんたはどうなるか分かるぅ?」
『………ど、どどどどうなるんでしょうね?あは、あははは………』
額に脂汗を浮かべ、ミランケスは苦笑いをした。
ミランケスの頭を鷲掴みにしたまま、窓を開ける。
「ちっとは世の中の厳しさを味わって来い!!」
『ヒィヤァァァァァ!? フライングキャットォォォ!!』
プロ野球投手も度肝を抜かすような速さで、遙か彼方に飛んでいくミランケス。
我ながら、見事なフォームで投げられたな。
「奏美、朝よ……って、あら珍しい起きてたのね?」
ミランケスを物理排除し終えた直後、エプロン姿の母さんが部屋に入ってきた。
「うん、なんか目が醒めちゃって……」
「奏美、これからも今日みたいに早く起きるのよ?明日ら寮生活なんだから」
「はーい」
気のない返事を返し、時計に目をやる。時刻は六時半をまわっていた。
いつもなら、まだ眠っている時間だ。
「もう……ホント大丈夫かしら?」
溜め息混じりに母さんが呟く。
「大丈夫だよ。心配しすぎだよお母さんは」
「奏美の“大丈夫”は信用ならないのよ」
「な、失礼な!早起きぐらい出来るしっ!」
俺がそう言うと、母さんは目を細め腕組みをした。
なんだか、威厳と言うか貫禄と言うか、こう“オーラ”的な何かを母さんから感じる。
「ほぉう?言ったわね?じゃあ次、寝坊したら………」
「あわわわわ……! すいませんでしたぁ! 調子に乗ってましたぁ!!」
直ぐ様、床にひれ伏し土下座。
母さんの背後に、修羅が見えた。
恐怖で顔が上げられない……。上げてはいけない気がする。
普段、穏和な人を怒らすと怖いと言うけども、今ほどこの身を持ってその意味を深く理解した瞬間だった。