第十八話 決意
実地訓練の翌日。
目を覚まし、まず行ったのは自分の身体を触り感覚を確かめ生きていることを実感することだった。
感触がある。心臓の鼓動がはっきり掌に伝わる。よかった…………ちゃんと生きてる。
ほっと息を吐き、カーテンを開ける。
すると、眩しい日差しが流れ込んできた。
「んん~~っ」
思いっきり伸びをし、窓を開け新鮮な空気を肺に取り込む。
こうした何気ない動作が、ありがたいものだと思えた。
制服に着替え、リビングに向かう。ドアを開けた瞬間、いい香りが鼻孔を擽った。
「あ、おはようございます奏美さん」
「うん、おはよう! 城田さん」
自分の席に座り、朝食を摂る。
………………。
お、重い…………。
空気が重すぎるんですけど。
まあ、昨日あんな事があったんだショックが大きいだろう。
取り敢えず、朝食を済ませ制服に着替え、俺たちは学園へと向かった。
「………………───カァァァァァァァァナァァァァァッチィィィィィ!!」
「うおぅ!?」
校門前で、後方から砂煙を上げながら優華が突っ込んできた。
それを、俺は闘牛士の如く華麗に避ける。
「ワビィヤァァァァァァッ!?」
つんのめりズサーーッとヘッドスライディングをする優華。
盛大にずっこけた為で、スカートが捲れ黒いパンティが丸見え。
学生にしては、やけに挑発的な下着だな。ちょっと透けてるし。
って、ガン見してる場合じゃねぇ!! でも、…………目が離せねぇ!!
これも、元男故の性なのか…………。
手を合わせ合掌。
眼福、御馳走様でした。
「いっつつ…………。ひっどぉいカナっち! せっかく朝のおはようの抱擁してあげようとしたのに!!」
「あのね、こっちとら怪我人よ? あんなん喰らったら怪我が悪化するわ!」
「おー! そうだったね。怪我は大丈夫でやんすか?」
「なにその口調。腹の底からむかつくんだけど」
昨日、あんなことがあったと言うのに優華はたいして堪えている様子はなかった。大物なのか、又は只の馬鹿か測りかねない娘だ。
「よう、仲が良いなお前ら」
今度は、醍醐が声を掛けてきた。
醍醐の身体には、何ヵ所か包帯が巻かれている。その姿に昨日の戦闘が如何に激戦だったのか思い知らされる。
暗くなった俺の表情に気付いた醍醐が、 俺の背中を叩いた。
「ほら、シャキッとしろ。学校始まったばかりなんだからな」
「いっつつ…………強く叩きすぎ!」
「わりぃ、わりぃ。…………っと、急がねぇと遅刻すんぞ。
じゃ、俺先行くわ!!」
叩かれた背を擦りながら、醍醐の背中を見送る。
アイツあんな激戦立ったってのに、変わらねぇな。
強がってんのか、器がでかいのか判んないけど、おかげで気分を切り替える事が出来た。
城田さんも表情が和らいでいるように見えた。
昨日の事は、想定外の事故と他の生徒達に伝えられたようだ。それに伴い、俺達には秘匿命令が下された。
あの場で起きたこと、現れたエレメントすべて謎のまま一週間が過ぎた。
『西澤奏美、城田心歌、三鏡優華、クリス・ヴォークライ、真島醍醐の五名は至急応接室へ来なさい。繰り返します───』
食堂で昼食を採っていると、呼び出しの放送が流れた。
メンバーからして、例の実地訓練ことだろう。
一緒にいた城田さんそして優華と顔を見合わせた。
「失礼します」
ノックと共に応接室に入る。
中には、校長、教頭、クリスさん、醍醐そして正臣さんがいた。
「そこに座りなさい」
教頭に促され、俺達はソファーに腰を下ろした。
「全員揃ったね」
実地訓練の班員全員が揃った所で、正臣さんが話を始めた。
「皆にこの場へ集まって貰ったのは、他でもない。一週間前の実地訓練についての事だ」
正臣さんの言葉に、あの場にいた全員が息を詰めた。
あの日以来、気になっていた事が明らかになると思うと気持ちが昂ってくる。
本来、簡単な内容だった筈の実地訓練になぜ強敵のベルセルクが現れたのか。そして、なぜ正臣さんはそのベルセルクが現れると知っていたのか。
疑問は尽きないが、今は正臣さんの言葉を待とう。
「君たちが戦ったベルセルクなんだが、エレメントの指揮官と思われる。今後も知性を持ったエレメントが現れる可能性が高い」
「…………なぜ、俺達にそんなこと話すんです?」
醍醐が率直に訊ねる。
「話はこれからだ。とある情報筋からエレメントが大規模な行動を行おうとしているらしい。そこで、あのベルセルクと渡り合えた君たちの実力を見込んで、これから行われる作戦に参加して貰いたい」
「「「「!?」」」」
あまりに唐突すぎる言葉に、驚きを隠しきれずにいる俺達。だが、クリスさんだけは平静を貫いていた。
慣れていると言えばいいのだろうか。クリスさんは元々、十二聖騎士団の一員。大方の予想はしていたのだろう。
「私はともかく、彼らを作戦に参加させる理由が弱いですわね」
クリスさんが正臣さんを見据えて言う。
そう問われる事も想定内とばかりに、正臣さんは話を続ける。
「君達の能力が必要と上層部が判断したんだ。無論、まだまだ未熟ではあるが今回の作戦では十分な働きをするだろう。なお、此度の作戦に参加する場合、君達は守護者候補生ではなくGAT特殊部隊所属となる。一時的ではあるが、プロと言うことだ。
プロとして当然責任も付いてくる。強制はしない。参加するか否か各自で決めてほしい」
部屋の中に沈黙の空気が流れる。
プロ、か…………。いずれは、なるであろうがこうも突然なることになるとは。一時的なものとは言え、やるからには覚悟を決めなければ。
この沈黙を破ったのは、醍醐だった。
「俺は、参加するぜ。俺の力が必要と言われたんだ、だったらその期待に応えねぇとな」
「そうね、こんな機会そうそう無いかも知れないし、参加してみるのもいい経験になりそう。…………よし! アタシも参加する!」
「私は、元より参加するつもりでしたわよ」
「み、皆さんが参加するのでしたら私も…………」
醍醐の参加表明を皮切りに、優華、クリスさん、城田さんも参加を決意していく。
そして、皆の視線が残った俺に集まった。
「あたしも…………参加します!」
喩え何が起きようと、この五人とならどんな困難にも打ち勝てる。自然とそう思えた。