第十七話 十臣柱
ベルセルクとの激闘で負った怪我の治療を受けるため、俺達は学園の敷地内にある付属病院に来ていた。
幸い、みんな大きな怪我はしておらず、軽傷だ。
あんな化け物と対峙したと言うのに、この程度で済んだのは奇跡と言えそうだ。まるで生きた心地がしない。
ベットの上に横になって、天井に手を翳す。
あの時、日下部さんが来てくれなかったら…………。そう考えただけでも、身の毛もよだった。
病室のドアを開け、日下部さんが顔を覗かせた。
日下部さんの手には、コンビニのレジ袋が握られていた。
「大したものじゃないが見舞いだ」
レジ袋を近くのテーブルに置き、椅子に腰を掛けた。
「大袈裟ね、大したことないわ。それより、どう言う事よ任務って」
如月さんが見舞い品のバナナを一切れ取りながら、日下部さんに問う。
「どう言うこともなにも、任務だ。お前達がいた区域に強力なエレメントが出現する可能性があると報告が偵察隊からあってな。それで俺が出向いたってわけ」
「可能性ね…………。そんな曖昧な理由でアンタ──政府直轄の精鋭部隊の部隊員がしかも、任務として動くとわね。なんだか納得いかないわね」
如月さんが日下部さんをジトッと睨む。
すると、日下部さんは頬に汗を滲ませた。
「おいおい、現にベルセルクが現れたじゃねーか。なら、なんの問題も無いんじゃないか?」
「そうね、でも、その“可能性”ってのは何なのかしら?なんの根拠をもってして可能性としたのか。その辺教えて欲しいわ」
確かに。
エレメントの出現は空間の歪みを観測することで予測できる。しかし、強さまでは知ることは今の技術ではできない。
俺が知らないだけで、そういった技術が開発されていた?
いや、空間湾曲の観測技術がここ30年で確立されたばかりだ。いくらなんでも技術進歩するには期間が短すぎる。
「教えろと言われても、俺は命令に従い動いただけだ」
ピピピピ………………!
日下部さんの携帯端末がなりだした。
一瞬、日下部さんの表情が険しくなる。
「おっと、悪い呼び出しだ。また時間が空いたら顔出すよ」
そのまま、足早に日下部さんは病室を後にした。
治療が完了し、俺達は寮に帰された。病院の外は、もう日が傾き始めていた。
如月さんは駐屯基地に帰投し、クリスさんも用事があるとかで何処かにいっていまった。
皆、満身創痍でなにも話さず終始無言。
寮に着いてすぐさま自分の部屋のベッドにダイブする。
途端、疲れがどっと出て深い眠りに着いた。
◇◇◇
古代ギリシャの石造りの宮殿を連想させる、大きな建造物があった。
天も地もない空間に、ポツンと存在している。
仰々しい門を潜り、通路を真っ直ぐ進む。通路を照らす明かりが、壁に掛けてある松明のみなので薄暗い。
じめっとした空気にこの薄暗さ、如何にも何か出てきそうな雰囲気だ。
宮殿の奥、そこには豪勢に彩られた扉があり中には広い空間が広がっていた。扉から真っ直ぐ赤いカーペットが敷かれている。
その先には、玉座があった。
カーペットを挟むように、九つの影が並ぶ。
ゴツゴツとした者、スラッとした者。それらは人に近しい姿をしているが、はっきりと人ではないと分かる。
異形の者達──エレメントだ。
奴らは、次元の狭間より現れ人々を襲い世界を我が物にせんと企んでいた。
『ベルセルクが倒された』
玉座に座る漆黒の無機質な身体に、獅子のような顔を持つエレメントが発する。
『ハッ、あの筋肉達磨が?』
魔術師のような風貌のエレメントが嫌味たらしく言う。
フードに隠され、表情は伺えないが口調から笑っていると分かる。
『フム…………ベルセルクが倒されたとわ。人間の中にもなかなかやる奴が居るみたいだのう』
山羊の顔に猿の身体のエレメントが顎を擦りながら、呟く。
ここにいる面々は、故ベルセルクの実力は十分知っている。
故にベルセルクが倒されたと聞き、内心動揺しざるをえなかった。
エレメントを率いる中核、十臣柱が一柱、第五柱ベルセルク。
彼は十臣柱の中で最も力が強く武に優れたエレメントだった。
傍若無人、頭を使うのが苦手だった彼だが仲間を想うその心に惹かれ自然と他のエレメントから信頼を置かれるようになった。
『馬鹿な!! 彼奴が負けるはずがない!!』
ベルセルクと最も仲の良かった鬼のような角を生やしたエレメント
オーベニックが声を荒げる。
彼にとって、ベルセルクは友であり宿敵でもあった。
互いに切磋琢磨し武の腕前を高め合ったベルセルクの敗北をオーベニックは信じる事が出来なかった。
『現にベルセルクはこの場に居らず狭間にて休眠状態になっている。何よりも陛下がそう仰ったのだ。間違いないだろう』
三つの顔を持つエレメント──アイシェナルが坦々と述べる。
その言葉を聞いたオーベニックはアイシェナルに掴みかかった。
『オレは、認めない…………。認めてなるものか!』
『認めようが、認めなかろうがお前の勝手だ。この場にベルセルクが居ないことは事実』
アイシェナルはオーベニックの手を振り払い、玉座に座る漆黒のエレメント──ガザリフタスに振り向く。
『陛下、次は私めにお任せください』
『主がか…………?』
『ハッ、私めにはある策があります。陛下のご期待に添えることでしょう』
『フッ…………良かろう。アイシェナル、主に地球攻略を命じる』
『承知!』
バッと踵を反し、アイシェナルは攻略対象の“地球”へ向かった。
アイシェナルの後ろ姿をオーベニックは殺気の籠った眼で睨み、ガザリフタスに一礼すると何処かへ立ち去った。
『フフフ…………中々に面白い。これも“奴”の仕業か』
二体のエレメントが去った後、ガザリフタスは怪しく不気味な笑みを浮かべていた。




