魔王城にて
ー魔王城 王の間
「ミノタウロス新魔王様!来客でございます!」
ゲームと菓子のゴミで溢れていたかつての王の間は綺麗に片付けられ、明るいとまではいかないが厳かな雰囲気の灯りがつけられている。
これが魔王城の本来の姿である
玉座にはミノタウロスが座しており、その前を書類を持った役人達が慌ただしく働いている
「何事だ、今は魔族の力を取り戻す大事な時期。
急な来客はお帰り願いたいのだが。」
「そ、それが…」
使いの者が説明をしようとしたその時後ろから快活な声が聞こえてくる
「わしの知らぬ間にどうしてお前みたいな若造が魔王を名乗っておるのか!全く!」
現れたのは初老の男性だった。
シルクハットを目深にかぶった細身の男性はたっぷりとした白い髭を右手でさすりながら
左手でミノタウロスを指した
筈だった
確かにそこにあった左手は一瞬の間にミノタウロスの目前に出現している
あと数cm近ければミノタウロスの右目は潰されていたかもしれない
「…まだまだお力は衰えておりません様で安心致しました。先先代魔王様。」
ミノタウロスの言葉を聞いたや否や男はぷるぷると震え出す
「この…こんの戯け者が!!!!!」
怒りを抑えきれない様子で、快活な印象だった声も今は暴力的でしかない
「先先代だぁ?ワシはお前を魔王だなんて認めとらんぞ!あのお方を魔王からリストラだとか言ったな?寝言は寝てから言えよ若造がっ!!!!!!!!!」
唾のかかる距離で空気がビリビリと震える程の声量で怒鳴られたミノタウロスは戸惑っていた
「ーお言葉ですが、あの方には魔王としての自覚も…そして力もございませんでした」
先先代と呼ばれた男は鼻を鳴らし静かにシルクハットを取る
ー現れたのは痛々しい傷によって塞がれた双眸と元は立派だったであろう…しかし今は無残に根元から折られた角だった
「当時歴代最強にして最恐の魔王と呼ばれたワシにこの傷をつけたあのお方が、魔王としての力が足りないと、お前はそう言うんだな?」
男の言葉にミノタウロスは驚きの余り声も出ない
ー先先代が魔王を退位したのは隠居の為と聞かされていたが違ったというのか…?
それならなぜ先代はそれ程の力を持ちながらあの時私を倒さなかったというのだ?
「失礼を致しました。おっしゃる通りわたしは魔王の器ではございません、直ちに大臣へと戻らせていただきます」
「お前がその器で無いことなど百も承知のこと。…それであのお方は?」
「…おそらくお戻りにはならないでしょう、門番が聴いた話によればなんでも勇者になる、と言っていたそうなので 」
「ふん、ならばせいぜいワシの目に適うような魔王候補でも連れて来るんだな。でなければこの国も終わりよ!」
「そうですね」
ミノタウロスがパチンと指を鳴らすと背後から音もなく三人の魔物が現れる
これには先先代も驚いたようだ
ーこのワシが気配すらも気づけないとは…
「先先代…貴方はもう退位した身。一応敬意を払って最後まで聞かせていただきましたが…全くもって時間の無駄だったようです」
ミノタウロスは吐き捨てるように言い放った
「最初から私が魔王を続けるつもりなどありませんでしたよ。この平和ボケした魔界を正しく導く、そんな存在が今は必要なのです。貴方のその古臭い考えも必要ありません。」
三人の魔物たちは静かに先先代との距離を近づけて行く
ゆっくり、それでいて確実に先先代の逃げ場は無くなっていた
「この三人のうちの誰かが魔王となり必ずややり遂げてくれることでしょう。さて、先先代。いくら過去が最強でも全盛期よりは遥かに劣る貴方に果たしてこの三人の相手が務まりますかね?」
「この…この…若造がぁぁあ!!!!!!!!」
ー先先代の声が王の間に虚しく響き渡る
残されたのは床や壁に刻まれた闘いの痕と血だまり、そしてシルクハットのみだった…
ー街
「閉まってます、ね」
酒場にはcloseの札がかかっている
時刻はちょうど昼。こんな早くから酒場が開いている訳が無い
ーもし仮に開いていたとしても昼間から酒を飲んでいる奴を仲間にしたいとは思わないだろう。
「どうしますか?時間まだたっぷりとありますけど」
「妾は待つのが嫌いじゃ!」
そう言って酒場の扉を開けようとする元魔王を慌てて側近が止めるのだがcloseの札がかかっていただけのようで鍵はかかっていなかった為簡単に開いてしまった
そしてその瞬間
何かが元魔王を掠めて行った
ー熱い
一瞬遅れてやってくる感覚
視線の先には本来体とくっついているはずの腕が、転がっていた