魔王リストラされました
仄かな灯りの下朧げな輪郭しか掴めないほど暗く、僅かな音がいつまでも反響する広い部屋の中に魔王はいた。
その場から聞こえるのはこの時代、この世界には似つかわしくない電子音と傍の菓子を貪る音、そして時折出る舌打ちの音
その場にいるのは舌打ちの主…流れるような艶やかな黒髪をボブに切りそろえ、しかしその小さな頭には山羊のような立派なツノを生やしたとても魔王とは思えない可愛らしい少女
この暗い部屋で魔王はTVと睨み合い手元のコントローラーを忙しなく動かしている。
…かれこれ100年程
そう、魔王はひきこもりだった。
「毎日毎日ゲームばっかりやってないで、少しは魔王らしく国を滅ぼしたりとか世界を征服しちゃったりとかしてください!」
「んー」
側近のお小言も右から左へ
魔王はゲームに夢中で正直世界征服なんてどうでもいいらしい
おかげでここ100年程魔族による侵攻はなく世界は至って平和だった
「最近ミノタウロス大臣一派がお怒りらしいんですよ、このままじゃクーデター起こされちゃいますって…!」
「んー」
「魔王様っ!!!!!」
ゲームに夢中で全く話を聞いてくれない魔王に痺れを切らした側近が声を荒げコントローラーを取り上げた時だった
ー バ ン ッ ! ! !
と勢い良く扉が開いたかと思えば立派な体躯の魔物たちがずかずかと部屋に入ってくる
魔物たちの先頭を切るたった今話題に上がったばかりのミノタウロス大臣が口を開いた
「ご機嫌如何ですかな、魔王様」
明らかに不機嫌そうな魔王の姿を見て尚、この言葉を選ぶのは恐れを知らないただの馬鹿か、それとも嫌味か
おそらく後者だろう。
「何用だ。妾は今忙しいでな、急ぎで無ければ後にしろ」
魔王は露骨に面倒臭そうな顔でしっしっと手で払うが大臣も引きはしない。
「お言葉ですが魔王様、重要なお話しがあるのでございます。」
そう言って大臣が勿体付けた咳払いの後に
口から発した言葉は正に魔王が魔王であるというアイデンティティの崩壊を意味していた。
「ー魔王さま、本日を持ちましてあなた様を魔王職からリストラ致します。」